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神竜の国ジオルダル


 天から響く地鳴りが収まり、天蓋の落下が停止する。

 僅かに音の余韻が残っていた。


「地底の空は震え鳴く。これを震天しんてんという」


 高みにある天蓋を見つめ、アルカナが言う。


「ふむ。地上でも地震が起こることだしな。しかし、あれでは天蓋が徐々に落ちてくることになろう」


「地底世界は神の柱に支えられている。落ちた天蓋はその柱が持ち上げる」


 支障はないということか。


「なかなか珍しい。地上では空が落ちてくることなどあるまいしな。その神の柱とやらも、機会があれば見ておきたいものだ」


「神の柱は秩序の柱。常人には見ることもできないが、あなたならば見られるかもしれない」


 秩序の柱か。

 この地底世界の空洞は、魔法で支えられているようなものというわけだ。


「その秩序の柱は、どの神が創った?」


「最初の子竜が生まれる前に、世界は創られたとされる。神の名は失伝しているが、創造を司る神が創ったことは間違いないのだろう」


「創造神ならば、ミリティアだがな」


「わたしはその名を知らない」


 <創造の月>を使えるならば、アルカナがその創造神といった可能性はある。

 自らの神の名を忘れたために、知らぬということは考えられよう。


 とはいえ、選定審判においては、他の神の秩序を食らうことができる。

 名を忘れる前のアルカナが、選定審判に参加したことがあるのかは定かではないが、創造の秩序を食っていないとも言い切れまい。


 地底に別の創造神がいるといったことも考えられるしな。

 

 まあ、記憶を思い出せればはっきりする話か。

 あれこれと憶測しても結論には辿り着くまい。


「では、行くか」


 アルカナに案内されながら、俺たちは街の賑わう場所へと歩いていく。


 竜の骨などの素材で作られた風変わりな建築や、見慣れぬ衣装であること以外は、ジオルヘイゼの街並みは概ねアゼシオンやディルヘイドのものと変わりない。


 往来があり、店が軒を連ね、屋台が出ている。

 神を祀っているであろう教会は至るところにあり、その周囲には蒼い法衣を纏った者たちがいた。


「この国は教皇、すなわち、ジオルダル教団が神の名のもとに治めている。あの法衣を纏った者たちは、皆、教会の聖職者。鎧を着ていれば聖騎士」


 歩きながら、アルカナが街の説明をしてくれる。

 生徒たちは皆物珍しそうに、周囲を見物していた。


 耳には微かに、神竜の歌声が響いている。

 意識を傾けなければ気にならぬほどの音量だ。このジオルダルでは小川のせせらぎのように、一般的なものなのだろうな。


「ねえねえっ、あっちから歌が聞こえないっ?」


「聞こえる聞こえるっ。人の歌だよねっ。この音なにかな? 弦楽器? 綺麗な音色」


 ファンユニオンたちが遠くに視線を向け、耳をすましている。


「アノス様、歌を聴きにいってもいいですか?」


 エレンが俺に尋ねてくる。

 アルカナを見ると、彼女は言った。


「ジオルヘイゼの治安は良い。ここに住む者には厳しい戒律が課せられるが、旅人には比較的緩い。いたずらに神を否定することがなければ、戒律に反しても、教団に身柄を拘束されるだけ。異端審問にかけられるまでには猶予がある」


 問題なさそうだな。


「では、三時間ほど自由行動としよう。各々見聞を広めてくるがよい。なにをしていても構わぬが、俺のそばにはあまり近寄らぬ方がいい。ここの教皇に狙われているやもしれぬ」


 エレンに言うついでに、他の生徒たちにも<思念通信リークス>で伝えた。


「ありがとうございますっ!」


「行ってきますっ、歌も覚えてきますねっ!」


 そうカーサが言う。


「ふむ。では、聞かせてもらうのを楽しみにしていよう」


「きゃーっ、やったやったっ! ご褒美ご褒美ーっ!」


 カーサが嬉しそうに拳を振りながら走っていく。


「あー、ずるいっ、カーサッ。抜けがけ禁止っ」


「間接ご褒美しなさい、間接ご褒美っ!」


 カーサがきりりと表情を引き締めて言った。


「ふむ。では聞かせてもらうのを楽しみにしていよう」


 それを聞いたノノが同じ表情で振り向く。


「ふむ。では聞かせてもらうのを楽しみにしていよう」


 それを聞き、今度はマイアがキメ顔で言った。


「ふむ。では聞かせてもらうのを楽しみにしていよう」


 それを人数分繰り返し、ずらりと並んだファンユニオンの少女は、魔王の表情をばしっと決めて、声をハモらせながら言った。


「「「ふむ。では聞かせてもらうのを楽しみにしていよう」」」


 きゃーきゃーっとはしゃぎ回りながら、少女たちは駆けていく。


「アノス様のお耳に、あたしたちの歌が入っていくぅっ……!」


 まるで歌劇のように、彼女たちは歌う。


「ああ、それはどんな感動を孕むというのでしょうっ?」


「孕ませることができるのでしょうかっ?」


 道行く竜人たちが足を止め、即興で歌っている彼女たちをちらちらと見ている。


「「「感動を、孕めーーっ!」」」


 ビブラードを利かせながら、少女たちは歌の響く場所へと去っていった。 


「……なんで、あんなに危機感ないわけ……ねえ、ミー……」


 もぐもぐとミーシャは屋台で買ったばかりの串竜カツを食べている。

 通貨は、見聞を広める費用として事前に配ってあった。


「サーシャの言う通り」


 はふはふ、と熱いカツに苦戦しながら、ミーシャは食べる。


「けいかいはひふよう」


「なに食べてるのよっ!?」


「くひりゅうかふ」


「串竜カツなのは、見ればわかるわよっ! なんで食べてるのって聞いてるのっ?」


「屋台のおじさんが美味しいって」


「ここ、敵地よ。敵地。敵地のど真ん中だわ。毒でも入れられたら、どうするのよ?」


 ごくん、とカツを飲み込み、ミーシャは言った。


「見たから」


 ミーシャの魔眼ならば、大抵の毒は容易く看破できるだろう。


「ちゃんとサーシャの分も残した」


 ミーシャが串竜カツの残りをサーシャに差し出す。


「別にわたしの分がないと思って怒ったわけじゃないんだけど……」


「いらない?」


 ミーシャが小首をかしげて、訊いた。


「……もらうわ」


 サーシャは串竜カツに、美味しそうに食いついていた。


「カッカッカ、実に興味深い街ではないか。竜の力、神の力で生活をしているとは、面白い。心躍る出会いがありそうだ」


 カツンカツン、と杖をつきながら、エールドメードは迷わず教会の方へ向かっている。

 これまで見た中で一番大きく、豪奢な造りだった。


「あの、熾死王先生、どちらへ行かれるんですか?」


 彼の後ろからナーヤがついてきた。


「カカカ、教会に興味があるのだ。この地底世界に生きる竜人たちは、竜や神、その他、魔力に優れた魔法生物を召喚することに長けている。特に教会の聖職者ならば、盟珠を持ち、誰でもそれが扱えるそうでな。召喚魔法は地上にもあるにはあるが、やはり彼らの方が一日の長があるだろう。実に興味深い」


「そうですか」


 立ち止まり、くるりと振り返ると、熾死王は言った。


「オマエも一緒に来るか、居残り」


「……でも、先生の邪魔をしてしまうんじゃ…………?」


「カッカッカ、このオレが学ぼうとする生徒を邪険にするわけがないではないか。だが、気をつけろ。地底では、なにが起こるかわからない」


 エールドメードはナーヤをつれて、教会の前に立った。

 ノックをすると、やがて扉が開き、優しげな表情の竜人が姿を現す。


 纏っている法衣は、アルカナから聞いたところによれば、司教のものだ。


「見慣れぬ顔の御方ですな。いかがなさいましたか?」


 エールドメードは杖をつき、堂々と言った。


「地上から来たのだが、入信したい。コイツも一緒だ」


「ええぇっ――むぐぅっ……!!」


 ナーヤが声を上げた瞬間、エールドメードが手でその口を塞いだ。


「んっ、んーーっ?」


「おいおい、そう驚くな、居残り。今気をつけろと言ったばかりではないか。地底では、なにが起こるかわからない。そうだな?」


 戸惑いながらも、ナーヤはこくこくとうなずいている。


「カカカ、聞き分けの良い生徒だ」


 ナーヤから手を放し、エールドメードは司教を振り向いた。


「待たせてすまなかった。なんの問題もないぞ」


「一言に入信といっても、それほど簡単なものではありません。厳しい戒律、過酷な修行が待ち受けています」


 エールドメードは余裕の笑みを浮かべている。

 承知の上と言わんばかりだ。


「一つ尋ねましょう。あなたの前に、今、いばらの道と平穏な道が分かれています。あなたが選ぶのはどの道でしょうか?」


「カッカッカ、このオレが選ぶのは、いばらの道にサソリを放ち、猛獣を呼んできては、邪悪なる者と正義を信ずる者を連れ回す。あらゆる危険な可能性に満ちた修羅の道だ」


「…………」


 一瞬、司教がぽかんとした表情を浮かべた。

 しかし、すぐに気を取り直したように、ナーヤに尋ねた。


「それでは、あなたが選ぶのは、いばらの道と平穏な道、どちらでしょうか?」


「……その、私は……平――」


「カカカカカカカカカカッカッカッカッカーッ!」


 平穏な道と言おうとしたナーヤの声を、エールドメードが笑い飛ばす。


「……平穏な――」


「カーーーーカッカカカカカッッッ!!!」


 ナーヤは沈黙し、一瞬エールドメードを見る。


「この熾死王と共に歩むいばらの道か、それとも一人で行く平穏な道か。オマエが選ぶのは、どちらだ、居残り」


 俯き、ナーヤは言った。


「……い、いばら……?」


 すると、神妙な顔つきで司教はうなずく。


「神に命を捧げるために門を叩いたものに、我々は救いの手を差し伸べるでしょう。どうぞ、中へお入りください。まずは盟珠の洗礼を受けてもらいましょう。祈りが通じ、召命しょうめいを受けることができたなら、あなたちにも聖職が与えられます」


 司教が教会へ入っていく。


「カカカ、うまくいったではないか。盟珠を手に入れるには入信し、聖職者となるのが手っ取り早い」


「……で、でも、どうするんですか、先生? 本当にジオルダルの信徒になってしまったら、色々と問題があるような気がしますが……」


「おいおい、居残り。このオレをなんだと思っている?」


「え、えーと……熾死王先生ですよね……?」


「その通り。神など恐れていては、あの魔王とは到底戦えなかったぞ。完膚無きまでやられたがな。カッカッカッ」


 迷いなく彼は教会の中へ入っていく。

 呆然とナーヤは、その背中を見つめていた。


「なにをしている、居残り、早く来い」


 カッカッカ、と笑う熾死王の後を追って、ナーヤも教会へ入っていった。


 ふむ。なにを考えているのやら?

 今のところ、おかしな動きを見せていないとはいえ、油断するわけにもいかぬ。


 その気になれば、熾死王の方が教皇などよりもよほど厄介だろうからな。

 無論、奴のことだ。ただの好奇心ということもあるだろうが、一応、釘を刺しておくか。


「どうしたの、アノス?」


「サーシャ、ミーシャ。ともに来い」


 こくりとミーシャがうなずく。


「それは、いいけど」


 歩き出すと、エレオノールとゼシアが寄ってきた。


「みんなでどこ行くの? ボクたちも行っていい?」


「構わぬ」


 エールドメードが入っていった教会の前に立ち、扉を叩く。

 しばらくして、先程の司教が姿を現した。

 

「……旅の御方、いかがなさいましたか?」


「入信したい。いばら」


異様に話の早い入信希望者……。

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― 新着の感想 ―
〉「……旅の御方、いかがなさいましたか?」 〉「入信したい。いばら」 子どもの受け答えか!?(笑) 話が早いなんてもんじゃねぇ…。 熾死王先生が神の召喚術を身につけたら、なんかヤバそう。 ノウスガ…
[一言] 「入信したい。いばら」 笑ってしまった
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