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神代の学府エーベラストアンゼッタ


 アルカナに案内されたのは、神代の学府エーベラストアンゼッタの中央。

 そこは、真っ白な一室だった。


 円形の空間に、均等に八つの座具が設置されている。そこへ天井から降り注ぐ光がヴェールのようになり、白く目映く輝いていた。


 また一席だけ、なんの光も灯さぬ座具がある。

 八つの席の後ろには、傍聴席といった具合に、階段状になった席が設けられていた。


「ここは聖座の間です」


 後ろからアヒデが歩いてきた。


「聖座とは、神の代行者になり得る資格を持つ者、すなわち選定者の座する場所を意味します。この八つの席が、聖座と呼ばれるものです」


 聖座を照らす光のヴェールの向こう側に人影が浮かんでいる席が三つある。残りの四つは、誰もいないのか、なにも見えない。

 光のヴェールの効果か、魔眼を凝らしても座っている人物の顔も魔力も見えてはこない。神族の秩序に近い力だ。


「選ばれし者が神と盟約を結ぶとき、その聖座に座する資格を得ることができます。その空席は、あなたのものです。不適合者、アノス・ヴォルディゴード」


 アヒデは光を灯さぬ聖座を指した。


「まだ盟約を交わしていないとはいえ、あなたも神に選ばれし者。そこに座し、選定審判への列席を<全能なる煌輝こうき>エクエスに誓いなさい。大いなる光に聖座は照らされるでしょう」


 俺はゆるりと聖座へ歩を進める。

 それを一瞥すると、座ることなく、アヒデを振り向いた。


「あいにく、俺はエクエスなど信じてはいなくてな。選定審判にも神の代行者にも興味はない。訊きたいことを訊いたら、帰らせてもらうぞ」


 殺気立った目で、アヒデが俺を睨んでくる。


「畏れを知らぬ異端者風情が」


 声を発したのは別の人物だった。


「神聖なる選定審判を貶めるつもりか」


 憤りをあらわにしているのは、聖座に座った男であった。

 光のヴェールに隠され、正体はわからぬが、なかなか体格は良さそうだ。


「そんなつもりはない。<全能なる煌輝>エクエスとやらが存在すると信じるのは自由だ。それを否定はせぬ。ただ、俺が信じるものは別にあるというだけのことだ」


 口にした途端、激昂するようにその男は叫んだ。


「それが、我が神を貶めているというのだ、この異端者めがっ!!」


 冷めた目で俺はその人影を見返した。


「話にならぬ。ものを言いたいのならば、姿ぐらいは見せてからにすることだ。どこの誰かもわからぬ輩がわめいたところで、小鳥のさえずりでしかあるまい」


 ダンッと足音を立て、人影が立ち上がる。

 彼が右手を切るように横に振れば、光のヴェールが剥がされた。


 あらわになったのは、スキンヘッドの筋骨隆々とした男だった。

 アヒデの纏った法衣に似た服を着ており、その上に鎧をつけている。人差し指には同じ指輪があった。


「ワシの名は、ガゼル・アプト・アゲイラ。神竜の国ジオルダルの聖騎士にして、八神選定者が一人、聖者の称号を賜わりし者なりっ! 不適合者アノス・ヴォルディゴード。貴様に神の救済をくれてやろう」


 足を踏みならすように一歩踏み込み、ガゼルがぎろりと睨んでくる。


「ふむ。救いならば間に合っているが?」


「異端者の言葉など聞く耳持たんわっ!」


 ガゼルは指輪を掲げる。そこに魔力が集った次の瞬間、ひらり、と一つの雪月花が、舞い降りてきた。


 彼は我に返ったように、アルカナを見た。


「エーベラストアンゼッタでも、聖座の間においては不戦の盟約が結ばれている」


「これは戦いではなく、救済なのだ」


「竜の子よ。言い方を変えればいいというものではない。神は正しく、あなたを見ている」


 ぎりっと奥歯を噛み、ガゼルは言った。


「<全能なる煌輝こうき>エクエスの御心のままに」


 彼は聖座に座り直し、俺に見下すような視線を飛ばす。


「アヒデ、説明を」


 アルカナの言葉に、彼はうなずく。


「不適合者、アノス・ヴォルディゴード。あなたの聞きたいこと、選定審判について説明して差し上げましょう。聖座に座す気はないというのでしたら、そのままお立ちになっていればよろしい」


「そうさせてもらおう」


 アヒデは、聖座に座っている残り二つの人影に声をかける。


「お二方も、それでよろしいでしょうか?」


 異論ないというように、人影はうなずいた。

 どうやら、ここにいる選定者は半分の四人だけのようだな。


 アヒデは俺に向き直り、厳粛な雰囲気を漂わせながら、言葉を紡いだ。


「神はこの世の秩序であり、<全能なる煌輝こうき>エクエスが差し伸べた救いの手であります。しかし、ときとして、その神が、秩序が、失われるときがやってくる。だが、それは新生の機会に他ならない。失われた神の座を埋めるべく、この世のあらゆる生命から選ばれし、神の代理たる、代行者が現れるのです」


 ふむ。代行者は、滅ぼされた神の代わりというわけか。


「<全能なる煌輝こうき>エクエスは、生きとし生けるものに神へ至る機会を与えたもうた。それは我々にとっての光であり救済、エクエスの慈悲の心に他ならないのです」


 果たして、本当にそうか?

 神が人に慈悲を与えたというのは定かではないな。


 俺が破壊神アベルニユーをデルゾゲードに変えたことで、破壊の秩序は失われた。

 それを他の神々が補ったが、秩序は完全には元に戻らなかった。


 元に戻せぬのがまた秩序であり、神は秩序であるがゆえに、自らの力だけではどうにもならぬ。

 そのため、神以外の生命を使い、秩序を元に戻す、ということなのかもしれぬな。


「その代行者の候補を、八神選定者と呼びます。八神選定者は、選定の神によって、相応しい者が選出されます。選ばれた選定者は、神と盟約を交わす――」


 アルカナが手をかざすと、一片の雪月花が俺の目の前に舞い降りてくる。

 それは仄かに光りを放ち、ある宝石に姿を変えた。


 透き通った黒石。その黒石の中心には紅い石があるが、光を灯してはいない。

 

「それは、選定の盟珠めいしゅと呼ばれるものです。盟珠とは、古来より、人と神が盟約を交わす際に、用いられた魔法具です。選定の盟珠はその中でも特別なもの。選定の神のみに創ることが許され、八神選定者にのみ与えられます。神との盟約が成立すれば、その盟珠は火を灯し、光り輝くでしょう」


 俺は盟珠を手にする。

 アヒデの指輪につけられたこれが光を放っているのは、中心の紅い石が火を灯しているからか。


「神と盟約は交わす方法は?」


「盟約の内容は神により異なりますが、共通しているのは一つ。神を信じると誓うことです。後は神が導いてくださるでしょう」


 神を信じるか。

 そんな縁が、そうそうあるとも思えぬな。


「選定者は盟約により、神の力を手にする。そして、その神と共に来たるべき聖なる審判のときを待つ。それこそが、選定審判。八名の選定神が、この世の秩序となるに相応しい代行者を選定するのです」


「ふむ。一つ疑問があるのだが、八名の選定神のうちどの者かが、俺を選定者に選んだのだろう?」


 俺の問いにアヒデはうなずく。


「だが、俺は選定神を名乗る神には会ったことがないぞ」


「あらゆる神は、選定者を選ぶことで選定の神となる資格を有しています」


 なるほど。そういうことか。


「つまり、俺を選んだ神は、その時点ではまだ選定神ではなかったということだな」


「ええ、あなたを選び、初めて選定の神となられました。今、あなたの前に姿を現さない理由はわかりませんが、神には崇高なる想いがあります。不適合者という称号をお与えたになったということは、異端者であるあなたが、神の偉大さに気がつくための試練を課された、ということも考えられるでしょう」


 たとえば、ミリティアが俺を選んでいたならば、彼女は創造神であるとともに、選定神にもなるというわけか。


 問題は、その俺を選んだという神がなぜ姿を現さぬのか、といったところだな。


 あるいは、そいつは味方ではないのかもしれぬ。

 選定審判に巻きこみ、そのどさくさに紛れて、俺を滅ぼそうとしている可能性もあるだろう。


 もう一つは、俺の記憶が完全ではないということか。

 単純に忘れているだけかもしれぬ。


「少なくとも、あなたが神に選ばれたのは事実。その聖座には、あなたの名とあなたの選んだ神が授けた不適合者の称号が刻まれています」


 聖座には確かに俺の名が刻まれている。

 不適合者の称号も。


「選定審判でのいざこざで、神が滅びることもあるだろう。秩序が失われれば、問題なのではないか?」


「選定審判に関わる神が滅びることはなく、ゆえに秩序が失われることもありません。選定の盟珠が、盟約により、その秩序を維持するのです」


 俺を手にした盟珠を見つめる。

 なかなかどうして大層な代物のようだな。


「大体わかった。だが、やはり選定審判などに興味はわかぬ。むしろ、代行者など生まれてもらっては困るな。せっかく、この世から破壊の秩序を奪いさったのだ」


 そう考えれば、この選定審判を潰させぬために、神はあえて俺を選定者にしたのかもしれぬな。

 代行者になろうとしている者をすべて滅ぼせば、俺が代行者に祭り上げられてしまうのだろう。


 神の力でも俺を滅ぼせぬと知り、逆に俺を神にしてしまおうとでも考えたか?


「望む望まぬとも、関係のないことです、不適合者アノス・ヴォルディゴード。選ばれた以上、あなたが取るべき道は二つに一つ。審判のときを待ち、信仰の道を歩むか。それとも、神に背を向け、滅びるかです」


「つまり、こういうことか? 神が選んだのだから、辞退は許さぬ、と」


 厳粛にアヒデはうなずいた。


「その通りです。神とはすなわちこの世の秩序。逆らうことなど、誰にもかないません。あなたの意志など、神の前ではちっぽけなものなのです」


「人でありながら、まるで神のようなことを言うものだ」


 選定審判の大まかな概要は理解できた。

 神がかかわっているのだから、十中八九ろくなことにはなるまい。


 この地底世界だけの揉め事だというのなら捨ておくのだが、アヒデが勇者学院に潜入していたのは、選定者である俺に接触するためだけとは思えぬ。


 もし、そうならば、わざわざ勇者学院の生徒になる必要などないのだからな。


「それと、忠告しておきます。神を見つけ、盟約を交わすまでは、ガエラヘスタから出ない方がよろしい。ただし、このエーベラストアンゼッタには留まらない方がいいでしょう」


「ほう。なぜだ?」


「エーベラストアンゼッタでは、この聖座の間を除き、不戦の盟約が働きません。ここは、選定者たちが己の信仰を示すための場ですから」


 エーベラストアンゼッタの中にいる限り、聖座の間以外では、いつでも戦ってよい、ということか。

 

「あなたはここにいる選定者に素顔をさらしてしまった。まだ神と盟約を交わしていないことも、明らかにした。不戦の盟約の結ばれたこの聖都を出れば、絶好の獲物でしかありません」


 選定者は誰もが、盟約を交わした神を召喚することができる。

 神と盟約を交わしていない俺を滅ぼすのは容易いということか。


 確かに、選定審判の仕組み上は、相手の戦力が調わぬうちに潰しておくのが定石だろうがな。


「お前の頭はつい先日のことも覚えていられぬのか? その俺に一蹴されたのは誰だった?」


 アヒデは動じず、言葉を返した。


「あなたが神と盟約を交わしていないのならば、先日のことは簡単に説明がつきます。つまり、あなたは他の選定者と同盟を結んでいる。その選定者の神の力を、あなたは使っていたというわけです」


 すべてお見通しだと言わんばかりだな。


 まあ、仕方のないことではある。

 神以上の力を持っている者が存在すると考えるより、神の力を借りていると考えた方が、可能性が高いのは事実だからな。


 誰しも己の常識以外のことは、思いつかないものだ。

 現にこの俺とて、選定審判などというものがあるなど想像もしていなかった。


「あなたの同盟相手がここにいるのかどうかは、定かではありませんが」


 アヒデは聖座に座す選定者たちを牽制するように言う。


「しかしながら、そのタネが割れてしまった以上、あなたの同盟相手が慎重を期するのは当然のことでしょう。選定者が目を光らせるこの状況で、あなたに神の力を貸すとは考えられません。くれぐれもご注意なさることです」


 しかし、親切なことだな。

 敵である俺に、そこまで説明するとは。


 あくまでこれは神の審判であって、戦いとは違うというわけか。

 もっとも、アヒデが馬鹿正直なだけといった可能性もある。


「もう一つ尋ねたいのだが、この地底世界はいつ、どういう経緯でできたのだ?」


「選定審判には無関係のこと。異端者にお答えする義理はありません」


「ふむ。まあいい。ここが学府だというなら、歴史書の一つや二つあるだろう」


 そう口にすると、アヒデが西側の階段を上がった先に置かれた固定魔法陣を示す。


「あの魔法陣は、この学府の一三階につながっています。そこは過ぎ去りし記憶を遺した石碑の間。この世界の成り立ちが記されています」


「それは異端者に答えていいのか?」


「エーベラストアンゼッタの説明でしたら」


 ふむ。面倒なことだな。


「しかし、この聖座の間以外において、不戦の盟約は成り立ちません」


「それは先程も聞いた。行くぞ、ミーシャ、サーシャ」


 二人はこくりとうなずいた。


 俺は踵を返し、彼女たちと共に階段を上り、固定魔法陣に乗った。

 魔力を込めれば、風景が溶けていった。

 

 次の瞬間、広い一室と、そこに敷きつめられるように置かれた夥しい数の石碑が視界に映った。

 石碑の前には所々、制服を纏った者たちの姿がある。


 この学府の生徒だろう。

 どうやら、石碑に刻まれた文字を解読している最中のようだ。


「ふむ。知っている字ならば、いいがな」


「……うーん、可能性は低い気がするわ。いくら先祖が同じかもしれないからって、地上とは別の文化でしょ?」


 サーシャがそう口にすると、隣でミーシャがこくこくとうなずいていた。


 ともあれ、誰もいない石碑の前まで歩いていく。

 それに視線を落としてみれば、案の定、知らぬ文字だ。


「――枢機卿の忠告を無視するとは、どこまでも愚かな、異端者よ」


 背後から声が響く。

 先程、俺に因縁をつけてきた、スキンヘッドの聖者ガゼルだった。


「まあ、いくつか読めば、法則性もわかるだろう」


「ていうか、後ろ。後ろ、無視していいわけ? なにか言ってるわ」


「礼儀も知らぬ奴の言葉に、耳を貸してやる義理はない」


 言った瞬間、ガゼルが俺の肩をつかんだ。


「神の救済を受けるがいいっ。この異端者めがっ!!」


「ああ、そこをどけ。邪魔だぞ」


 振り向きざまに、ガゼルの手を軽くふりほどく。


「ぬおっ……なっ……! ごほっ、おっ、おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!」


 奴は後方に吹っ飛んでいく。

 ドンッ、ガシャ、ガラァンッと石碑を四つほどなぎ倒し、五つめでようやく止まる。


 きゃあああぁぁぁっ、と学府の生徒たちから悲鳴が上がった。


「ぐむぅ……。お、のれぇ……聖者たるこのワシの、聖なる血を流させるとはぁ……!」


 血を吐きながらも、ガゼルは憤怒の形相を浮かべた。


「……なんという罪深き者か……! 神の許しを請うがいい……異端者め……」


 よろよろと立ち上がりながらも、ガゼルは俺に殺気を向ける。


「ガゼルと言ったな。やるならやるで構わないがな」


 数歩、奴に向かって歩いていき、視線を飛ばす。


「さっさと神を喚べ。お前では一秒ももたんぞ」


どんな神が出てくるんでしょうねぇ……。

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