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神の供物


「……どういう意味?」


 意味がわからないといった風に、サーシャが首を捻った。


「神がこの地底に城を作り、そして無の夜を照らした。その創造の秩序が、地底世界を生みだしたということだろう」


 やはり、この地底世界は秩序により生まれたのだろう。

 だが、ミリティアの手によるものと断定できる文はない。


 <創造の月>がアルカナにも使えるとわかった以上、彼女にも世界を構築する力があるだろう。

 それとも、アルカナは、ミリティアになにか縁でもあるのか?


「じゃ、『生命は生まれず、世界は止まる』っていうのは?」


 再びサーシャが訊いてくる。


「破壊神アベルニユーを地上に堕とし、俺がこの世から滅びの秩序を奪ったため、本来は滅びるべき生命が滅びなくなった。そのため、新たな生命が創造されず、世界が停滞するということだろう」


 この世を循環する根源の総和は決まっている。

 滅びと新生は表裏一体だ。


「あるいはそれで、よからぬことでも起きるのかもしれぬ」


 だからといって、まだ生まれてもいない生命のために、滅びるわけにはいかないがな。

 後がつかえているのだからさっさと死ねというのは、神の事情だろう。

 そんなものに従う道理はない。


「残りは、他の石碑にもあったことしか書いてないようだ」


 ざっと目を通し、その内容を読み上げていく。

 すると、壁面に記されていた文字がすべて蒼白く光った。


「……神託が、すべて読み解かれた……」


 驚愕の声が背中から響く。


「…………いったい、どうして……? 一千年以上誰にも読むことのできなかった秘匿文字が、なぜ地上の異端者に……」


「……お教えください。<全能なる煌輝>エクエス……我々にどのような試練をお与えになろうというのですか……」


 学府の生徒たちは、俺が古神文字を読み解いたことがよほど衝撃だったのか、ただただその場に跪き、神に祈りを捧げている。


「……まだ、だ……」


 呟きが聞こえた。


「……まだ神は、ワシを見捨ててはおらぬはず……」


 聖者ガゼルが虚ろな瞳でそう口にして、よろよろと立ち上がった。

 彼は逃げ出すように、魔法陣へ向かう。


 だが、その途中で足を止めた。

 ガゼルの眼前に、銀髪の少女、アルカナがいたのだ。


 彼女はすっとその手をガゼルに差し出す。


「盟珠を」


 ガゼルはびくっと体を震わせ、盟珠の指輪をつけた手を隠すようにして身構えた。


「偉大なる選定神アルカナ。ワシの審判はまだ下ってはおりません。新たな神を迎え、この聖地に戻って参ります……」


 静かにアルカナは首を左右に振った。


「我が信徒、神託者アヒデ・アロボ・アガーツェの祈りにより、選定の神アルカナの名において、汝、聖者ガゼル・アプト・アゲイラに審判を下す」


 一歩、ガゼルは後ずさる。


「まさか……そんな……」


 ガゼルが逃げだそうとしたその瞬間、彼の手が切断され、宙を舞っていた。


「ぎゃああああああああああああああああああああああああぁぁぁっっっ!!!」


 アルカナの手には雪の剣が握られており、その切っ先から血が滴っている。

 彼女が手の平をくるりと天へ返すと、ガゼルの持っていた盟珠の指輪が飛んできた。


 その小さな手に、すっと盟珠が収まる。

 入り口の魔法陣から男の声が響いた。


「選定の神にして、輝光神ジオッセリア。再生の番神ヌテラ・ド・ヒアナ、穿神ベヘウス。三神の秩序を供物とし、選定審判の盟約に従い、我が神アルカナに捧げる」


 盟珠から膨大な魔力が溢れ出す。

 それは、俺が滅ぼした輝光神、再生の番神、穿神の根源そのものだ。


 盟珠に灯っていた三つの青い火が、その黒石から外に出て宙に浮かぶ。


「貰い受ける。我が身となれ、三神の秩序」


 アルカナがすっと小さな舌を出す。

 そうして三つの青い火を口の中に迎え入れるようにして、一つずつ食べてしまった。


 彼女の体が、強大な魔力で光り輝く。

 三つの神の根源が彼女の根源と同化しているのだ。


 先程、アヒデが口にした通り、神を供物にし、それを食らっているということだろう。

 つまり、三神が有していた秩序を、アルカナは手に入れた、か。


「……す、枢機卿っ……!!」


 傷口を回復魔法で止血もせず、ガゼルがアヒデを睨みつける。


「あなたは……ワシを裏切るのかっ……<全能なる煌輝>エクエスを信仰する、ジオルダルの信徒をっ……!?」


 アヒデは厳かな所作で、祈りを捧げる。

 その表情は傲慢な正義に満ちていた。


「神託が下りました。争うでもなく、競うでもなく、共に戦いましょう。あなたの意志、あなたの神は、わたしが継げと<全能なる煌輝>エクエスはおっしゃいました」


「……馬鹿なっ…………」


 抗議の声がガゼルから漏れる。


「馬鹿な馬鹿な馬鹿なぁぁっ……!! それでは、ワシの救いは? 救済はどうなるっ!? 聖騎士として、聖者として、神に捧げたワシの一生は、なんだったというのだ?」


「それもまた試練です、ガゼル。あなたならば、乗り越えられると神はおっしゃっています」


「……ふざけるなぁっ! 自らやっておいて、試練だとっ!? それが聖職者のっ、それが、神のすることかぁぁっ!!!」


「ガゼル」


 厳しい口調に、ガゼルははっとした。


「神を疑いますか? ならばジオルダル枢機卿の名において、あなたを破門とします」


 ガゼルは言い返すこともできず、絶望的な表情を浮かべた。

 そんな彼に、アヒデは慈愛に満ちた優しい微笑みを向ける。


「人はみななにも持たずに生まれてくるのです。あなたのものは神のものです。ならば、それを神にお返ししただけのこと。なんの悲しみがありましょうか」


 ガゼルはその場に足をつき、がっくりと項垂れる。


「さあ、懺悔なさい。あなたの罪を、神はお許しくださるでしょう」


 体を震わせ、涙をこぼしながら、ガゼルは言う。


「神よ。<全能なる煌輝>エクエスよ。ワシは罪を犯しました。あなたを疑い、神託に背こうとしたことを、どうかお許しくださいますよう」


「<全能なる煌輝>エクエスよ。従順なる信徒、聖騎士ガゼルに許しを」


 アヒデは目を閉じ、祈りを捧げる。


「あなたは許されました」


「神よ。感謝します」


 涙ながらにそう口にし、ガゼルは床に落ちていた剣の破片を手にした。


「もう一つ、どうか神よ、お許しを。あなたの課した試練から逃れ、あなたのもとへ、旅立つことを――」


 一瞬の戸惑いと怯え。

 そんな感情を振り切るように、ガゼルは覚悟を決めた表情を浮かべると、その破片をぐっと自らの喉元へ押しつける。


 だが、破片が突き刺さる寸前で、彼の体は停止した。

 一片の雪月花がガゼルのもとへ舞い降り、その体を凍結させていたのだ。


 アルカナが悲しげに、ガゼルを見つめている。


「我が選定の神、アルカナ。あなたは慈悲深い。しかし、この氷が溶ければ、彼はまた神のもとへ向かおうとするでしょう」


 アヒデはゆっくりとガゼルの前に出て、その体に魔法陣を描く。


「ならば、今ここで彼の願いを叶えて差し上げるのが、神に仕える私の務め」


 途端に、ガゼルは白い炎に包まれる。

 なにかの神を喚んだのか、そのまま彼は氷ごとどろりと溶け、消え去った。 


 アヒデは振り返ると、アルカナに向かって跪く。

 そうして、祈りを捧げながら言った。


「ああ、我が神アルカナよ。私は罪を犯しました。神に仕える聖騎士ガゼルの尊き命を奪い、天に帰しました。懺悔します。どうか、お許しくださいますよう」


 アルカナは跪いたアヒデを無言で見据える。


「許しを与える。神託者アヒデ。これからは正しき道を歩みなさい」


「<全能なる煌輝>の御心のままに」


 アヒデはすっと立ち上がると、この場から立ち去っていく。


「ふむ。とんだ茶番だな、アヒデ」


 彼は立ち止まり、僅かに顔だけを俺の方へ向ける。


「異端者に理解されようとは思いません」


「その言葉は、殺したガゼルにでも言ってやれ」


「彼は救われました」


「くはは。救われた? 神のもとへ向かったからか? 笑わせるな、ペテン師が」


 無表情でこちらを見据えるアヒデに、俺は言った。


「その程度の救いしか与えてやれず、なにが神だ。<全能なる煌輝>エクエスが聞いて呆れる」


 アヒデは俺から視線を外し、そのまま魔法陣の上に乗る。


「私としては、今ここであなたとの聖戦に臨んでも一向に構いません。しかし、神はその神託を私に与えてくださらない。異端者を見逃すことになるとは、遺憾いかん極まりないことです」


「ほう。戦わないで済む理由を考えておいたか。大した逃げ口上だな。つまり、こういうことだろう? 今のアルカナでは俺に勝てぬから、他の神を食らって力をつけてくる、と」


「異端者のあなたには、いずれ、神の裁きが下るでしょう。そのときが訪れるまで、懺悔の用意をしていなさい、アノス・ヴォルディゴード」


 魔法陣が起動し、ふっと彼の姿が消えた。


 それを見送った後、アルカナはすっと目の前の空間に手を伸ばす。

 舞い降りてきた雪月花と、描かれた魔法陣。


 それは、<転生シリカ>の魔法だ。

 死んだガゼルを転生させているのだろう。


 術式を見たところ、記憶も力も受け継がせず、殆ど自然に任せた転生か。

 いつ蘇るかも定かではあるまい。


「ふむ。お前はなぜ、あんな男を選んだのだ?」

 

 アルカナは淡々と答えた。


「彼は救いようのない人で、わたしは神だった」


 神だから、救いようのないあの男をあえて選んだか。

 理に適ってはいるが、とても救えたようには見えぬ。


「あなたは知っている?」


「知っていることならば、知っているぞ」


 アルカナは、ガゼルの遺品である盟珠の指輪に視線をやっている。


「どうして人は、そんなにも神になりたい?」


 ガゼルやアヒデ、この選定審判に選ばれた者たちのことを言っているのだろう。


「命をかけてまで、神になって、なにをする? それで彼らは救われる?」


「さてな。力が欲しいのではないか。逆に問うが、お前はなぜそんな疑問を持った?」


 アルカナはしばらく考えた後に、言った。


「この身が神であることが、幸福だと思ったことは、一度もない」


 その答えに、思わず、笑みがこぼれた。


「くく、くはははっ。アルカナ、なかなかどうして、お前は神のくせにまともなことを言うものだ。まあ、救いようのない男を、救わねばならぬなど、貧乏くじもいいところだからな」


 アルカナは<転移ガトム>の魔法陣を描く。


「もう行くのか?」


「あなたは敵」


「もっともだ」


「一つだけ忠告しておく。地上に帰った方がいい」


「ほう。なぜだ?」


「それ以上は言えない」


 罠なのか、それとも、本気で忠告しているのか?


「俺が敵だからか?」


「そう」


「では、なぜ忠告する?」


「敵を救ってはいけない?」


「面白いことを言うものだ」


 それが事実だとすれば、アルカナの行動は、アヒデとの盟約に縛られているといったところか。


「そんな台詞を口にする神族はなかなかいまい」


 魔法陣から魔力の粒子が立ち上り、<転移ガトム>の魔法が起動する。

 アルカナはふっと姿を消した。


 言葉だけを、そこに残して。


「信じるも信じないも、あなた次第」


信じる者は救われる、と言いますけど、どうなんでしょうね。

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