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盟珠の使い方


 俺たちが通されたのは、教会の地下に設けられた円形の一室だった。

 等間隔にかがり火が灯され、厳かな儀式の雰囲気を醸しだしている。


 先に入った二人もそこにいた。


「あっ、アノス様っ……!?」


 やってきた俺を見るなり、ナーヤが驚いたように声を上げる。

 

「おや? お知り合いでしたかな?」


 司教の問いに、エールドメードは唇を吊り上げた。


「カカカ、知り合いもなにも、その男はオレたちの国の魔王なのだからな」


「……魔王?」


 聞いたことがないといった風に司教は首を捻る。


「不勉強で申し訳ございません。なんという国からいらしたのでしょうか?」


 司教がそう俺に尋ねる。


「ディルヘイドだ」


「それ、言っちゃうんだ……」


 サーシャが小声でぼやいている。


「遠いところから、よくはるばるいらっしゃいました。これも神のお導きでしょう」


 地底世界にある小国とでも思ったか、特に司教は気にした素振りはない。


 ディルヘイドのことを知っているのは枢機卿など教団の一部の人間と、あの侵略作戦に関わった者たちだけということだろう。


「これから、いばらの道を歩まれる信徒に、<全能なる煌輝>エクエスは盟珠の洗礼をお与えくださいます。皆の前にある、神のかがり火をご覧くださいますよう」


 厳かな口調で司教が言う。


 かがり火に視線を向ければ、その炎の中には、透明の水晶がついた指輪が浮かんでいた。


「おわかりでしょうか? 神のかがり火の中にある、それは盟珠と呼ばれる指輪です。ご存知かとは思いますが、盟珠とは、古来より我々竜人が神や竜などと盟約を交わす際に用いられたもの。ジオルダルの教えでは、それは神へ祈りを届ける神具なのです」


 司教は右手につけた盟珠の指輪を左手で覆うようにして祈りを捧げる。

 

「その神のかがり火に手を伸ばし、炎の中の盟珠を手にすることが、信徒の洗礼となります。天命に選ばれしものは、火傷を負うことなくそれを手にすることができるのです。その者は、召命の義へと進むことができるでしょう」


 ふむ。魔力で作られた火か。

 多少の反魔法が張れれば、火傷を負うことはないだろう。


 召命の義に進める者は、魔力の有無でふるいにかけられるというわけだ。


「召命の義へ進める者は一〇人に一人と言われています。この中にも、天命に選ばれし信徒がいらっしゃるかもしれません。どうぞ、祈りとともにお試しくださいますよう」


 召喚魔法を使うための魔力を持つ者が、竜人でも一〇人に一人ということか。

 割合としては人間以上、魔族未満といったところだな。


「誰か失敗した方がいいのかしら?」


 サーシャが言った。


「なに、構わぬ。可能性としてないわけでもあるまい」


 無造作にかがり火に手をつっこみ、盟珠の指輪を手にした。


「おお……! 素晴らしい。火傷一つ負わないとは。あなたは紛れもなく天命に選ばれし――んんっ?」


 エレオノールが無傷で盟珠の指輪を手に入れる。


「簡単だぞっ」


「……ゼシアも……天命、選ばれました……」


 司教が唖然と二人を見つめる。


「……一度に三人も今日はなんという――なぁっ……!?」


 ミーシャとサーシャがやはり火傷を負わず、盟珠を手に入れる。


「……ご、五人も……」


「カカカッ、簡単なことではないか」


 エールドメードが盟珠を手にする。

 ナーヤも思いきって、かがり火に手を伸ばした。


 彼女は魔王学院の中では劣等生だが、しかし、そもそも魔王学院に入学できる生徒だ。この程度の火で火傷を負うわけもなく、容易くその盟珠の指輪を手にした。


「……やったっ……」


 ほっとしたようにナーヤが言う。


 俺たちが盟珠を手にした光景を、司教はまさに驚愕といった有様で見つめていた。


「ぜ、全員、天命に選ばれるとは……なんという日なのでしょうか……。かような奇跡をこの目で見る日が来ようとは。おお、神よ、<全能なる煌輝>エクエスよ。この素晴らしき巡り合わせに感謝を捧げます」


 興奮を隠せぬ様子で、司教は神に祈りを捧げる。数百年に一度の奇跡の場に立ち会ったと言わんばかりであった。


「それでは、召命の義に移りましょう。こちらをご覧くださいますよう」


 司教は自らの右手をかがり火に入れる。

 彼がその手で円を描けば、盟珠の指輪から炎が溢れ、それは魔法陣の形を象った。


「これは盟珠を使うための基礎、<使役召喚リテルデ>の魔法陣です。この魔法を使うことで、信仰に厚い聖職者でしたら、竜や、神をこの地に降ろし、使役することすら可能となります。とはいえ、神というのは完全なる力を持つ<全能なる煌輝>の御手。そうそう盟約を結ぶことはかないません」


 地上の召喚魔法に近くはあるものの、根本的な仕組みが少々異なる。


 <使役召喚リテルデ>の魔法術式だけでは召喚は成立しない。

 これは予め、盟珠があることを前提とした魔法である。


「どうぞ、こちらへ。まずは神の使い、竜の召喚について説明します」


 司教が床に描かれた魔法陣の上に乗る。

 俺たちがそこへ移動すると、魔力が込められ、ふっと転移した。


 場所は、先程の部屋よりも更に地下に設けられた一室だ。

 天井は高く、広大な空間である。


「こちらが召命の義を行うための召命の間です。その盟珠を使い、<使役召喚リテルデ>の行使がかなったならば、あなた方はその日から、召命を受ける、すなわち神によって、神のために働く使命を得られるのです」


 この広い空間は、召喚魔法を使うためというわけか。

 狭い室内で竜を喚べば、部屋に入りきらぬだろうしな。


「太古の昔、この地底にもたらされた盟珠は、神の秩序により、六つの竜を喚ぶ力を有しているのです。力と炎の<力竜デイロ>、飛行と転移に優れた<飛竜シータ>、堅牢なる<堅竜ガロン>、癒しと恵みの<恵竜フロン>、隠れ忍ぶ<隠竜ビスタ>、縛り拘束する<縛竜ドグ>」


 司教は丁寧に盟珠の説明を行っていく。


「<使役召喚リテルデ>で竜を喚ぶとき、この地底にいる竜を喚ぶわけではなく、盟珠により神界と門がつながると言われています。神のもとにいる竜がその使いとして、この地底へ降り、そして相応しい血肉を得るのです」


 司教は盟珠の指輪を見せながら言う。


「<使役召喚リテルデ>により、神の使いである竜が地底に現れる。それは人々の暮らしに恵みをもたらすでしょう。竜は我らの生活を支える使者。我らを護る家となり、我らを育む血肉となり、我らを運ぶ足ともなる。神の使いをこの地に降ろすための門の鍵を握るものこそが、すなわち召命を受けし、聖職者なのです」


 竜そのものというよりは、その根源を喚んでいるのだろうな。

 それゆえ、<憑依召喚アゼプト>で竜の力を宿らせることが可能というわけか。


 <使役召喚リテルデ>では、根源に応じた血肉を盟珠が与えるといったところか。

 盟珠は最初の代行者、つまり神の秩序を持つ者が与えたそうだから、不可能なことではあるまい。


 絶滅しかけていた竜が、また数を増やしたのはこれが理由だろう。

 竜が完全に滅びぬよう、あるいは竜人が滅びぬような秩序を担っているのが、盟珠と召喚というわけだ。


「召喚魔法は、魔力の多寡ではなく、魔力の器を広げることで、より強大な竜が喚べると言われています。まずは見本をお見せしましょう」


 司教は盟珠の指輪に魔力を込める。

 すると、その水晶の内側に魔法陣が次々と描かれ、積層されていく。


 途端に、司教の目の前に大きな炎が立ち上った。

 その中にうっすらと竜の影が見える。


「<使役召喚リテルデ>・<力竜デイロ>」


 ばっと炎が霧散すると、そこに一体の巨大な竜がいた。

 司教の支配下にあるのか、竜は暴れ出すような気配もなく、そこでじっとしている。


「さあ、まずは、お試しくださいますよう。なにもわからないかとは存じますが、どうぞご安心を。召命の義は何度でも行うことができます。一度で成功できる者は、一〇〇人に一人と言われているほど、特に難しい儀式なのです。今日は、召命の始まりの日として、神聖なる神の御手に少し触れるのだと考えていただけ――」


 司教が唖然としたように言葉を失った。

 ミーシャとサーシャが盟珠の内側に魔法陣を描くと、炎が立ち上り、そこに竜の影が浮かんでいたのだ。


「初めての魔法だけど、これでうまくいってるのかしら?」


「大丈夫だと思う」


 炎が散り、現れた竜は司教が召喚したものより、一回り以上大きかった。


「……これ、は…………!? まさか、初めての召喚で、私の竜を上回るとは……しかも二人も――!?」


 驚愕の表情を浮かべた司教が、次の瞬間、それ以上に目を見開く。

 更に二つの炎が立ち上り、竜が召喚されたのだ。


 エレオノールとゼシアの<使役召喚リテルデ>だ。

 やはり、司教のものよりも、竜は巨大だった。


「くすくすっ、うまくいったぞ」


「……大きい……竜です……」


 満足そうに二人は竜を見上げる。


「……よ、四人も……今日はなんという……なんという日なのでしょうか、<全能なる煌輝>エクエスよ……あなたは私をどこへ導こうというっ――!?」


 目の前の光景に、彼はただ立ちつくした。

 エールドメードが召喚した竜が、広大な天井に頭をつくほどの大きさだったのだ。


「……なんと巨大な竜……これは、千年を生きた竜と同じぐらいの……」


「さあ、居残り。オマエもやってみたまえ」


「…………はい……!」


 ナーヤが盟珠に魔法陣を描き、<使役召喚リテルデ>を使う。

 彼女の目の前に小さな炎が立ち上った。


 その中心には、竜の影が浮かんでいる。

 しかし、幼体の竜にしても、かなり小型だ。


 召喚の炎が霧散すると、そこには猫ぐらいの大きさの小さな竜が浮かんでいた。


「……ち、小さいですけど、なんとかできました……」


 他の竜とサイズが違いすぎるからか、少し恐縮したようにナーヤが言う。

 だが、エールドメードは、興味深そうにその竜に近づいていく。


 小さな竜の至近距離で立ち止まると、彼はその全身を舐めるように見た。


「見たことのない竜ではないか」


 彼がそう呟いたときだ。

 クゥッと小さな竜が鳴き、口を開いた。


「えっ……?」


 瞬間、この場に召喚された六体の竜が透明な魔力の球に体を囲まれていた。

 その魔力球の内側がぐにゃりと歪むと、みるみる小さくなっていき、それに伴い竜の体が縮んでいく。


 あっという間に、ボールぐらいの大きさと化した魔力の球が、吸い込まれるように、小さな竜の口元へ飛んでくる。


 キュウッとひと鳴きし、小さな竜は魔力の球を食べてしまった。

 緑色だったその竜の鱗が、僅かに赤みがかった気がした。


「……竜を、食べた……? いや、竜が竜を食べるなど……見たことも聞いたことも……」


 まるで事態についていけないといった風に、司教が愕然としている。


「ふむ。変わった竜が召喚されるものだな」


 俺はナーヤが喚んだ竜を見つめる。確かに他の竜とは毛色が違う。

 二千年前にもこんな個体はいなかったな。


 それに竜を食べたことで、鱗の色が変わった。


「俺の召喚する竜も食らってみよ」


 <使役召喚リテルデ>の魔法陣を盟珠の内側に描きながら、棒立ちのままの司教に言った。


「ジオルダルの司教よ。そこは危険かもしれぬぞ。何分、初めて使う魔法だ。加減がうまくいくかはわからぬ」


「……ああ……あ……」


 ようやく正気を取り戻したように、司教は言った。


「い、いえ、召喚の炎とは、すなわち血肉を与えるための授肉の炎、我々聖職者が燃えることは決してないのです」


「決してか?」


「ええ。決してです。神の秩序により、それは護られております」


 そうは思えぬが、しかし、俺の知らぬこともあるだろうしな。


「念のため、用心しておくがいい。死ぬかもしれぬぞ」


「ご安心くださいますよう。神のご加護がありますので。そして、どうか、あなたにも理解していただきたい。それを疑うことは、ジオルダルの信徒として、死よりも避けなければならないことなのです」


「そうか。余計なことを言ったな」


 郷に入っては郷に従えという。


 それだけ信仰が厚いのならば、これ以上はなにも言うまい。

 ジオルダルの流儀に合わせておくとしよう。


 魔法陣に魔力を込めれば、目の前に炎が立ち上る。

 それは激しく勢いを増していき、瞬く間に膨大に膨れあがった。


「こ、こんなことが……召喚の炎がこんなに激しく立ち上るところなど……う、お、うおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉっっっっ!!!」


 室内すべてを覆うほどに火勢を増した召喚の炎を見て、司教は絶叫した。

 俺は彼の周囲に反魔法を張り、それを防いでやった。


「大人しくしていろ。やはり、燃えるようだ」


 忠告するも、司教は反魔法の外側へ恐る恐る足を踏み出す。


「……ご安心ください。燃えるはずがないのです。火勢が強く見えても、召喚の炎は、聖職者を裁くことなき、授肉の炎っ」


「ちょ、ちょっと……アノスッ! 室内ぜんぶは危ないわよっ……」


「少々、地底の魔法は勝手が違うな。魔力を調整しても、あまり加減が効かぬ。死なぬよううまく防げ」


「カカカカッ、つくづくオマエは暴虐の魔王だ。それでこそ、アノス・ヴォルディゴードではないかっ!!」


「司教のおじさんが燃えた」


 ミーシャが呟く。

 大人しくしていろと言っただろうに。


「<蘇生インガル>使ったぞ」


 エレオノールはすかさず蘇生した。


 極限まで膨れあがった炎がふっと霧散した。

 目の前に現れたのは、真紅の竜、その脚だった。


 巨大すぎるその体躯は地下の天井を破り、教会を破壊しては、地面から頭を出している。

 ガラガラと破壊された岩盤や建物の瓦礫が、次々と頭上から降り注いでいた。


「ではナーヤ、こいつをその竜に食わせてみよ」


「え? こ、この大きい竜をですかっ?」


 全貌がつかめぬほど巨大な竜をナーヤは呆然と見上げる。


「そうだ。小さくできるのなら、これも食えるだろう」


「……あ、はい……でも、その、すみません。どうすればいいか……」


 召喚竜の扱い方が、ナーヤはよくわからぬ様子だ。

 彼女が困ったような表情を浮かべると、小さな竜はクゥッと鳴いた。

 

 透明な魔力の球が真紅の竜を覆っていくが、しかし、途中で泡のように弾けて消えた。

 キュウゥ、と小さな竜は少々悲しげな鳴き声を上げる。


「ふむ。さすがに無理か」


 真紅の竜が僅かに体躯をひねれば、ドガラガァァンッとけたたましい音を立て、教会が更に破壊され、無数の瓦礫が落下した。


「ちょっ、ちょっとアノスッ、なんとかしなさいよっ。このままじゃ、ぜんぶ崩落するわっ」


「そう心配せずともよい」


 真紅の竜を見据え、俺は命令を下した。


「邪魔にならぬ場所へ飛んでいけ」


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァッッッ!!!」


 大きな咆吼を轟かせると、その震動で地下の天井とその上の建物部分が粉々に砕け散る。

 地盤を砕きながら、荘厳な翼を広げ、その真紅の竜は地底の空に飛び立っていった。


「ふむ」


 教会は跡形もなく消滅し、地下までは完全な吹き抜けとなってしまっている。


「見よ。これで崩落しまい」


「馬鹿なのっ!」


司教のおじさんに幸あれ……。

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おじさん…。 そして、居残りのナーヤ。やはり不穏…。
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