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神竜の正体


 シンとエールドメードがセリスたちと対峙した頃――

 神竜の歌声が届かぬぎりぎり外、天蓋の付近に俺たちは転移した。


 眼前に見えたのは、ジオルダルから唱炎が立ち上る光景だ。

 燃え盛る浄化の火は、天蓋を衝く槍が如く、ミッドヘイズを貫こうとする。


 増設した地下ダンジョンの結界があるとはいえ、これで二発目。

 次の唱炎には耐えられまい。


「先に行くぞ」


 天蓋に覆われた地底の空を、光の如く一瞬で飛び抜ける。

 俺の飛行速度に、かろうじてついて来られたのはアルカナ一人だ。


 地底の大地に魔眼を向ければ、三射目の炎が、チラリと瞬いた。

 勢いよく燃え盛り、三度みたび立ち上った唱炎を、俺は<破滅の魔眼>で凝視する。


「滅びよ」


 押し迫る唱炎は、俺の体に迫る毎にその火勢を弱めていき、やがて消滅した。


「二射目と三射目の射点が違う」


 追いついてきたアルカナが言う。


「そのようだな。ミッドヘイズを狙った魔法砲撃は、<聖歌唱炎ランレズ>か、それに類する魔法。あのときよりも数段強いということは、<信徒再誕エグレド>で多くの死者を蘇らせたのかもしれぬ」


「選定審判にて滅びた神は、それが終わるまで蘇ることはない。<信徒再誕エグレド>は福音神ドルディレッドの権能なしに使える魔法ではないはず」


「確かに滅ぼしたがな」


 あの至近距離で、この魔眼で見たのだ。

 見間違えるはずもない。


「<聖歌唱炎ランレズ>って、音韻魔法陣なのよね? ジオルダルには信徒が沢山いるんだし、人数をかき集めて歌えば、今ぐらいの威力にならないかしら?」


 そう口にしたのはサーシャだ。

 彼女は飛行速度を増すため、ミーシャと融合し、アイシャになっている。


 ミサもアヴォス・ディルヘヴィアの真体を表し、レイとともに、追いついてきている。


「ふむ。不可能ではなさそうだな。<信徒再誕エグレド>が使えぬならば、それが妥当か」


 神竜の歌声のせいで、さすがにこの距離ではジオルダルの街にいる竜人たちの姿までは見えぬ。


「あるいはこのために、地上の存在をジオルダルの民に伝えなかったのかもしれぬ」


 天蓋の上に国があり、自分たちと同じように人が住んでいると知っていれば、いかに敬虔なる信徒と言えども、善良ならば、このような真似はできまい。


 余計な躊躇を与えず、神への疑心を生まぬように、真実を隠したか?


「……なぜ教皇は、地上を撃つのだろう?」


 アルカナが俺に疑問を向ける。


「さてな。国を撃ったところで、俺が選定審判を終わらせるのをやめるわけでもなし。いたずらに火種を大きくする理由などないはずだが、それはこちらだけの都合なのかもしれぬ」


 ミッドヘイズを滅ぼして、どうするつもりなのか。

 魔族の国を撃てば、俺の怒りを買うだけというのが、わからぬわけでもあるまい。

 

 まあ、訊いてみぬことにはわからぬ。


「やることは、教皇に宣言した通りだ。この魔法砲撃を止め、奴の万策を封じ、その上で事情を聞き出す」


 俺たちはじっと眼下に視線を凝らす。


「……んー? 撃ってこなくなったぞ?」


 エレオノールが不思議そうな表情を浮かべる。


「……弾切れ……ですか?」


 ゼシアの問いに、エレオノールはうーんと頭を悩ませた。

 この程度で魔力が尽きるようなら、初めから撃ってはこなかっただろう。 


「僕たちがここにいる以上、撃っても仕方がないって考えてるんじゃないかな?」


 レイが言う。


「その可能性はあろう。どこから撃とうと地底からミッドヘイズを狙うには、この空域を通らねばならぬ。撃てば射手の位置がわかり、俺たちに潰される。第一射から第三射の間隔と射点からいって、最低でも唱炎を放てる部隊は三個。千人規模の大隊といったところか」


 十中八九、それ以外にも部隊がいるだろう。


「撃ってこないのは、砲撃済みの大隊を大急ぎで移動させているのだろう。先程の射点には、最早奴らはいまい」


 迂闊に降りれば、守りが手薄になった隙に、別の場所から砲撃される恐れもある。


「普段なら、根比べしたいところだけどね」


 困ったように、レイは微笑む。


「こちらに限れば得策だが、シンとエールドメードはどうだろうな? 幻名騎士団があの三人だけとは限らぬ。奴らに介入されては、穏便に済むものも済まぬだろう」


 セリスの力の底がわからぬとはいえ、あの二人ならば、時間稼ぎはできるだろう。

 だが、互いに全力でぶつかるとなれば、勝敗は読めぬ。


 セリスたちの動きを封じている今の内に、この魔法砲撃を根本から断つしかあるまい。


 さもなくば、奴はこの戦況をかき乱し、俺がジオルダルを滅ぼすしかなくなるところまで、持っていこうとするに違いない。


「アルカナ一人を残し、他の者はジオルダルの各地で唱炎を歌う信徒たちを索敵、撃破する」


「あの唱炎を防ぐことはできる。ただし、限度もある」


 アルカナが冷静に言った。


「それが狙いだ。撃つメリットがあるのならば撃ってくるだろう。そうすれば、射点がわかる。今度は移動する前に潰せばよい。奴らがアルカナの護りを突破するのが先か、こちらがすべての部隊を無力化するのが先か、というわけだ」


 一瞬考え、アルカナは言った。


「わたしにあなたの国の命運を預けていいのだろうか?」


「お前が一番適任だ。神が立ち塞がれば、信徒たちも砲撃を躊躇うかもしれぬ」


「……代わりがいるのならば、別の者に……あなたの国は、この身が背負うには重すぎる。それは、もっとも信頼できる者がやるべきこと」


 ふむ。一理あるがな。

 しかし、どこか妙だ。


 リーガロンドロルから戻ってきてからか。

 アルカナの心には、迷いが見え始めた。


 思い出せなかった、と彼女は言った。

 しかし、それでも、なにも見えなかったわけではないのかもしれぬ。


「アルカナ。お前の願いはなんだった?」


「救いを」


 彼女は静謐な声で、確かに言った。


「どうか人々が、救われますように。それが、わたしの願い」


「ならば、お前以上に適任はいない。守り通せ、お前の背中にあるのが、その願いだ」


 アルカナはじっと俺の目を見た後、こくりとうなずいた。


「……あなたの言う通りにしよう……」


「行くぞ。レイは東、ミサは西、アイシャは北、エレオノールとゼシアは南、俺は中央のジオルヘイゼに降りる。魔法砲撃が放たれたなら、射点から一番近い者がそこへ向かえ」


 俺たちは目配せをして、すぐさまジオルダルの大地へ降下していく。


 なにかしらの方法で奴らはここを見ているだろう。

 一定以上天蓋から離れれば、撃ってくるはずだ。


 大地がみるみる迫る。竜着き場はすぐそこだ。

 東の方角が光ったかと思うと、そこから唱炎が立ち上った。


『雪は舞い降り、空を照らす』


 <創造の月>アーティエルトノアが地底の空に浮かぶ。

 それはキラキラと光る雪月花を降らせ、天蓋を守る白銀の結界を作り出した。


 ゴォォォォォォッと地底から立ち上った唱炎が、雪月花の結界と衝突し、しのぎを削る。

 火の粉と雪の欠片が、幻想的にジオルダルの大地へ降り注いだ。


『行ってくるよ』


 レイが魔法砲撃の射点へ向かう。

 すぐさま、唱炎が上る。今度は西からだった。


「片付けてきますわ」


 ミサがそこへ向かうと、また二箇所から唱炎の魔法砲撃が放たれた。


「ゼシアたちの……出番……です……」


「死なない程度にぶっ殺しちゃうぞっ」


 ゼシアとエレオノールが南側へ向かう。


「やっぱり、音韻魔法陣を構築しているのは、信徒みたいね」

「……全員で一〇一二名……」


 サーシャとミーシャが言い、北側の射点へ向かった。


 ジオルヘイゼの竜着き場に俺は降りる。

 見れば、魔王城の入り口付近に魔王学院の生徒たちがいた。


 いったい何事かという顔を浮かべながら、立ち上る唱炎と、それを阻む白銀の月を見上げている。


「あっ……! アノス様っ!」


 エレンが俺に気がつくと、ファンユニオンの少女たち全員がこちらを振り向く。

 続いて魔王学院の生徒たちも俺に視線を向けた。


「城に入っているがいい。少々、ミッドヘイズが撃たれていてな。ここは戦場になるやもしれぬ。他の者にもそう伝えよ」


「わ、わかりましたっ……!」


 彼女たちは飛ぶような勢いで、魔王城の中へ入っていく。

 

 さて、近くで唱炎が上がらぬようなら、教皇を探すか。

 大聖堂にいればいいのだがな。


 しかし、妙なことをするものだ。

 こちらの誘いだとわかっていただろうに、四個大隊を使って一気に唱炎を上げるとはな。


 まだ伏兵が多くいるということか。

 だが、あれだけの大魔法だ。ジオルダルの竜人たちの魔力を考えれば、そこまで多くの戦力が残っているとも思えぬ。


 にもかかわらず、貴重な戦力を惜しみなく投入した。

 まるでさっさと見つけてくれと言わんばかりに。


 アルカナ一人の護りだ。

 うまくいけば、唱炎の集中砲火で突破できようが、最善手とも思えぬ。


 派手に撃ってきたのは陽動か?

 ならば、本命は別にあるはずだ。


 なにが狙いだ?


「トモッ、ダメだよっ……! お城に帰ろっ!」


 クゥルルッと可愛らしい鳴き声が響く。

 視線をやれば、小さな竜トモグイが、ナーヤと追いかけっこをしていた。


 ナーヤはなんとかトモグイを捕まえ、ぎゅっと胸に抱く。


「も、申し訳ございませんっ。この子、すぐ竜を食べようとして、外に出たがるんです……」


「今は竜はいないようだがな」


「あれ……?」


 ナーヤが竜着き場を見渡す。

 いつも何匹かいる竜が、今は一匹もいなかった。


「クゥルルッ」


 トモグイが鳴くと、竜着き場に巨大な魔力球が現れた。

 それは、次第に小さくなりボールほどの大きさまで縮む。


 その魔力の球が、トモグイのそばまで飛んでくると、その竜はキュウッとひと鳴きし、ぱくりと飲み込んだ。


 途端に、音が止まった。

 うるさいほどに鳴っていた神竜の歌声が、綺麗に消えたのだ。


「と、トモ? なにを食べたの……?」


 不思議そうに、ナーヤはトモグイを見る。

 一瞬、その小さな竜が消えたかと思うと、クゥルルッ、クゥルルッという鳴き声だけが響きだした。


「トモッ? どこっ? 出てきてよっ。お城に戻ろうっ」


 ナーヤが心配そうに言うと、クゥルルッとまたトモグイの鳴き声が聞こえた。

 小さな竜はどこにもいっておらず、ナーヤの肩に止まっていた。


「……あれ?」


「ふむ。こいつは、食らった竜の特性を身につけられるのかもしれぬな」


「え……?」


 ナーヤが疑問の表情を浮かべた。


 竜のみを食べるトモグイが、この歌声を食べた。

 つまりは、そういうことなのだろう。


 ジオルダルに響く歌声は、神竜が発している。

 だが、神竜を見た者はどこにもいない、とアヒデは言っていた。


 それは半分正解で、半分は誤りだ。

 神竜は常にこの地にあった。誰もがそれに触れていた。


 なぜならば、それは目には見えない音の竜。

 すなわち、この歌声そのものだ。


 ジオルダルは、ずっと巨大な音の竜の体内にあったのだ。


判明した神竜の正体、そして教皇の目的とは――?

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