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聖歌の祭礼


「ところで、ついでに一つ尋ねたいのが」


 エールドメードとナーヤを呆然と見つめている司教に、俺は声をかける。


「ジオルダルの教皇に会うにはどうすればいい?」


 しかし、それが聞こえていないのか、司教はすっと俺の目の前を通り過ぎていく。

 

「おお……偉大なる天父神……。そして、かの神と盟約を交わせし、選ばれし聖人よ……」


 ナーヤとエールドメードの前に跪き、彼は二人に祈りを捧げた。


「あなた方に出会えし、天命に深く感謝を捧げます。願わくば、神を信じるこの憐れな信徒の言葉に、ひととき耳を傾けてはいただけないでしょうか?」


 ナーヤが不安そうに、エールドメードを見る。

 彼はいつもの調子で言った。


「おいおい、勘違いするなよ。頭を下げるべき相手が間違っているのではないか?」


 虚を突かれたような表情で、司教はただ呆然と熾死王を見返した。


「オレの国を統べるのは、あそこにいる魔王だ。オレもあの男に仕える身。主君をさしおいて、その配下に頭を下げるのが、オマエたちの礼儀か? ん?」


 戸惑ったように司教は言葉を返した。


「……し、しかし、神とは王の上に立つ至上の存在。彼が王だというのならば、あなた様がその王権を授けたのでございましょう。盟約を交わしているのもその乙女なれば、信徒たる私はまずあなた方に頭を下げるのが、神への礼儀と思った次第でございます」


「カカカ、では覚えておけ。魔王とは、その神の上に立つ存在だ。そもそも、天父神の秩序もあの魔王、アノス・ヴォルディゴードがノウスガリアから簒奪し、このオレに与えたのだからな」


「なんと……」


 畏れるような表情で司教は俺を見た。


「神の上に立つもの。神の力を奪い、そして与えるもの。それでは、まるで<全能なる煌輝>エクエスではございませんか……」


 司教は俺の前に歩み出て、うやうやしく跪き、祈りを捧げる。


「蒙昧な私には、真実が見えません。ゆえに神のお言葉をただ信じましょう。神の上に立つ御方、魔王アノス・ヴォルディゴード様。申し遅れました。私はジオルダルの司教ミラノ・エム・シサラドと申します。先程の非礼をどうかお許しくださいますよう」


「構わぬ。だが、楽にするのだな。俺はエクエスではない。お前が信仰するには値せぬ、ただの地上の魔族だ」


 静かにミラノはうなずいた。


「左様でございましたか。しかし、たとえ、あなた様が<全能なる煌輝>でなくとも、神より上に立つ御方に変わりますまい。神の言葉を疑うわけには参りませぬ」


「ならば、好きにせよ」


「魔王アノス様、ジオルダルの教皇には私が話を通して参ります。盟珠なしに神を統べるあなた様がお会いしたいとおっしゃるのでしたら、教皇とて快諾なさることでしょう。しかし、その前に、どうかこの憐れな信徒のお言葉に耳を貸してはくださらないでしょうか?」


「言ってみるがいい」


 祈りを捧げながらも、司教は口を開く。


「神を信仰し、神を敬い、神に歌を捧げる、この信仰の国ジオルダルに、邪教に堕ちた愚者がいるのです。彼は神を冒涜するかの如く、教皇を貶め、信徒を嘲笑い、<全能なる煌輝>エクエスの存在を否定して回ります。それを真に受けるような不信心な者はこの都にはおりませんが、様々な祭礼の邪魔をされ、最早捨ておくことはできません」


「ふむ。その邪教に堕ちた者の名は?」


「ジオルダル元枢機卿、アヒデ・アロボ・アガーツェ。邪教に堕ちたため、教皇より洗礼名を剥奪され、今はただのアヒデと呼ばれています」


 やはり、アヒデか。

 洗礼名を剥奪されたということは、最早聖職者ではなくなったのだろうな。


「彼は祭礼の度に現れては、神を冒涜します。一度は捕縛され、罪人として投獄されました。しかし、そのときの様子は思い出すだけでも恐ろしい」


 ミラノは身震いしながら言った。


「なにがあった?」


「まるで取り憑かれたかのようでした。夢から覚めろ、なぜ覚めぬと譫言のように繰り返し、その表情は、まるで狂気に染まった悪魔の如し。その異様さ、不気味さを信徒たちは忌み嫌い、目を向けることすら憚られたのです。そうして、目を離した隙に、逃走してしまいました」


「監視が緩んだといえ、さすがに自力で逃げられるとは思えぬが?」


 司教はうなずく。


「ご明察でございます。愚かなるアヒデは、ガデイシオラに入信した様子。奴らはまつろわぬ神を信仰する邪教の徒。なにをしでかすかわかったものではございません」


 ふむ。なるほど。神をいないことを吹聴するために、異教徒と手を結んだというわけだ。


 しかし、俺が奴に首輪をつけてから、この短期間でそんなことができたとは思えぬ。以前から奴はガデイシオラと内通していたと考えた方が妥当だろう。

 

「アヒデの行方は、ジオルダル教団が追っております。奴は、この街から逃れることも難しければ、人前に姿をさらすことすら困難でしょう。食べるものもなく、泥をすすりながらのたれ死ぬのが罰となりましょう。しかし、この街では、明日、大きな祭礼があるのです」


 アヒデを追い詰め、捕らえることはできるが、祭礼の邪魔をされたくはないのだろう。


「力を貸してほしいというわけか?」


「……滅相もないことでございます。あくまで祈り、願いにすぎません。すべては偉大なる神の思し召し。この祈りが届き、願いが叶うも、叶わぬも、<全能なる煌輝>の御心次第でございます」


 しかし、思ったよりもアヒデ一人に手こずっているようだな。

 教皇が選定者ならば、神を失った奴などすぐに方がつけられるだろうに。


 協力しているガデイシオラの竜人がそれほどまでに厄介なのか?

 それとも、教皇が動けぬ事情でもあるのか?


「大きな祭礼というのは?」


「このジオルダルでは、100日毎に行われる聖歌の祭礼というものがございます。神に聖なる歌を捧げ、地底の繁栄を祈願するジオルダルで最も神聖な神事の一つです。これだけはなにがあろうとつつがなく行わなければならないのですが……神を冒涜することに異様な執念を燃やしているあの愚者は、危険を省みずに、またやってくるはず……」


「場所は?」


「ジオルヘイゼの各地で行われますが、聖歌が歌われる場所は、神竜の霊地です。ここからすぐでございますが、ご案内いたしましょうか?」


 アルカナに聞けば、場所はわかるだろう。


「よい。教皇との会談は任せた」


 言って、俺はこの地下と全壊した教会を丸ごと覆う魔法陣を描いた。

 <創造建築アイビス>で、建物すべてを作り直し、完全に修復する。


「お……おお……なんという奇跡……これこそ、神の御業……」


 司教はまたその場で祈りを捧げた。

 

「<全能なる煌輝>の御心のままに」


 いま一つ言葉に慣れぬが、会談の機会を作ってくれるということだろう。


「では、また明日、アヒデを教皇の手土産に引きずって来るとしよう」


 教会を後にしようとし、ふと思い立って足を止める。


「そういえば、この辺りに良さそうな宿はあるか?」


 司教は恐縮しながら答えた。


「……明日は聖歌の祭礼ということで、多くの巡礼者がジオルヘイゼに訪れております。教会や宿はすでに満員となっているでしょう。しかし、ご要望とあらば、なんとか部屋を空けて参ります。何名分必要でございましょうか?」


 ふむ。空けるとなれば、他の巡礼者や教会の人間を追い出すことになろう。


「それには及ばぬ。どこか空き地でも借りられるか? 地中でも構わぬ」


「この近くの竜着き場でございましたら、私の権限で管理している土地です。どうぞ、ご自由にお使いくださいますよう」


「それは助かる。ありがたく使わせてもらおう」


「<全能なる煌輝>の御心のままに」


 うやうやしく頭を下げ、祈りを捧げる司教と別れ、俺たちは教会を後にした。


 外には、少女が一人、大人しく待っていた。


「アルカナ」


 声をかけると、彼女は俺の方を向く。


「神竜の霊地とはどこだ?」


「ついてきて」


 彼女の後を歩いていくと、微かに響いていた竜人の歌が、次第にはっきりと聞こえ始める。

 辿り着いたのは、盛り土のされている広場だった。


 中央には浅く広い巨大な穴が空いており、そこに大かがり火がある。

 数十メートルはあろうというその炎は、長く立てられた柱を燃やしているものだ。


 竜の骨だろう。

 その大かがり火を取り囲むようにして、聞き慣れぬ聖歌を歌っている者たちがいる。


「あれ? エレンちゃんたちだぞ」


 エレオノールが指をさす。

 

「ほんとだわ。なにしてるのかしら、あの子たち」


 サーシャが疑問の表情を浮かべた。

 祭壇の前で、恐らくはジオルダルの聖歌隊に混ざり、ファンユニオンの少女たちが歌を歌っている。


 ジオルダルの聖歌など今日聞くのが初めてだろうに、楽しそうにそれを歌い上げていた。

 やがて、曲が終わると、彼女たちは聖歌隊と握手をする。


「素晴らしい歌声でした、エレン。あなたたちも聖歌隊と聞きましたが、どちらからいらしたのでしょうか?」


「ディルヘイドです。あの天蓋の向こうにある国なんだけど……」


 ぴっとエレンが頭上を指す。


「天蓋の向こう?」


 聖歌隊の女性は不思議そうな表情を浮かべる。


「馬鹿っ、エレン、それ言っていいの?」


「あ、あ、そっか。えーと……あははっ……」


 エレンが笑って誤魔化すと、聖歌隊の女性は微笑みを浮かべた。


「面白い方ですね。私はジオルヘイゼ聖歌隊隊長、イリーナ・アルス・アミナ」


「魔王聖歌隊のエレン・ミハイスです」


 ファンユニオンの少女たちは口々に名を名乗り、握手を交わしていく。


「あなたたちがもう少し早くジオルヘイゼにいらしていれば、明日の聖歌の祭礼、来聖捧歌らいせいほうかをお願いしたかったところですよ」


「来聖捧歌……?」


「ご存知ありませんか? 聖地ジオルヘイゼで行われる聖歌の祭礼では、街の外から訪れた巡礼者に、新しい歌をこの地に捧げてもらう儀式があるのです。それを、来聖捧歌というのです」


 うんうんとうなずくエレンたちに、イリーナは説明を続けた。


「かつて、この地にやってきた聖人の歌が神となり、災いを払ったことを始まりとする、聖歌の祭礼でも最も重要な儀式なのです。外から新しい歌が絶えることなく入ってくるということは、神が私たちをお守りくださるということであり、それは<全能なる煌輝>エクエスの御心なのです」


「難しいですけど、歌が神様なんて素敵ですね」


 エレンの答えが気に入ったのか、イリーナはにっこりと笑った。


「街のどこにいても、聖歌は届くと思いますが、よかったら明日はここに見にいらしてください。あなた方に<全能なる煌輝>のご加護がありますように」


 イリーナはそう祈りを捧げる。

 ファンユニオンの少女たちは恐縮したように頭を下げ、祭壇のある舞台の上から降りてきた。


「面白いことをしているな」


 声をかけると、ファンユニオンの少女たちが恐縮したように身を縮める。


「あっ、アノス様っ……も、申し訳ございません。勝手なことをして……」


「なに、自由行動に口は出さぬ。それにしても、上手いものだな。初めての曲だっただろう」


「はい……でも、歌いやすい曲だったので。今のイリーナさんたちは、この街の聖歌隊の人みたいなんですけど、すごく綺麗な歌を歌う人だなぁって見てたら、一緒に歌わないかって誘ってくれたんです」


 それで一緒に歌っていたというわけか。


「ジオルヘイゼでは歌が盛ん。歌を通して、竜人たちは様々な交流を行っている」


 アルカナがそう説明した。


「あの、明日も自由時間って、ありますか?」


「聖歌の祭礼を観にきたいのか?」


 こくりとファンユニオンの少女たちがうなずく。


「あ、でも、できたらで、ほんと、他にやることがあるんでしたら、全然かまわないんですけど」


「ジオルダルの文化を体験できるまたとない機会だ。明日は全員で観に来よう」


 エレンはぱっと顔を輝かせた。


「やった! ありがとうございますっ!」


 ファンユニオンの少女たちは嬉しそうに互いにハイタッチを交わしている。


「だが、一つ、気をつけることだ」


 エレンが不思議そうに俺の顔を見つめる。


「よからぬ輩が祭礼の邪魔をしに来るという話だからな」


聖歌の祭礼、なにやら不穏な空気が漂っています――

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