表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
219/726

王の歓待


 ガイラディーテの王宮。

 ザミラに案内され、レイとミサは玉座の間に通された。


 豪奢な玉座に座り、彼らを迎えたのは、王の服を纏った痩せ細った老人だ。

 シワだらけの年老いた顔だったが、目だけはギラギラと輝き、若さを保っている。


「勇者カノン様とその婚約者ミサ様をお連れいたしました」


 ザミラが慇懃いんぎんに述べ、その太い体でぎこちなく跪く。

 それに倣い、レイとミサは王の前に跪こうとしたが、それをガイラディーテ王は手で制した。


「そのままでよい。アゼシオンの大英雄、勇者カノンに膝をつかせるなど、私にはできぬよ」


 王は玉座から立ち上がり、レイとミサの元へ歩いてきた。


「お初にお目にかかる。余が第一〇六代ガイラディーテ王、リシウス・エンゲロ・ガイラディーテである」


 二千年前、王都ガイラディーテは人類の砦だった。王都を治める王こそが、すなわちアゼシオン全土を統一して治める王である。


 アゼシオンは正確に言えば、単一の国家ではなく、人間の連合国なのだ。それらの国を治めているのがガイラディーテ王だ。


 その歴史は二千年間変わらず、今日まで受け継がれてきている。


 ザミラがリシウス王と同じくエンゲロ姓ということは、彼も王族の一人なのだろう。

 もっとも、勇者学院に飛ばされるぐらいなのだから、王位継承順位は低そうだ。


「よくぞ。王宮へ来てくれた。我らは、この日を待ち望んでいたのだ」


 リシウスはレイに手を差し出す。


「今はレイ・グランズドリィです」


 そう言って、レイは握手に応じた。


「魔族になろうと余にとっては憧れの英雄、勇者カノンに変わりはない」

 

 リシウスはミサにも手を差し出した。


「ミサ・レグリアです」


「素晴らしいお嬢様だ」


 二人は握手を交わした。


「晩餐会まではまだ時間がある。その間、ゆっくりと過ごせる部屋を用意させた。我が家と思って、くつろいでくれたまえ」


「ありがとうございます。他の王族の方々にも、ご挨拶をしておきたいのですが?」


 レイがそう口にすると、リシウスは口を閉ざし、鼻から息を吐いた。


「勇者カノン」


 真剣な表情でリシウスが訴える。


「本来はもてなす立場でありながらも、このような非礼をどうか許していただきたい。あなた様に頼みがあるのだ」


 一瞬、レイはミサと視線を交換する。


「なんでしょうか?」


「王位継承権を持つ王族は、二六人」


 跪いたままのザミラが、一瞬、暗い視線を床に落とす。


「だが、皆今は病に伏せっておるのだ」


「……全員が、ですか?」


「不可解に思う気持ちはわかる。何者かが国家転覆を企み、王族を皆殺しにしようとしているのではないかと、余も考えた。だが、どんな賢者に頼もうとも、原因がつかめぬ。呪いかとも思ったのだが、どうもそうではないようなのだ」


 沈痛な表情でリシウスが言う。


「このままでは国が潰える。最早、頼りは宿命を断ちきると言われる、あなた様の霊神人剣しかないのだ」


「……ディルヘイドの魔王に頼ることもできたでしょう……?」


 レイの言葉に、リシウスは首を横に振った。


「所詮は、魔族。信用はできぬよ。王位継承者が潰えようとしていることは、王宮でも信頼できるごく一部の者にしか知らせてはおらぬのだ。ましてや、他国の王に知られるわけにはいかん」


 竜の討伐に力を入れていないのは、それどころではなかったということか?


「褒美はいかようにも。どうか、我らを救ってくださらぬか?」


 頭を下げるリシウスを見て、レイは困ったように笑う。


「どこまでできるかわかりませんが、呪いの類でしたら、なんとかなるかもしれません。王族の方に会わせてもらえますか?」


「ああ、ありがとう、感謝する」


 そう言って、リシウスは玉座の方へ歩き出した。


「こちらだ」


 二人がリシウスの後に続くと、引き止めるようにザミラが言った。


「王よっ!」


 足を止め、リシウスが振り向く。


「どうした、ザミラ」


「私は、王の願い通り、勇者カノン様を王宮に連れて参りました!」


 懇願するような目で、ザミラはリシウスを見た。


「うむ。ご苦労だった、ザミラ。褒美を取らせよう。これからも、勇者学院で我が国のために尽力するがいい」


 ザミラはぎりっと奥歯を噛む。


「……勇者学院で、でしょうか……?」


「なにか不服があるなら、申してみよ」


「……いえ……滅相もないことでございます……」


 頭を下げながらも、ザミラは屈辱と怒りに染まったような表情で床を睨んでいた。

 だが、次の瞬間、なにを思ったか、彼は薄暗い笑みを浮かべた。


 唯一、病魔に冒されていない王位継承者にもかかわらず、王宮の外に出しておくということは、リシウスはザミラに王位を継がせたくないのだろう。


 ザミラに構わず、彼は玉座のもとに移動する。

 それに手をかざし、魔法陣を描けば、ゴゴゴゴッと音を立てて、玉座が動いた。


 その下に現れたのは隠し階段である。

 リシウスは先導するように、そこを降りていく。


 レイとミサもそれに続いた。


 階段の壁には魔法のランプがかけられており、仄かに明かりが灯っている。

 だが、先は見通せないほど薄暗かった。


 三人はしばらくそこを進んでいく。


 歩いても歩いても、見えてくるのは階段ばかりだ。

 玉座の間が一階だったことを考えれば、かなり地下深くまで潜っているだろう。


 ぽちゃん、と小さく水音が鳴った。

 その響きは、段々と数を増して、耳に聞こえ始める。


 やがて、見えてきたのは広大な鍾乳洞である。


 遙か下方に地底湖があり、それが不思議な光を発している。

 聖水だろう。


 リシウスは<飛行フレス>の魔法を使い、地底湖まで降下していく。

 レイとミサもそれを追った。


 リシウスは地底湖の上にある細い岩の道に降り立つ。

 そこをまっすぐ彼は歩いていった。


「こんなところで、王族の方が療養されてらっしゃるんですか?」


 不思議そうに辺りを見回しながら、ミサがそう尋ねる。


「ここはガイラディーテで一番濃い聖水が湧く場所なのだ。それに、王宮でも限られた人間にしか伝えられておらぬのでな。民に知られる心配もない」


 リシウスが答えた。

 地底湖の中心は円形でできた岩が舞台のようになっており、彼はそこまで歩を進める。


 二六個の棺が置いてあった。


「この中に?」


 リシウスがうなずく。

 レイは棺の前でしゃがみ込むと、その蓋に手をやる。


 ゆっくりと蓋をずらして、棺を開ける。


 だが、中は空っぽだった。


 レイがリシウスを振り向いた瞬間、キィィィンッと高く不快な音が鳴る。

 地底湖が淡く白々とした光を発し始めた。


「レイさんっ……!?」


 悲鳴のようなミサの声と同時に、ザッバァァァンッと激しい音を立て、湖の中から体長が一〇〇メートル以上あろうかという巨大な竜が姿を現す。


 その鱗と皮膚は、白く染まっていた。


「ギヤイィィィィィィィィィッッッ!!!」


 頭を割るような不快な咆吼は魔力を伴い、粘着質の液体に変化した。

 その竜の粘液が、ミサとレイにドロリとまとわりつく。


 レイが反魔法でそれを振り払おうとするも、粘着質のその液体はぐにゃりと伸びるばかりで、切れる気配はない。


「ギヤイィィィィィィィィィッッッ!!!」


 再度、竜の粘液が鎖のように二人に絡みつき、その動きを完全に拘束した。


「……こんなことがなければ、と思ったんだけどね」


 笑顔を崩さず、レイがリシウスに視線を飛ばす。


「アゼシオンの民が竜に襲われているのに、その王が竜を飼っているっていうのは、どういうことかな?」


 リシウスは穏やかな笑みでその問いに答えた。


「襲われている? 勇者カノン、それは間違いだよ。すべては救済なのだ」


 当たり前のように、ガイラディーテ王が言う。


「なぜならば、竜とは神の使い。竜に身も心も捧げることで、我ら人間は神のもとへ赴き、真の救いを得ることができる」


「だったら、自分が竜の生贄になればいいんじゃないかな?」


 リシウスは穏やかな表情でうなずく。


「もちろん、そのつもりだ。だが、余は王として、このアゼシオンの民を神のもとへ導く責がある。それを果たした後は、喜んで神のもとへ旅立とう」


 ミサがはっと気がつく。


「……王族の方々は…………?」


「一足先に神のもとへ送ってやった」


「……竜に、食べさせたんですか!? 自分の子供たちをっ?」


「彼らは王の座を争っていたのだ。肉親が肉親を恨み、憎悪し、戦う。そんな地獄から、余は彼らを救済してやったのだ。王とは、所詮、国の親。実の子に愛情を注いでやることができなんだ、余のせめてもの親心よ」


 信じられないといった表情をミサは浮かべた。


「……なにが目的だい?」


「アゼシオンの神、霊神人剣とそれに選ばれた勇者を供物として捧げるのだ。<全能なる煌輝>エクエスに」


 陶酔したようにリシウスが笑う。


「神託が下ったのだ。そうすれば、余は神のもとへ赴き、そして永遠の命とともにこの地に復活するのだと。神より真に王権を賜り、このアゼシオンを治める真の王となる」


 レイが視線を険しくする。


「そんな嘘を君に吹き込んだのは、アヒデとかいう竜人かな?」


「すべては<全能なる煌輝>エクエスの御心のままに」


 レイの挑発には、どうやら乗ってこない様子だ。

 アヒデの仕業とも、まだ断定はできない。


 しかし、限りなく黒に近い。


「さあ、勇者カノン。ここにアゼシオンの神を、霊神人剣を召喚したまえ。<全能なる煌輝>エクエスに、その神の手をお返しするときがきた」


「僕が君に協力すると思うかい?」


 すると、リシウスは右手の人差し指に魔法陣を描いた。

 現れたのは、盟珠の指輪だ。


 選定の盟珠とは異なり、石は透明の水晶である。

 選定者ではないのだろう。


 問題は誰からそれを譲り受けた、ということか。

  

「盟約に従い、この場に来たれ。想いの番神エヌス・ネ・メス、我に救いを示したまえ」


 盟珠に火が灯る。積層されていく立体魔法陣は、しかし、選定の盟珠よりも魔力に欠ける。あれでは喚べる神にも限度があるだろう。


 バチバチとけたたましい音を鳴らしながら、リシウスの目の前に光が集う。


 それは人型を象り、みるみる実体化していく。

 召喚されたのは、霧でできた鎧騎士であった。


 手足や顔もなく、ただ霧の全身鎧が動いているといった具合だ。


「想いの番神エヌス・ネ・メスは、想いを司り、心を支配する、偉大な神である。勇者カノンよ、そなたに試練を課してくださるであろう」


 リシウスが盟珠に魔力を送ると、エヌス・ネ・メスはゆっくりとミサに近づいていく。


 竜の粘液で全身を拘束されたミサは動けない。

 エヌス・ネ・メスはその右腕を彼女に伸ばし、頭をわしづかみにした。


「……あっ……う、ぁ……!」


 想いの番神の霧の腕が少しずつ、少しずつ、ミサの頭に入っていく。


「エヌス・ネ・メスは想いに宿る番神。すぐに彼女の心は神に支配されるであろう。さあ、勇者カノン。彼女を救うために霊神人剣を抜くがいい。でなければ、彼女の心はこの世から消えてなくなるだろう」


 穏やかに笑ったリシウスを、レイが睨みつける。

 彼の右手に魔力が集った。 


 そのとき――


『……あたしは、大丈夫です……もう少し様子を見ましょう……霊神人剣を召喚した瞬間に、それを奪う手段があるのかもしれませんし……』


 ミサからの<思念通信リークス>が彼に届く。


『それに、この人はたぶん傀儡だと思います。地底世界の誰とつながりがあるのか、突き止めないと……』


 その返事とばかりに、レイは右手の魔力を収める。


「その盟珠は誰からもらったんだい?」


「勇者カノンよ。なぜ霊神人剣を抜かぬ? あなたが神のご意志に背くなら、婚約者の心は神のものになるのだぞ」


 リシウスが盟珠に魔力を送ると、エヌス・ネ・メスの右腕が手首までミサの頭の中に入った。


 彼女が苦痛に顔を歪ませる。


「さあ、霊神人剣に、神に選ばれた勇者よ。あなたは<全能なる煌輝>エクエスのために戦ってきた。今回もそれと同じことなのだ」


「残念だけど、彼女は負けないよ。できるものなら、やってみるといい」


「できるものなら? 神を疑うか? 選ばれし勇者よ、ならば、その力を知り、悔い改めるがいい」


 リシウスの声とともに、エヌス・ネ・メスの右腕がすべて、ミサの頭に侵入した。


「さあ、神に従え、ミサ・レグリア」


 盟珠の指輪を掲げ、リシウスはパチンッと指を鳴らす。

 白き竜を使役しているのか、ミサの周囲にあった粘液が消えた。


「その手で勇者カノンの首を絞め、殺すのだ」


 そこまでされれば、レイが霊神人剣を抜くと思ったのだろう。


 ミサの顔がぎこちなく、レイの方へ向いた。

 そうしてゆっくりと彼のもとへ歩いていく。


 だが、途中で彼女は足を止めた。


 彼女は想いの番神を頭に宿しながらも、それに逆らうかの如く、リシウスを振り向く。


「……お断り……ですよ……」


「…………なんだと…………?」


 リシウスが驚愕の表情を浮かべる。


「……お断りします。あたしに、そんなことできるわけがありません……」


「……神の支配を受け入れずに、逆らうなど、なんと不信心な女か……」


 盟珠の指輪はまた魔力を込め、今度はエヌス・ネ・メスの左腕が勢いよくミサの頭に侵入していく。


「神よ。想いの番神よ。この愚かなる者たちに、そのお力を示したまえ。あなた様の偉大さを、神の奇跡をここに」


「好きなだけやればいいけどね。無駄だと思うよ」


 振り向いたリシウスにレイは言った。


「彼女の心は神様にだって奪えやしない」


 にっこりとレイは笑う。


「ミサの心は、僕がすでに奪ってしまっているんだからね」


 リシウスは激昂したように目を剥いた。


勇者は、言うことが違うのです……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
シン:「・・・」
[一言] 多分アノスは神を倒したと言う話もあるしミサは神特効が備わってるんだろうな
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ