勇者学院 対 竜の群れ
死闘が繰り広げられていた。
放たれた<聖炎>、<聖氷>、<聖雷>の魔法砲撃を、被弾しながらも、竜たちは咆吼を上げ、そのまま森林へ突っ込んだ。
木々に竜の巨体が触れる度に、その間を結ぶように張り巡らされた<竜縛結界封>が、ギィィィン、ギィィィンと鳴り響き、竜の魔力と体を縛りつける。
そうして、沈黙した竜をエミリアは、<竜縛結界封>で直接縛り上げていった。
だが、竜の群れの一部は<竜縛結界封>が結界魔法だと気がつき、森林の外から口を大きく開き、高熱のブレスを吐き出してきた。
それらは勇者学院の放った魔法砲撃をいとも容易く飲み込み、森林を焼く。
<竜縛結界封>によって、その威力が減衰していなければ、最前線にいた者たちはとうに消し炭になっていただろう。
竜たちは、森を焼き払い、獲物を炙り出そうとしているように見えた。
「ちぃっ……させはしませんっ!」
レドリアーノは眼鏡を外す。
それは彼の魔力を抑える魔法具で、その力が一気に増大した。
「護りたまい、癒したまえ。聖海護剣ベイラメンテ」
大海を思わせる青き聖剣を盾にするかの如く、レドリアーノが構える。
「<聖海守護結界>!」
彼は全身に魔法結界を纏う。
竜たちのブレスが彼に集中するも、足を踏ん張り、それに耐える。
「<聖海守護障壁>!」
結界にレドリアーノは魔法障壁を重ねがけする。
「<聖海守護呪壁>!」
魔法障壁には更に、魔を阻む聖なる呪いが重ねがけされた。
「護りたまえ、聖海護剣。古より生命を守護せし、ベイラメンテ。汝の力、汝の意志を、ここに見せよっ!!」
聖剣の力を全開放し、レドリアーノは幾重にも重ねた魔法障壁の力を、数十倍に増幅させる。
「――はああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
彼はベイラメンテで大きく円を描く。
すると、受けとめていたブレスの力の方向が反転し、竜たちに跳ね返った。
ゴオオォォォォッとその炎に焼かれながらも、しかし、竜の群れは怯むことはない。その頑強な鱗と皮膚、そして魔力がブレスを完全に防いでいた。
「さすがに、効きませんか……」
何匹かの竜が翼をはためかせ、空に舞い上がる。
<竜縛結界封>は音の結界、上空にも影響が及ぶとはいえ、高度を上げれば、森林を越えることは容易いだろう。
「……エミリアッ……まずいんじゃねぇか。行かれちまうぜっ……」
ラオスが、空を飛ぶ十数体の竜の影を睨む。
「あれぐらいの数は想定内ですっ。聖水の<竜縛結界封>が完成するまでは、飛んでいく竜は諦めます。わたしたちの手には追えませんっ!」
英断だろう。
空では森林に張り巡らせた<竜縛結界封>の効果も弱まる。
深追いすれば、あっという間に全滅することになろう。
「……妙ですね……」
レドリアーノが魔眼で上空を見据えつつ、眉根を寄せた。
「エミリアッ。上空の竜がここから飛び去らずに、旋回しています……!」
竜たちは空を旋回しながら、みるみる速度を上げていた。
はっとしてエミリアが叫んだ。
「全員、魔法結界を上部にっ! 突っ込んできますよっ!」
刹那、数匹の竜が風を切るように、空から森林へ突っ込んでくる。
生徒たちは魔法結界を木々の上に何層にも張り巡らせた。
<竜縛結界封>は頭上もカバーしている。
エミリアが突っ込んでくる竜の衝撃に備えたそのとき、数本の木々が勝手に倒れ、<竜縛結界封>の結界に僅かな穴が空いた。
竜たちはその僅かな穴に勢いよく飛び込む。
ドゴォォンッと地面が爆発する。
空からの竜の急降下をまともに食らった生徒たちが、吹っ飛ばされた。
あの勢いでは、よくて致命傷だろう。
「グオオオオオオオオオオオォォォッッッ!!!」
森林に着地した竜は、<竜縛結界封>の結界を破壊しようと、木々を薙ぎ倒していく。
「くっ……!!」
エミリアが欠けた結界の代わりに、新しく<竜縛結界封>を張り直す。
だが、また数本の木々が倒れて、<竜縛結界封>に穴ができる。
そこめがけ、次々と空から竜が突っ込んできては、生徒たちを吹き飛ばしていく。
地上からのブレスもやまず、また他の竜は玉砕覚悟とばかりに森林へ突撃してくる。
物量で押し切り、結界を踏みつぶそうとでも言わんばかりだ。
「……どうして<竜縛結界封>が勝手に……! このままじゃ……」
竜の群れに押され、エミリアたちの数は減っていく。
戦闘可能な者が一定以下になれば、魔法結界を維持できずに、一気に押し潰されるだろう。
彼女たちに、焦燥が募った。
「まだまだ。人間は竜なんかに負けないんだぞっ」
響いたのはエレオノールの声だ。
球状になった聖水に中に彼女はいる。無数の魔法文字が周囲を覆っていた。
<根源母胎>を発動しているのだ。
見れば、倒れた勇者学院の生徒たちは、淡い光に包まれていた。
「<聖域蘇生>」
柔らかく、温かい光が、森林を照らす。
死んだ勇者学院の生徒たちが、蘇生され、むくりと蘇った。
「応援魔法、行っくぞぉっ!」
エレオノールが両手を広げ、森林全体に魔法陣を描く。
「<根源応援魔法球>ッ!!」
ポコポコと魔法陣から湧き上がるように赤、青、緑の魔法球が、いくつも浮かび、森林をふわふわと漂い始めた。
彼女は<思念通信>でその場の全員に伝える。
「<根源応援魔法球>は、みんなの根源の力を全力以上に引き出すんだぞっ。緑は一八〇秒、青は一二〇秒、赤は六〇秒だけ応援してくれて、緑、青、赤の順に沢山力を引き出すぞっ。でも、効果が切れると一〇秒は魔力が半減するから、そうしたら大ピンチなんだっ……!」
「……なんで、んな面倒臭い魔法を覚えてきてんだよっ……! 魔王学院はなに教えてんだ……」
ぼやきながらも、ラオスが青の<根源応援魔法球>に触れる。
聖水を使う容量でそれを吸収すれば、途端に彼の魔力が跳ね上がった。
「なんだこりゃ、ハンパねえな……」
ラオスが地面を駆け、眼前の竜を狙う。
「いきやがれっ、ガリュフォードッ! 燃やし尽くせぇぇっ!!」
聖炎熾剣を思いきり振り上げ、ラオスは森林で暴れ回っている竜の背後を取った。
狙いは弱点の首だ。鱗のないその箇所へ彼は刃を振り下ろした。
ズプゥッと僅かにガリュフォードがめり込む。ゴオオオオォォと聖剣は炎を纏い、竜の体を内側から燃やした。
ぐらり、と竜が傾き、けたたましい音を鳴らして地面に倒れた。
「……いけんじゃねえか……」
「ローテションを組みますよっ! わたしの指示に従って、<根源応援魔法球>を使ってください。インターバルの間は、常に他の生徒三人が守れるようにしますっ!」
「「「了解っ!!」」
エミリアが素早く勇者学院の生徒たちに指示を出す。
上空からの竜の突撃によって崩れた体制は、エレオノールの<根源応援魔法球>でなんとか立て直すことができそうだった。
「<聖域熾光砲>」
エレオノールが上空へ光の砲弾を放つ。
高速で飛来したその魔法を、しかし、空を飛ぶ巨大な竜は難なく避ける。
「んー、あれが降りてきたら、さすがにまずそうだぞ」
エレオノールが狙ったのは、青い異竜だ。
用心深く空を旋回し続けて、森林の様子に魔眼を向けている。
体長は二〇〇メートルはあるだろうか。
全身から発せられる魔力は、他の竜たちとは比べものにならない。
「……ゼシアが……行きます……」
「まだだめだぞっ。空中戦じゃ不利だから、他の竜を撃ち落としてからにしよう」
「……わかり……ました……まだ我慢です……」
エレオノールは<聖域熾光砲>の照準を空に向け、旋回する竜どもに砲撃を行っていく。
エミリアが指示を飛ばした。
「レドリアーノ君、一旦下がりなさいっ! <根源応援魔法球>の効果が切れます」
「承知しましたっ!」
「エミリアッ……正面を突破されたっ……! 数匹突っ込んでくるぞぉっ!!」
ラオスが叫ぶ。
竜の群れが音の結界の穴を突き、角を突き出しながら、猛突進してくる。
木々がバタバタと根こそぎ倒れていき、生徒たちが弾き飛ばされる。
「……また<竜縛結界封>が崩された……いったい、どうやって……? こんなこと、エールドメード先生は言ってなかったのに……」
疑問に思いながらも、森林に入ってきた竜をなんとか無力化させようと、エミリアは<竜縛結界封>を使っていく。
だが、そのそばから、木々が倒れ、魔法陣が抉られて、<竜縛結界封>の結界が緩む。
闇に潜み、竜の援護をしている者たちがいるのだ。
「またっ……!?」
エミリアがすぐに結界を補強しようとしたそのとき、ドゴォォォンッと地面が爆ぜ、その穴から巨大な竜が現れた。
鱗と皮膚は深緑。体長は一〇〇メートルを超える。
古竜だ。
「……しまっ――」
「護りたまい、癒したまえ。聖海護剣ベイラメンテッッ!!!」
<根源応援魔法球>で根源が強化されたレドリアーノが、古竜の突進をかろうじて食いとめる。
「後退してくださいっ!! エミリアッ!! あなたを失えば、この戦いは終わりですっっ!!」
エミリアは<飛行>で飛び退く。
「もう大丈夫ですっ! レドリアーノ君も退いて――!?」
その瞬間、古竜が口を大きく開き、魔法結界諸共レドリアーノに牙を突き立てた。
一瞬、持ちこたえたその護りは、しかし、次の瞬間、脆くも崩れ、竜の牙がレドリアーノの体を貫く。
<根源応援魔法球>の効果が切れたのだ。
牙に血が滴り、地面を赤く染め上げる。竜の口の中で、彼はぐったりと脱力した。
「レドリアーノ君っ!!」
ごくんっと竜がレドリアーノを丸飲みする。
エレオノールの<聖域蘇生>でも、竜に食われれば、蘇生はできない。
カッと火がついたようにエミリアの魔眼が据わった。彼女は目の前をよぎった赤の<根源応援魔法球>をつかんで吸収し、迷わず古竜に突撃した。
「ガアアアアアアァァァァッ!!」
大きく顎を開き、古竜は灼熱のブレスを吐き出す。
エミリアは<竜縛結界封>を纏い、音の結界でそのブレスに耐えながらも、そのまま<飛行>で飛び込んでいく。
「こっのおおおおおおおおぉぉぉぉぉっっっ!! 意地汚い害獣の分際で、わたしの生徒に手を出してるんじゃありませんよっ……!!」
叫びながら、エミリアは吐き出された灼熱のブレスを押し返すように、自ら竜の顎へ突っ込んでいった――
この戦場に竜を利用して暗躍している者がいそうですが、そんなことをするとどうなるか。