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裁きがひらりと舞い降りて


 エーベラストアンゼッタ、聖座の間。

 王宮での戦いを見ていたであろうアヒデに、俺は笑みを突きつけてやる。


「霊神人剣を奪いさえすれば、本物の勇者を倒せるとでも思ったか」


 俺の言葉に、アヒデは深くため息をつく。


「不適合者アノス・ヴォルディゴード。あなたはわかっていらっしゃらない。神託とは預言や予知ではありません。それは、神が我々に与えてくださる正しき道しるべなのです。人はそれに従い、努力をしなければならない」


「くはは。なるほどな。なんとかうまい言い訳をひねり出そうしているようだが、少々滑稽ではないか? 我が身を振り返って考えてみよ」


「たとえ地べたを這いずろうとも、神がお与えになった言葉を信じ、なすべきをなすのが、神託者たるわたしの務め。平坦な道といばらの道があれば、わたしは喜んでいばらの道に挑むでしょう」


 アヒデが祈るように手を組み、静かに言った。


「ときには困難に破れ、膝を折ることもありましょう。しかし、神はそのお言葉によって新たな道をお示しになってくださる。幾度、試練に破れようとも、神はわたしを見ていてくださる。この信仰を失わぬ限り、この困難の道は、辿り着くべき場所へ辿り着くのです」


「あいにくペテン師の行き先は古今東西決まっている」


 アヒデの祈りを妨げるように言い、俺は不敵な笑みを覗かせる。


「地獄へ堕ちるがよい」


 動じず、涼しい顔でアヒデは即座に言葉を返した。


「王竜が勇者カノンに討たれたことで、あなたは神に優ったと勘違いしているようですね。しかしながら、神託とはそのように浅いものではありません。たった今申し上げたでしょう。神は新たな道をお示しになる、と」


 アヒデが俺に憐れむような視線を向ける。


「アゼシオンには竜が出現し、あなたは配下を率いてガイラディーテへとやってきました。放たれた竜の群れと勇者学院は戦い、地中ではあなたの配下と我らが信徒が交戦しています」


 すべては予想の範囲内とでも言わんばかりに、アヒデは穏やかに微笑む。


「そして、あなたはこの地底へやってきた。ディルヘイドの魔王、アノス・ヴォルディゴード。あなたは自身の国を守るべきでした。にもかかわらず、ここまでやってきてしまったのです。神の手に引かれているとも知らずに」


 盟珠の指輪を掲げ、厳かにアヒデは言う。


「あなたの国、あなたの王都は、今日滅ぶ。魔王なきミッドヘイズに、神託に背いた天罰がくだされるでしょう」


 聖座の一つに降り注ぐ、光のヴェールに映像が映る。

 そこはミッドヘイズだった。


「さあ、ご覧になるとよろしい。神に逆らったあなたの国の民が苦しみもがく様を。これはあなたへの罰。そして、己が罪を悟り、悔い改めるのです」


 ミッドヘイズの外には無数の砂埃が待っている。

 キィィィン、キィィィンと不快な竜鳴が鳴っていた。


 竜の大群が土中から次々と現れ、街へ突進しているのだ。


 その数は勇者学院に向かってきた竜たちの非ではない。

 千を超えるほどの群れだった。


 残り十数メートル。

 竜はミッドヘイズの城壁めがけ、勢いよく突撃した。


「さようなら。愚かな異端者の国よ」


 ドガアァァァァンッと激しい音が鳴り響き、見るも無惨な光景がそこに映る。


 防壁に突進した、竜たちが四肢を千切られたかのように弾け飛んでいたのだ。


「……ばっ…………!?」

 

 馬鹿なと言いかけて、取り繕ったかのように彼は口を噤む。

 だが、その表情は信じられないと言わんばかりであった。


 防壁の前に立っていたのは、完全に武装を調えた魔王軍である。


「全隊突撃。久しぶりの竜狩りだ。知能に乏しい害獣どもに、地上の支配者を教えてやれ」


 ニギットの部隊が空を飛び、魔剣を振るっては、次々と竜の首を落とす。


「<獄炎殲滅砲ジオ・グレイズ>一斉掃射」


 デビドラの部隊が次々と魔法陣を描く。


「放てっ!!」


 地上を突き進む竜たちに、漆黒の太陽が次々と着弾し、彼らはいとも容易く焼き払っていく。


 たまらず竜たちは空へ退避する。

 だが、そこにはすでにルーシェの部隊が待機していた。


「<風滅斬烈尽リガ・シュレイド>準備。一掃しろ」


 荒れ狂う疾風の刃が翼という翼を引き裂き、飛び上がった竜の群れは無残に地上へ落下していく。


 千もの数を誇る竜の大群は、まさに一網打尽といった風に、あっという間に半数にまで数を減らした。


 その様子を半ば呆然と見つめるアヒデに、俺は説明をくれてやる。


「皇族派にミッドヘイズを竜で攻め落とさないか、などと話を持ちかけてきた愚か者がいてな。なんでも、魔王軍に気づかれぬよう、城壁付近に土中の道を作りさえすれば、そこに竜を放ってくれるそうだ」


 アヒデが驚愕したように目を見開く。


「なにをそんなに驚いている? まさか俺の配下がたかだか大きなトカゲの群れに、苦戦するとでも思っていたわけではあるまいな?」


「…………皇族派は、魔王に恨みを抱いていたはず……」


 アヒデの口から、言葉がこぼれ落ちる。


「それも神託なら、見当違いも甚だしいな。皇族派は今や、魔王に恨みを抱く者を改心させる更正施設だ」


 ゼルセアスには話に乗ったフリをさせて、魔王軍へ情報を横流しした。大量の竜を始末できる機会でもあるので、未然に防がずに泳がせておいたというわけだ。


「しかし、なかなかどうして、あえていばらの道を選ぶというのは事実のようだが、神というのはずいぶんと困難を強いるものだな」


 アヒデが気を落ちつけるように瞳を閉じて、首を左右に振る。


「……ああ、なんと」


 嘆くように、彼は言った。


「ああ、なんと愚かなことでしょうか。自ら神の使いを滅ぼし、苦しみを増やそうというのは……」


「負け惜しみにしては、つまらぬ台詞だ」


「神託とは、あなたが思うように浅いものではないと申し上げたでしょう。あなたはここでわたしと対峙することで、我が選定の神アルカナの力が、他に及ばぬようにしていると考えている。それが、そもそもの間違いなのです」


 ゆっくりと手を掲げ、アヒデは光のヴェールを指し示す。


「あの丘をご覧になるとよろしいでしょう」


 ミッドヘイズから南西に、街の景色を一望できる小高い丘がある。

 光のヴェールに映し出されたそこには、人影があった。


 儚げに佇み、街に悲しい魔眼を向けているのは、白銀の髪の少女。

 選定の神アルカナは、思い詰めたような表情で、ミッドヘイズを眺めていた。


「すべては神の導きによるもの。新たな道がまた一つ開かれたのです。竜の群れによって、ミッドヘイズ周辺には竜域が構築されております。<転移ガトム>で駆けつけようにも、間に合いはしないでしょう」


 選定の盟珠を光らせながら、アヒデは自らの神へ告げる。


「我が神アルカナよ。罪深き、ミッドヘイズの民にどうか裁きをお下しになりますよう。<創造の月>アーティエルトノアの奇跡を示したまえ」


 静かにアルカナは、両手を上げ、それをくるりと空へ向けた。

 凄まじい神の魔力に従うように、光が闇に覆われていき、昼が夜へと変わる。


 そうして、闇に閉ざされた地上に温かな光がさす。

 幻想的な淡い輝き。三日月のアーティエルトノアがそこにあった。


 アルカナが口を開く。


「…………」


 言葉は聞こえぬ。

 だが、なにかを呟いたように見えた。


「滅びと創造は表裏一体。ミッドヘイズの民が滅びるとき、創造の力はより夜を照らす。アーティエルトノアは更に光り輝き、あなたをもその光で浄化せしめるでしょう。アノス・ヴォルディゴード」


 ふむ。竜をやたらと放っていたのは、それが狙いか。

 多くの根源を滅ぼし、生命を循環させる<創造の月>の力を高める。


 そうすることで、選定審判を勝ち抜こうとした。


 この男には、自らの神の顔すら、見えておらぬようだな。


「問おう。選定の神アルカナ」


 あの丘にいる小さな神に、光のヴェールを通して話しかける。


「お前はミッドヘイズを滅ぼしたいか?」


 彼女は応えない。

 けれども、指先がぴくりと反応した。


「それとも、救いたいか?」


 俺の言葉に耳を傾けながらも、彼女は無言でただ魔力を<創造の月>へ送っている。


「滅びを願うような神には見えぬ。そうまでして、この男に尽くす義理でもあるのか?」


 フフフ、とアヒデが声を漏らす。

 まるで嘲笑するかのような響きであった。


「とうとう神にこいねがいましたか、不適合者。しかし、我が選定の神アルカナは盟約に従い、わたしへ救いを与えてくださる。我が願いを、我が祈りを、我が懺悔を、聞き届けてくださるのです」


 勝ち誇ったようにアヒデが言う。


「あなたの祈りは届きません。ミッドヘイズは滅ぶのです。神の奇跡によ――ごぶはぁぁっ……!!!」


 アヒデの腹部に<創造建築アイビス>で作った魔剣を突き刺した。


「神を伴わずに俺の前に立っておきながら、なにを粋がっている?」


「……う……が…………ぁ…………」


「俺は今、アルカナと話しているのだ。おまけならば、おまけらしく大人しくしているがよい」


 そのまま魔剣ごと奴の体を投げ飛ばす。

 壁に魔剣が突き刺さり、アヒデをはりつけにした。


「ふむ。見た目は幾分か、聖人らしくはなったか」


 目を向けずに言い、再び光のヴェールの向こう側へ言葉を飛ばす。


「答えよ、アルカナ」


 再び俺は彼女の心を問う。


「もしも、お前が滅びを願っていないというのなら、俺が救ってやろう」


「……なにを、傲慢なことをおっしゃるのですか……魔族如きが、神を救うことなど、口にするだけで冒涜に等し――ぎゃあああああああああああぁぁぁっっ!!!」


 目を向けるまでもなく、伸ばした手で起源魔法<魔黒雷帝ジラスド>を放ち、アヒデの体を撃ち抜いた。


「黙っていろと言ったはずだ。アルカナがこの場にいない以上、お前は矮小なトカゲにすぎぬということを忘れるな」


 もう一度、俺はアルカナに言う。


「神であろうと力が及ばぬこともある。願いの一つをこぼしたところで盟約に背くわけではあるまい」


 <創造の月>アーティエルトノアから、ひらひらと雪月花が舞い降りてくる。


 それは美しくも残酷な創造の花。

 ミッドヘイズに降りつもっては、あらゆるものを凍らせ、その命を摘み取るだろう。

 

 その一枚の雪の結晶が、ゆらりゆらりと揺れて、ミッドヘイズにいた一人の女性の頭に、落ちる。


「………………たく……ない…………」


 震えた唇でアルカナが呟く。


「……この両手は人々を救うために……」


 消えゆく命を前に、彼女は言った。


「……この両足は災いのもとへ向かうために……」


 こぼれ落ちた涙が、地面を濡らす。


「……この心は祈りを受けとめるためにある……」


 想いを吐露するように、彼女は叫ぶ。


「……わたしは、滅ぼすための奇跡じゃない……!」


 その言葉に、俺は思わず笑みをこぼす。


「止めろ」


 そう、命令を発する。


 雪月花が光を放ち、そして溶けてなくなった。

 だが、雪を見上げていた女性は生きている。


「…………………………………………なに……が…………?」


 呆然とその映像を見ながら、アヒデは呟いた。

 夜が消え、太陽が天に昇っている。


 <創造の月>が消滅しているのだ。


「略奪剣、秘奥が七――夜奪絶佳やだつぜっか


 その丘に一人の男が姿を現す。

 夜さえも斬り捨て奪い去る、魔族最強の剣士、魔王の右腕シン・レグリア。


「選定神アルカナ」


 その男は悠然と歩いていき、神の前に立ちはだかった。


「いかなる事情があれど、暴虐の魔王に弓引く者をこの身は決して許しはしません」


 殺気を込めた視線で、シンはアルカナを見据える。


「しかし、あなたを止めろ、という我が君の寛大なお心に敬意を表し、滅ぼすことはいたしません」


 魔法陣を描き、シンはその中央に左手を入れる。

 禍々しくも膨大な魔力とともに、ゆっくりと引き抜かれたのは錆びた剣。


 神を屠る刃、斬神剣グネオドロスである。


「優しく殺して差し上げましょう」


止めろって言われたのに殺すのはどうなんでしょうね……。

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