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遡航回廊


 地下遺跡リーガロンドロルの回廊を俺たちは進んでいた。

 魔眼を凝らし、注意深く石畳を観察すれば、所々に肉眼では見えぬほどの極小の傷がついている。


 歩いた際についた傷だろう。まだ比較的新しい。

 

「ふむ。すでに誰かが通ったような跡があるな。警戒せよ、待ち伏せしているやもしれぬ」


 周囲に気を配りながらも、極力速度は落とさず進んでいく。

 リーガロンドロルは広大で、回廊一つとってもかなりの大きさだ。


「やっぱり、その幻名騎士団っていうのが先へ入ったのかしら?」


 サーシャが言う。


「そう考えて間違いあるまい」


「でも、どうして地底の国に魔族がいるんだ? アルカナちゃん知ってる?」


 エレオノールが人差し指を立て、彼女に尋ねる。


「わからない。わかっているのは、少なくとも幻名騎士団は、ガデイシオラの建国からまもなく、その存在を噂されている。その頃はまだ幻名騎士団とも呼ばれていなかったが、正体不明の騎士たちが、ガデイシオラに味方していたのは確か」


「俺の<獄炎殲滅砲ジオ・グレイズ>を食らっても、意に介さぬ相手だ。あの深緑の全身甲冑には恐らく竜が召喚されているのだろうが、それを差し引いても、なかなか強い。神話の時代の者たちだろう」


「二千年前に、地底に来ていた?」


 ミーシャが問う。


「恐らくな」


 地底ができてまもなく、それに気がつき、降りてきたと考えるのが妥当か。


「だけど、なにをしに?」


 サーシャが不思議そうに声を発する。


「わからぬ。ガデイシオラは確か、まつろわぬ神を祀っているのだったな?」


 尋ねると、アルカナは答えた。


「そう。まつろわぬ神と共に、秩序たる神に背く者たち。それがガデイシオラの民。ジオルダル、アガハに比べれば小国ではあったものの、強き竜人たちが集まり、神の力に依存し続けることの危険性を訴えた」


「それって普通に考えると、わたしたちの味方っぽくない? 魔族だし、神族と敵対してるんだし」


「でも、いきなり襲ってくるような人たちだぞっ?」


 エレオノールが指摘すると、うーん、とサーシャは頭を悩ませる。


「二千年前の魔族。味方なら、アノスを襲わない」


 ミーシャが言う。


「あー、ほんとだぞっ。アノス君の顔や魔力がわかるはずだよねっ。隠してないんだし」


「……アノスだと……わかってて、襲いましたか?」


 ゼシアが少し怒り気味の表情を浮かべた。


「そうだろう。俺を恐れぬとは、名も知れぬ者たちとは思えぬが、しかし、二千年前の大戦で、強者が息を潜めていなかったとも限らぬ」


 俺が壁を作り、転生した後に、一部の魔族たちが地底に降りた。

 その後は一度も地上に戻らず、地底の存在を知らせずに来たと考えれば、辻褄は合うか。


 一人や二人、組織を抜ける者がいてもおかしくはないが、しかし、ずいぶんと統率が取れているものだな。


「ガデイシオラは得体の知れない国。ジオルダルやアガハとは違い、簡単に入国することはできない。一度入れば、特別な者以外は外に出ることはできないと言われている」


「……なにそれ? まともな国とは思えないんだけど?」


 サーシャの言葉に、アルカナがうなずく。


「そう。ガデイシオラは、他国との交流を持たない。信仰を失った者が行き着く国。神を信じぬ者たちへの唯一の救いの場である。ゆえにわたしも詳しくは知らない」


 神を信じぬ国だ。

 まつろわぬ神でなければ歓迎されないだろうしな。


「幻名騎士団がなにを目的に地底に降りてきて、そしてなぜ今もなお留まっているか、それはわからぬ。だが、いずれにせよ、奴らの目的は痕跡神だ。秩序に背く者たちということならば、それを滅ぼそうとしていると見た方がよい」


「それは正しい」


 アルカナが言った。


 あるいは、俺の失われた記憶に関係している者という可能性もなくはないか。

 俺に記憶を取り戻されては、都合が悪いと考えているのやもしれぬ。


 さすがに考えすぎか?


「んっ……?」


 エレオノールが声を上げる。

 俺たちはそこで立ち止まった。


「なんか、水が変な風に流れてるぞ?」


 目の前にあるのは、T字路である。

 その回廊は坂になっているのだが、あろうことか、水は下流から上流に逆行して流れているのだ。


 魔法の効果によるものか、水はこちら側に流れ込んでくることはない。


「見て」


 ミーシャが指をさす。

 そこに石版があった。


「なんて書いてあるの?」


 祈祷文字のため、サーシャには読めない。

 俺はそれを読み上げた。


「遡航回廊は、過去へ遡る唯一の道。されど、回廊は三三日の過去のみを受けつけ、それ以外を拒絶する。地下遺跡リーガロンドロル内部の時の流れは、常に遡航する方向を向きながら停滞している。鍵を持ちて、扉を開き、船で時の流れを遡航せよ。三三日間の後、リーガロンドロルの最深部、この世のあらゆる痕跡がそこに待ち受ける」


 サーシャは首を捻った。


「……扉は、ここにあるわよね?」


 石版の横に、扉があり、そこには魔法陣と鍵穴がついている。


「この魔法陣を使うのかしら……?」


「試してみるか」


 魔法陣に触れ、魔力を送ると、目の前に鍵が創造された。

 それを扉に差し入れ、回してみるが、しかしまるで手応えがない。


「ふむ。開かぬな」


「んー、壊せばいい気がするぞ。アノス君の力で、ドカンッて」


 エレオノールが人差し指を立てて言った。


「そう単純ならばいいが」


 ぐっと拳を握り、勢いよくその扉に叩きつけた。

 しかし、扉が壊れるどころか、音さえもならない。


「時の流れが違うのだろう。この扉は過去の痕跡」


 アルカナが言う。


「遡航回廊は三三日の過去を受けつける。すなわち、三三日前の鍵を持って、この扉を開けという意味なのだろう」


「んー、三三日前の鍵ってなんだ? 時間を遡ったら、この鍵は消えちゃうぞ?」


 エレオノールは頭を捻る。

 その疑問にサーシャが答えた。


「あれよね? このリーガロンドロルにいる間、時間は停滞しているって考えるわけでしょ。だから、遺跡の外に出れば、中と比べてどんどん時間が進むってことじゃない。この中の時の流れは、遡航する方向を向きってあるから、過去が未来で、未来が過去になるって意味。つまり、外に出て一日経ったら、この遺跡の中では一日過去に行ったってことになるんじゃない?」


「あー、頭が痛くなってきたぞっ……!?」


「とにかく、この鍵を持って、外に三三日いた後、戻ってくれば、この鍵は三三日前の鍵になるって考えればいいわ。そうしたら、扉が開くんじゃないかしら?」


「恐らく、それは正しい」


 アルカナが同意した。


「んーと、じゃ、それでこの扉の中に船があるから、それも外に出して三三日待って、その船で三三日かけて、最深部に行くってことだ?」


「合計で……九九日、かかります」


 エレオノールとゼシアが言い、サーシャが頭を押さえる。


「あらゆる痕跡がそこにあるってことは、最深部に痕跡神がいるってことで、間違いないわよね……? でも、それじゃ、先に行った奴らには絶対に追いつけないから、なんとか他の方法を――」


 ガチャ、と俺は扉を開ける。

 室内の床には魔法陣が描かれていた。


「――って、いきなり、なにしたのっ!?」


「三三日待たねばならぬからといって、一瞬でできぬと思ったか」


 すると、サーシャははっと気がついたような表情を浮かべた。


「そっか……。そうよね、<時間操作レバイド>で三三日鍵の時間を早めれば、三三日過去の鍵になるってことだわ……」


 床の魔法陣を踏み、魔力を込めると、そこに船が現れる。

 二人乗りのカヌーだ。


 六人いるため、もう二艘、船を造り、それらに<時間操作レバイド>をかけ、三三日時間を早めた。

 すなわち、このリーガロンドロルでは、三三日過去の船となる。


 カヌーをかついで室内の外へ出す。


「では、行くとしよう」


 遡航回廊にカヌーを浮かべ、それに乗り込む。

 俺とアルカナ、サーシャとミーシャ、エレオノールとゼシアの組み合わせだ。


 すぐにカヌーは、昇ってくる水の流れに逆行するように、遡航回廊の坂を下り始めた。

 

「かなり短縮できたけど、これでも、最下層まで行くのに三三日かかるのよね……?」


 サーシャの懸念通り、まともに考えれば、先に船を出した方が最深部に到達するのは否めないだろう。


「船の速度は上げられる?」


 ミーシャが問う。


「ふむ。オールもなにもないからな。見たところ、この船は時の流れに乗ることしかできまい」


「<時間操作レバイド>で時の流れを早くできるだろうか?」


 アルカナが俺に問う。


「多少はできようが、鍵や船と違い、この水の流れは痕跡神の秩序そのものだ。向こうの分野でやり合うには少々分が悪いな」


「少し速くなったぐらいで間に合うかしら?」


「心配するな。先程の鍵をもう一本作っておいた。これで最深部への扉を開ければよい」


 俺は扉の魔法陣で造った鍵を見せる。

 アルカナは疑問の表情を浮かべた。


「……どういうことだろう?」


「最深部への扉なんてどこにあるの?」


 サーシャは、ミーシャの方を向く。

 彼女はふるふると首を横に振った。


「遡航回廊は三三日の過去を受けつける」


 俺は思いきり、その鍵を振りかぶると、回廊の床へ叩きつける。

 同時にその鍵自体と、投げつけた鍵の運動を<時間操作レバイド>で三三日加速させた。


 投げつけられた鍵の時間だけが加速するということは、すなわち、その速度が三三日分速くなる。

 光をも超え、キランッと鍵が一瞬の煌めきを発した、その次の瞬間である。


 ドッゴオオオオオオォォォォンッと地響きがし、船が加速した。

 投げつけた鍵が回廊の坂に大穴を空け、そこから勢いよく水が噴出している。


「見よ、扉は開いた」


「扉っていうか、穴なんだけどぉぉっ……!?」


 奈落へ迫る船の中でサーシャが叫ぶ。


「くははっ。些末なことを言うな。扉だろうと穴だろうと、入れることには違いあるまい」


 大穴から激しく吹き上げる噴水の流れとは反対に、カヌーは奈落に吸い込まれるように、みるみる遡航していく。


「きゃっ、きゃああああああああああああああああぁぁぁぁぁっっっ!」


 サーシャの悲鳴とともに、俺たちを乗せたカヌーは、まっすぐ真下へ、リーガロンドロルの最深部を目指して時の水流に乗った。


ダンジョン攻略は力尽くで……

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