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初めての<聖域>体験


 その翌日――

 大講堂の黒板に、エールドメードが複雑な魔法陣を描いていた。


「ねえ、レイ。結局ザミラ学院長との話はどうなったの?」


 前の席で眠たそうにしているレイに、サーシャがひそひそと声をかけた。


「勇者カノンを迎える相応の準備をするんだってさ」


「大歓迎ね。今日迎えが来るの?」


「そう言ってたけどね」


 エールドメードがこちらを向く。


「竜の力は昨日、オマエらが肌身をもって知った通りだ。逃げることは今のオマエらでもなんとかなるが、討伐するとなると有効な攻撃手段に欠ける。弱点の首を狙う技術も、鱗を貫く魔法もない。勇者学院の生徒たちは尚更だ」


 魔法陣が描き上がり、ダンッと彼は杖をつく。


「ならば、どうする、エミリア先生?」


「……ええと……」


 いきなり質問を振られ、エミリアは言い淀んだ。


「勇者の得意魔法はなんだ? 力も魔力も劣る勇者が、どのような手段を講じて、我ら魔族と戦った?」


「……<聖域アスク>……あ、いえ、結界魔法の方ですか……?」


「そう、そうだ、その通り! 結界魔法だ! そしてこの魔法術式こそ、人間が竜に対抗する手段の一つ、二千年前、勇者たちが竜討伐の際に使った結界魔法、<竜縛結界封デ・ジェリアス>なのだっ!」


 勇者学院の生徒たちは、なぜ魔族である熾死王が勇者の魔法術式を知っているのかと訝しんでいる。


「カッカッカ、そう不審がるな。魔王がその魔眼で盗んだだけのことだ」


 こともなげに言い、エールドメードは生徒たちに視線を向ける。


「まず、見本を見せてもらおうではないか」


 杖の先端でエールドメードがレイを指す。


「勇者カノン、それとミサ。教壇へ上がれ」


 レイとミサは立ち上がり、教壇に上る。

 エールドメードは床に魔法陣を描く。


 すると、そこから緑色の炎が噴出した。


「この緑炎りょくえんは、竜の魔力の波長を模したものだ。<竜縛結界封デ・ジェリアス>の効果を試すものでな。簡単に述べれば、炎が弱まるほど結界が効いていることになる」


 エールドメードはレイの方を向く。


「では、二人で<竜縛結界封デ・ジェリアス>を使ってくれたまえ」


「あ、あの~、レイさん一人でいいような気がするんですけど……」


 所在なさげにミサが軽く手を挙げる。

 エールドメードは彼女を見て、カカカッと笑った。


「<竜縛結界封デ・ジェリアス>は、<聖域熾光砲テオ・トライアス>と同じく、<聖域アスク>で集めた魔力を魔法に変換するものだ。一人では使えない」


「あ、あー……そういうアレでしたか……」


 レイが笑顔でミサに手を伸ばす。


「……なんだか、こういうところで、この魔法、恥ずかしいですよね……」


 ミサはちょこんとレイの手に触れた。

 すると、レイの全身に<聖愛域テオ・アスク>の光が集う。


 勇者学院の生徒たちが、ざわめき始めた。


「お、おいっ。あれは………………!?」


「マジか……<聖愛域テオ・アスク>かよ……! 伝説の大魔法じゃねぇか……」


「……当たり前っちゃ当たり前だよな。本物の勇者様なんだからよ……」


「というか、ってことはさ。あの二人、デキてんのか?」


「そもそもさ、どんなに魔力があったとしても、俺らには縁のない魔法だよなぁ……」


「ちっ。見せつけてくれるぜ……」


 それは二人の愛を一つに重ね、膨大な魔力に変換する勇者の奥の手。

 <聖愛域テオ・アスク>の魔法を前に、彼らはいつもとはどこか違う寂しさを見せていた。


「その程度の魔力では……」


 ぼそっとシンが呟く。


「シン先生、なにか?」


「いえ、なんでもありません」


 カッカッカ、とエールドメードは笑った。


「結界魔法はあんまり得意じゃないんだけどね」


 そう言いながら、レイは目の前に魔法陣を描いた。


「<竜縛結界封デ・ジェリアス>」


 出現した魔法の糸が、無数に分かれ、炎を縛るように囲む。

 ギィィィン、ギィィィンッと音が鳴り響き、炎は瞬く間に消火された。


「カカカ、さすがは勇者カノン。炎を完全に消すとは、素晴らしいではないか! あの魔王と幾度となく戦い、生き延びただけのことはあるっ!」


 す、とレイは黒板に描かれた魔法陣を指さす。


「それのおかげかな。人間が使っていたものよりも、術式がかなり改良され、魔力効率がよくなっている」


「ああ。そうそう、確か元のままでは効率が悪いと言っていたな。この<竜縛結界封デ・ジェリアス>は、魔王が改良したため、かつて人間が使ったものよりも易しく、かつ強力になっている。だが、驚くことではないぞ。アノス・ヴォルディゴードに魔法を見せるとは、そういうことなのだ」


 魔王を讃えるように、エールドメードは高らかに声を上げる。


「さて、魔眼の良いオマエらならば、気がついたと思うが、<竜縛結界封デ・ジェリアス>は音により竜を縛る。この魔法の糸は竜の体にまとわりつき、竜が激しく暴れれば暴れるほど、大きな音を出し、その魔力を封じるというわけだ」


 エールドメードはエミリアの方を見た。


「どういうことかわかるかね、エミリア先生?」


「……竜が動く際の魔力と<竜縛結界封デ・ジェリアス>を干渉させて、封印するための音を出していますから、竜が強ければ強いほど、その結界の力も強まる、ということですか?」


「その通り。そのため、ある程度の竜であれば結界に閉じ込めてさえしまえば、ほぼ無力化することが可能だ。とはいえ、限度はある。昨日、草原で見た竜はどれも幼体だった。あのクラスであればオマエらでも余裕だ。しかし、年経た竜は完全には縛れないから注意することだ」


 熾死王は黒板に杖を向ける。


 魔法で描かれたのは竜の絵だ。

 昨日の竜とは違い、鱗や皮膚が深緑だ。


「このように、年経た竜、古竜こりゅうは鱗や皮膚が深緑に変色する。こいつは<竜縛結界封デ・ジェリアス>でも縛りきることはできない。命がけで、首を落とさねば、ならないだろうな」


 愉快そうにエールドメードは唇を吊り上げる。


「ああ、それと、滅多にいるものではないが、緑以外の鱗や皮膚を持つ竜は希少種だ。異竜いりゅうと呼ばれているが、出会ったならば、対策は一つ」


 脅すようにエールドメードは言う。


「脇目も振らずに逃げたまえ」


 彼は再び、床に魔法陣を描き、緑色の炎を灯す。


「では、見本を見せたところで、エミリア先生。<竜縛結界封デ・ジェリアス>に挑戦してもらおう」


「え…………?」


 エミリアがきょとんとした表情でエールドメードを見た。


「……その……わたしは魔族なので、術式の理解はできますけど……魔法行使までは……」


「カッカッカ、勇者の魔法が人間にしか使えないのならば、魔王が改良することもできはしないではないか」


「……そうですけど、わたしなんかには……」


 エミリアは顔を俯かせる。

 そんな彼女に近寄り、覗き込むようにエールドメードは顔を横に向けた。


「エミリア先生、あなたは暴虐の魔王に呪いをかけられた。皇族としての体を失い、魔力さえも弱くなってしまった」


 生徒たちから、どよめきが漏れる。


「あれ? もしかして、エミリア先生って、俺たちの担任だったエミリア先生なのか……? 皇族派の……?」


「……でも、全然違わない……? 顔もそうだけど、なんか性格も、ちょっと違うような……?」


「……でも、まあ、あの魔王様に呪いをかけられたんなら、体も人格も歪んでも不思議はないっていうか……」


「……だよね、うん……」


 どことなく納得しているのは魔王学院の生徒たちだ。

 その反面、勇者学院の生徒たちは、あまり言葉を発さず、けれども驚いたような視線をエミリアに注いでいた。


「え、エールドメード先生……そんなことは今、どうでもいいですよねっ……!」


「おいおい、この熾死王がどうでもいいことを授業中に口にすると思っているのか」


 そう鋭く言われ、エミリアは押し黙る。

 ニヤリ、とエールドメードは笑った。


「説明しようではないか。根源の持つ魔力の総量は、生まれ変わろうとそう滅多なことで変化するものではない。にもかかわらず、転生によって、魔力量が変わることが度々あるのは、根源から溢れる魔力を、どれだけ使いこなせるか、つまり体の魔力効率によるものなのだ」


 エールドメードは杖でエミリアを指す。


「エミリア先生の魔力は弱くなっている。だが、減ってはいない。体の魔力効率が極端に悪いだけだ。なぜ悪いのか。魔力の循環が悪い体にするというのも手がかかる。ならば、手っとり早く、魔族の魔力効率を悪くするにはどうすればいい?」


「どうすればって、そんなこと……それにやっぱり授業に関係が……」


 言いかけて、そしてエミリアははっとした。


「……人間の魔法に適した体にする、ですか?」


「その通り。殆どの魔族は、人間の魔法を使うことがない。ゆえに、魔力が減ったも同然というわけだ。エミリア先生は魔族だが、その体は勇者の魔法に適している。<聖域アスク>も<竜縛結界封デ・ジェリアス>も使えるだろう」


 半信半疑といった表情で、エミリアは自分の両手を見つめる。


「<聖域アスク>の魔法術式はわかるかね?」


「……それは、はい。わからないと、教えられませんし……」


「カッカッカッ! 自らが使えぬと思っていた魔法術式の勉強をしているとは、教師の鑑ではないかっ!」


 エールドメードが勇者学院の生徒たちの方を向いた。


「さあ、<竜縛結界封デ・ジェリアス>の授業を始めるぞ。今のガイラディーテの民は、オマエたちの<聖域アスク>に協力してはくれないだろう。だったら、自前で賄う他ない。なに、心配するな。志を同じくするにはちょうどいい人数だ。うまくやれば、オマエたちが以前使っていた<聖域アスク>よりも、強い効果を発揮できる」


 ビシィッと杖でエールドメードは生徒たちを指す。


「想いを重ねたまえ。エミリア先生の<聖域アスク>にだ」


 エミリアが<聖域アスク>の魔法陣を描き、魔法を行使する。

 だが、うまくいかない様子だ。


「やっぱり……」


「いや、いいぞ、それでいいのだ。続けたまえ。勇者の魔法はな、ねじ伏せるのではなく、包み込むのだ。かつての魔法を忘れ、その体に根源を委ねてみたまえ。オマエの体は、そもそもそういう風にできている」


 エミリアが目を閉じて、もう一度、魔法陣に魔力を送る。

 

 その体に根源を委ねる――エールドメードの助言に効果があったか、次第に光の粒子が立ち上り始める。


 <聖域アスク>の魔法陣が起動していた。

 ひどく弱々しいながらも、勇者学院の生徒たちの想いが魔力に変換され、ほんのりとした光がエミリアの体を覆っていた。


「成功だ。ただ言っただけで<聖域アスク>を使うとは、なかなか才能があるのではないか、ん?」


 エールドメードはニヤリと笑い、緑の炎を杖で指す。


「さあ、その<聖域アスク>の魔力で、魔法陣を描き、<竜縛結界封デ・ジェリアス>を使ってみるがいい」


 エミリアは真剣な顔でうなずいた。


「……やってみます……」


 彼女は手をかざし、<竜縛結界封デ・ジェリアス>の魔法陣を描く。

 深く、深く、その魔眼で<聖域アスク>の深淵を覗き、魔力がまた僅かに大きくなった。


 その分だけ、彼女は<聖域アスク>に集う想いに触れる。


 ――つーか、エミリアって、黙ってりゃ顔は可愛いよな。顔だけな――


 ――そう? ぼくは怒ってる顔の方が好きだけどね。いじめたくなる顔してるし――


 ――二人とも、<聖域アスク>の魔法中ですから、心を覗かれますよ。

   しかし、彼女、童顔だと思っていたら、転生者でしたか――


「ら、ラオス君っ! ハイネ君っ! レドリアーノ君っっっ!!! 授業中になにを考えてるんですかぁーーっっ!!」


 エミリアの怒声が飛んだ瞬間、<聖域アスク>で描いた魔法陣がさっと霧散する。


「あ…………」


 しまった、という表情をエミリアが浮かべる。

 初めての<竜縛結界封デ・ジェリアス>は、あえなく失敗に終わった。


学校で使いたくない魔法、第一位……<聖愛域テオ・アスク>……。

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― 新着の感想 ―
<聖域>を使えと言っているだロウ? ・・・断じて<聖愛域>ではないッ!!!!!
こいつら学校で〈テオ・アスク〉したんだ!!(誤解を招く表現)
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