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刻まれし神託


 戦いを見守っていた生徒の一人が、呆然と呟いた。


「聖者ガゼル様が……聖戦に敗れた……神竜の国ジオルダルの英雄が……」


 口火を切ったかのように、次々と生徒たちが言葉を発す。


「……聖者様は、あの者は、神を持たないとおっしゃっていた……恐らくは、地上から選定審判に招かれたという不適合者でしょう……」


「しかし、そんなことが信じられますかっ!? 神を召喚せずに、聖者様に打ち勝ったなどと……」


「ええ。生身の体で、大いなる光の秩序、輝光神きこうしんジオッセリアのお力を上回るなんて……ありえない、いいえ、あってはならないことです……」


「ですが、聖者様が嘘をつくとは思えませんっ!」


「……では、あの者はいったい、なんだというのですか……!? 神を信じぬ異端者が、神を下すなどあってはならないっ!」


「それに、あの者は、神のみならず、なに一つ、竜すら召喚していないのではっ?」


「馬鹿な……。ではいったいどうやって戦っていたというのですか?」


「落ちつきなさい。これは神が与えたもうた試練に違いありませんっ!!」


 どうやら地底世界では召喚魔法が主流のようだな。

 神を喚ばずにガゼルを倒した俺がそんなにも不可解なのか、相当混乱している様子で、ああでもないこうでもないと騒ぎ立てている。


「……悪魔……」


 畏怖を持った声が響く。


「……あれは、人の形をした悪魔に違いありませんわ……」


 そんな結論が耳をよぎった。


 ガゼルはと言えば、両手を床につき、ガタガタと震えながら、「神よ、応えたまえ。我が選定の神、輝光神ジオッセリアよ」と何度も何度もうわ言のように繰り返している。


 盟珠の指輪に視線をやれば、黒石の内部に小さな青い火が三つ灯っている。

 神を一体滅ぼす毎に、その青い火は増えた。


 盟約により、神が滅ぶことはない、というのはこれのことか。

 倒された神は自ら盟珠に封印され、秩序を維持する仕組みなのだろう。


「さて。静かになったことだ。石碑の解読といくか」


 サーシャとミーシャの元へ戻り、石碑に視線を落とす。


「そんな野良猫を追っ払ったぐらいの調子で神を滅ぼさないでよね。なんか、ものすごーく白い目で見られてるわ」


 生徒たちをちらりと見ながら、サーシャが言う。


「なに、信心深い国のようだ。神の力を上回る者が珍しいのだろう。気にすることもあるまい」


「ミーシャ、なにか言ってあげて」


 ミーシャはぱちぱちと瞬きをした後、俺に視線を向けた。


「動じない」


「図太いの間違いじゃないかしら?」


 そんな風にサーシャがぼやく。

 ミーシャが小首をかしげて言う。


「謙虚?」


「神をあっさり倒して謙虚とか、恐いからやめてほしいわ……」


 サーシャが俺の隣に並び、石碑に視線を落とす。


「大体、解読するっていうけど、全然知らない文字で書かれている石碑をどうやって解読するの?」


 俺はこちらの様子に視線を注いでいる生徒たちに声をかけた。


「石碑を読みたいのだが、手を貸してくれる者はおらぬか?」


 すると、生徒たちは俺から視線を逸らす。

 一人の女子生徒が意を決したように言った。


「残念ながら、異端者に手を貸すような不信心な信徒はこの場におりません」


「ならば、よい。自力で読み解くとしよう」


 そう口にすると、生徒たちは不愉快そうな表情を浮かべる。


「……この石碑は私たちが数百年にわたり解読を続けているもの。異端者のあなたに、読み解くことを、神はお許しにならないでしょう」


「まあ、そこで見ていろ。読めたらお前たちにも教えてやろう」


 俺はまた石碑に目を移す。


「で、どうやって解読するのよ?」


 サーシャが言うと、ミーシャが別の石碑を指す。


「半分は古代魔法文字」


 さすがはミーシャ、よく見ているな。


「この文字の配置からいって、翻訳されているのだろう。古代魔法文字から読み解いていけば、この未知の文字も解読できる」


「……そんなにすぐ解読できるの?」


 俺はこの部屋の石碑すべてに魔眼を向けながら、言った。


「ふむ。この未知の文字は、祈祷きとう文字と呼ばれているそうだな」


「えっ……?」


「地底世界は約二千年前に生まれたと伝えられている。この地底の住人たちは竜の子、あるいは竜人と呼ばれるそうだ」


「ちょ、ちょっと待って。もう解読したの?」


 驚いたようにサーシャが訊いてくる。


「まだ半分ほどは解読中だ。まあ、大まかな意味ぐらいはわかるがな」


 魔眼を凝らし、数多の石碑から地底世界の歴史を読み解いていく。


「竜の子……?」


 ミーシャが不思議そうに首をかしげた。


「どうして?」


「彼らの先祖は竜から生まれたそうだ」


「……竜は人を産む?」


「俺とて、初耳だがな」


 とはいえ、竜の生態には謎も多く、莫大な魔力を有している。

 産んだとしても不思議はあるまい。


 その辺りのことがどこかに載っていないか、石碑を読み進める。


「ふむ。書いてあった。竜は人や魔族の根源を食らう。胎内でその根源を新たな生命に生まれ変わらせるということのようだ。竜人はこの地底世界に生きる者たちの総称だが、竜から直接産み落とされた者を特に子竜しりゅうと呼ぶようだ」


 竜の胎内が<転生シリカ>と似た魔法効果を持った、転生器官ということか。


「子竜は竜の力を持ち、また強大な魔力を有する。その竜が食べた根源がすべて束ねられ、一つの命として産み落とされるためだ」


「なんか、とんでもないわね……」


 世代を経る毎に、竜人はその力と魔力を弱める、か。


「今の地底世界に生きる竜人は多くが第八、第九世代のようだ」


 恐らくは第一世代、子竜もどこかにはいるのだろう。

 場合によっては転生している可能性もあるか?


「地底世界には三つの国と一つの聖地、そして天蓋てんがいが存在する。天蓋というのは、空にある大地の傘、つまり地上のことのようだ。神竜の国ジオルダル、王竜の国アガハ、覇竜はりゅうの国ガデイシオラ、この三つの国が絶えず争っている。理由は……ふむ、宗教観の違いか」


 石碑には詳しく載っていないようだが、信じる神が違うだの、宗教の解釈が違うだの、といった理由だろう。


 地上でも宗教同士の争いがないわけではないからな。


「どうして、地底世界では神が身近?」


 ミーシャがそう尋ねる。


「地底世界で行われた、最初の選定審判が原因のようだ。これにより、竜人たちは神の存在を知った。またとある子竜が、その選定審判にて代行者に選ばれた。その者がこの地底に、神と盟約を交わし、召喚するための盟珠めいしゅをもたらしたとされている」


 盟珠は稀少だが、選定の盟珠と違い、選定審判以外でも使われる。


 盟珠により、召喚神を得た竜人たちは、食料が少なく、日も当たらぬ過酷な地底世界を生き延びられるようになった。

 以来、人々は神を崇拝するようになり、やがて三つの宗教が生まれ、それが三つの国に変わった。


 争いが始まったというわけだ。


「しかし、ないな」


 俺が最も知りたかったのは、国のいざこざではなく、この地底世界がいかにして生まれたのか、ということだ。


「誰かがこの地底世界を作ったはずだ」


 これだけの規模の空間、召喚神の力を借りているとはいえ、人が生きていける環境。

 この地底世界を作りあげるのは、この俺とて至難の業だろう。


 神が、秩序がそれを作ったのだとすれば、ミリティアの力に他ならない。

 彼女はこの地底に、姿を現したのかもしれない。


「アノス」


 ミーシャがそう声をかけ、とことこと壁の方へ歩いていった。

 無論、その壁にはなにもない。魔眼で深淵を覗いてもなにも見えぬ。


 だが、ミーシャは迷いなく、その壁に指先を触れる。

 そうして、魔力を送った。


 すると、光がぱっと弾け、壁に文字が浮かび上がった。


「……し……信じられませんわ……!」


 学府の生徒がわなわなと震えながらも、声を発した。


「……エーベラストアンゼッタの秘匿文字は、神の力でも見抜けませんのに……!」


「……どうして、地上の異端者に、こんなことが……」


 神の力でも見抜けぬというのは、あながち大げさでもなさそうだな。

 俺の魔眼にも見えなかったのだから。


「ミーシャ。なぜわかった?」


 彼女は首を僅かに傾けた。


「見えた気がした。なんとなく」


 ふむ。はっきりと見えたわけではない、か。


 元々、ミーシャは良い魔眼をしていたが、その力にますます磨きがかかっているようだな。


 我が配下ながら、末恐ろしいほどだ。


「む、無駄ですよ、異端者っ!」


 黙ってはいられないといった風に、学府の生徒たちが声を上げた。


「エーベラストアンゼッタの秘匿文字は、神の神託です……!」


「序文ですら、信仰なき者に読むことは決してあたわず……!」


「本文に至っては、少なくとも一千年以上、誰にも読み解かれたことがありません。神の言葉を、異端者に解読するなど決してできるものではありません……!」


「下がりなさいっ! そこは、文字も読めぬものが、いていい場所ではありませんっ!」


 ざっと壁に描かれた文字を斜め読みする。


「ふむ。『始まりはこの城、エーベラストアンゼッタより』か?」


 俺が言葉を口にすると、正解だと言わんばかりに壁の文字が蒼白く光った。


「……そ……………………んな…………………………!?」


「……どう……して……神の……言葉を………………!」


「……異端者が…………序文とはいえ……神託を…………」


「いえ、これは悪魔の奸計っ! 私たちの信仰心が、試されているのですっ」


 生徒たちは跪き、神にすがるように祈りを捧げる。


「……というか、なんで読めるのよ? さっきの文字と全然違うでしょ?」


 サーシャが呆れたような目で俺を見た。


「一度、ミリティアに訊いたことがあってな。神族が使う文字はいくつあるのかと。これはその内の一つ、古神こしん文字だ」


「神族なら読める?」


 ミーシャが尋ねる。


「読めるだろうが、教えてはくれぬだろうな」


 俺はそこに記されたある記号を指さす。


「これは神が神に宛てた文という意味だ。神族はこの文字がある場合、その文章の意味を人に教えることはない」


 神を召喚しても、よほどのことがなければ、これを解読してはくれぬだろう。

 古神文字には魔力が伴う。いかに説明されようと、本来、神の眼を持ってしか読めぬ文字だしな。


 それゆえ、読み解かれたことがないというわけだ。


「――そこは無限の夜、永遠の無――」


 俺はその文章を読んでいく。



 ――遙か地底に、神の城が生まれた――


 ――始まりなき夜を、せめて優しく照らせるように――


 ――地上に日は昇らず、滅びは訪れない――


 ――生命は生まれず、世界は止まる――


 ――大切なのは秩序か、人か――


 ――答えは、あなたが知っている――


 

 ――あなただけが、知っている――


よその国の宗教観をそんなにぶち壊してはいけないのです……。

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― 新着の感想 ―
信者一人のかませ力が凄い!笑
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