表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
285/726

剣帝との再会


 幾度目のアンコールであったか。

 アガハの剣帝ディードリッヒは声を振り絞り、熱唱した。


「あー、神様♪ こ・ん・な、世界があるなんて、知・ら・な・かったよ~~~っ♪♪♪」


「「「ク・イック、ク・イック、ク・イックウッウー♪」」」


 竜騎士団やアガハの民たちは、魔王賛美歌第六番『隣人』にすっかり慣れ親しんだと言わんばかりに、歌に合わせて踊っている。


「「「剣っ帝っ!!」」」


「「「うぉりゃっ!!!」」」


 響き渡る剣帝コールと、迫力に満ちた正拳突き。

 合いの手も見事だった。


「「「剣っ帝っ!!」」」


「「「だっしゃあっ!!!」」」


 ディードリッヒが舞台の最前列へ歩み出て、拳を天に突き上げる。

 ニカッと彼は力強い笑みを覗かせた。


「こいつは、たまらんぜ」


 剣っ帝っ! 剣っ帝っ! とディードリッヒを称える声がアガハの民から口々に漏れる。

 彼らの表情も、その言葉も、心から自然とこぼれたものに相違ない。

 

「大人気」


 と、ミーシャが呟く。


「ふむ。なかなかどうして、大したカリスマだ。アガハの王は、ずいぶんと民に慕われているようだな」


「アガハは騎士の国って話だけど、変態の国の間違いじゃないかしら……? だって、あの最前列にかぶりついている人……」


 サーシャが指をさす。

 竜騎士ネイトが、ぐるんぐるんと拳を振り回し、絶叫していた。


「これこそ、騎士の誉れぇぇぇっ!! ディードリッヒ王に栄光をっ!! 万歳! ディードリッヒ! 万歳! うおおおぉぉぉ、ばんざぁぁい、ディードリッヒッ!」


「あれ、災厄の日に国を救う英雄でしょ……」


 サーシャが頭が痛いとばかりに額を手で押さえている。


「アガハの剣帝、ディードリッヒは預言者。彼の預言がこれまで、多くの命を救い、民の幸せを守ってきたのだろう。アガハは数多ある未来の内から、最善の結果をつかみとってきた」


 アルカナが言う。


「ここは、理想の国とも言える」

 

「これが理想なのっ!? これがっ!?」


 サーシャが声を上げるも、アルカナは冷静に言った。


「魔族の子、なにをしているかは問題ではない。王が慕われ、彼のすることに民が楽しみながらついてくる。それが一つの理想だということ」


「……それは、そうかもしれないけど……納得しがたいわ……」


 サーシャは不服そうな視線を舞台に送っている。


「羨ましいものだ。力尽くでしか物事を解決できぬ、どこぞの魔王などよりもよっぽど良い王なのかもしれぬな」


 ぱちぱち、とミーシャが瞬きをする。


「きっと、ディルヘイドに来たら、ディードリッヒ王もそう思う」


「そうか?」


 はっきりとミーシャはうなずく。


「ん」


 彼女は優しく微笑んだ。

 どうやら気を使わせたようだな。


「アガハの民よっ!」


 歌は終わり、ディードリッヒは声を張り上げる。


「今日はとことん楽しんだ。改めて紹介しようぞ。あの天蓋の向こう側にある国、ディルヘイドからはるばるアガハまでやってきた、魔王聖歌隊、そして、魔王学院の生徒たちだ」


 ディードリッヒが紹介するように両手を上げると、魔王聖歌隊や生徒たちがぺこりと頭を下げる。


「俺は何度も、たまらんと口にした。なにがたまらんのかと言えば、そう、彼女たち魔王聖歌隊の歌は、予想だにせぬほど感情を揺さぶられることに他なるまいて」


 ふむ。予想だにせぬ、か。

 数多の未来を見ることができる預言者がな。


 事実だとすれば、気に入るのも無理からぬ話だ。

 なにせディードリッヒは起こりうるほぼすべてのことを知っている。


 人は未知の出会いにこそ、心躍るものだ。

 なにもかもがわかりきっている人生など、すでに終わっているに等しい。


 あの男は、さぞ退屈極まりない日々を生きてきただろう。


「こいつは、預言をも超える歌だろうよ。アガハの剣帝の名において、彼女たち魔王聖歌隊には、竜の歌姫たる称号を贈りたい」


 賛同するように、拍手が鳴り響く。

 驚きながらも、エレンたちは恐縮したように、ぺこりぺこりと頭を下げていた。

 

「この竜の歌で、また共に盛り上がろうや」


 民に背中を見せ、手を上げながら、ディードリッヒは舞台から降りていく。


「任務完了。ここに脅威はなかった」


 竜騎士ネイトが厳しい声を発し、踵を返す。


「これより当騎士団は、王宮へ帰投する」


 堅い面持ちで、一部の隙もなく表情を引き締め、その騎士は歩行の乱れすら許さぬほど完璧に部下たちを統率する。


 手を上げれば、そこに白い竜たちが飛んできて、彼らはそれに跨り、王宮へ飛び去っていった。


「行くか」


 俺たちは歩き出し、舞台を降りていったディードリッヒや魔王聖歌隊のもとへ向かう。

 未だ周囲の喧騒はやまず、往来は人混みで溢れている。


 それをかき分けていくと、ディードリッヒが待っていたと言わんばかりに、こちらを見つめていた。

 俺がやってくると、その男はニカッと笑った。


「よう、魔王。すまぬな。魔王聖歌隊の練習を少々覗きにきたのだが、どうにも心躍ってしまってな。辛抱たまらなかった。声をかけ、ちいとばかし楽しませてもらったぞ」


「なに、満足できたなら幸いだ。元よりその歌は、お前への手土産だからな」


「そいつは重畳」


 ディードリッヒは豪放に笑う。


「俺たちがアガロフィオネに来るのを知り、わざわざ出向いたのか?」


「おうよ。それと少々、野暮用もあったのだ。本来は、お前さんが王宮に来たときに、出迎えるべきであった」


「なに、未来が見えようとその身は一つだ。気にすることはあるまい」


 すると、ディードリッヒは俺に向き直り、頭を下げた。


「我が配下、竜騎士団のリカルド、そしてシルヴィアの命を救ってくれたこと、心より礼を言おう」


「よい。あれはリカルドへの詫びと、もののついでだ」


 未来が見えても、欠竜病と老衰病は治せぬ。

 自然治癒しようのない病気だ。ナフタの力で限局しようとも、症状を遅らせられるだけで完治は難しかろう。


 恐らくあの力は、ナフタが近くにいないと効果がないだろうしな。

 かといって、未来神を病人の治療にだけ使うわけにもいくまい。


「すでにわかっているだろうがな、ディードリッヒ。アガハの預言者に用があってきた」


「お前さんが一番知りたいのは、背理神ゲヌドゥヌブのことだな」


 ディードリッヒがアルカナを見る。


「全能者の剣リヴァインギルマにて、永久不滅の神体と化した天蓋は、なぜ元に戻すことができないのか。それを解決するため、お前さんはアガハへやってきた」


「いかなる理由が隠されていようと、俺はそれに辿り着く。ならば、未来を見れば、今、その理由がわかるだろう」


「そいつは正解だ。だが、今それをお前さんに言うわけにはいかん」


「ほう」


 少々意外な答えだな。

 まあ、可能性としてはないわけではなかった。


「つまり、俺がそれを知れば、よからぬことが起こるというわけか?」


「お前さんにとって、とは言うまいて。こいつは俺の事情だ」


 背理神であるアルカナが、アガハに関わることになるのか。

 あるいは、俺の今後の行動が、この国の行く末を左右するのやもしれぬ。


「お前さんの記憶についても、そうだ。せっかくの来訪だが、今はまだ預言をしてやるわけにはいくまいて」


「構わぬ。知らぬだけで、より良い未来に辿り着くというのならば、そちらの方がいいだろう。結局は、遅いか早いかの違いにすぎないことだ」


「お前さんにとってより良い未来かは、わからないだろうよ」


 くはは、とその言葉を笑い飛ばした。


「この手が届く範囲のより良い未来ぐらいは、なにがどうあろうと、つかみとってみせるぞ。ならば、アガハにとってもより良い未来である方がよい」


 答えに満足したように、ディードリッヒは破顔する。


「魔王や、お前さんの言葉は、未来を知っていてなお、清々しいものだ」


「それは、なによりだ」


「歓迎しようぞ。剣帝王宮に客人を迎える用意はしてある。いくらでも、ゆっくりしていくがいい」


「その言葉に甘えさせてもらおう。あいにくとそれほどゆっくりしている時間はないのだがな」


 ディードリッヒと堅く握手を交わす。


震雨しんうのことだが、いつ、どこで起きるかを伝えておこう。ジオルダルにも、いくつか降り注ぐことになるだろうて」


 ディードリッヒが、<思念通信リークス>にて、俺に震雨しんうが起きる日時、場所、規模を伝えた。


「いいのか? ジオルダルは敵国だろう」


「なあに、構わんさ。あくまで信仰の違い、滅べとまでは思わぬよ」


 震雨の情報を、<思念通信リークス>でジオルヘイゼにいるエールドメードに送っておく。

 あの男ならば、教団に対策を叩き込むのも時間はかかるまい。


 ディードリッヒは踵を返し、剣帝王宮へ歩き出した。

 その横に俺は並ぶ。


 すると、彼ががしっと俺の肩に手を回した。


「なあ、魔王や。お前さん方と交流を深めたいところだが、お互い多忙の身だ。そこで一つ、良い提案がある」


「ほう。聞かせてもらいたいものだ」


「酒宴の席を設ける。一杯やらんか?」


 俺は不敵に笑い、口を開く。


「言っておくが、俺は底なしだぞ」


 ディードリッヒは大きくうなずく。


「なんの。大酒も飲めぬようでは剣帝はつとまるまいて。俺もざっとうわばみよ。それに我が竜騎士団も酒豪揃いだ」


「面白い。サーシャ」


 俺の後ろを歩いていた彼女に言う。


「皆に伝えよ。これから、アガハの騎士たちと一杯やるとな」


「これからって、これから? まだ真っ昼間だわ……」


 呆れたような表情を浮かべるサーシャに、俺はこともなげに言ってやった。


「真っ昼間だからといって、酒が飲めぬとでも思ったか」


どんな酒席になることやら……。



昨年末に開催しました感想欄流行語大賞の集計が終わりました。


栄えある大賞は、

『○○だからといって、△△だと思ったか』シリーズ


です。


アノスと言えば、この台詞。

皆様の頭にも強く残っていたようで、順当に票を伸ばしました。

おつき合いくださいました皆様、ありがとうございます。


その他、どんな言葉へ投票が多かったかなど、活動報告に簡単にまとめましたので、よろしければご覧になってくださいませ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ