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裏切りと偽りの神


 セリスに気負った様子はまるでなく、まるで古くなった椅子を処分するだけと言わんばかりであった。


 脅しにも、ハッタリにも見えぬ。

 本気でジオルダルを滅ぼすつもりでいるのだろう。


「また性急なことだな。それとも、今日まで準備をしてきたか?」


「困ったことに、君のことは想定外なんだよ、アノス」


 まるで困ったようには見えぬ調子でセリスは言う。


「僕たちが準備をしてきたのは、痕跡神リーバルシュネッドを滅ぼすことでね。本来なら、昨日の時点でそれは達成できているはずだった」


「神族に敵意を持つのは無理からぬことだがな。しかし、一口に神といっても様々だ。リーバルシュネッドは眠り続けていた。なにか滅ぼす理由があったか?」


「神であること」


 こともなげにセリスは言った。


「それだけで滅ぼす理由は十分だとは思わないかい?」


「思わぬ。眠っているのならば害はあるまい。寝かしておけばよい」


 セリスはすぐに言葉を返す。


「じゃ、こう言い替えてもいい。痕跡神リーバルシュネッドは、地底の守り神だよ。地底と地上はどうしたって相容れない。彼らはいつか地上を侵略するよ。それは今、この瞬間にも。僕も魔族だ。故郷を守りたいからね」


 愛国心を見せるような顔をしながらも、その言葉はどこまでも軽く、信念が見えぬ。

 地上が滅ぼうと地底が滅ぼうと、一向に気にせぬようにも思えるほどだ。


「ジオルダルを滅ぼそうとすれば、きっとリーバルシュネッドがそれを守るために姿を現すよ。諸共滅ぼしてしまえば、地上へ害をなすものが二つ消える」


 セリスは指を二本立てる。


「お前は争いが好きなようだな」


「まさか。争わずに済むのなら、それに越したことはないよ。ただ向こうはそう思っていない。難しいね、平和というのは」


 いかにも人の良さそうな笑顔を貼りつけ、セリスは言った。


「君も今やディルヘイドの王だ。アノス、故郷を守るために、僕と手を取り合わないかい?」


「いいだろう。俺に従え。ジオルダルもリーバルシュネッドも滅ぼすまでもなく、ディルヘイドを守ってやろう」


 嘆息し、セリスは呆れたように笑う。


「やれやれ。聞き分けのない子だね。僕の息子とは思えないよ」


「お前こそ、俺の親とは思えぬほど弱い男だ」


 その言葉に、セリスは興味深そうに目を見開く。


「へえ」


「俺の父を名乗りたくば、力でそれを証明せよ。罪なき民を滅ぼさねば、故郷一つ守れぬほどの弱者が、よくもまあ魔王の父親を名乗るものだ」


「君は甘いよ、アノス。といっても、まだ子供だからね。仕方がないと言えば仕方のないことではある」


「甘い? くはは。そう思うのは、お前の度量が足りぬのだ。まあ、確かに血のつながりはあるのかもしれぬがな。しかし、俺の本当の父は、お前よりも遙かに広い度量を持っているぞ」


 すると、奴は目を細め、こう言った。


「しょうがないね。せっかくの再会だ。僕もあまり大人気ないことはしたくない。もう少し親子の親睦を深めようか」


「ほう」


「賭けをしないかい? 今日中に君があの国を滅ぼしたくなれば、僕の勝ちだ。そのときは、僕がジオルダルとリーバルシュネッドを滅ぼすのに目をつむる」


「面白い。俺がジオルダルを滅ぼす気にならなければ、ジオルダルとリーバルシュネッドからは手を引け。金輪際、関わるな」


 <契約ゼクト>の魔法陣を描くと、迷わずセリスはそれに調印した。


 俺がジオルダルを滅ぼしたくなるほどの真実でも知っているのか?

 頭のおかしそうな男だ。奴にとってはただの遊戯にすぎぬということも考えられよう。


「ところで、アノス。君はまつろわぬ神をつれているね」


 なに食わぬ顔で、唐突にセリスはそんなことを口にする。


「やっぱり君の考えは、ガデイシオラの教えに似ていると思うよ」


 セリスは、サーシャとミーシャに視線を向けた。


「背理神ゲヌドゥヌブ、まさか二つに分かれ、地上に転生しているとは思わなかったよ。地底のどこを探しても、見つからないわけだね」


「あいにく、この二人は俺の配下でな。元々が背理神であったから、つれているわけではない。もっとも、それも本当か、定かではないがな」


 セリスを睨み、俺は真意を探るように言う。


「なにせ、他ならぬお前の言葉だ」


「君は背理神のことをどこまで知っているんだい?」


 動じず、セリスは俺に問いを投げかける。


「まつろわぬ神として、神に敵対する神なのだろう? 後はこの地底ではろくな扱いを受けていないといったことぐらいしか知らぬ。ガデイシオラのことは、アルカナも詳しくないのでな」


 すると、セリスは親切そうな表情で言った。


「秩序に反した秩序。自らの秩序にさえ刃向かい、神々と人々を欺き、背いた、偽りと裏切りの神、それが背理神ゲヌドゥヌブだよ」


 それを聞き、サーシャが視線を険しくする。

 彼女の手をミーシャが優しくとり、ぎゅっと握り締めた。


「ゲヌドゥヌブは、ジオルダルの神であったと言われていてね。敬虔な信徒を従え、彼らと共に地底で行われた最初の選定審判を戦ったという伝承がある。地底に恵みをもたらすために。そうして、勝利した結果、この荒れ果てた大地に盟珠という恵みがもたらされた。ジオルダルは強国となり、他国を属国として、長く繁栄するはずだった」


 ゲヌドゥヌブは、最初の選定審判に参加した選定神か。

 選定審判の秩序に従ったということは、その時点では背理神とは呼ばれていなかったのだろうな。


「だけど、ゲヌドゥヌブはジオルダルを裏切り、アガハに盟珠の半分を持ち去ってしまったんだ。元々、かの神はアガハの神であったようでね。ジオルダルの教皇を騙していたんだよ。それにより、力をつけたアガハは、盟珠を取り返そうとするジオルダルと戦った。双方に多くの死者が出たよ。疲弊した両国は衝突を避け、宗教的な対立をしながらも、表だった戦争はなりを潜める」


 淡々とセリスは説明を続ける。


「しばらくは平穏な日々が続いた。過酷な地底を、召喚竜と召喚神の力で竜人たちは生きていた。けれど、ゲヌドゥヌブは、今度はアガハを裏切った。いや、アガハだけではなく、神が、秩序が間違っていると、それらに剣を向けたんだよ。ゲヌドゥヌブは竜人のみならず、神々にすら反逆し、まつろわぬ神、背理神と呼ばれるようになった」


 秩序が間違っているというのは、理解できぬこともないがな。


「神々と敵対する背理神ゲヌドゥヌブのもとに、やがて、ジオルダルやアガハ、その他の小国から、神を信じられなくなった竜人たちが集い始めてね。背理神は彼らを率いて、神々と戦ったよ。神々を有するジオルダルやアガハともね。やがて、それは国と呼べるほどの集団となり、覇竜の国ガデイシオラが誕生したんだ」


 神と戦う神のもとへ、神を信じぬ者たちが集ったか。

 幻名騎士団の魔族たちも、そうなのだろう。


 少なくとも表向きは。


「しかし、背理神ゲヌドゥヌブは、自ら集めたガデイシオラの民すら裏切った。神々との戦いが続く中、背理神は背中から味方を撃ったんだよ。結局、ガデイシオラの民に、背理神は殺された。討ち取った者は覇王と呼ばれた。だけど、背理神がいなくなったことにより、ガデイシオラは甚大な打撃を受けることになった」


「ふむ。わからぬな。ガデイシオラはその裏切った背理神を未だ祀っているのだろう? まつろわぬ神を信じているはずだ」


「そうだね。ゲヌドゥヌブは偽りと裏切りの神。決して信じてはならない神として、ガデイシオラに祀られている。彼らは神を信じてはいないからね。しかし、地底で生きる限りは神の力は必要だ。だから、背理神を信じないという教えによって、つまりはゲヌドゥヌブが必ず裏切ると信じることにより、ガデイシオラの民は生きているんだよ」


 ややこしいことだが、神を信じぬ生き方と、神の力を借りねばならぬ地底の環境もあり、うまく辻褄を合わせたのだろうな。


「ふむ。簡単に言えば、絶対に嘘をつく神は、正直者と同じということか?」


「そういうことだね。だから、もしも、君がその小さな配下に信頼を寄せているのだとしたら、気をつけた方がいい」


 優しく忠告するようにセリスは言う。


「背理神は必ず、君を裏切るだろうからね」


 キッとサーシャがセリスを睨みつける。


「おあいにくさま。わたしが背理神だったとしても、それだけは絶対にないわ」


「わたしたちはアノスの味方」


 ミーシャが淡々と、けれども強い意志を込めて言った。


「彼の勝利をいつだって願っている」


 動じず、セリスは言葉を返した。


「昨日、彼は言っていたね。最も醜悪な下衆は、まるで善人のような顔をしてやってくる、だったかな?」


 サーシャが犬歯を剥き出しにして、セリスに対する敵意をあらわにする。

 今にも飛びかかろうとする彼女を手で制し、俺は奴に言い放った。


「ありえぬ」


「そう思うのは無理もないことだよ。人は見たいものを見る。現実から目を背けてまでね。魔王と呼ばれる君も、それは同じなんじゃないかい?」


「目を背けるのは力が及ばぬからだろう。都合の悪い現実などは睨みつけて滅ぼしてやり、理想に変えればいいだけのことだ」


 肩をすくめ、セリスは言った。

 

「背理神は必ず裏切る。君の理想さえも、裏切ってしまうよ。ゲヌドゥヌブは偽りと裏切りの神。かつて誰もがその神を信じ、そして誰もが騙され、裏切られた。その意味を、君はいつかいやというほど理解することになる。そう遠くない未来にね」


 セリスは人の良さそうな笑顔を浮かべる。

 それが、無性に胡散臭くてならぬ。


「アノス、僕はね。君が心配なんだよ。君は力があれば、どんな理想にも手が届くと思ってしまっている。厳しいけれど、増長してしまった子供に、現実を教えてあげるのは親の役目だからね」


「それで?」


 目を細め、俺を迎えるようにセリスは両手を広げた。


「……今は受け入れがたいとは思うけどね。短いけれど、僕たちには親子として過ごした楽しい日々もあったんだよ。それを思い出せば、きっと君にも僕の言葉が届くはずだ」


「妄想も大概にせよ」


 数歩奴に向かって足を踏み出す。

 アルカナが俺の隣についてきた。


 迎え打つように冥王と詛王が身構えるも、セリスは軽く手を上げてそれを制した。


「彼女を知っているか?」


 アルカナを指して、俺は言う。


「君が盟約を交わした選定神かな。名もなき神、ジオルダルの教皇は創造神ミリティアだと言っていたけど、僕にも正解はわからないよ」


「父親ぶりたいのならば、俺の妹ぐらいは覚えておくことだ」


 俺に記憶がないと確信している奴に揺さぶりをかけるように、堂々と言った。


「一つ思い出してな。いつだったか、貴様とは楽しい火遊びをしたな」


 まっすぐこちらを見返す蒼い瞳に、俺は笑いかけた。

 その心の動きを見逃さぬよう、深淵を見据える。


「篝火の審判は楽しかったか、セリス?」


化けの皮が剥がれるか――

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