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聖都ガエラヘスタ


「変な音がする」


 ミーシャが言った。

 キィィィンッと微かに、高く不快な音が耳に響き始めていた。


 眼前には、淡く白々とした光が見える。


龍鳴りゅうめいだ。竜たちが喉から発する特殊な魔力音波でな。鳴き声により、竜域という特殊な魔力場を作りあげる。竜域りゅういきの中ではあらゆる魔力が隠され、魔眼の力が減衰する。巣を隠すためのものだ」


 もっとも、これだけ近づけば、竜鳴が聞こえてしまうため、逆に竜がいるのが丸わかりだがな。

 あくまで地上から巣を隠すのが目的のものだ。


「竜の巣が近いってこと?」


 サーシャが尋ねる。


「そのようだ」


 口にした途端、先導するように掘り進んでいた竜がぐんと加速した。

 竜は翼を大きく広げる。掘る必要がなくなったのだ。地中に空洞ができている。


 魔眼を凝らすが、竜鳴が邪魔をして、その先を見通すことができない。


「なにがあるかわからない」


 ミーシャが俺と同じく魔眼を向けながら言った。


「あの竜を追いかけるしかあるまい」


 翼を固定し、滑空するように落下する竜は更に速度を上げた。


「ちょっと……速すぎるわ……」


「……ん……」


 竜の飛行速度についていけず、二人が徐々に遅れ始める。

 俺は<成長クルスト>で一六歳相当まで成長すると、両手を伸ばした。


「つかまれ」


 サーシャとミーシャが俺の手を握る。


「離すな。飛ばすぞ」


 魔力を込め、<飛行フレス>を更に加速させる。

 遠ざかった竜の姿が、みるみる近づいてきた。


 竜は魔力の粒子を撒き散らすかのように、翼を大きくはためかせた。

 降下し続けていた巨体にブレーキがかかり、やがて停止する。


 俺たちが竜のもとへ辿り着いたそのとき、視界が一気に開けた。

 周囲を覆っていた土の壁が綺麗になくなったのだ。


「なによ、これ……?」


 サーシャが驚いたように眼下を見つめる。


 遙か下方に、緑が見えた。川がある。山がある。沼地や、砂漠、荒れた大地や、肥沃な土地がある。


 そこは地上とは違い、どこか異質だ。

 青い空はなく、天は固い大地にフタをされるように閉ざされている。


 だが、その下には、地上とさして変わらないような人の住める広大な世界が広がっていた。


「見て」


 ミーシャがある一点を指さす。


 そこにあるのは、街だった。

 様々な建物が大きな円を描くように建てられている。その中心には、かくも巨大な城があった。古く、荘厳で、魔力に満ちた城である。


 その城が、デルゾゲードと同じく、立体魔法陣であることはすぐにわかった。


「……地面の向こう側に、こんな場所があって、街が作られてるなんて……」


 サーシャが呟く。

 ここが、アルカナの言っていた地底世界なのだろう。


 二千年前、竜の巣を調べたことは何度かあった。

 だが、そのときは、どれだけ掘り進めようと、こんな場所には辿り着かなかった。


 ざっと見回したところ、少なくとも、アゼシオンとディルヘイドを合わせたぐらいの広さはあるだろう。

 いくら竜域で魔眼が通らぬとはいえ、神話の時代からあったのならば、見つけられぬはずがない。


 これだけの規模の世界、いくら二千年経ったとはいえ、自然に発生するとは思えない。

 神の秩序という名の自然ならば、あり得ることだろうがな。


「キュウゥエェッ……!」


 竜の鳴き声が響く。

 見れば、その緑竜は、翼をはためかせながら天にある大地の穴の前に浮かんでいる。

 

 そこから、淡く白々とした光が漏れ、地底を照らしていた。

 竜の巣なのだろう。竜たちの鳴き声が共鳴し合い、目映い光をこの世界にもたらしているのだ。


 この場所だけではない。

 天の大地には至るところから白々とした明かりが漏れている。


「ふむ。もう帰ってよいぞ」


 竜から視線をそらし、背を向ける。

 すると、竜は俺が敵意をなくしたと悟り、天の大地に開いた穴――竜の巣の中へ帰っていった。


「行ってみる?」


 ミーシャが小首をかしげ、俺の顔を覗き込んでくる。


「門前払いを食らわねばいいがな」


 地底に見える街中へ向かい、俺たちはゆっくりと降下していく。

 次第にその街並みが、魔眼を使わずともはっきりと見えてきた。


 人が歩いている。街はざっと見たところ、ミッドヘイズと同じぐらいの広さか。だが、住んでいる人の数は少ないように思える。

 彼らが身につけているのはアルカナが着ていた服に似た、異国の装束である。


 俺たちに、さして注意を向けていないところを見ると、空からの来訪者は特に珍しくもないようだな。

 まあ、あの男、アヒデも、かなりの魔力を有していた。空を飛べなければ、地上に出ることもできないだろう。


「しかし、ここの住人の魔力の波長は、人間や魔族に似ているな」


 アヒデは人間を装っていたと思ったが、元々、魔力の波長が近かったか。


「どちらかと言えば、混ざっている。半人半魔に近い。完全に同じではないがな」


「地底世界の先祖は、地上から来た?」


 ミーシャが俺に視線を向ける。


「そうかもしれぬ。遙か昔に魔族や人間がこの地底世界にやってきて、国を築いた。だが、地上の者がここを見つけたのだとすれば、歴史書に残っていても不思議はないはずだがな」


 少なくとも、地底世界のことは地上の者は誰も知らなかった。

 彼らの先祖が魔族や人間だとして、どうやって一切の痕跡を残さず、この地底にやってきたのか。


「大昔にこっそりやってきて、地上の人には知られないまま国を作って、ひっそりと暮らしてたってこと?」 


 サーシャが不思議そうに訊いてくる。


「さてな。なにか別の経緯があるのかもしれぬ」


 そのまま降下を続け、何事もなく、俺たちは地底世界の大地に降り立った。


「迎撃されるかと思ってドキドキしたわ」


「確かにな。話し合いもままならず、この街を火の海に変えるのは俺の本意でもない」


「……なんの心配してるのよ…………」


 俺は目の前にあった建物に触れる。

 その素材は、石でも、木でも、鉄でもない。


「竜の骨?」


 ミーシャが小首をかしげて、訊いてくる。


「そのようだ。よくわかったな」


「なんとなく」


 竜を見たのはついさっきが初めてだろうに、相変わらず良い魔眼をしているものだ。


「ねえ。ところでここ、アノスが行きたがっていたガエラヘスタなのかしら? それとも、他の街?」


「それがわかれば、話は早いがな。誰かに案内してもらいたいところだが、あいにくと地底に知り合いなどおらぬ」


 ふと視線を感じ、俺は振り向いた。

 

「いや――いるにはいたか」


 路地の隙間に魔眼を向け、俺は声を飛ばした。


「先日のことといい、ずいぶんと尾行が好きなようだな」


 すると、路地から一人の男が姿を現す。

 長身で、長く伸びた前髪が片目を隠している。


 神竜の国ジオルダル枢機卿、アヒデ・アロボ・アガーツェだ。

 奴は無言で俺の前に立った。


「ふむ。また選定審判とやらを始めるつもりか?」


「残念ながら、聖都ガエラヘスタは神の名のもと不戦の盟約が結ばれた地。ここでは、いかなる争いも認められてはおりません。この聖地で選定審判が行える場所はただ一つのみ」


 聖都ガエラヘスタか。

 どうやら、最初に目的の街へ来られたようだな。


「では、ついでといってはなんだが、神代かみしろの学府エーベラストアンゼッタがどこにあるか教えてくれないか? そこで選定審判のことを説明してもらえると聞いたのでな」


 俺の言葉を無視するように、アヒデは踵を返して歩いていく。

 ふむ。まあ、仕方あるまい。自力で探すか。


「これから、エーベラストアンゼッタに向かいます」


 そう言って、アヒデは足早に歩いていく。

 俺は彼の後を追った。


「我が選定の神、アルカナより神託を賜りました。あなたは選定審判のことを知らない、と」


「ふむ。しかし、いいのか? お前は俺のことを異端者と呼んでいただろう」


「あなたが異端者なればこそ、神の教えを知る機会を奪うわけにはいきません。悔い改めた者に、<全能なる煌輝>エクエスは、救いの手を差し伸べるのです」


「ほう。なかなかどうして、宗教家というのも難儀なものだな。神の教えによって、昨日殺そうとしたものを、今日は助けなければならぬということか」


「人の浅はかな考えでは、神の御心を推し測ることはできません。心を委ねたとき、<全能なる煌輝>エクエスの真意を知るでしょう」


 アヒデはそう口にし、足早に歩いていく。

 彼の後ろに続き、やがて、辿り着いたのは、空から見た一際大きな城である。


「ここが神代の学府エーベラストアンゼッタ、神より賜った聖なる城です」


 アヒデが一歩前へ出ると、大きな正門がひとりでに開く。


 その向こう側に立っていたのは、銀髪の少女。

 選定神アルカナだった。


「ようこそ、エーベラストアンゼッタへ。選定の神に選ばれし、不適合者アノス・ヴォルディゴード」


 淡々と、けれども、厳粛に、彼女は言った。


「これから、選定審判と、あなたが神と盟約を交わす方法について説明する」


 アルカナはくるりと身を翻す。


「ついてきて。他の選定者も待っている」


 彼女はエーベラストアンゼッタの奥へ去っていった。


地底世界には謎が多い。

そして、待ち受けるは、どんなかませか――。

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― 新着の感想 ―
かませが確定しているというね笑
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