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竜の歌声が響く国


 翌日――


 魔王学院一回生二組の生徒たちは、ミッドヘイズから東に位置するレデノル平原にいた。


 今日の明け方まで、<理創像エドニカ>による戦闘訓練をみっちり行ったため、個人差はあるものの、全体的には見違えるほどの成長を果たしている。


 強制的に死を乗り越え続けたため、体力的にはともかく精神的には疲弊し、生徒たちの表情は少々やつれきっているが、まあ、許容範囲だろう。むしろ、あの訓練が頭に残っている今が絶好の機会といったところだ。


 地底世界では、なにが待っているかわからぬからな。

 

「さて。これから、地底へ向かおう」


「あの~、アノス様」


 居残りのナーヤが手を挙げる。


「どうした?」


「アノシュ君がいないみたいなんですけど……? どうしたんでしょう?」


 不思議そうに彼女は言う。


「あれ、本当だな」


「そういえば、<理創像エドニカ>の訓練のときに見たか?」


「いや……見てないかも……ていうか、それどころじゃなかったし……」


 生徒たちがざわざわと騒ぎ始める。


 休みにしておいてもいいが、大魔王教練のときに限ってアノシュが休むと思われれば、勘繰る者も出てくるかもしれぬ。


 かといって、わざわざアノシュの体を魔法で作って動かすというのも面倒だ。

 それなりの精度にしなければ、見抜かれるだろうしな。


 ならば――


「くははっ。なにを言っている。アノシュなら、ずっとそこにいるだろう」


 俺はなにもない空間に視線を向けた。


「え……?」


「そこにアノシュ君がいるんですか?」


「ああ」


 俺はそこまで歩いていき、言葉をかけた。


「<幻影擬態ライネル>と<秘匿魔力ナジラ>か。俺から隠れようとするとは、なかなか悪戯好きのようだが、まだまだ深淵には届いておらぬ。この際、大魔王教練の間はそれで通してみるのだな。一度でも俺の魔眼を欺いたならば、合格点をくれてやる」


 生徒たちは、俺の視線の方向に、じっと魔眼を凝らす。

 

「全っ然見えねえ……。魔力の欠片すらないぞ……」


「やっぱり、アノシュ君って天才少年なんだ……」


「でも、なんだかんだで、魔王様の前じゃ子供扱いだよな。こんだけ完璧に姿を隠したようでいて、あっさり見抜かれてるんだからな」


 さて、これでアノシュのことは問題あるまい。


「では、地底へ向かうぞ」


 俺の後ろに立っていたアルカナが静かに前へ出る。


「紹介が遅れたが、彼女はアルカナだ。地底世界の者でな。とはいえ、竜人ではない。簡単に言えば神だ。ジオルダルへの道案内をしてもらう」


 アルカナはふっと消えると、生徒たちから数百メートル離れた場所に現れた。


「……今のなに? <転移ガトム>?」


「いや、全然魔法陣が見えなかったぞ……?」


「ていうかさ、神って、本当に神なの?」


「……信じられねえけど、エールドメード先生じゃなくて、アノス様なんだから、本当に神なんじゃないか。ほら、あのアルカナって子が手をかざしてるだけで、昼が夜になってるし……」


「つーかさ、なんだありゃ、尋常じゃねえ魔力だぞ」


「神に道案内させるって、さすが暴虐の魔王だな……。なんか、これまでの授業と全然スケールが違うんだけど……俺たち生きて帰れんのか?」


 そうこう言っている間に空には三日月のアーティエルトノアが昇っている。


「大地が凍りて、氷は溶けゆく」


 <創造の月>から、白銀の光がアルカナを中心に降り注ぐ。

 その輝きは大地をあっという間に凍てつかせた。


 次の瞬間、パリンッと薄氷の如くその氷が割れ、地面に広大な円形の穴ができていた。

 地底世界へ続くトンネルである。


「雪は舞い降り、翼となりて」


 無数の雪月花が降り注ぐ。

 それがアーティエルトノアに照らされたかと思うと、何体もの雪の竜へと変化する。


 キラキラと白銀の光を撒き散らしながら、雪の竜は生徒たちの元へ移動した。


「地底世界まではなかなかの距離がある。<飛行フレス>が苦手な者は乗れ」


 俺がそう口にすると、大半の生徒たちが雪の竜に乗った。


「行くぞ」


 アルカナが先導し、地底へ続く穴へ降りていく。


 すぐ隣を俺は<飛行フレス>で飛び、その後ろには、エールドメードとシンが続いた。


「わーお、楽しいぞっ! 飛んだっ、飛んだね、ゼシアっ」


「……快適……です……」


 エレオノールとゼシアが二人で雪の竜に乗っている。

 その横をミーシャとサーシャが<飛行フレス>で並んだ。


「というか、エレオノールとゼシアはついてこれるでしょうに」


 サーシャが苦言を呈すると、ミーシャは首をかしげた。


「ずる?」


「……ち、違うんだぞっ。ほら、雪の竜に乗ってみたかったから」


 などと、エレオノールは言い訳になっていない言い訳を口にしている。

 じーっとミーシャが無表情に彼女を見つめる。


「それにほら、この雪の竜を参考にして、新しい魔法を作れるかもしれないし……」


 と、自分で口にして、エレオノールは、はっと思いついた。


「そうだっ。新しい魔法ができるかもしれないぞっ」


「……大発見……です……」


 ぱちぱちとゼシアが小さく拍手をし、ぱちぱち、とミーシャが瞬きをする。


「……ずる、じゃない?」


「いや、どう考えてもずるでしょ。完全に口にするまでただの言い訳だったわ」


 サーシャが鋭く突っ込んだ。

 エレオノールが人差し指を立てると、その真似をするようにゼシアが人差し指を立てる。


「サーシャちゃん、世の中には、終わりよければすべてよしって言葉があるんだぞっ」


「……だぞ……です……」


 呆れたようにサーシャが二人を見る。

 言い返そうと思ったようだが、それに対抗する言葉が思いつかない様子だ。


「ミーシャ、あれになにか反論できる言葉知らない?」


 ミーシャが小首をかしげる。


「終わりがよければ、うまくいったと思ったか」


「それね」


 思い思いの会話をしながら、地底へ続く穴の中を俺たちは飛んでいく。

 しばらくすると、遙か遠くに地底の大地が見えてきた。 


 トンネルを抜ければ、ぱっと視界が広がる。

 頭上には天蓋が、眼下には広大な地底世界が広がっていた。


「もうすぐジオルダルの領空。首都ジオルヘイゼを目指す」


 アルカナが飛んでいく方向へ、俺もついていく。

 後ろからはシンやミーシャたち、そして生徒を乗せた雪の竜がついてきている。


「ねえ、思ったんだけど、ジオルダルって、アゼシオンとディルヘイドを竜の群れで襲撃した奴らでしょ? こんなに目立って大丈夫なの?」


 追いついてきたサーシャが言った。


「アルカナの話では、アヒデの独断だったそうだ」


「そう。王竜も本来はジオルダルの教義に反する。あれは王竜の国アガハの教え」


 アルカナが補足する。


「ジオルダルはディルヘイドに敵意はない?」


 ミーシャが訊く。


「……わからない……。ジオルダルを治めているのは教皇ゴルロアナ・デロ・ジオルダル。彼は八神選定者の一人。救済者の称号を与えられし竜人。ディルヘイドに敵意がなくとも、アノスの敵ではある」


「あるいは、アヒデの独断ということにしたかったのかもしれぬしな」


 無表情でアルカナを見つめ、ミーシャは再び訊いた。


「痕跡神リーバルシュネッドは?」


「ジオルダルの教皇には、代々、口伝でのみ受け継がれてきた教典があると言われている。痕跡神の何処いどこも伝えられている可能性がある」


 サーシャが頭に手をやった。


「どっちにしても、その選定者の教皇に会わなきゃ話にならないってことよね。頭が痛いわ」


「なに、俺たちが選定審判をぶち壊すのならば、相見えることにはなるのだろうからな。挨拶ぐらいは、しておくべきだろう」


「……本当に挨拶だけなんでしょうね…………」


「それは向こうの出方次第だ。もしかすれば、教皇もちょうど選定審判を壊そうと思っていたところで、是非協力しよう、という話になるやもしれぬ」


 サーシャが呆れたような目を向けてくる。


「ねえ、アルカナ。ちょっとアノスに神託をいただいていいかしら?」


「彼は正しい」


「神様って嘘ついていいのっ!?」


 アルカナが振り返り、後ろ向きに飛びながら言う。


「人の心は秩序を外れてたゆたい、彷徨う。行きつく先が何処であるか、神にもわからぬ混沌なのだろう」


「確かにどうなるかなんてわからないけど、可能性ってものがあるでしょ。どっちかと言えばどうなのよ?」


「人の心で言えば、ありえないとわたしは言うだろう」


「最初からそう言いなさいよっ」


 ほんの少しだけアルカナは微笑みを見せる。


「神に物怖じしない魔族の子」


「そいつは俺にさえ物怖じせぬ。面白い奴だ」


 そう言うと、サーシャは不服そうにぼやく。


「なんだか、からかわれてる気がするわ」


 気を取り直すように、彼女はアルカナの方を向き、改めて聞いた。


「で? 結局、大丈夫なのかしら?」


「今の時期は、ジオルダルの各地から多くの巡礼者がジオルヘイゼへやってくる。わたしたちの姿はそれに紛れることになるだろう」


「教皇がわたしたちに気がついても、他の人たちからはわたしたちが巡礼者に見えるから、目立つところでは手が出せないってこと?」


「そう。堂々と行った方が安全」


 姿を隠して行けば、秘密裏に始末する機会を与えることになる。

 もっとも、教皇がまだなにを考えているかは定かではないがな。


「……あれ……?」


「どうしたの、エレン?」


「なにか聞こえない?」


「あ……そう言えば……?」


 雪の竜に八人で仲よく乗っているファンユニオンの少女たちが、耳を傾けている。


「……これ、音楽じゃない……?」


「そう、だよね。聞いたことのない音色……」


「なんの楽器かな?」


「でも、こんな高いところまで聞こえてくるなんて、どこで演奏してるんだろ……?」


「ねえ、これ歌じゃない? うまく言えないけど、歌っている気がする」


 エレンが言うと、ジェシカが改めてその音色を聴く。


「そう言われてみれば、そんな気もするよね……」


 不思議そうに少女たちは、聞こえてくる調べに耳をすます。


「それは正しい、聖歌隊の子。ジオルダルの領空に入った。これは神竜の歌声」


 その言葉に少女たちは驚いたように声を上げる。


「やっぱり、歌なんだっ」


「エレンすごいじゃんっ。よくわかったね」


「アルカナ様。竜が歌ってるってこと?」


 アルカナがうなずく。


「地底世界の三大国、ジオルダル、ガデイシオラ、アガハでは、それぞれ竜を神の使いとして祀る。ジオルダルが祀るのは神竜。神竜は音の竜であり、その歌声はジオルダル建国以来、絶えることなく国中に響いている」


「どこかで竜が歌ってる?」


 ミーシャが首をかしげる。


「そう言われている。神竜の姿は歴代の教皇と盟約を交わした神以外は見ることができない。わたしも知らない」


 そう口にすると、アルカナはゆっくりと下降を始めた。

 眼下には大きな都が見えていた。


「ここが首都ジオルヘイゼ。竜着りゅうつき場に降りる」


 アルカナが足をつけたのは、街の中に設けられた広い平原だ。


 周囲は防壁で囲まれており、辺りには、何匹かの竜がいた。


 人に慣れているのか、特に襲いかかってくる気配はない。

 ジオルヘイゼを訪れた巡礼者の駆る竜なのだろう。


 雪の竜たちは平原へ次々と着地し、生徒たちを降ろしていく。


 ちょうど、そのときだった。

 地割れのようなけたたましい音が頭上から鳴り響いた。


「なによ、この音……?」


「見て」


 ミーシャが彼方にある天蓋を指さす。

 また大きく頭上から地響きがした。


「見てって言われても、ミーシャほど魔眼はよくないんだけど……」


「天蓋が落ちてきてる」


「はぁっ……!?」


 ガ、ガガ、ガガァァンッと一際大きい音が鳴り響き、天蓋が下に降下する。

 それは、まるで空が落ちてきているかのような光景だった。


竜の歌声が聞こえたり、天蓋が落ちてきたりと、地底には不思議がありそうです。

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