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見知らぬ来訪者


 それは、夢の続きだった――



 雪が解け、天気の良い午後。

 アルカナは椅子に座り、本を読んでいた。


 一羽のフクロウが飛んできて、一鳴きすると、窓に手紙を挟んでいった。

 アルカナは不思議そうな表情を浮かべ、窓を開ける。


 以前よりも温かくはなったが、まだ空気は肌寒い。

 素早く手紙を回収して、彼女は窓を閉めた。


 視線を落としてみれば、それには『ミッドヘイズ城からの招待状』と記されていた。

 世間知らずのアルカナだったが、ミッドヘイズがディルヘイドで一番大きな都であることぐらいはわかっている。


 宛名は、アノスのものになっていた。


「お兄ちゃんっ」


 彼女は暖炉の近くで眠っている兄に声をかける。

 アノスはむくりと起きて、アルカナの方を見た。


「どうかしたか?」


「お城から招待状が届いたよっ。フクロウさんが持ってきたの」


「ふむ。また来たか」


 アノスが伸ばした手に、アルカナは招待状を載せた。

 彼はすぐにそれを暖炉の火の中にくべる。


 アルカナが驚いたように、目を見開く。


「もっ、燃やしちゃうのっ?」


「いつも書いてあることは同じだからな」


「なんて書いてあるの?」


 興味津々といった風に、アルカナは兄の顔を覗く。


「俺に城へ来いとな。少し前に、ミッドヘイズで少々一暴れしたことがあってな。どうもそのときに目をつけられたようだ」


「だ、大丈夫……?」


「なに、城の兵士などには捕まらぬ。それに俺が赴けば、もれなく竜がついてくることになろうからな。あちらとしても迷惑がかかるというものだろう」


「……そっか」


 アルカナはほっとしたように胸を撫で下ろす。


「もう一眠りする。なにかあれば、起こせ」


「うん。ごめんねっ」


「それから、俺の魔眼の届かぬ場所へは行くな」


 釘を刺すようにアノスは言う。

 慌ててアルカナは小刻みに首を左右に振った。


「そ、そんなことしないもんっ」


「なら、いいがな」


 そう口にして、アノスはまた目を閉じる。

 すぐに寝息が聞こえてきた。


 アルカナは恐る恐るといった風に、その寝顔を人差し指でつつく。

 アノスはまるで起きる気配がなかった。


「もう寝ちゃった」


 彼女は椅子に戻ると、読んでいた本を棚に戻した。

 そうして、玄関の方へ行き、静かにドアを開ける。


 外の空気を吸いながら、ぐーっと伸びをすると、そのまま森の中を散歩していく。

 勿論、兄に言いつけられた通り、彼の魔眼が届く範囲内である。


 植物たちが芽を出し始めているのをのんびりと見物しながら歩いていると、上空からフクロウが飛び降りてきた。


 先程、招待状を持ってきたフクロウだろう。

 地面すれすれまで降下すると、光に包まれ、フクロウから黒猫の姿へ変化した。


「わ」


 と、声を上げ、アルカナは黒猫をじっと見た。

 まるでついて来いと言わんばかりに、その黒猫はアルカナを見返し、ゆっくりと森の中を歩き出した。


「待ってっ」


 アルカナは一瞬、家を振り返った。

 だが、兄の魔眼の届く範囲なら大丈夫だろうと、黒猫の後を追っていく。


 しばらく歩くと、見慣れない光景が、彼女の目に映った。


 人が、木の根っこに腰かけ、背をもたれかけているのだ。

 紫の髪と、蒼い瞳。外套を纏った男であった。


 彼のもとに黒猫は駆けていき、ぴょんとその膝に乗った。

 猫の頭を撫でながら、男はアルカナの方を向いた。


「やあ、アルカナ」


 そう男は声を発した。

 アルカナはびくっと体を震わせる。


「そう脅えなくてもいい。君に危害を加えるつもりはないよ。眠っているとはいえ、この先へ足を踏み入れれば、彼に見つかってしまうからね」


 善良そうな表情、優しげな口調であった。

 アルカナと男のちょうど間が、アノスが彼女に言いつけた魔眼の届く範囲だった。


「どうして……わたしの名前を知ってるの? あなたはだあれ?」


「もっと小さい頃に会ったことがあるんだよ。君は覚えていないだろうけどね。僕はセリス。アルカナ、君に頼みがあるんだ」


 警戒しながらも、アルカナは言う。


「……なあに?」

 

「アノスにこれを渡してほしい」


 セリスは手紙を取り出し、それを指で弾く。

 ふわふわと宙を飛び、手紙はアルカナの手の中に収まった。


 先程、アノスが処分した招待状と同じものだ。


「おっ、お兄ちゃんを捕まえに来たの?」


「捕まえる? なぜ?」


 アルカナは言い淀む。


「……だって……お兄ちゃんが、ミッドヘイズで一暴れしたって……」


「ああ。確かに一暴れには違いないよ。彼のあの魔力は、幼い今の時点で尋常ではないからね。その絶大な力を、今はまだ持て余しているだろう。制御を誤れば、国を焼いてしまうほどのその魔力を。彼は強すぎる力を持つがゆえに、まだ魔法を自由には操れない」


 邪気のない笑顔でセリスは言った。


「僕は彼を迎えに来たんだ。彼はこのディルヘイドの王となる器だよ。しかるべき場所で、その力を存分に振るってもらいたい」


 不思議そうに、アルカナはセリスを見た。


 目の前の男が嘘を言っているようにも思えなかったが、かといって兄が自分に嘘をつくとは考えられなかったのだろう。


「アノスもそれを、望んでいるんだと思うよ。アノスが夜遅くまでなにをしているか、君は知っているかい?」


「……魔法のお勉強でしょ」


「そう、この辺境の地で、よくもまあ、あそこまで魔法の研究ができるものだよ。だけど、どうやら少し行き詰まっているようだ」


 セリスはじっとアルカナを見つめる。

 けれども、その蒼い瞳はなにも見てはいないようでもあった。


「無理もないことだろうね。子供一人で、しかも類を見ないほど強い魔力を持った彼は、先人の知恵がそのまま当てはまらない。独学で魔法の深淵に迫ろうというのは、極めて困難なことだよ。けれども、恐らく、きっかけ一つあれば、彼は瞬く間に誰にも届かない領域まで潜ってしまうだろうね」


 褒めるでもなく、恐れるでもなく、ただ淡々と事実を述べるように、セリスは言う。


「そして、そのきっかけを、僕ならば与えることができる」


「……お兄ちゃんは、竜に狙われているから。お城の人たちに迷惑がかかるって」


 アルカナがようやくそう言うと、セリスが合点がいったようにうなずいた。


「ああ、なるほど。そういうことか」


 不思議そうな表情をアルカナは浮かべる。


「なあに?」


「君は嘘つきドーラの話を知っているかい?」


 こくりとアルカナがうなずく。


「ドーラはなぜあんなにも嘘をつき続けたんだと思う? 嘘をついたところで彼女には、なんの得もなかったはずだ」


「……楽しかったから?」


「そうかもしれないね。でも、彼女は田舎で退屈そうにしている村人たちを、ただ楽しませたかっただけなのかもしれない」


「ドーラは優しい嘘をついたの?」


 兄の言葉を思い出しながら、アルカナは尋ねた。


「僕はそうだと思うよ。君はどうだい?」


「でも、優しい嘘をついたんなら、幸せにならなきゃだめだよ。ドーラは誰にも信じてもらえずに、一人寂しく死んじゃったんだよ」


 アルカナの言葉に、セリスはうなずいた。


「つまりは、そういうことなんだろうね。優しい嘘をついても、救われるとは限らない。彼がそんな風にならないことを、祈りたいものだ」


 家の方角へ視線を向けて、彼は意味深に言った。


「アルカナ。どうだろう? 彼を説得してくれたら、君の願いを叶えてあげるよ」


「わたしの願い……?」


「そう、願いだ。どんな願いも叶えてあげよう。ずっとここで、辺境の土地で暮らしているんだ。街に行きたくはないかい?」


 アルカナは一瞬考え、首を横に振った。


「……お兄ちゃんが寂しがるから行かない。言いつけだもん……」


「それじゃ、なにかしたいことはないのかい?」


「したいこと……」


 アルカナは俯いてしばらく考える。

 やがて、彼女は顔をあげて言った。


「……わたしも、お兄ちゃんみたいな魔法が使えるかな……?」


 怖ず怖ずとアルカナは言った。


「あのね……いつも、お兄ちゃんは竜と戦っていて、可哀相だから。わたしが、魔法を使えるようになったら、お兄ちゃんの代わりに、竜を倒してあげられるからっ。お家を作ってあげられるし、火も起こせるようになるし」


「君は優しいね、アルカナ」


 セリスが微笑むと、アルカナは嬉しそうに笑った。


「君が魔法を使えないのは、魔力が漏れないように封印がしてあるからだろうね」


「封印……?」


「ここまで来れば、それを解いてあげられるよ」


 アルカナはじっと考える。


「三秒で終わるよ。彼に知られる心配はない」


「……うん……」


 アルカナは意を決したように、そっとセリスのもとまで歩いていく。

 そうして、彼女の体に魔法陣を描いた。


 それはアルカナに行使されていた封印魔法を妨げる術式だ。光がすうっとアルカナの中に入っていき、次の瞬間、彼女の根源から魔力の粒子が溢れ出した。


「わ……」


「魔法術式を覚えたことはあるかい?」


 アルカナがうなずく。


「でも、使えなかったんだよ」


「今なら大丈夫だよ。やってみるといい」


 アルカナが溢れた魔力を使って魔法陣を描いてみる。

 それは、彼女の思考通りに術式を構成し、そこから炎が溢れ出した。


 <火炎グレガ>の魔法だ。

 しかし、それにしては莫大だ。大木を燃やし尽くすほど膨れあがったそれを、セリスは反魔法でかき消した。


「ほら、できた」


 こくりとアルカナが嬉しそうにうなずく。


「もしも、君が望むのなら、竜から逃れる魔法を教えてあげるよ」


「……そんな魔法あるの?」

 

「勿論だよ。その代わり、魔法を教えたら、アノスを説得してくれるかい?」


「うんっ。竜が襲ってこなくなったら、きっとお兄ちゃんも、お城に行くって言うと思うよ。お兄ちゃんは魔法が大好きなんだもんっ」


「それはよかった。僕も助かるよ」


 ほっとしたようにセリスは笑う。

 人の良さが滲み出したかのような表情であった。


「準備してから、明日またこの時間にここに来よう。それまでは封印を戻しておくよ」


 セリスはアルカナに描いた魔法陣を解除する。

 すると、彼女の封印がまた働き、魔力が抑制された。


「ああ、そうだ。その招待状、アノスにとって、とても重大なことが書かれているからね。絶対に見てはいけないよ」


「え……?」


「約束できるかい?」


「……うん」


「それじゃ、また明日」


 セリスの体に<飛行フレス>の魔法陣が描かれる。

 魔力が込められたかと思うと、ふっと体が浮き上がり、飛び立っていった。


幼いアノスとアルカナを知る人物。果たして敵か味方か――

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― 新着の感想 ―
(この)セリス、鎌みたいなの振るったら自分の腕が落ちちゃった、みたいな印象があるけど名前覚えてないな…
胡散臭いの化身かな…?
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