表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
272/726

虚実の戦い


 冥王が倒れたその直後、セリスは彼を蘇生しようともせず、指先をエールドメードへ向けていた。


「<紫電雷光ガヴェスト>」


 セリスの声が響く。

 けたたましい雷鳴とともに、荒れ狂う紫電が放たれる。


 それは熾死王が反応できぬほどのほどの速さで彼を貫き、その神体を容赦なく削る。


「カカカ、ようやくやる気になったな。遊んでもらおうではないか、魔王の父、セリス・ヴォルディゴードッ!!」


 刹那、セリスは熾死王の眼前に接近を果たしていた。

 その手が、ぬっと伸びてきて、奴の顔面をわしづかみにする。


 人の良さそうな顔で、セリスは言う。


「お遊びは終わりだよ」


「ようやく隙を見せましたね」


 白刃が駆ける。


 セリスが踏み込む呼吸を読み、シンはこれ以上ないといったタイミングで、略奪剣ギリオノジェスを、奴が展開し続けている球体の魔法陣へ一閃した。


「見せた覚えはないよ」


 紫電が瞬く。


 ガガガガガッと激しい音を鳴り響きかせ、放たれた<紫電雷光ガヴェスト>はシンの略奪剣を叩き折った。


 いとも容易くギリオノジェスが折れたのは、その瞬間、シンの魔力が無と化していたからだ。

 

「断絶剣、秘奥が弐――」


 魔力を吸う呪いの魔剣、断絶剣デルトロズが冷たく、美麗な刃と化す。

 一撃のもとに敵を断絶するその秘奥が、閃光より素早く走った。


「<ざん>」


「<迅雷剛斧ガルヴェドゥール>」


 恐るべき秘奥の刃が前に、セリスは一歩も退かず、真っ向から右腕を振り上げた。


 球体の魔法陣から溢れ出す紫電が、彼の右腕に纏うように集い、攻防一体の巨大な戦斧と化す。

 そうして迅雷の如く、断絶剣デルトロズを迎え打った。

 

 断絶の刃と迅雷の斧が衝突し、ジジジジジッと耳を劈く爆音が鳴り響く。

 セリスの<迅雷剛斧ガルヴェドゥール>は真っ二つに折れ、そして、シンのデルトロズは黒こげに焼かれた。


「もう一度試してみるかい?」


 セリスが魔力を手に集中すれば、折れた<迅雷剛斧ガルヴェドゥール>が再生していく。


「カッカッカ、素晴らしいではないか。シン・レグリアの剣をそこまでできる者は、そうそういるものではないぞっ!」


 セリスの背後に立ったエールドメードが、黄金の炎を手から立ち上らせる。


「さあ、更なる力を見せたまえっ!」


 神剣ロードユイエが勢いよく射出された。


 しかし、それはセリスに斬りかからず、あさっての方向へ飛んでいく。


「カイヒラムの<自傷呪縛デグデド>は続いているよ」


「おかげで渡す手間が省けるというものだ。なあ、シン・レグリア」


 カイヒラムに向かって飛んだロードユイエを、シンがつかんだ。


「オマエならば、使えるだろう」


 その神剣の主を一瞬で自らに書き換え、シンはセリスへ向かって前進した。


 彼を押し潰すが如く、セリスが上段から<迅雷剛斧ガルヴェドゥール>を振り下ろす。


 重さと速さを兼ね備えた稲妻の戦斧と、シンはロードユイエにて切り結ぶ。

 三度の衝突。先刻同様、凄まじい轟音が鳴り響くも、今度は双方の刃は、共に無傷。


 流れるような技法で鍔迫り合いの形に持ちこんだシンは、次の瞬間いなすように、その戦斧を技でもって、打ち払った。


 <迅雷剛斧ガルヴェドゥール>は強力なれど、剣技ではやはりシンが勝る。

 懐に入るや否や、彼はロードユイエを一閃した。


 <迅雷剛斧ガルヴェドゥール>を纏っていない右腕の付け根を狙い澄まし、そして斬り落とす。


 血が飛び散り、セリスの右腕が宙を舞った。


「へえ」


 後退するセリスを追いかけるように、シンはロードユイエを彼の心臓に突き出す。


 ズドンッ、と落とされたのは、<迅雷剛斧ガルヴェドゥール>だ。


 切り離された右腕が独立した生き物のように動き、その紫電の斧で、シンのロードユイエを握った右腕を斬り落としていた。


 セリスは左手で右腕をつかむと、それを無理矢理自らの体に接合する。


「ようやく隙を見せた、と思ったかい?」


 微笑んだセリスは、しかし、なにかに気がついたように、地面に落ちたシンの腕を見た。


 それが霧に変わった。

 腕だけではない、シンの体もまた霧と化していく。


 そうして、彼は二人に増えた。

 セリスが不可解そうに視線を向ける。


 視覚と魔眼を欺く魔法はいくらでもある。

 だが、どれだけ深淵を覗いても、彼の体に魔法陣は展開されていなかった。


「きゃははっ」


 子供のような甲高い笑い声が響く。


「外れ外れっ」


「剣のオジサンじゃないよっ」


「常識常識っ」


 そこに姿を現したのは羽を生やした小さな妖精、ティティである。

 彼女たちは二人のシンの周りを飛び回っている。


 足音が響き、セリスは背後に視線をやった。


「私の国の子供たちですよ。未知の地底に行くという話をしましたら、どうしても着いてくるとせがまれましてね」


 離れた場所に三人目のシンの姿が現れる。


 <迅雷剛斧ガルヴェドゥール>に切られる寸前、同じくついてきていた隠狼ジェンヌルの神隠しの空間に逃れ、ティティと入れ替わったのだ。


「新しい悪戯」


「覚えたよ」


「本物は」


「だーれ?」


 ティティたちの姿が霧と化し、この場を覆いつくす。

 三人のシンたちも一度霧に溶け、そうしてその霧が二二人のシンの姿に変わった。


 魔眼を凝らしてみても、どれが本物なのか、まるで見当がつかない。


「アハルトヘルンの精霊たち、か……」


「ええ。長らく地底にいたせいか、精霊のことはあまり詳しくないようですね」


 シンと偽物のシンたちが同じ言葉を発する。


「それがどうかしたかい? 見分けがつかなければ、すべてを吹き飛ばすまでだよ」


 球体の魔法陣に、セリスは手を突っ込んだ。

 そこに直接魔力を注げば、魔法陣は紫電に染まり、バチバチと周囲に雷光を撒き散らす。


「さあ――」


 ぐっとセリスが拳を握ると、魔法陣が圧縮されるように、彼の右手に凝縮された紫電が集う。


 感じるのは、圧倒的な破壊の力。

 それをもって、痕跡神を、そしてジオルダルを滅ぼそうとしていたのだろう。


「――なにもかも灰燼と化してしまえ」


 その途端、世界が白く染まった。

 セリスの魔法ではない。


「時神の庭……」


 セリスが呟く。

 カッカッカ、と嘲笑うようにエールドメードの声が響いた。


「一〇体の番神を生んだとは言ったが、一一体でなかったとは言っていないぞ」


 セリスがその魔眼で注意深く周囲を見回していく。

 だが、時の番神の姿はどこにも見当たらない。


「種も仕掛けもありはしない。悪戯好きの妖精、ティティたちが、かの神を隠し、そして今、シン・レグリアの姿に化けさせてもらっているのだ」

 

 二二人のシンが、油断のない歩法で、セリスの周囲を取り囲んだ。

 ニヤリ、とエールメードが笑う。


「さてさて。当たりが一つ、外れが二〇、残り一つの大外れを引いたならば、めでたく数時間後の世界へ飛ばされるだろう」


 セリスは空いている左手で魔法陣を描いた。


「<紫電雷光ガヴェスト>」


 紫電が天地に落雷し、時神の庭を壊していく。

 同時に地面を蹴り、接近したシンが、セリスの顔面をロードユイエで強襲した。


 寸前のところで、奴はそれを避ける。

 だが、完全には避けきれず、その首筋から血が飛び散った。


「そこだよ」


 時神の庭が破壊されたことで、僅かに反応を見せた二二人の内の一人。

 それが、エウゴ・ラ・ラヴィアズだと判断し、奴は<紫電雷光ガヴェスト>で撃ち抜いた。


「こんな子供騙しじゃ――」


 そう言おうとして、奴は周囲に魔眼を向ける。

 そこは、まだ真っ白な世界。時神の庭の中であった。


「カッカッカ、一一体生んだとは言ったが――」


 愉快千万といった風に、エールドメードは唇を吊り上げる。


「――本当は一二体でなかったとは言っていないぞ」


 もう一体、シンの姿に化けたエウゴ・ラ・ラヴィアズがいるのだろう。

 いや、果たして本当にもう一体だけなのか?


 セリスは疑念に駆られているに違いない。


「親子というだけあって、オマエは、あの魔王と似ている。その力が巨大すぎるがゆえに、本気を出せば不必要なものまで破壊してしまうのだ。その右手の魔法、使えば確かにこの時神の庭を何重に重ねていようとも、吹き飛ばせよう。だが、そうすれば時の番神を巻き込んでしまう」


 番神を滅ぼしてしまえば、時神の庭から出たときに、数時間が経過してしまう。

 それでは、賭けが終わっているだろう。


「無論、<紫電雷光ガヴェスト>で一つずつ庭を壊していってもいいが、さて、このオレがあといくつ番神を生んだのか、把握しているか?」


 その問いも、熾死王はあえて本質を伏せている。


 覚えていたとしても、いざとなれば、シンが番神を斬ってしまえば、それでセリスは数時間後に飛ばされてしまう。

 どれがシンで、どれが番神かわからぬ以上、セリスにそれを防ぐ術はあるまい。


 そして、防ぐ術があったとしても、まだ熾死王は奥の手を隠している可能性もある。

 そう匂わせているのだ。


「そこで<契約ゼクト>だ。一〇分大人しくするのと引き換えに、オレの口を封じておけ。ああ、そうそう、エウゴ・ラ・ラヴィアズを産めるのならば、過去へ遡り、なにがあったかを確かめることも容易い。ついでにその辺りも一通り封じさせてやろう。悪い条件ではないのではないか?」


 エールドメードが<契約ゼクト>の魔法陣を描く。


「ここから力尽くで出ようとせずとも、一〇分待てば出られるのだ。ならば、<契約ゼクト>に応じたからといって、オマエにどうしても隠しておきたい秘密があるとも限らない。良い大義名分ができたはずだ」


 周囲にいるシンとその偽物たちを睨み、セリスはふうとため息をついた。


「やれやれ。仕方がないね。アノスが言った通り、君は厄介な男だよ」


 右手の魔法陣を消し、セリスは<契約ゼクト>に調印する。

 ともすれば、エールドメードは利用できる。そう考えたのかもしれぬ。


「カッカッカ、交渉成立ではないか。いやいや、この男は強敵だ。危ないところだったぞ、魔王。まあ、理想に届かせるためだ。オマエにとって有用な情報と引き換えに、時間稼ぎをせざるを得なかった」


 いったい、セリスのなにを知っているのか。愉快痛快とばかりにエールドメードは、そんな<思念通信リークス>を送ってきた。


時間稼ぎは成功のようですが、勝ったのは誰なのでしょうね……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
トリックスターが最高にトリックスターしてる…。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ