剣帝との再会
幾度目のアンコールであったか。
アガハの剣帝ディードリッヒは声を振り絞り、熱唱した。
「あー、神様♪ こ・ん・な、世界があるなんて、知・ら・な・かったよ~~~っ♪♪♪」
「「「ク・イック、ク・イック、ク・イックウッウー♪」」」
竜騎士団やアガハの民たちは、魔王賛美歌第六番『隣人』にすっかり慣れ親しんだと言わんばかりに、歌に合わせて踊っている。
「「「剣っ帝っ!!」」」
「「「うぉりゃっ!!!」」」
響き渡る剣帝コールと、迫力に満ちた正拳突き。
合いの手も見事だった。
「「「剣っ帝っ!!」」」
「「「だっしゃあっ!!!」」」
ディードリッヒが舞台の最前列へ歩み出て、拳を天に突き上げる。
ニカッと彼は力強い笑みを覗かせた。
「こいつは、たまらんぜ」
剣っ帝っ! 剣っ帝っ! とディードリッヒを称える声がアガハの民から口々に漏れる。
彼らの表情も、その言葉も、心から自然とこぼれたものに相違ない。
「大人気」
と、ミーシャが呟く。
「ふむ。なかなかどうして、大したカリスマだ。アガハの王は、ずいぶんと民に慕われているようだな」
「アガハは騎士の国って話だけど、変態の国の間違いじゃないかしら……? だって、あの最前列にかぶりついている人……」
サーシャが指をさす。
竜騎士ネイトが、ぐるんぐるんと拳を振り回し、絶叫していた。
「これこそ、騎士の誉れぇぇぇっ!! ディードリッヒ王に栄光をっ!! 万歳! ディードリッヒ! 万歳! うおおおぉぉぉ、ばんざぁぁい、ディードリッヒッ!」
「あれ、災厄の日に国を救う英雄でしょ……」
サーシャが頭が痛いとばかりに額を手で押さえている。
「アガハの剣帝、ディードリッヒは預言者。彼の預言がこれまで、多くの命を救い、民の幸せを守ってきたのだろう。アガハは数多ある未来の内から、最善の結果をつかみとってきた」
アルカナが言う。
「ここは、理想の国とも言える」
「これが理想なのっ!? これがっ!?」
サーシャが声を上げるも、アルカナは冷静に言った。
「魔族の子、なにをしているかは問題ではない。王が慕われ、彼のすることに民が楽しみながらついてくる。それが一つの理想だということ」
「……それは、そうかもしれないけど……納得しがたいわ……」
サーシャは不服そうな視線を舞台に送っている。
「羨ましいものだ。力尽くでしか物事を解決できぬ、どこぞの魔王などよりもよっぽど良い王なのかもしれぬな」
ぱちぱち、とミーシャが瞬きをする。
「きっと、ディルヘイドに来たら、ディードリッヒ王もそう思う」
「そうか?」
はっきりとミーシャはうなずく。
「ん」
彼女は優しく微笑んだ。
どうやら気を使わせたようだな。
「アガハの民よっ!」
歌は終わり、ディードリッヒは声を張り上げる。
「今日はとことん楽しんだ。改めて紹介しようぞ。あの天蓋の向こう側にある国、ディルヘイドからはるばるアガハまでやってきた、魔王聖歌隊、そして、魔王学院の生徒たちだ」
ディードリッヒが紹介するように両手を上げると、魔王聖歌隊や生徒たちがぺこりと頭を下げる。
「俺は何度も、たまらんと口にした。なにがたまらんのかと言えば、そう、彼女たち魔王聖歌隊の歌は、予想だにせぬほど感情を揺さぶられることに他なるまいて」
ふむ。予想だにせぬ、か。
数多の未来を見ることができる預言者がな。
事実だとすれば、気に入るのも無理からぬ話だ。
なにせディードリッヒは起こりうるほぼすべてのことを知っている。
人は未知の出会いにこそ、心躍るものだ。
なにもかもがわかりきっている人生など、すでに終わっているに等しい。
あの男は、さぞ退屈極まりない日々を生きてきただろう。
「こいつは、預言をも超える歌だろうよ。アガハの剣帝の名において、彼女たち魔王聖歌隊には、竜の歌姫たる称号を贈りたい」
賛同するように、拍手が鳴り響く。
驚きながらも、エレンたちは恐縮したように、ぺこりぺこりと頭を下げていた。
「この竜の歌で、また共に盛り上がろうや」
民に背中を見せ、手を上げながら、ディードリッヒは舞台から降りていく。
「任務完了。ここに脅威はなかった」
竜騎士ネイトが厳しい声を発し、踵を返す。
「これより当騎士団は、王宮へ帰投する」
堅い面持ちで、一部の隙もなく表情を引き締め、その騎士は歩行の乱れすら許さぬほど完璧に部下たちを統率する。
手を上げれば、そこに白い竜たちが飛んできて、彼らはそれに跨り、王宮へ飛び去っていった。
「行くか」
俺たちは歩き出し、舞台を降りていったディードリッヒや魔王聖歌隊のもとへ向かう。
未だ周囲の喧騒はやまず、往来は人混みで溢れている。
それをかき分けていくと、ディードリッヒが待っていたと言わんばかりに、こちらを見つめていた。
俺がやってくると、その男はニカッと笑った。
「よう、魔王。すまぬな。魔王聖歌隊の練習を少々覗きにきたのだが、どうにも心躍ってしまってな。辛抱たまらなかった。声をかけ、ちいとばかし楽しませてもらったぞ」
「なに、満足できたなら幸いだ。元よりその歌は、お前への手土産だからな」
「そいつは重畳」
ディードリッヒは豪放に笑う。
「俺たちがアガロフィオネに来るのを知り、わざわざ出向いたのか?」
「おうよ。それと少々、野暮用もあったのだ。本来は、お前さんが王宮に来たときに、出迎えるべきであった」
「なに、未来が見えようとその身は一つだ。気にすることはあるまい」
すると、ディードリッヒは俺に向き直り、頭を下げた。
「我が配下、竜騎士団のリカルド、そしてシルヴィアの命を救ってくれたこと、心より礼を言おう」
「よい。あれはリカルドへの詫びと、もののついでだ」
未来が見えても、欠竜病と老衰病は治せぬ。
自然治癒しようのない病気だ。ナフタの力で限局しようとも、症状を遅らせられるだけで完治は難しかろう。
恐らくあの力は、ナフタが近くにいないと効果がないだろうしな。
かといって、未来神を病人の治療にだけ使うわけにもいくまい。
「すでにわかっているだろうがな、ディードリッヒ。アガハの預言者に用があってきた」
「お前さんが一番知りたいのは、背理神ゲヌドゥヌブのことだな」
ディードリッヒがアルカナを見る。
「全能者の剣リヴァインギルマにて、永久不滅の神体と化した天蓋は、なぜ元に戻すことができないのか。それを解決するため、お前さんはアガハへやってきた」
「いかなる理由が隠されていようと、俺はそれに辿り着く。ならば、未来を見れば、今、その理由がわかるだろう」
「そいつは正解だ。だが、今それをお前さんに言うわけにはいかん」
「ほう」
少々意外な答えだな。
まあ、可能性としてはないわけではなかった。
「つまり、俺がそれを知れば、よからぬことが起こるというわけか?」
「お前さんにとって、とは言うまいて。こいつは俺の事情だ」
背理神であるアルカナが、アガハに関わることになるのか。
あるいは、俺の今後の行動が、この国の行く末を左右するのやもしれぬ。
「お前さんの記憶についても、そうだ。せっかくの来訪だが、今はまだ預言をしてやるわけにはいくまいて」
「構わぬ。知らぬだけで、より良い未来に辿り着くというのならば、そちらの方がいいだろう。結局は、遅いか早いかの違いにすぎないことだ」
「お前さんにとってより良い未来かは、わからないだろうよ」
くはは、とその言葉を笑い飛ばした。
「この手が届く範囲のより良い未来ぐらいは、なにがどうあろうと、つかみとってみせるぞ。ならば、アガハにとってもより良い未来である方がよい」
答えに満足したように、ディードリッヒは破顔する。
「魔王や、お前さんの言葉は、未来を知っていてなお、清々しいものだ」
「それは、なによりだ」
「歓迎しようぞ。剣帝王宮に客人を迎える用意はしてある。いくらでも、ゆっくりしていくがいい」
「その言葉に甘えさせてもらおう。あいにくとそれほどゆっくりしている時間はないのだがな」
ディードリッヒと堅く握手を交わす。
「震雨のことだが、いつ、どこで起きるかを伝えておこう。ジオルダルにも、いくつか降り注ぐことになるだろうて」
ディードリッヒが、<思念通信>にて、俺に震雨が起きる日時、場所、規模を伝えた。
「いいのか? ジオルダルは敵国だろう」
「なあに、構わんさ。あくまで信仰の違い、滅べとまでは思わぬよ」
震雨の情報を、<思念通信>でジオルヘイゼにいるエールドメードに送っておく。
あの男ならば、教団に対策を叩き込むのも時間はかかるまい。
ディードリッヒは踵を返し、剣帝王宮へ歩き出した。
その横に俺は並ぶ。
すると、彼ががしっと俺の肩に手を回した。
「なあ、魔王や。お前さん方と交流を深めたいところだが、お互い多忙の身だ。そこで一つ、良い提案がある」
「ほう。聞かせてもらいたいものだ」
「酒宴の席を設ける。一杯やらんか?」
俺は不敵に笑い、口を開く。
「言っておくが、俺は底なしだぞ」
ディードリッヒは大きくうなずく。
「なんの。大酒も飲めぬようでは剣帝はつとまるまいて。俺もざっとうわばみよ。それに我が竜騎士団も酒豪揃いだ」
「面白い。サーシャ」
俺の後ろを歩いていた彼女に言う。
「皆に伝えよ。これから、アガハの騎士たちと一杯やるとな」
「これからって、これから? まだ真っ昼間だわ……」
呆れたような表情を浮かべるサーシャに、俺はこともなげに言ってやった。
「真っ昼間だからといって、酒が飲めぬとでも思ったか」
どんな酒席になることやら……。
昨年末に開催しました感想欄流行語大賞の集計が終わりました。
栄えある大賞は、
『○○だからといって、△△だと思ったか』シリーズ
です。
アノスと言えば、この台詞。
皆様の頭にも強く残っていたようで、順当に票を伸ばしました。
おつき合いくださいました皆様、ありがとうございます。
その他、どんな言葉へ投票が多かったかなど、活動報告に簡単にまとめましたので、よろしければご覧になってくださいませ。