表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
262/726

地下遺跡の入り口


 その翌日――


 地底が明るくなる白夜の頃、俺はジオルヘイゼより西へ二〇〇キロ行った地点へとやってきた。


 辺りは草木が一本も生えぬ荒野である。

 生き物の気配がまるでしない地底の大地に、ただ神竜の歌声だけが響いていた。


 俺とアルカナの他、共に来たのは、レイとミサ。ミーシャ、サーシャ、エレオノールとゼシアである。


 シンとエールドメードには、生徒たちの面倒を見るように伝えてある。


「知らない間に、また大暴れしてきたって?」


 神竜の歌声に耳をすましながら、レイが言う。


「なに、アガハの剣帝とやらと一勝負し、ジオルダルの教皇を揉んでやったぐらいだ。誰も殺してはおらぬ」


「あははー、聖歌隊の子たちが、狂ったように隣の部屋で『隣人』を歌ってましたけど……?」


「彼女たちの愛をあまさず魔力に変換する愛魔法、<狂愛域ガルド・アスク>を開発してな。それで、教皇の選定神を軽く滅ぼしてやった。なかなかどうして、やはり愛は神族に有効だ」


「完全に大暴れだわ……」


 サーシャがぼやく。

 隣でミーシャはこくこくとうなずいていた。


「そういうカノンとミサちゃんも自由行動のとき、見なかったけど、な~にしてたのかなっ?」


 エレオノールが含みのある笑みで、ミサの顔を覗く。

 彼女はかーっと頬を朱に染めた。


「ご、ご想像にお任せします……」


「んー? そんなこと言うと、すっごいこと想像しちゃうんだぞっ!」


「……ゼシアも……想像します……」


 ゼシアがぐっと両拳を握る。


「……すっごい、美味しい御飯を……食べていました……羨ましい……です……」


 想像力の限界であった。


「ちょっと愛魔法の特訓をね。神族を相手にすることも増えそうだし、霊神人剣は秘奥を使わないと効果も薄いからね」


 爽やかにレイは言う。


「すました顔で言ってるけど、あれでしょ? 人目を憚らずにイチャイチャしてるだけなんでしょ?」


 白けた視線で、じとーとサーシャはレイを見る。


「ところで、ここ二日ほど、君たちはアノスの部屋に行ってるみたいだけど、なにをしてるんだい?」


「なっ……」


 レイの思わぬ反撃に、一瞬で茹だったかのように、サーシャの顔は真っ赤になった。


「なっ、なっ、なにって……別になにも。ねっ、ミーシャ」


 ミーシャは考えるように小首をかしげる。


「ご想像にお任せする?」


「馬鹿なのっ!」


 ふふっとミーシャは笑う。


「言ってみただけ」


「もう……」


 前を歩いていたアルカナが、ぴたりと足を止めて振り返った。


「歌が輪唱する地」


 俺たちは彼女の近くまで歩いていき、耳をすます。


「確かに、輪唱して聞こえてるわね。どういう仕組みなのかしら?」


「神竜が二匹いる?」


 サーシャとミーシャが言う。


「でも、三重に聞こえる場所もありません? この辺りとか?」


 ミサが歩いていき、耳をすましている。

 確かにそこでは、三重唱での輪唱となっているようだ。


「ふむ。痕跡神の眠る地に、神竜の歌声が多重に木霊するか。ただリーガロンドロルへの入り口を表しているだけではなさそうだな」


 アルカナに視線を向けると、彼女はうなずいた。


「それは正しいと思う。あるいはそれが、リーバルシュネッドが神界に帰らず、この地底に留まる理由なのだろう」


「んー、どういうことだ?」


 エレオノールが頭に疑問を浮かべている。


「神竜はすでに滅びた。されど、痕跡神は記録と記憶の秩序。かの神が、神竜なき後、このジオルダルの地に、歌声の痕跡を残し続け、響き渡らせている」


「あー、そっか。歌声を再生しなきゃいけないから、ずっとジオルダルにいるってことだ」


 納得したようにエレオノールは声を上げた。


「神竜の歌声は竜域と同じ。それは外敵を阻むための国の鎧となるだろう」


 アルカナは言う。


 神竜の歌声が響いていれば、<転移ガトム>や<思念通信リークス>が使いづらく、魔眼で国を見渡すことが困難となる。侵略しようにも、そのための情報が手に入りづらくなるというわけだ。


「痕跡神は、地底の守り神とも言われている」


「今のところ守っているのは、ジオルダルだけのようだがな」


 周囲一帯に魔眼を向け、歌声が最も多重に輪唱する地点を見つける。


「ふむ。この下が一番、神竜の歌声が響くようだな」


 アルカナが雪月花と化してふっと消えたかと思うと、俺の前に姿を現した。


「ただし、地下遺跡らしきものは見えぬ。神竜の歌声で邪魔されているとはいえ、それぐらいはわかりそうなものだが?」


「恐らく、地下遺跡は現在には存在しないもの。痕跡神の秩序により、かつての神殿が今へとつながるのだろう」


「リーガロンドロルは過去にあるということか?」


「そう」


 アルカナが手をかざせば、天蓋に<創造の月>が浮かぶ。


「大地が凍りて、氷は溶けゆく」


 白銀の光がアルカナを中心に、大地へと降り注ぐ。

 その輝きは彼女の周囲を円形に凍てつかせた。


 薄氷が割れるかのようにパリンッと氷が砕け散り、地面に深く広大な円形の穴ができていた。

 魔眼で見た通り、その先はやはり空洞でしかない。


「過去に続く橋をかければ、地下遺跡へ渡れるだろう」


「ふむ。つまり、こういうことか」


 その空洞に向けて、俺は魔法陣を描く。

 使ったのは<時間操作レバイド>だ。


 空間の時間を過去へ遡らせていくと、それが土へと戻り、そして、石へと変化する。目の前に巨大な建物が現れ始めた。


「わおっ! おっきい遺跡だぞっ!」


「……神殿……ぽいです……」


 エレオノールとゼシアが驚きの声を発する。


「戻せるのは、この辺りが限界のようだ」


 その穴には、全容が見渡せぬほど巨大な石造りの遺跡が現れていた。


「あそこが入り口か」


 塔のようになっている遺跡の頂上に俺たちは飛び降りる。

 円形の床は、よく見れば巨大な門であった。


「どうやって開けるのかしら?」


 サーシャがその門にじっと視線を凝らす。


「なに、こういうものはこじ開けると相場が決まっている。蹴飛ばせばいい」


「……魔王の常識で言われてもね…………」


「浮いていろ。開いた瞬間に落ちるぞ」


 足を軽く上げ、門を踏みつけようとしたが、しかし、目の端にあるものがよぎった。


「どうしたの?」


 サーシャが疑問を向けてくる。


「ふむ。見るがいい」


 俺が踏みつけようとした床扉の近くに、足形の破壊跡がつけられていた。


「この遺跡自体が過去のもののため、少々、判別が難しいが――」


「まだ新しい?」


 ミーシャが俺の後ろから、その足跡を覗く。


「そのようだ」


「ちょっと待って。ってことは……?」


「先に誰かが入ったか、それとも入れず断念したか。いずれにしても、ここまで来た者が他にいるようだな」


 そう口にした瞬間だ。

 複数の魔力を、頭上に感じた。


 見上げれば、アルカナが空けた穴の縁に、十数人の兵士がいた。


 竜を彷彿させる深緑の全身甲冑を纏い、隠蔽の魔法具を身につけているのか、その魔力が判別し辛い。

 彼らは敵意をありありと浮かべ、眼下の遺跡にいる俺たちを睨んでいる。


「ふむ。名乗るがいい。何用だ?」


 問いかけるが、返事はない。

 奴らは魔法陣から弓を取り出し、矢をつがえた。


「……一度だけ、見たことがある」


 アルカナが言った。


「ガデイシオラの名もなき騎士団。外部からは幻名げんめい騎士団と呼ばれている。公には存在が明らかにされていないが、覇王直属と噂される部隊。闇から闇へとガデイシオラに敵対する者を屠る」


 ガデイシオラか。

 アヒデに手を貸していたのならば、ジオルダルにいたとしても不思議はないな。


「貴様たちも痕跡神が狙いか?」


 問いと同時に、騎士たちはつがえた矢を放つ。

 それは夥しい魔力の粒子を纏い、俺たちへ降り注いだ。


「肯定と見なそう」


 騎士の数だけ魔法陣を描き、迎え打つが如く、その砲門から漆黒の太陽を射出する。


 向かってくる魔力の矢を飲み込み、<獄炎殲滅砲ジオ・グレイズ>は深緑の全身甲冑ごと奴らを炎上させた。


 だが――


「ほう」


 黒き太陽を奴らは、反魔法で振り払う。

 幻名騎士団の誰一人として、傷を負ってはいなかった。


「アヒデの部隊とは比べものにならぬな。それだけの力ならば、遺跡の中へ入れなかったということはあるまい」


 恐らくは、すでに別働隊が中に入っていることだろう。

 こいつらは、遺跡の外を見張っていたといったところか。


「アノス」


 レイが言う。


「とりあえず、ここは僕たちがやっておくよ。先に痕跡神を滅ぼされでもしたら、無駄足だからね」


 彼の隣にミサが並び、静かに手を上げる。

 暗黒が溢れ出し、彼女の身を包んだかと思えば、大精霊の真体が姿を現した。


「言ってちょうだいな」


「では、任せた」


 足を上げ、その床扉を勢いよく踏みつける。

 ドッゴオォォォンッとけたたましい音が響き、円形の扉がこじ開けられた。


 レイとミサを入り口に残し、俺たちは扉の奥へ落下していく。


「……んー、深いぞぉ」


 エレオノールが下に視線を凝らす。


 十数秒ほど落下した後、ようやく床が見えた。

 着地すると同時に、サーシャが叫んだ。


「アノスッ、後ろっ!!」


 暗闇から姿を現すかのように、深緑の全身甲冑を纏った兵士が俺の背後に立った。

 白刃がゆらめく。


 だが、それよりも早く、漆黒に染まった<根源死殺ベブズド>の手が、甲冑を貫き、奴の根源をつかんでいた。


「ふむ。気がつかれていないと思ったか」


「…………食ら……え…………」


 騎士の根源から、まるで自爆するような勢いで魔力が溢れ出す。

 俺もろとも飲み込むかの如く、騎士の体から溢れ出したのは漆黒の太陽である。


 それが、みるみる膨れあがっていく。


 ゴオオオォォォッと激しい音を立て、その騎士は自らの根源ごと、黒き炎に飲まれ、灰へと変わった。


 だが、命を賭して放ったその黒き太陽は、まだ俺を包み込み、激しく燃えている。


「……このっ……!!」


 サーシャが<破滅の魔眼>でキッと一睨みすると、俺にまとわりついていた炎がかき消された。

 僅かに人差し指が、火傷している。


「ふむ。俺にかすり傷を負わせるとはなかなかの力だ。しかし、<獄炎殲滅砲ジオ・グレイズ>か」


 騎士の体は灰と化している。その中にあった燃え尽きる寸前の根源を俺は見据える。

 深淵を覗けば、はっきりと正体がわかった。


「どうやら、こいつらは竜人ではなく、魔族のようだな」


地底の国に、なぜか魔族が――


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ