神の力と魔族の力
審判の篝火が、轟々と燃えている。
セリスたち三人と、シン、エールドメードは対峙したまま、睨み合いを続けている。
静寂を打ち破るように、熾死王は言った。
「カカカ、どうした、セリス・ヴォルディゴード。<契約>しないのならば、早々にこの口を封じてくれ。それともなにか? また魔王が蹂躙するだけのつまらぬ戦いにしたいのか? ん?」
自然体を崩さず、平然と自分を見据えるセリスに、エールドメードは続けて言った。
「あるいは、今ここで、オレがあのことをぶちまけることさえ、オマエの計画の内というわけか?」
「言ってごらんよ。それでわかるんじゃないかい?」
動じぬセリスの言葉に、カッカッカとエールドメードが笑う。
「そう、そう、それが正解だ。慌てふためき、<契約>に応じるようならば、心当たりがあると言わんばかりだからな。さすがは魔王の敵となろうという男、そうこなくてはなっ! では、遠慮なく言ってやるぞ。オマエは――がふぅっ……!!」
エールドメードの喉に、真紅の魔槍が突き刺さっていた。
「相も変わらず、油断の多い男よ。そなたの考えは、あの魔王よりも理解に遠いぞ」
次元を越え、離れた距離から冥王はディヒッドアテムを押し出す。
勢いよく、その穂先は熾死王の喉を貫通した。
しかし、血まみれになりながらも、エールドメードは笑みを見せる。
「オレが油断したから刺したのか、それとも喋られてはまずいから刺したのか?」
「戯れ言を」
イージェスがそのまま槍を振り下ろそうとするも、熾死王はその先端の柄をぐっとつかみ上げる。
「俺様の矢に、射抜かれ果てろ」
カイヒラムが、魔弓ネテロアウヴスから三本の矢を放つ。
ディヒッドアテムに貫かれたままの熾死王には逃れる術もなく、脳天、心臓、腹部を矢に串刺しにされた。
「その身を呪え、ネテロアウヴス」
カイヒラムの言葉とともに、矢の刺さった傷口に黒い靄が立ちこめる。
それは、体を蝕む呪い。魔力と筋力にかけられる、魔弓の重りだ。
「ぬんっ!」
イージェスの槍に押され、熾死王の体からまた鮮血が散った。
「良いのか、千剣。団長殿を警戒するばかりでは、仲間が死ぬというものぞ」
イージェスの言葉に、しかし、シンは泰然と構え、セリスを見据えたまま動こうとしない。
「どうぞ、そのままとどめを。今は同じ配下とはいえ、熾死王はいずれ我が君に仇なす輩。ここで始末できるのならば、私としても幸いです」
冷たくシンが言い放つ。
機先を制するようなその鋭い殺気を前に、セリスも不用意には動こうとしない。
熾死王が倒れれば、三対一、待ちに徹するだけで戦況が有利になると考えたか。
「しかし、冥王、あなたこそ油断なきように。無策で刃に身を曝すような愚か者ならば、彼はとうの昔に我が君に屠られております」
シンの言葉に、ニヤリと熾死王が笑う。
「天に唾を吐く愚か者よ。秩序に背いた罰を受けろ。神の姿を仰ぎ見よ」
奇跡を起こす神の言葉がエールドメードの口からこぼれる。
その体が光に包まれ、魔力が桁外れに膨れあがった。
「カカカカッ!!」
エールドメードの体が変化していく。
髪は黄金に、魔眼は燃えるような赤い輝きを、その背には魔力の粒子が集い、光の翼を象っていく。
けたたましい地響きを立て、エーベラストアンゼッタが震撼する。
膨大な魔力が有した真なる神の存在が、空気を爆ぜさせ、世界をも揺るがす。
その神体が放つ圧倒的な反魔法と魔法障壁の前に、ディヒッドアテムが折れ、ネテロアウヴスの矢が砕け散った。
「……むうっ……貴様……」
すぐさま冥王は自らの左胸を手で突き刺し、血を使って魔槍を作る。
その隻眼の魔眼で、じっと熾死王の深淵を覗いた。
「カカカ、わかるか、イージェス。二千年前から狙っていたものをようやく手に入れたのだ」
シルクハットを外し、熾死王はそれをお手玉する。
手の中で弾む度に、その数が増えていく。
「しかし、実のところ、神体にまだあまり慣れていないのだ。どの神が出るかは、サイコロの目次第。さてさて、なにが出るのやら?」
一〇に増えたシルクハットをエールドメードは宙へ投げる。
「天父神の秩序に従い、熾死王エールドメードが命ずる。産まれたまえ、一〇の秩序、理を守護せし番神よ」
一〇個のシルクハットから、紙吹雪とリボンのような光がキラキラと大量に降り注ぐ。
まるで手品の如く、それらが番神の体を象り始めた。
それは白い手袋をはめ、真っ白なフード付のローブを纏った、顔の見えぬ番神。
<時神の大鎌>を携えた、一〇名のエウゴ・ラ・ラヴィアズがそこに顕現していた。
「これはこれは、まさかまさかっ! 時間を稼ぎたいこのときに、時の番神が一〇体とは。まるでイカサマでもしているようではないかっ!」
ナーヤと盟約を交わし、彼女が召喚することで、エールドメードはいつでも神体を現せられるようになった。
俺に気取られぬよう、秩序の使い方を試行錯誤していたのだろうな。
「さてさて。では、時神の庭へ行こうではないか」
途端に世界が白く染め上げられる。
床も天井も壁も、審判の篝火さえも真っ白に変わった。
時神の庭――エウゴ・ラ・ラヴィアズが時間の秩序を調整するため、異分子を排除する際に構築する異空間。
「オマエたちならば、知っているだろう。世界の時から隔離したこの庭からは、エウゴ・ラ・ラヴィアズを倒してしまえば、元の時間に戻ることはできない。数時間先に着いてしまうだろうな。その頃にはすべてが終わっているとは思うが、どうだ?」
エールドメードが、セリスに問う。
「そろそろ<契約>を交わす気になったのではないか? 大人しく一〇分待てば、このオレの口を封じるのみならず、ここから出してやってもいいぞ。出血大サービスとは思わないか? どうする?」
「やれやれ。秩序に背くガデイシオラが、番神如きに屈すると思ったかい?」
球体の魔法陣にセリスは片手をかざす。
そこから、紫電が無数に溢れ出し、天地双方に落雷する。
「<紫電雷光>」
純白に染まった世界に、紫の雷が無数に走り、更に数倍に膨れあがった。
時が停止している時神の庭を、無理矢理叩き動かすが如く、禍々しき雷鳴を轟かせ、それは白の世界を、暗紫に染める。
床が、壁が、天井が雷によって裂かれ、時神の庭が消し飛んでいく。
世界は色を取り戻し、エウゴ・ラ・ラヴィアズを倒さぬまま、彼らは元の世界に戻ってきた。
「ご覧の通りだよ」
「素晴らしいではないか!」
時の番神の秩序を容易く一蹴したセリスを、恐れるどころか熾死王は愉快そうに唇を吊り上げる。
「だが、秩序に背けばそのツケは回ってくるものだ。完全に元の時間に戻れてはいない。先程よりも一分経ってしまったぞ」
時の番神たちは、再びその場に真っ白な空間を作りあげていく。
「それが限界ではないのはわかっているぞ。本気を出せ、セリス・ヴォルディゴード。さもなくば、<契約>に応じたまえっ!」
セリスは即座に<紫電雷光>を放ち、時神の庭を破壊する。
「これで二分だ。<契約>ならたった一〇分で済むが、さてさて、このままいけば、どこまで時間を稼げるのやら?」
「二分で仕舞いよ」
冥王の言葉と同時、一〇体のエウゴ・ラ・ラヴィアズが真紅の槍に貫かれた。
「紅血魔槍、秘奥が壱――」
イージェスが、静かに呟く。
「<次元衝>」
一〇体の番神に穴が穿たれる。
その穴の中に、エウゴ・ラ・ラヴィアズは吸い込まれ、消滅した。
体の時が止まり、傷つくことのない時の番神はしかし、イージェスの秘奥によって、時空の彼方に飛ばされたのだ。
「神の力を手に入れたからといって、あまり調子に乗らぬことよ」
「冥王、オマエには、神剣ロードユイエの審判を下そうではないか」
熾死王の手から、黄金の炎が噴出する。
それは黄金の剣となりて、イージェスへ射出された。
「ぬんっ!!」
神剣ロードユイエをディヒッドアテムが打ち払うも、しかし、その剣はひとりでに宙を舞い、冥王に斬りかかる。
かつて、シンの剣をもってすら劣勢に追い込んだその黄金の剣が、怒濤の如く眼帯の魔族を襲う。
「紅血魔槍、秘奥が弐――<次元閃>」
紅き槍閃が走り、神剣ロードユイエが、時空の彼方へ飛んでいった。
「カッカッカ、さすがは冥王。なかなかやるものだ。ならば、こちらもアンコールにお応えしようではないかっ!」
周囲には黄金の炎の柱がいくつもでき、その半数がロードユイエに変わる。
数十本もの神剣は、勢いよく冥王に射出された。
身構えるイージェスの目の前に、黒い靄が漂う。
ロードユイエがそれを貫通する。
「が……ぅ……」
その黄金の剣が貫いたのは、詛王カイヒラムの体だった。
一本の剣が彼に突き刺さると、すべての神剣は誘導されるように、カイヒラムの体を次々と貫いていく。
「……ぁ…………ぁぁ…………!!」
血は流れず、傷口は黒い靄と化している。
それは禍々しい呪いのように、ロードユイエを包み込む。
「……俺様を……傷つけたな、熾死王……許さんぞぉぉ……」
怨嗟の声が響き渡る。
それと同時に黒い靄が魔法陣を象り、魔法が行使された。
<自傷呪縛>。
魔力で受けた傷を媒介に、その魔力の持ち主を呪い、魔法を自らに引き寄せる呪い。
「カッカッカ、相変わらずのマゾヒストではないか、カイヒラム。構わん、構わん、構わんぞっ。この熾死王が、貴様のプレイにつき合ってやろうっ!」
エールドメードが杖で円を描く。
そこから放出された黄金の炎が、更に神剣ロードユイエを作り出す。
それらは磁石のように引き寄せられ、次々とカイヒラムに突き刺さる。
穿てば、傷口は黒い靄に変わる。
カイヒラムの体は、その殆どが真っ黒になっていた。
「知っているぞ、カイヒラム。全身が靄になれば、<自傷呪縛>は解ける、と魔王が言っていたものでな」
「それまで待つと思うたか、熾死王」
刹那、夥しい鮮血が散った。
エールドメードの内部から、無数の紅い魔槍が突きだされていた。
奴の体を内側から貫いたのだ。
「紅血魔槍、秘奥が参――<身中牙衝>」
穂先のないディヒッドアテムを、イージェスが回転させる。
体内から突き出されたその槍が、エールドメードの体を食い破るが如く、ズタズタに引き裂いていく。
魔力を込めたあらゆる攻撃魔法、回復魔法は、<自傷呪縛>の呪いにより、すべてカイヒラムのもとへ引き寄せられる。
回復することも、反撃することも今の熾死王には不可能――そう、冥王は思ったことだろう。
「これで、終わりよ――」
とどめとばかりに勢いよく回転させたディヒッドアテムが、しかし、イージェスの手からこぼれ落ち、あさっての方向へ飛んでいく。
「……かっ…………!?」
全身が脱力するが如く、イージェスが膝をつく。
「………………こ、れ、は…………」
最後の気力を振り絞るように、冥王はその隻眼で、周囲を見つめた。
エールドメードが撒き散らした黄金の炎によって、床が燃えている。
そこに紛れ、<熾死の砂時計>が四四個置いてあった。
内部の砂は、すべて落ちきっている。
呪いが発動し、冥王の命を奪い去ったのだ。
「カッカッカ、天父神の秩序は簒奪したもの。カイヒラムに呪われたのは、そちらの方だけで、このオレの魔力は自由に使える」
エールドメードは自らの魔力で、<総魔完全治癒>を使い、傷を癒していく。
それができることを悟られぬよう、彼は呪いが発動するまで無防備に冥王の秘奥を受け続けたのだ。
「……不覚…………」
イージェスがその場に崩れ落ちる。
<蘇生>の魔法を使ってはいるが、<熾死の砂時計>が発動している限り、蘇生は完了しない。
コツン、と杖をつき、熾死王は笑う。
「神族を甘く見るなと口を酸っぱくしてオマエは言うが、この熾死王の力を甘く見過ぎたのではないか、なあ、冥王」
熾死王さん、冥王もう死んでます――




