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二度目の勝負


 地下ダンジョンの上層へ向かい、俺とミーシャは階段を上っていた。


「追いつく?」


 ミーシャが尋ねてきた。

 サーシャが<飛行フレス>の魔法を使えないようにしてあるとはいえ、同じペースで歩いていては当然追いつかない。向こうは走っているかもしれないしな。


「大丈夫だ」


 俺は僅かに足を上げ、トン、と踊り場の床を踏み鳴らす。

 ガガッ、ドドドドドォ、と地下にあるダンジョンが大きく揺れ始めた。

 立っているのさえ難しいほどの震動だ。


「つかまれ」


「……ん……」


 俺の手にしがみつき、ミーシャは震動になんとか耐える。

 約一分ほど続いたか、ようやく揺れは収まった。


「もう放してもいいぞ」


 ミーシャはそっと手を放した。


「なにをした?」


「少し地形を変えて行き止まりを作った。これで嫌でも追いつく」


 俺たちは先へ進む。

 やがて階段を上り終えると、目の前に明るい空間が現れた。

 来たときに通った自然魔法陣の部屋だ。


 そこにサーシャがいた。

 途方に暮れたように、立ちつくしている。来たときはあったはずの通路がどこにもないためだろう。先程、俺が足を踏み鳴らしたことで、地形が大きく変わり、行き止まりとなっている。


「よう、サーシャ」


 声をかけると、びくっと体を震わせ、彼女は振り向いた。

 王笏を握り締め、身構えている。


「これも、あなたの仕業かしら?」


 部屋が行き止まりになっていることを言っているのだろう。


「さて、裏切り者に教えてやると思うか?」


 サーシャが視線を険しくする。

 俺の狙いが読めず、警戒しているのだろう。


「王笏が欲しいなら、わたしを殺せばいいわ」


「なに、ミーシャがお前と仲直りをしたいと言うからな」


 サーシャは目を丸くし、そして苛立ちを露わにした。


「馬鹿じゃないの。あなた、ついさっきわたしになにをされたか、もう忘れたの?」


 鋭く発せられた言葉。

 けれども、ミーシャはただまっすぐサーシャを見返すばかりだ。


「呆れたわ。本っ当に馬鹿なお人形さん。アノス、あなたもよ。こんな子の言うことを真に受けるなんてね。いい? あなたがずいぶんと入れ込んでいるその子は存在しないの。命も魂もない。明日になれば消えるだけの、ただのガラクタ人形よ」


「ふむ。それは先程聞いたが、だからなんだ?」


 俺の言葉が予想外だったか、サーシャは返事に窮する。


「……そう、話したの。お人形さんのくせに、ずいぶんと生きているみたいに振る舞うじゃない。消えるのが怖くなったのかしら?」


 サーシャが論うように言う。


「違う」


「なにが違うのよ?」


「わたしが消えるのは決まってる。怖いものはない」


 淡々とミーシャは言った。


「でも、その前にサーシャと仲直りしたい。それだけ」


 キッと彼女はミーシャを睨みつける。


「本当のことが知りたい」


「なによ?」


 珍しく躊躇したように、ミーシャは怖ず怖ずと訊いた。


「サーシャはわたしのこと、嫌い?」


 その質問にサーシャは答えなかった。

 彼女は俺の方を向き、こう言った。


「ねえ。もう一度、勝負しないかしら?」


 なにを言い出すかと思えば、懲りない女だな。


「どんな勝負だ?」


「わたしがこれから魔法陣を描くわ。その魔法陣を初見で魔法行使できればあなたの勝ち。できなければ、わたしの勝ち」


 他人の構築した魔法陣を使い、魔法行使するのは難しい。それも、なんの魔法かわかっていなければ、初見で術式を完全に理解しなければならない。普通なら、魔法陣を描く側が圧倒的に有利な勝負だろう。

 相手が俺でなければな。


「いいのか? そんな俺に有利な方法で。もっとハンデをつけてやってもいいぞ」


「問題ないわ。あなたにだって絶対にできないもの」


 ふむ。自信がある、というわけか。面白い。


「なにを賭ける?」


「あなたが勝ったら、あの子の質問に答えてあげる」


「お前が勝ったら?」


「わたしの命令に従って、魔法を一つ使ってもらうわ」


 奇妙な条件だな。


「なんの魔法だ?」


「あら? 確かめないと、怖くて勝負もできないのかしら?」


 ほう。なかなか煽り方のわかっている奴だな。

 自分の命令には絶対服従という範囲の広い条件ではなく、あえて魔法を一つ使ってもらう、としたのはそれだけ<契約ゼクト>の強制力を高めるためだろう。

 元々<契約ゼクト>は生半可な代償で破棄できるものではないが、それだけ俺の魔力の高さを警戒しているというわけだ。条件をシンプルに、限定的なものにした方が、<契約ゼクト>の強制力は強く働く。


「いいぞ。受けて立とう」


 サーシャは満足そうに微笑し、<契約ゼクト>の魔法を使った。

 内容を確認し、俺はそれに調印する。


「それで? その魔法陣は?」


「これから描くわ」


 サーシャは踵を返し、歩き出す。

 彼女が立ち止まったのはちょうど部屋の中心だ。

 静かに瞳を閉じ、まっすぐ立てた王笏を両手で持った。


 魔力の粒子が立ち上り、彼女の足元に魔法陣になる原形の魔力円が浮かんだ。その円は次第に大きく広がっていき、部屋全域に及ぶ。

 かなりの規模の魔法陣だ。本来のサーシャの力では少々手に余る、といったところだが、王笏と<不死鳥の法衣>が彼女の魔力を底上げし、魔法陣の構築を補助していた。


 魔力円に魔法文字が浮かんでいき、次々と魔力門が現れていく。

 十数分が経過した。サーシャは未だ魔法陣の構築を行っているが、俺にもまだなんの魔法を使うつもりなのかがわからない。

 理由は二つある。

 一つは、この魔法を俺が知らないということだ。

 神話の時代にあった、どの魔法にも似ていない。二千年の間に、新たに開発された魔法というわけだ。あるいはサーシャの自信からして、彼女自身が開発したものかもしれない。

 もう一つは、魔法陣がまだまったくの未完成だからである。見たところ、一割もできていない。これでは選択肢が多すぎて、さすがの俺も、どんな魔法なのか絞り込むことは不可能だ。


「いつまでかけるつもりだ?」


「心配しなくても、明日の零時までには間に合うわ。その子が消えるまでにはね」


 魔法陣の構築ペースから考えれば、完成は明日の零時ぎりぎりといったところか。

 なるほど。大方、俺の時間を奪う作戦なのだろう。ミーシャが消える前に魔法行使を行おうとすれば、焦って失敗するかもしれない、とでも考えたか。

 あるいは、それ以外にもなにか企んでいるかもしれないな。


「あら? ちょっとは焦ってきたかしら?」


「俺に勝負を挑むんだから、せいぜい万全を期すがいい。どんな小細工を弄そうと、無駄なことだ」


「大した自信ね。見てなさい。今度ばかりはわたしが勝つわ」


 班別対抗試験であれだけ実力差を見せてつけてやったというのに、どこからその自信が出てくるのか。サーシャは俺の力がわからないわけではないのだからな。


「面白い。その無謀な勇気に免じて、魔法陣が完成するまで見ないでおいてやろう」


 俺はその場に座り込み、魔眼を閉じる。

 <魔力時計テル>の魔法を使い、時間がわかるようにしておいた。


 サーシャは魔法陣の構築に集中している。これだけの規模だ。少しでも間違えれば、時間に間に合うまい。それは彼女の誇りが許さないだろう。

 なかなかの集中力でサーシャはミスなく魔法陣を描き続ける。

 やがて日が暮れ、この部屋に月明かりが差し込んでくる。


 ミーシャはじっと姉の姿を見ていた。

 必死に魔法陣を構築する、その光景を、目に焼きつけようとするように、瞬きすら惜しみ、視線を注ぎ続けている。


 そうして、刻一刻と時は過ぎ、<魔力時計テル>が、夜の十一時四十五分を示した。

お読みいただきありがとうございます。


予約掲載3日目です。

家にいない間にずいぶん物語が進んでいるような気がします。

お楽しみいただけてましたら、嬉しいです。


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