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ミーシャの秘密


「さて、ミーシャ」


 祭壇を振り向く。ミーシャは俺の近くまで歩いてきていた。


「今度は聞かせてくれるか?」


 じっと彼女は俺を見つめてくる。


「……サーシャのこと……?」


「お前のことだ」


 そう口にするとミーシャは無表情のまま黙り込む。


「……知りたい……?」


「友達だからな」


 ミーシャは僅かに俯いた。


「言いたくないか?」


 ふるふるとミーシャは首を横に振った。


「言いたくなかった」


 なかった、ということは、


「気が変わったか?」


 こくり、と彼女はうなずく。


「……アノスは友達。それに優しい……」


「そうか」


「……ん……」


 ミーシャは無感情な目を俺に向けた。


「……一五歳の誕生日、午前零時に、わたしは消える……」


 淡々とした口調で、彼女はそんな告白をした。


「魔法人形と呼ばれていたことと関係があるのか?」


 そういう術式を組んでいればとくに驚く話でもない。


「魔法人形というのは正しくない」


 比喩だという意味か。


「ミーシャ・ネクロンは存在しない」


 ふむ。なるほど。そういうことか。

 これまでの経緯で大方の事情は読めたな。


「つまり、お前は元々サーシャだったというわけか」


 そう口にすると、驚いたようにミーシャが二度瞬きをした。


「……どうしてわかった……?」


「<契約ゼクト>の契約を一方が強制破棄するのはまず不可能だ。莫大な魔力の差があれば別だが、お前とサーシャの魔力は似たり寄ったりだからな。にもかかわらず、あいつは<契約ゼクト>を代償も支払わずに破棄した」


 考えられることは一つしかない。


「<契約ゼクト>を使った者同士の合意によって、契約は破棄された。お前とサーシャが同一人物であるなら、どちらか片方の判断で簡単にそれができる。自分自身で調印した<契約ゼクト>の破棄が容易いようにな」


「……アノスは賢い……」


 褒められるほどのことではないのだが、まあ、この時代の者は一人の人物を二人に分ける魔法があることなど知るまいか。


「<分魂分体ディエルガ>か、それに類する魔法だな。分けられた体と魂は、次第に本来あるべき形に戻っていく」


 こくり、とミーシャはうなずいた。


「わたしは魔法で分けられた疑似人格、本来は存在しない。一五歳の誕生日にはサーシャに戻るだけ。だから、あの子はわたしを魔法人形と呼んだ」


 仮初めの命だから魔法人形、か。

 どうりで同じ魔力、同じ血統でありながら、ミーシャを白服にしているわけだ。

 すぐに消えることが予めわかっていたのだ。


「アイヴィス・ネクロンの仕業だな?」


 またしてもミーシャは驚く。

 どうやら、図星のようだな。


「……どうして……?」


「<分魂分体ディエルガ>は簡単な魔法ではない。この時代にそれが使えるのは限られている。また胎児のときでなければ成功率が低くなる。お前たちはアイヴィスの血族だしな。奴がやったと考えるのはそう的外れじゃないだろう」


 それに奴には理由がある。


「<分魂分体ディエルガ>と一緒に、お前達に融合魔法を施しているのだろう。魔力と魔力を融合させる融合魔法だが、その術式には融合時間が有限という欠陥がある」


 俺が改良した融合魔法の術式とて、二つの魔力を無限に融合させておくことはできない。


「だが、本来一つのものを二つに分ければ話は別だ。ミーシャとサーシャが一人の人物に戻ろうとする力を利用し、融合魔法の欠点をなくすことをアイヴィスは思いついた」


 <分魂分体ディエルガ>で二つに分け、融合魔法で魔力を増幅させれば、本来の人物よりも何十倍、あるいは何百倍といった魔力が得られるだろう。本来は一つのものであったため、融合魔法の欠点により再び分離してしまうということはない。

 もっとも、どう考えても、かなりの無茶をしている。術式の複雑さはもとより、魔法行使の難度、そしてサーシャへのリスクは莫大なものになっているだろう。

 身に余るだけの魔力を得て、体がもつかどうか。あるいはその前に精神がやられるかもしれぬ。


 まあ、アイヴィスは腐っても、俺が直接生み出した魔族だ。その辺りはうまくやったのだろうな。


「それ以外にも可能性は考えられるが、どうだ?」


 ミーシャはうなずく。俺の推測が正しいという意味だろう。


「<分離融合転生ディノ・ジクセス>」


「それがサーシャにかけられた魔法か?」


 こくり、とミーシャはうなずいた。

 <分魂分体ディエルガ>と融合魔法の術式を組み合わせて作った魔法だろう。

 より強い魔族を生み出すために開発したに違いない。

 元々、融合魔法を研究していたのも、それが目的なのかもしれない。


「だから、誕生日には会えないって言ったんだな」


 ミーシャはうなずく。


「……ごめんなさい……」


「なにを謝る?」


「……黙ってた……」


「そんなことを気にするな。言いたいときに、言いたいことだけ言えばいい」


 ミーシャは目を伏せ、呟くように言った。


「普通に過ごしたかった」


 俺が視線で問いかけると、続けて彼女は言う。


「わたしが生まれたときから、運命は決まっている。わたしは消えてサーシャだけが残る。それでも、いいと思った。一五年がわたしの一生」


 人間ですら短すぎる寿命だ。

 魔族であれば、一瞬とも思えるほど僅かな生だろう。


「その分だけ、思い出が欲しかった。でも、わたしに話しかける魔族はいない。ネクロンの片割れは、存在しないことになっているから。それは魔王学院でも同じ」


 ふむ。確かにミーシャが他の魔族と話しているところを見たことはないな。

 エミリアでさえ、事務的なやりとりしかしようとしない。


「そう思ってた」


 ミーシャの目が強く、まっすぐ、俺を見つめる。


「アノスが話しかけてくれた。友達になってくれた。家に連れていってくれて、ご両親と楽しくお話しした」


 ミーシャは笑う。

 くだらない、ただそれだけの思い出を、大切に抱えるように。


「わたしの一生には、奇蹟が起きた」


 俺がただ気まぐれに誘っただけのことが奇蹟だという少女が、これまでどんな過去を歩んできたのか、それは想像に難くない。

 この時代は確かに平和だ。それでも、悲劇がないわけではない。


「アノス」


 彼女が俺を呼ぶ。


「わたしの名前を呼んでくれてありがとう。嬉しかった」


 まるで明日が来るまでに言っておきたかったとばかりに、そんな馬鹿なことを宣うミーシャの頭に、俺はそっと手をやった。


「どうしたの?」


「いいのか、それで? 本当に満足か?」


 ミーシャはうなずく。


「怖いものはない」


 初めて会ったときも、そんなことを言っていたな。


「わたしは初めから、どこにもいないから」


 やれやれ、まったく、困ったものだ。


「お前はここにいる。俺が認めた初めての友達だ。まさか、俺が友を見殺しにするとは思っていないだろうな?」


 一瞬、ミーシャは目を丸くする。

 けれども、すぐに首を横に振った。


「……アノスでも無理……。わたしは初めから存在しない。それが元に戻るだけ。死ぬわけじゃなくて、消える。生き返らせることはできない」


 <蘇生インガル>は死んだ後も残る魂、もっと深淵を覗くなら魔力の源であるその根源を元にして蘇生を行う。

 だが、ミーシャの根源は、そもそもサーシャのものなのだ。ミーシャが消えた後に<蘇生インガル>を使おうとしても、蘇生の元となるミーシャの根源はどこにも存在しない。


「魂と体をずっと二つに分けておくことはできない」


 本来は一つのものを、魔法で二つに分ける。その限界が一五年だ。

 一五年経ち、元に戻らない魂と体は、生き続けることはできない。


 そもそも、今のサーシャとミーシャに分かれた状態が不自然なのだ。

 魔法というのは一時的に不自然なことを起こせるし、不自然な状態を元に戻すこともできる。


 だが、その不自然を魔法で維持し続けることはできない。

 もしも、そうすれば、必ずどこかに歪みが生じる。


「ありがとう」


「なぜ礼を言う?」


「アノスが優しいから」


 わからないな。


「優しいというのは良い言葉だ。だが、それで救えるものなどない」


 ふるふるとミーシャは首を振る。


「わたしは救われた。だから、大丈夫」


 なにが大丈夫だというのか。

 そう思っていたら、ミーシャは背伸びをし、俺の頭を撫でた。


「よしよし」


 わけのわからぬことをする。


「それは、なんのつもりだ?」


「悲しそうだった」


「悲しい? 俺がか?」


 悲しいのはミーシャだろうに、彼女は俺の問いにうなずいた。


「わたしと友達になって後悔した?」


「なぜそんなことを訊く?」


 一瞬、口を噤み、それから彼女は言った。


「……ミーシャ・ネクロンは存在しない……」


 無表情でただ淡々と告げる彼女は、自分が消えることよりも、俺が消えてなくなる友達と仲良くなってしまったことを案じている。


 馬鹿め。この大馬鹿者め。


 俺はその細い体に手をやって、思いきり抱きよせた。


「……アノス……?」


「俺には知らぬことが二つある」


 強く、強く、ミーシャを抱きしめる。

 お前は確かにここにいると訴えるように。


「……なに……?」


「後悔と不可能だ」


 俺に抱きしめられながら、ミーシャはその無機質な瞳を向けてくる。


「言っただろう。俺は魔王の始祖だ。お前の願いを叶えてやる」


 ミーシャは無表情のまま考える。戸惑っているようにも思えた。


「仲直りがしたい」


 サーシャと、ということだろう。


「それが、わたしのお願い」


 この期に及んで出てくるのがそれか。

 まあ、俺が始祖だと信じることはできないのだろう。

 俺の言葉が嘘にならぬように、俺に後悔をさせぬように、気遣っているのだ。


「……難しい……?」


「心配するな。不可能は知らぬと言ったはずだ」


 ミーシャから手を放す。

 祭壇の間の大扉へ向かい、俺は歩き出した。


「どこへ行く?」


「サーシャのところだ。仲直りするんだろ」


 俺が笑いかけると、ミーシャはほんの少し嬉しそうに微笑んだ。


「……ん……」


「ミーシャ。一つ約束をしないか?」


 ミーシャが俺に目を向ける。


「最期の瞬間まで明日があると思って生きろ」


 彼女は沈黙する。


「普通に過ごしたいんだろ?」


 そう口にすると、ミーシャはうなずき、言った。


「わかった」


「よし。なら、とっととサーシャを捕まえるか」


 俺たちは元来た道を引き返す。


 ぼーっと前を見つめ、とことことミーシャは歩を進める。

 怖いものはない、と彼女は言った。

 自分は存在しないのだから、と。


 果たして、本当にそうか?


 お前はもう諦め、受け入れたのかもしれぬがな。

 しかし、見ているがいい。


 俺は、アノス・ヴォルディゴードだ。

お読み頂きありがとうございます。


予約掲載2日目です。

遠く離れた地より、<思念通信リークス>で皆様の心に話しかけております。

今回はミーシャのターン。ようやく色々と伏線を回収できるのです。




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