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魔王城の宝物庫


 壁を突破し続けると、やがて目の前に広い空間が見えた。

 最下層へ続くダンジョンの隠し部屋である。

 それを目にして、サーシャは驚いたような表情を浮かべていた。


「壁を壊した先に、部屋があるなんて……」


「魔法の仕掛けがある隠し通路は、意外とバレやすい。魔力の痕跡を辿ればいいだけだからな。魔法を使わないシンプルな隠し通路が、実は盲点だったりするんだ」


 通る度に<創造建築アイビス>の魔法などでいちいち穴を空けた壁を直さなければならないのが難点だがな。

 

「でも、デルゾゲードの地下ダンジョンは生徒以外は立ち入り禁止だわ。いつこの隠し通路を見つけたの?」


「俺が作ったと言ったら?」


 サーシャは不服そうに唇を尖らせる。


「そうやってはぐらかす。言いたくないならいいわ」


 事実なのだが、まあ、信じないだろうな。


「行くか。この部屋が最下層につながっている」


 歩き出してしばらくすると、一際明るい部屋に辿り着いた。

 天井は高く、ダンジョン内なのに木々の緑で溢れている。水路があり、水面にはキラキラと光が反射していた。


「……太陽の光……」


 ミーシャが呟く。


「ああ。昼間は太陽の光が、夜は月光が、外から取り込める作りになっている」


「……自然魔法陣の発動のため、かしら?」


 ネクロン家の秘術である融合魔法は自然魔法陣を使う。それに習熟したミーシャとサーシャは、一目でこの部屋が魔法を使うための触媒だと気がついた。


 しかし、二千年前と少し様子が変わっているな。

 太陽光の差し込む位置が違う。誰かが魔法を使うために調整したか?


 もっとも、地下ダンジョンは俺だけではなく、配下の者も使っていたので、珍しいことではないのだが。

 ふと俺は天井を見つめる。無論、なんの代わり映えもしない天井で、そこになにがあるわけでもない。


「……どうかした……?」


「いや、気のせいだ」


 自然魔法陣の部屋を後にして、俺たちは先へ進む。

 長い下り階段を延々と降りている途中、サーシャが言った。

 

「ねえ。アノスはここに来たことがあるんだったら、<転移ガトム>で移動できないの?」


「この地下ダンジョンは<転移ガトム>を乱す反魔法がかかっているからな。使えるは使えるが、どこに転移するかわからない」


 反魔法を解除することは容易いが、そうするとダンジョン自体が崩壊する仕組みになっている。

 俺だけ<転移ガトム>が使えるようにした場合は、結局、抜け道を作るようなものだからな。自分でも<転移ガトム>が使えない仕組みにするのが、侵入者を阻む最適な手段だ。


「もう二時間以上歩いてるけど、どこまで降りれば着くのかしら?」


「……見て……」


 ミーシャが前を指さす。階段の終わりが見えていた。


「ふむ。最下層についたようだな」


「ほんとに?」


 サーシャは一足先に階段を駆け下りていく。

 そして、目の前にあるものを見て、呆然と立ちつくした。


 俺とミーシャが追いつく。

 そこには巨人のものと思えるほどの巨大で豪奢な門があった。


「祭壇の間の扉だ」


 ミーシャが魔眼を働かせ、じっとその扉を見る。


「……反魔法……」


「ああ。魔法で壊して入ろうとする輩がいるからな」


 ミーシャは更に魔法の深淵を覗く。


「……<獄炎殲滅砲ジオ・グレイズ>級でも破壊できない……」


「……はぁっ!? じゃ、これ、どうやって中に入るのよ……?」


 やれやれ。まだ誰と一緒にいるかわかっていないようだな。


「少しは頭を使え。壊そうと考えるから、行き詰まる。魔法が効かないなら、魔法以外で開ければいい」


 悠然と前に出て、巨大な門に手をやる。

 ぐっ、と力を込めると、ギギィと重たい音を立て、扉が開いていく。


「な。開いただろ」


 ミーシャは唖然とした後、ぼやくように言った。


「わたしの魔王城を持ち上げたときも思ったけど、あなたの体、どうなってるのよ……? なんでこんな馬鹿でかい扉が開くわけ?」


 サーシャは扉を押して見るも、当然のことながらうんともすんとも言わない。

 可愛いことをするものだ。


「ま、日頃の鍛え方だな」


「鍛え方どうこうの次元じゃないわ」


 サーシャはじっと考えながら、「こんなに力の強い血統があったかしら……?」などと呟き、自問している。


「そんなことより、目当てのものがあそこにあるぞ」


 開け放たれた部屋の奥には、祭壇があり、そこに禍々しい杖が立てられていた。


「あれ……王笏おうしゃくよね……?」


 魔眼で見れば、あの杖に絶大な魔力が込められているのが一目でわかるだろう。

 ゼペスが持っていたなまくらな魔剣とは違う。正真正銘、神話の時代の産物だ。


「これでダンジョン試験の満点は確実だな」


 誰かが持ち出していたら、とも思ったが、残っていてなによりだ。


「ねえ……触ってもいいかしら……?」


 ダンジョン試験で手に入れたものは班リーダーの所有物になる。だが、あれだけの魔法具は神話の時代でも、そうそうお目にかかれるものではない。サーシャほどの魔眼の持ち主なら、興味を抱いて当然と言えよう。


「いいぞ」


「ありがとう」


 嬉しそうに祭壇に駆けより、そしてサーシャはそっと王笏を手に取った。

 見たこともないであろう魔法具の神秘に、彼女は心を奪われたように、じっと見つめている。


 ふむ。ちょうどいい。しばらくはあれに夢中だろう。


「ミーシャ、こっちにきな」


 ミーシャに声をかけ、祭壇の間の脇に設けられた扉の前まで移動する。


「……なに……?」


「宝物庫だ」


 部屋の中に入る。一見するとただのがらんどうだが、俺が「姿を見せよ」と声を発すると、魔法のヴェールが外され、魔剣や魔導甲冑などの魔法具が次々と現れていく。神話の時代に俺が集めたものだ。


 その中には、魔糸まし竜というドラゴンから獲れる稀少な魔糸に、月の光を練り込んで編み上げた<月織のドレス>や、世界一美しいと言われる黄金の獅子シリウスの金毛で織った<金獅子のローブ>など、数多くの煌びやかな衣装も取りそろえられていた。


「サーシャに似合うものを選んでいいぞ」


 ミーシャはじっと宝物庫の衣装を見つめる。

 なかなかわかっているな。彼女が注視しているのは、服の見てくれではなく、その深淵だ。


 神話の時代の魔法具は自ら持ち主を選ぶ。自分が使う物ならいざしらず、他人に贈るものを選ぶとなれば、簡単なことではないのだが、さてどうか?


 しばらくして、ミーシャは歩き出した。


「これがいい」


 彼女が手にしたのは、神鳥フェニックスの羽毛を編んで作った<不死鳥の法衣>である。身に纏ったものに不死なる炎の恩恵をもたらす反面、相応しくないものは焼き尽くしてしまうという曰わく付きの代物だ。


「見た目はまあ綺麗だが、着るとなるとなかなか大変だぞ」


「……ん……」


 理解しているということか。なかなかどうして、やはりミーシャは見る魔眼がある。確かにサーシャにはこの<不死鳥の法衣>が相応しいだろう。


「なら、渡してやるといい」


 嬉しそうに微笑み、ミーシャは<不死鳥の法衣>を大事そうに両手に抱えた。

 そのまま彼女はサーシャのもとへ向かおうと扉へ向かう。だが、その途中、台座に置かれてあったリングに目を奪われた。


 <蓮葉氷の指輪>である。その冷気が、七つの海を蓮葉氷で埋め尽くすということから、この名がつけられた。

 ミーシャがその指輪を目にしたのは偶然ではないだろう。魔法具と術者は惹かれ合う。今回のケースで言えば、<蓮葉氷の指輪>に呼ばれたのだ。


「欲しいか?」


 ミーシャは無表情でじっと指輪を見つめたままである。


「ミーシャも明日が誕生日だろ」


 すると、彼女は首を左右に振った。


「……大丈夫……」


 逃げるようにミーシャは宝物庫を出ていく。


「ふむ」


 なにやら事情があるのかもしれないが、まあ、本心ではあるまい。俺は<蓮葉氷の指輪>を手に取ると、すぐミーシャを追いかけて宝物庫を出た。


「あ! アノス、ミーシャ、どこ行ってたのよ? 気がついたら、いなくなるんだもの。心配したわ」


 王笏を手にしたサーシャがこちらへずんずんと詰め寄ってくる。


「悪かったな。心細かったか?」


「し・ん・ぱ・い・したって言ってるの」


 なにを照れているのか、心細いならそう言えばいいだろうに。


「その顔、やめてちょうだい。見下されているような気になるわ」


「なにを言う。見下すなどという言葉は俺の辞書にないぞ」


「鏡を見てから言ってちょうだい」


 意味のわからないことを言う奴だな。


「ところで、もうここには用はないのかしら?」


 くるり、と踵を返し、サーシャは祭壇の間を眺める。

 ダンジョン試験については後はもう戻るだけで終わりなのだが、もう一つの用を先に済ませておいた方がいいだろう。


「それ、渡すといいんじゃないか?」


 俺の背中に隠れているミーシャに言った。


「……今……?」


「それとも、隠したまま持って帰るか?」


 ミーシャは少し考えた後、ぶるぶると頭を振って、俺の背中から一歩前に出た。


「サーシャ」


 サーシャが振り返る。

 そして、ミーシャの手にある<不死鳥の法衣>を見て、驚いた。


「それ、どうしたのよ、ミーシャ?」


「……見つけた……」


「ここで?」


 こくり、とミーシャはうなずく。


「あげる」


「……え、と……。わたしに? でも、いいの? だって、これ……とんでもない魔法具よ……」


 <不死鳥の法衣>に秘められた莫大な魔力がわかったのだろう。

 サーシャはその魔眼でじっとそれを見つめている。


「……明日、誕生日だから……」


 彼女がそう口にすると、サーシャは柔らかく笑った。

 目尻には、うっすらと涙が浮かんでいる。


「わたし、なんにも用意してないわ」


「……わたしはいらない……」


 サーシャが困ったように微笑む。

 

「ありがとう、ミーシャ。すごく嬉しいわ。一生、大事にするからね」


 ミーシャが嬉しそうに笑った。


「……ん……」


 <不死鳥の法衣>を見つめるサーシャの瞳に魔法陣が浮かぶ。

 <破滅の魔眼>だ。ここで使う意味はないから、感情が高ぶり自然と出たのだろう。


 だが、妙だな。喜びが溢れて出たのなら、誕生日だと言われた直後のはずだ。

 <不死鳥の法衣>を見ているうちになにかを思いつき、そして感情が高ぶった。そんな風に思えるが、いったいなにを思いついたのか?


「着てみてもいいかしら?」


 ミーシャはこくりとうなずき、<不死鳥の法衣>をサーシャに手渡した。

 彼女は制服のボタンに手をかけ、そしてはっと気がついたように俺を見た。


「着替えるんだけれど……」


「ああ、後ろを向いていよう」


「そんなんじゃだめに決まってるわっ! そこの部屋に入ってなさい!!」


 まったく、手間をかけさせる奴だな。仕方のない。

 言うことを聞いてやり、俺は宝物庫の中へ入る。

 扉を閉めようと思ったら、そこにひょっこりとミーシャが顔を出した。


「……喜んでもらえた……」


「よかったな」


「……アノスのおかげ……」


「選んだのはお前だ」


 ミーシャがはにかむ。


「……今日が人生で一番嬉しい日……」


「大げさだな」


 ふるふるとミーシャは首を横に振った。


「ありがとう」


 俺はうなずき、そっと扉を閉めた。



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