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魔眼の謎


 日の光を浴び、微睡む意識が次第に戻ってくる。

 夢を見ていた気がする。幼い頃の夢を。


 コンコン、とノックの音が響く。


「アノス? 入るわよ?」


 サーシャの声がした。

 目を開くと、白銀の髪が視界に映る。


 俺の額に額を当てて、すやすやと寝息を立てている少女は、選定の神アルカナだった。


「アルカナ」


 声をかけると、彼女はぱちっと目を開けた。


「いつ寝床に潜り込んだ?」


「あなたが寝た後」


 ガチャ、と部屋のドアが開く音がした。

 足音が二つ、こちらへ近づいてくる。


「まだ寝てる?」


 ミーシャの声が響く。


「アノス? 起きなさいよ。話があるっていうから、わざわざ寝坊しないように徹夜したんだから」


 そう言いながら、サーシャは俺の体を揺さぶる。

 アルカナがもぞもぞと体を動かし、むくりと起き上がった。


「……え?」


 ちょこんとベッドに座ったアルカナから、布団がするりと滑り落ちる。

 透明なその神の肢体は一糸まとわぬ姿で、清浄な輝きを放たんばかりであった。


「な……な……」


 サーシャが目を見開いて、驚きをあらわにした。


「なんで、あなたがアノスと一緒に寝てるのっ!?」


 その問いに、アルカナは物憂げな瞳を見せた。


「この国では、神と魔族が共に寝るのは罪なのだろうか……?」


「い、一緒に寝たのっ!?」


 自分で尋ねておきながら、動転したようにサーシャが声を上げた。


「ふむ。サーシャたちが来たということは、もうけっこうな時間か。すまぬ。俺としたことが、珍しく朝寝坊をしたようだ」


「わたしの責任。あなたに負担をかけすぎた」


 アルカナは裸体のままこちらを向く。


「どうだった?」


「どうとは?」


「初めてだから、うまくいったかはわからない」


 サーシャが顔面を蒼白にして、ミーシャにすがりついた。

 混乱している様子だ。


「……あ、あ、あ……アノスが優しいからってつけこんで、なにをおねだりしたのよっ!? 神様だってやっていいことと悪いことがあるでしょっ……!?」


「おねだり?」


 覚えがないといった風にアルカナが俺に視線で問いかける。


「……じゃ、じゃあ……アノスから……?」


 恐る恐るといった風にサーシャが尋ねる。

 アルカナは首を左右にふって否定した。


「わたしがよかれと思ってやったこと。彼はそれを望んでいると思った」


 言質を取ったとばかりにサーシャが切り込む。


「あ、アノスはそんなこと望んでないわっ!」


「誰もが望むことだと思う。わたしは神として、それを信じる彼に、救いを与えたかった」


「お、男ならみんなそうみたいに言って……おあいにくさまっ!」


 一瞬怯んだサーシャだったが、しかし、キッとアルカナを睨みつけた。


「わたしの魔王様はそんなことにちっとも興味なんかないんだからっ!」


 アルカナは曇りなき清浄な瞳でサーシャを見返す。


「なによ、神様は神様でも、ふしだらな神様だわっ。そんなのが救いになるなんて思ったら大間違いよっ」


「なぜそう思うのだろう?」


 素朴な疑問といった風にアルカナが言う。


「……だ、だって……わたしだって……そんなの、誘われたことも……」


 疑問の表情でアルカナはサーシャを見据える。


「だ、だからっ……会ったばかりのあなたに頼むぐらいなら、わたしに言うはず……」


「あなたにはできない。だから、わたしがした」


 サーシャはカーッと顔を赤くした。


「で、できるわっ! アノスがしてくれって、アノスが欲しいって言うなら、わたしはなんだって……できないことなんてなにもないんだからっ!」


「彼の隙間を埋めることは、簡単じゃない。この神の体ですらもたない」


「もっ、もたないっ!? そんなにっ……!?」


 サーシャが羞恥に染まった視線で、ちらりと俺を見た。

 すぐに視線を外し、アルカナを睨む。


「な、なによっ、恐いの? わたしは怖くなんかないわ。めちゃくちゃにされたっていい。わたしは、アノスがしてくれるなら、なんだって嬉しいもの。それに、ミーシャの<創造の魔眼>でうんと強くしてもらうんだからっ!」


 ミーシャが首をひねり、一人ぽつりと呟いた。


「なんの話?」


「と、とにかく、そもそもアノスは望んでないのっ! そうよね、ミーシャ」


 ぎゅっとミーシャに抱きつき、サーシャは彼女をすがるように見た。


 ミーシャはぱちぱちと瞬きをすると、俺に視線を向け、僅かに首を傾ける。

 誤解の連鎖? と言っているようだったので、俺はうなずいた。


「アルカナはアノスになにをした?」


 ミーシャが問う。


「今言った通りのこと。わたしは彼の欠損した記憶を蘇らせようとした」


 アルカナが答えた。


「転生の際に記憶が失われたと聞いた。この身は記憶を司る神、リエノ・ガ・ロアズを食らっている。その秩序を使い、彼の記憶に働きかけた。しかし、生まれ変わる以前の記憶をすくい上げるのは簡単ではない」


 それで俺の体に負担がかかり、アルカナも体がもたないというわけか。


「……ま、まぎらわしいことしないでよね……」


 顔を真っ赤にして、サーシャが恥ずかしそうに呟く。


「大体、それなら、わざわざアノスのベッドに潜り込まなくてもいいじゃない」


「夢からこぼれて、記憶はたゆたう。リエノ・ガ・ロアズは夢の番神。夢の中がもっとも秩序を発揮する」


「せ、せめて服ぐらい着なさいよ」


「分け隔てなく、境を挟まず。そうして神と人が触れ合うとき、秩序の恩恵をもっとも受ける」


 アルカナは俺の衣服に視線をやった。


「リエノ・ガ・ロアズの秩序を発揮するなら、本来は、彼の服を脱がすのが正式」


「だっ、だめに決まってるでしょっ。なんで神様の魔法ってそんなにふしだらなのよっ!? あなた神の名を忘れたって言ってたけど、ふしだらの秩序を司る、ふしだら神なんじゃないのっ!?」


「魔族の子。この身は神であり、人ではない。神の裸は神聖であり、邪な心を抱く者はいない。気にすることはない」


 サーシャは助けを求めるようにミーシャを見る。


「今は服を着た方がいいと思う」


 普通だった。

 アルカナは納得したのか、自らの体に魔法陣を描いた。


「神の衣が現れいづる」


 その小さな神の体に、ジオルダルの衣服が纏わされた。

 

「夢からこぼれて、記憶はたゆたう、か」


 俺が言葉を漏らすと、アルカナがこちらを見た。


「どうだった?」


 先程の問いを、アルカナが繰り返す。

 

「夢を見た。暴虐の魔王と呼ばれる前の幼い頃の夢だな」


 さっきまで見ていた夢を、俺は思い出す。


「妹と暮らしていた」


「……アノスって、妹がいたの?」


 サーシャが不思議そうに訊く。


「いないって言ってた」


 と、ミーシャも俺に視線を向けた。


「いないはずだがな。そもそも、俺は両親を知らぬ。母は俺を産んだときに亡くなっている」


「記憶が違う?」


 改竄されているなら、少々厄介なことだがな。


「あるいは忘れているのか。腹違いの妹かもしれぬし、魔法で産まれたのかもしれぬ。父親の記憶もないわけだからな。それに、妹といっても血がつながっているとは限らぬ」


 妹は竜に追われているようだった。

 だが、竜が特定の者だけを追いかけてくるなど、そんな話は二千年前に聞いたことがない。

 あの記憶が確かならば、妹だけが特別だったということになる。

 なぜ、竜に追われていたのか?


「ふむ。しかし、まるで実感がない。妹がいたという気はしないな」


 妹の名がアルカナだったというのは、なんとも偶然だがな。

 それとも、偶然ではないのか?


「夢にたゆたう記憶を見ただけ」


 アルカナが言う。

 本当に思い出すまでは実感はないということだろう。


「神の名を忘れる前のわたしが、夢の番神と相反する秩序を持っていたのか、リエノ・ガ・ロアズとは相性が悪い。秩序を制御しきれないから、一度で思い出すことはできなかっただけなのかもしれない」


 夢に相反する秩序か。

 それはなんなのだろうな? 気になるところではある。


「続けていけば、思い出すかもしれない」


「またやるのっ!?」


 サーシャが声を上げる。


「俺の記憶が欠けているのは、何者かの企みかもしれぬ。アルカナの言う通り、思い出しておくに越したことはあるまい」


「そ、そう……そうよね……」


「夢の番神リエノ・ガ・ロアズよりも、広く記憶を司る神もいる。その秩序を使えば、すぐにすべてを思い出せるかもしれない」


「その神に、そう都合よく会えればいいがな。心当たりはあるのか?」


 アルカナはうなずく。


「では、それは後ほど聞こう。わざわざミーシャとサーシャに来てもらったのだ。まずは先に確かめたいことがある」


「確かめたいことって?」


 サーシャが訊く。


「まつろわぬ神。背理神ゲヌドゥヌブについてだ」


 竜人の兵たちはサーシャとミーシャが融合した姿、その魔眼を見て、彼女をそう称した。

 二人は魔族だが、神に関わりがある可能性も皆無というわけではあるまい。


「アノスに言われて、あいつらに訊いてみたんだけど、全然教えてくれなかったわ」


「怯えと怒りを抱いていた」


 ミーシャが言う。


「アルカナ」


「まつろわぬ神は、神に敵対する神、秩序を滅ぼそうとする神のこと指す。背理神ゲヌドゥヌブは、最初に秩序に弓を引いた神。<背理の魔眼>はあらゆる魔法を滅ぼし、あらゆるものを造り替える。ことわりを乱し、世界を創り替えるとさえ言われる背理神の権能」


 サーシャが首を捻る。


「でも、あれよね? わたしたちのって、<背理の魔眼>じゃなくて、<創造の魔眼>と<破滅の魔眼>を同時に使ってるだけだわ。融合してるから、一つの魔眼の効力みたいに見えるかもしれないけど」


 こくりとミーシャがうなずく。


「実際に見ればわかるか?」


 アルカナに尋ねる。


「……背理神には、出会ったことがない。しかし、それが秩序なら神の力はある程度わかる」


「ふむ。では、やってみるか」


 そう口にすると、サーシャとミーシャがうなずいた。


 二人は互いに両手を組み、それぞれ半分の魔法陣を描いては、一つにつなげる。更にその上からもう一つの魔法陣を描き、魔力を送った。


「「<分離融合転生ディノ・ジクセス>」」


 魔法陣から光の粒子が立ち上り、室内を明るく照らす。

 その目映い光の中、二人の体が溶けるように、すうっと交わった。


 やがて、見えてきた影は一人の少女の姿。

 銀の髪と、銀の瞳を持った女の子がそこにいた。


「魔眼を見せればいいのよね?」

「……ん……」


 サーシャの問いに、ミーシャが答える。

 彼女は疑似デルゾゲードを、この家の上空に創り出す。


 そうして、銀髪の少女は<破滅の魔眼>と<創造の魔眼>を同時に使った。


 アルカナは、その魔法陣が描かれた魔眼をじっと見つめる。

 だが、すぐにはなにも口にしなかった。


「どうした?」


「……覚えがある気がする……」


 少女の魔眼を見つめたまま、アルカナが呟く。

 それを知っているということに、彼女自身が驚いているようだった。


「恐らく、名もなき神となる前、わたしはこの魔眼をどこかで見たのだろう」


いったいどこで、誰が持っていた魔眼なのでしょうか……。

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― 新着の感想 ―
サーシャ お前… 若干失望したよ
アンジャッシュゥ…(笑) サーシャさんはお年頃。
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