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地底に降る雪


 アルカナは二本の魔剣を握るシンに、悲しげに魔眼を向けた。


「あなたは敵。わたしは、あなたを排除しなければならない」


 彼女の手の平から冷気が溢れ、それは雪の剣を形作った。


「お気になさらず」


 半身になったシンは、略奪剣を前方に、斬神剣を上方に構える。


「不可能ですので」


 一歩前へ踏み出したアルカナの体が、光と化して直進した。

 それは彼女が食らった輝光神ジオッセリアの秩序。


 瞬きをする間にシンの背後を取ったアルカナが、キラキラと雪月花を撒き散らしながら、雪の剣を振り下ろす。


 だが、シンはその剣を視界に収めるまでもなく、まるですり抜けるように、身を躱した。


「速さに任せて背後に回り込むなど、動きに無駄が多すぎます」


 シンが振り向けば、すでにアルカナの左腕に鮮血が散っていた。

 彼女が光速で背後に回り込んだ際に、それ以上の速度で斬りつけたのだ。


「あなたも強い」


 アルカナが左手を掲げれば、再び、昼が夜に変わっていく。

 シンが奪った夜を、彼女がその神の魔力で創造しているのだ。


 闇夜に浮かんだ<創造の月>アーティエルトノアから、その丘に月明かりが降り注ぎ、ひらりひらりと無数の雪月花が舞い降りてくる。


「冷たい氷柱に覆われ眠れ」


 シンを囲む雪月花が鋭利な氷柱と化す。

 それは目映い冷気を放ちながらも、一寸の逃げ場も与えず、撃ち出された。


 シンの両腕が閃光の如く煌めく。

 斬神剣グネオドロスと略奪剣ギリオノジェスが、発射された無数の氷柱を悉く斬り裂き、霧散させる。


「雪は降りつもりて、光は満ちる」


 雪月花はみるみる丘に降り注ぎ、その場一帯を光輝く幻想的な雪景色と変えていた。その神々しい冷気がシンの魔力と体力を刻一刻と奪い去っていく。


 次の瞬間、シンの魔力が無と化して、その根源が略奪剣と一体となった。


 シンはギリオノジェスの切っ先を頭上に向ける。

 その魔剣は、大空に漆黒の穴を穿つ。


 一閃。シンがギリオノジェスを振り下ろすと、空を真っ二つに割るかの如く、黒い太刀筋が描かれる。

 ガラスが砕け散るように夜が斬り裂かれ、その裏側にあった昼が姿を現した。


 略奪剣、秘奥がしち――夜奪絶佳やだつぜっか

 夜さえ奪うことで、そう名づけられた斬撃は、昼夜と天候、それを利用する自然魔法陣を斬り裂く。


「我が君の慧眼通り、その<創造の月>は不完全のようですね」


 三日月のアーティエルトノアは、その姿だけではなく、権能も十全ではない。

 だからこそ、夜奪絶佳で斬り裂くことができる。真の力が発揮されれば、そう容易くはいくまい。


 だが、動じず、アルカナは呟く。


「氷の牙は穿ち、胸に孤独な穴を開ける」


 彼女の手の平から撒き散らされた雪月花が、辺りを雪景色に染める。


 アルカナの背後に竜の牙が如き、氷の槍が無数に浮かぶ。

 穿神せんしんベヘウスの秩序だ。


 シンに向かって氷槍ひょうそうが飛ぶ。

 彼がそれと打ち払うも、槍は砕けず、くるりと宙を旋回して、またシンに向かってきた。


 同時にアルカナが光となって、雪の剣をシンに打ち込む。

 斬神剣がそれを受けとめれば、その力に押され、彼の足が地に沈んだ。


 複数の神を取り込んでいるためか、アルカナの膂力はシンよりも上だった。


「罪を背負いて、剣は裁く」


 彼方に出現したもう一本の雪の剣が飛来して、アルカナの背後に迫る。

 それは彼女を串刺しにし、そのまま鍔迫り合いをしているシンの胸を突き刺す。


 赤い血が舞い、雪景色を汚す。

 僅かにアルカナは目を見開いた。


 不自由な体制、アルカナの体が死角になっていたにもかかわらず、シンは寸前で身を捻り、飛来した雪の剣を躱していた。その刃は、彼の胸を浅く裂いたのみだ。


「なかなかやりますね」


 咄嗟に光速で退いたアルカナだったが、斬神剣からは血が滴る。

 彼女の右腕が落ち、雪となって消えていった。


「これだけの時間、私と打ち合った者はそうはいません」


 腕のない肘の先から、ひらひらと雪月花が舞い降りる。

 それは、消えた右腕を創造した。


「しかし――」


 シンがまっすぐアルカナへ踏み込む。

 速度は光速よりも遅かったが、しかし、その歩法により、彼女は距離感を誤った。


 アルカナが飛び退こうとした瞬間には、その両足を略奪剣で斬り裂かれ、彼女は移動する力を失う。

 すると、アルカナの両足が氷づけになった。創造の秩序で、一から足を創り直し、略奪剣の呪いから逃れようというのだろう。


 だが、それよりも先に、斬神剣が赤黒く染まっていた。


「斬神剣、秘奥がさん――」


 その剣身に、螺旋を描くような禍々しい魔力の粒子が勢いよく立ち上った。

 アルカナの足が創造され、奪われた移動の力が取り戻される。


「――<無間むげん>」


 右胸をグネオドロスで貫かれ、アルカナの根源が真っ二つに斬り裂かれる。

 シンが斬神剣から手を放せば、彼女は無表情でがくんと膝をついた。


「……ぁっ…………」


 二つに分かれたアルカナの根源が、今度は四つに分割される。

 彼女は自らの創造の力と再生の番神ヌテラ・ド・ヒアナの秩序を最大まで働かせ、根源を回復させては、<無間むげん>により斬り裂かれていく。


 激しい痛みを堪えるように、斬神剣を抜こうとアルカナがそれを手につかむ。

 だが、再生に手一杯のその衰弱した体では、抜くことができなかった。


「ところで」


 シンが丘の森林に鋭い魔眼を向ける。


「いつまで隠れているおつもりでしょうか」


 略奪剣を一閃されれば、離れた場所の木々が切断され、ばたばたと倒れていく。

 そこに隠れていたのは、純白の鎧を纏った竜人の兵たちだ。


 彼らは膝をついたアルカナを、驚愕の表情で見つめている。

 信仰する神がやられ、すでに戦意を失いかけているようだが、それに追い打ちをかけるかの如く、シンは言った。


「彼女を助けたいのならば、かかってくるといいでしょう。しかし、一つだけ忠告しておきます」


 略奪剣を光らせ、シンは兵士たちを一睨みする。


「あなた方には手加減するよう命じられてはおりません」


 気圧されたかのように竜人たちが体を震わす。

 ごくり、と彼らは唾を飲み込んだ。


「……馬鹿な……この男……。この男は、選定の神アルカナを相手に、手加減していたというのか…………神を相手にっ……!?」


「……どういうことなのだ……? なぜ選定者でもないただの魔族が、神と渡り合えるほどの力を持っている……神託はなかったのかっ……!?」


「…………考えられるのは、一つ。奴らが神にすら見通せぬ力を持っているということ……」


「まさか! 神を凌駕しているだと!? ありえぬっ!」


「だが、現に今、選定の神があそこで膝を折っているではないかっ……!」


「……いったい、何者なのだ……奴らは……? 魔王とはいったい……!? しかも、奴はたかだかその配下ではないのかっ!?」


「だとすれば、暴虐の魔王とは、いったいどれほどの…………?」


「……我々は、もしかしたら、とんでもない者を敵に回していたのかもしれん……」


 どうやら魔王軍の力を完全に見誤っていたか。アルカナを倒したシンを前にして、まるで怖じ気づいたように竜人の兵たちは動くことができなかった。


『敬虔なる神の信徒よ。恐れることはありません』


 同様する兵士たちの様子を見ながら、剣で壁にはりつけにされているアヒデが、そう声をかけた。


『神託が下りました。不適合者、アノス・ヴォルディゴードは、まつろわぬ神を蘇らせたのです。すべては、背理神ゲヌドゥヌブの仕業によるもの。我らは神のしもべとして、この試練に打ち勝たねばならないのです』


 アヒデの言葉に、竜人の兵たちは祈りを捧げ、恐れを振り払っていくかのようだった。


『神託によれば、この戦いにより、千の命が滅びます。そうすれば、<創造の月>アーティエルトノアは輝きを増し、我が選定の神アルカナは魔剣の呪縛から解かれる』


 竜人たちは覚悟を決めたようにうなずく。

 すると、隠蔽の魔法が解除され、その場に先程よりも遙かに多くの兵士が姿を現した。丘一帯を埋め尽くすほどの人数である。


『敬虔なる信徒よ。神託を違えてはなりません。千の命を滅ぼし、選定の神アルカナに捧げるのです。そうすれば、あなた方は神の御許へ誘われ、救済を得ることができるでしょう』


 竜人たちが一斉に剣を抜く。


「<全能なる煌輝>の御心のままに」


 彼らはその心臓に自ら剣を突き立て、貫く。


「「「<全能なる煌輝>の御心のままに」」」


 血が吹き出すとともに、口から吐いた炎で自らを火葬していく。

 一人も残らず、彼らは神託通り、千の命を滅ぼした。


 それで本当に創造の秩序の力が増したか、アルカナは<転移ガトム>の魔法を使って、その場から消えた。


 シンが警戒するも、彼女は完全にその丘から退散したようだ。


「申し訳ございません。取り逃がしました」


 シンが俺に<思念通信リークス>を飛ばす。


「構わぬ」


 俺はその映像から視線を外し、はりつけになっているアヒデの方を向いた。


「同胞を自害させてまで神託を守ろうとは、呆れ果てるという他あるまい」


「彼らへの侮辱は許しません。敬虔なるジオルダルの信徒は、神の言葉を守るために、自ら命を捧げたのです。彼らの崇高なる想い、その神への絶対なる信仰、これこそ救済であり、最も気高き人の姿なのです」


 あまりの言い分に、ため息が漏れる。


「貴様とはいくら話そうともわかりあえる気がせぬ」


 魔法陣を一門描き、その照準をアヒデに向ける。


「アルカナをどこへやった?」


「異端者に神の何処いどこをお教えする信徒がいるとお思いですか?」


「では、俺も神託をくれてやろう。三秒後、ここに彼女は現れるだろう」


 漆黒の太陽がゆっくりと魔法陣から現れ、アヒデに向かって撃ち出された。

 はりつけにされた状態では避ける術もなく、直撃すれば骨さえ残らず灰になるだろう。


「盟約に従い、この場に来たれ。選定の神、彼と我との審判を下せ」


 ゴオオオオオォォ、とけたたましい音を立てながら、<獄炎殲滅砲ジオ・グレイズ>がアヒデの鼻先に迫り、次の瞬間、ふっと消滅した。


 一片の雪月花がその場に舞い降りていた。


「<神座天門選定召喚グアラ・ナーテ・フォルテオス>」


 召喚の光とともに、俺の前に立ちはだかったのは、白銀の髪の少女、選定神アルカナだ。


 彼女が一瞥すれば、アヒデに突き刺した魔剣が、氷の粒となって霧散する。

 再生の光が彼を包み込み、その傷が瞬く間に癒された。


「ふむ。なるほど。どこに行っていたかと思えば、霊神人剣が狙いだったか」


 アルカナの右手には王竜から回収してきたであろう霊神人剣が、そして、左手には先程まで自らの胸を貫いていた斬神剣があった。


「不適合者、アノス・ヴォルディゴード。あなたはわたしに与えられた神託のすべてを覆したと信じて疑わなかった。しかし、すべては神の手の平の上。どこまで行こうと、なにをなそうと、あなたはそこから、逃れることはできないのです」


 両手を広げ、アヒデは言う。


「今、ようやくあなたを裁けと神託を賜りました。これでわたしも無抵抗を貫く必要はなくなりました」


「ほう」


 まるで先程までは、あえてやられていたと言わんばかりだな。


「俺を倒す準備が調ったというわけか」


「聖座の間での争いは、盟約により禁止されています。場所を変えましょうか」


「どこでも構わぬ」


 アルカナが、自分とアヒデに<転移ガトム>を使う。

 その術式を見抜いて、同じく<転移ガトム>で転移した。


 真っ白な視界が色を取り戻せば、そこはエーベラストアンゼッタの中段。

 地底世界の天蓋が見える、巨大な円形のバルコニーの上だった。


「ご覧になるとよろしいでしょう。地底を照らす、創造の光を。あれこそ、アーティエルトノアの真の姿」


 アルカナが両手をゆっくりと上げ、くるりと天へ向かって手の平を返す。

 天蓋近くに浮かんだのは、<創造の月>。


 三日月から半月へと変わったアーティエルトノアであった。


「竜人とはいえ、この身に神を降ろすとなれば、器がもつものではありません。それゆえ、神はこの体を、神体へ造り替えるようにお言葉をくださった。その奇跡こそが、あの空に輝くアーティエルトノアなのです」


 <創造の月>から目映い光が降り注ぎ、アヒデを優しく包み込む。

 彼の体が、その創造の力でみるみる造り替えられていく。


 神の力に耐えられるほど、強靭に。

 神の魔力を宿せるほど頑強に。


 その髪が黄金に染まり、隠れた片目があらわになった。


「<憑依召喚アゼプト>・<選定神アルカナ>」


 アルカナは二本の剣を床に突き刺す。


 彼女は光輝く無数の雪月花と化し、それがアヒデの体に吸い込まれていく。

 <創造の月>によって強化されたアヒデの器に、選定神である彼女が降ろされたのだ。


 凄まじい魔力の奔流が、アヒデを中心に渦を巻く。

 彼は涼しげな表情を俺に向けた。


「わかりますか? これこそ、我があるべき未来。選定の神に選ばれし、神託者アヒデ・アロボ・アガーツェが、いずれ神へと至るときに得られる奇跡。代行者たる姿です」


 静かにアヒデが俺を指さす。

 <創造の月>から無数の雪月花が舞い降りてきて、この場を雪景色へ変えていく。


「地底世界に昼はありません。夜を奪い、アーティエルトノアを消すことは不可能。雪は降りつもりて、光は満ちる。輝く冷気に包まれ、あなたはやがて息を失うでしょう」


 城に降りつもる雪月花が神々しい冷気を放ち、俺の魔力と体力を奪っていく。


「この雪月花が降り注ぐ中、神体を持たぬ者は、指一本たりとも動かせません。さあ。そのまま凍えて眠りにつきなさい」


「ふむ。あいにく雪は嫌いではなくてな」


 滅紫けしむらさきに染まった魔眼で、目の前の景色を睨み、一歩足を踏み出した。

 すると、降りつもった雪月花が溶けては消える。二歩目を踏み出せば、足跡をつけた周辺の雪が溶けてなくなった。


「……凍えて眠りなさい……」


 アヒデが唱えるも、俺は構わず歩を進める。

 彼の表情から穏やかさが消え、代わりに焦燥が募っていく。


「……凍えて眠りなさい、神に背く、愚かな異端者……」


 雪月花の勢いが増し、すべての命が停止するような世界で、俺はゆるりと歩を進める。


 そうして、奴の目前にまで俺は辿り着いた。


「……神の力の前にすべては無力なのです……! 凍えて眠りなさいっ……!!」


「お前のあるべき未来はこんなものか」


 奴の頭をつかむ。


「なぜ……!? 神よっ! なぜ、あなたの雪が異端者に溶かされるのですかっ!? どうか神託を賜りますようっ……!!」


「誰に祈っているのだ? 今はお前が神なのだろう?」


 魔法陣を描き、<獄炎殲滅砲ジオ・グレイズ>でその体ごと飲み込む。


「ぐあああああああああああああああああああああああぁぁぁっっっ!!!」


 壁に向かって、漆黒の太陽をそのまま撃ち出せば、黒く炎上しながらも、アヒデは吹き飛んだ。


「神体を得て、勘違いまで強化されたか、ペテン師?」


 壁を突き破り、屋内へ転がったアヒデに、言葉を向ける。


「<創造の月>の真の力は、こんなものではなかったぞ」


そろそろお仕置きの時間でしょうか。


剣の秘奥なのですが、一、二、三表記だと、特に一のときが『――』と組み合わさって読みづらいというご指摘をいただき、壱、弐、参表記に変更します。


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