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熾死王の体育


 エノラ草原。

 ガイラディーテより、南西六〇キロ地点に位置するだだっ広い野原である。


 草花の緑で溢れ、手つかずの自然が広がるその場所に、魔王学院と勇者学院、両校の生徒たちが集っていた。


 生徒たちの前には三人の教師がいる。

 エールドメード、シン、エミリアだ。


「では、オマエら、今日は竜討伐に向け、体育の授業を行うぞ。体術は一朝一夕で向上するものではないが、竜と戦うにもそれに相応しい身のこなしというものがある。それを学習すれば、討伐も容易になるのだ」


 エールドメードが杖をくるくると回転させ、地面につく。


「まずは、追いかけっこといこうではないか」


 すると、勇者学院の方からため息が漏れた。


「んだそりゃ? 竜っていう化け物を討伐しなきゃならないってのに、追いかけっこたぁ、悠長なもんだよな」


 ラオスが気怠げにそう口にする。


「ほんとほんと、もうちょっとまともな授業をやると思ってたから、拍子抜けだよね」


 ハイネが嘲笑するように言い、レドリアーノが眼鏡をくいっと上げた。


「基礎が大事というのもわかりますが、10日間で竜が討伐できるペースとは思えませんね。もう少し、厳しい授業にしてもらえると助かるのですが?」


 文句を口にした三人の勇者を、エミリアがキッと睨みつける。


「ラオス君、ハイネ君、レドリアーノ君。あなたたちは、静かに授業を聞くこともできないんですかっ?」


「エミリアには言ってないって」


「先生をつけなさいっ!」


 ハイネは「はいはい」と口にして、エミリアを小馬鹿にするように手をひらひらと振っている。


「構わんぞ、エミリア先生。カカカッ、なかなか勉強熱心ではないか」


 エールドメードがそう言うので、エミリアは渋々といった風に引き下がる。


「ならば、オマエら。三人であの一本杉まで走ってこい。魔法を使わず、三分で到着できたならば、より厳しい授業を課してやろうではないか。どうだ、ん?」


「三分? おいおい、俺らを人間だからってあんまり甘く見るなよ? 三分なんざ、余裕じゃねえの」


 ラオスが笑い飛ばすかのように言う。

 熾死王はシルクハットを外し、そこから砂時計を三つ取り出す。


「では、この砂が落ち切れば刻限だ」


 宙に浮かべた砂時計をくるりとひっくり返し、彼は言う。


「行きたまえ」


 すると、レドリアーノたちは一本杉に向かって、やる気なさげに駆け出した。


 そうはいっても、勇者学院でこれまで体を鍛えてきただけのことはあり、並の人間に比べれば数段速い。


 ものの一〇秒ほどで、彼らは半分の距離を走破した。


「はっは、もう歩いたって間に合うんじゃねえの?」


「こんな簡単な運動をさせて、なにがしたいのかなぁ、魔王学院は」


 そのとき、ドゴオォォォォンッと地面が爆発した。

 

「なっ――」


「う、あ・ああああああぁぁぁぁっっっ!!」


 駆けていた三人の真下から、突き上げるような勢いで現れ、空を舞ったのは、鋭利な角と巨大な翼、そして頑強な鱗に覆われた緑色の竜である。


 全長が三〇メートルにもなろうかというほどの巨体が、翼をはためかせ、空に浮かんでいる。


 地中から加速をつけ、一気に地上へ現れる竜の猛突進に、吹っ飛ばされたレドリアーノたちは、無残に地面を転がっていた。


 全身が血みどろになっており、最早息をしていないだろう。


「……はっ、ハイネ君っ? ラオス君っ? レドリアーノ君っ……!?」


 エミリアが心配そうに声を上げる。

 すぐさま、彼らに駆けよろうとしたが、しかし、上空からの竜の瞳にぎろりと睨まれ、足が竦んだ。


「カッカッカ、昨日、調べておいたのだが、この辺りは竜の巣が近い。迂闊に奴らを刺激すると、飛び出してくるから注意するといい」


 狙い通りとでも言わんばかりに、エールドメードが笑う。


「ど、ど、どういうことですかっ、エールドメード先生っ? 今日の体育は追いかけっこで身のこなしの修練を積むという話じゃ……?」


「その通り。今日は竜との追いかけっこだ! どれだけ言って聞かせ、模擬訓練をしたところで、実戦はそう思うようにはいかない。ならば、手っとり早く、竜の脅威を体感すればいいではないかっ!」


 ふむ。竜と追いかけっこをするうちに、それに対処する身のこなしを体に覚えさせていくというわけか。

 なかなかどうして、理に適っている。


「……命がいくつあっても足りませんけど……」


「そう心配するな」


 エールドメードが言うと、宙に浮かんだ砂時計が魔力の光を発した。

 連動するように、ラオス、ハイネ、レドリアーノの体に光が集い、傷が癒され、蘇生される。


「な……なにが……?」


「……わかりません……」


 死んだのはこれが初めてなのだろう。

 三人は呆然と顔を見合わせた。


「この<熾死の砂時計>の砂が落ちきらない内は、何度殺されようと蘇る。死にたくなければ、戻ってきて、これをまたひっくり返すことだ」


 エールドメードが言った瞬間、羽ばたいていた竜が、角を地上へ向け、急降下した。

 レドリアーノたちは必死に回避を試みるも、弾き飛ばされて、再び死んだ。


 竜はそのままの勢いで、再び地中に帰っていった。


「ああ、ただし、くれぐれも忠告しておくが、食われるなよ。食われれば、根源ごと消化され、二度と蘇ることはない」


 <熾死の砂時計>が光り、再び彼らは蘇る。

 それは敵に使えば命を奪う呪いに、味方に使えば命を救う加護に反転する表裏一体の魔法具なのだ。


「ちっきしょうっ……ふざけやがって……!」


「なにが追いかけっこだよ、ぼくたちに死ねっていうのかっ!」


 砂時計の砂が落ちきりそうなのを見て、焦りながらもレドリアーノたちはこちらへ戻ってくる。そうして、寸前のところで、砂時計をひっくり返した。


「この通り! 竜を相手にするなら、追いかけっこでさえも命がけだ!」


 意気揚々とエールドメードは言ったが、生徒たちは怖じ気づいたような表情を浮かべている。


「では、シン先生、一つ見本を見せてくれるかね?」


「わかりました」


 シンはまっすぐ一本杉に向かっていく。


「竜は魔眼で地上の生物を捕捉しているのではなく、起こる震動を感知しています。そのため、静かに走れば、そう簡単にはこちらの位置をつかむことができません」


 <思念通信リークス>で生徒全員にシンの声が飛んだ。

 彼が走り出すも、先程と違い、竜が飛び出してくる気配はない。


「すると、次第に竜は上の様子が気になり、地上近くまで上ってくるのです。そのとき、巨体によって、僅かに地面が震動します。それを足裏で察知すればいいでしょう」


 魔眼を凝らせば、シンが走っている周辺が僅かに揺れたのがわかった。


「震動が大きくなり、地上付近まで竜が上ってきたのを察知すれば、逆に足音を大きくして、誘い出すのも手です」


 ダンッとシンが足を鳴らす。

 次の瞬間、ズゴオオォォンッと音を立てて、竜が地中から上空へ飛び出してきた。


 シンは目にも止まらぬ速度で、後退し、その突撃を容易く避けていた。


「来るのがわかっていれば、避けるのは容易い。上空に飛んでいる間に、下をくぐりぬければ、すぐ一本杉まで辿り着きます」


 あっという間にシンは、一本杉に到着していた。


「これは、できればではありますが」


 シンが上空を睨む。

 竜が彼を睨み返そうと、その体躯を捻った瞬間、羽ばたきが止まった。


 うっすらと竜の首筋に赤い線が滲む。血だ。


 頭を垂れるように、竜の頭がだらりと下がり、そしてそのまま巨体と切り離されて、ぼとりと落ちた。


「竜が飛び出してきたタイミングで、ついでに攻撃を加えておくとよいでしょう」


 ドオオォォンッと竜が地面に落下すると、その震動に誘われたか、地中から三匹の竜が勢いよく飛び出してきた。


「「「ガアアァァァァァッッッ……!!!」」」


 今度は空にまでは浮き上がらず、地上で威嚇するように、竜はこちらの生徒たちを睨んでいる。

 

「カッカッカ。わかったか? では、オマエら、命がけの追いかけっこの始まりだ」


 エールドメードがシルクハットを投げると、その中から<熾死の砂時計>が次々と落ちてきては、宙に浮かぶ。


 それは生徒全員の数だけあった。


「行きたまえ。全員、一本杉まで辿り着けなければ、今日の授業は終わらないぞ」


 熾死王の台詞に、両校の生徒たちは、やはり怖じ気づいたままだった。


「マジかよ…………」


「ていうか、シン先生の真似、絶対不可能なんだけど……」


「で、でも、とにかく逃げて、一本杉までいけばいいんだよね? 砂時計があれば、回復はしてもらえるんだし……」


「そうは言うけど……食べられたらおしまいなんだろ……」


 どうやら、さすがに踏ん切りがつかぬようだな。


「ふむ。先に行ってくるとしよう」


「……って、別にアノシュはやらなくてもいいんじゃない?」


 サーシャが言う。


「なに、少々試してみたいことがあってな」


 そう口にし、俺はゆるりと三匹の竜が待ち構えているところまで歩を進める。


「あっ、見て見て、アノシュ様が行くみたいだよ?」


「がんばってー、アノシュ様ーッ!」


「天才少年っ!」


「アノシュ様ーっ! こっち向いてー」


 ファンユニオンたちからの声援に応えるため、俺は振り返って片手を上げた。

 その隙を逃さず、先頭の竜が地響きを鳴らしながら、猛突進を仕掛け、勢いよくかぎ爪を振り上げた。


「あっ、アノシュ様ーっ! 後ろっ!!」


「グオオオオ――オ……」


 一睨みしてやれば、竜はかぎ爪をピタリと止めた。


「分を弁えよ、害獣」


 俺が魔眼を光らせた、その瞬間、「ク、クオォォン、クオォォン」と可能な限りの猫撫で声を上げ、竜は自ら仰向けにひっくり返った。


 そいつは降伏の意を示すかのように腹を見せている。


「っはあぁぁぁぁぁっ!?」


 と、ハイネが驚愕したような声を上げる。


「っんだそりゃ、睨んだだけで、あの竜って化け物が、降伏したっつーのか……?」


 ラオスは信じられないといった風に俺を見つめる。


「あれ……? 意外と竜って、大したことないのかな? 図体だけとか?」


「……わかんないけど……あれは、なんか、ちょっと可愛いよね」


「俺たちにもどうにかなるのか……?」


「いやいや、寝ぼけてんなよっ。さっきの三人が無残に死んだの見たろっ! やべえのはアノシュだって!」


 竜の力を体感していない生徒たちからは、そんな感想が漏れる。


「……どうしよう、これってあれだよね……?」


 エレンが深刻そうに言う。


「……あんた、またなにか変なこと考えたの……?」


「へ、変なことじゃないよっ。分析分析っ!」


「あ、そう……。で、なによ?」


 エレンが目をキランッと輝かせる。


「アノシュ様があんまり可愛いから、目が合っただけで、竜が恋に落ちちゃったんだよっ!!」


「ちょっと待って……じゃ、あのお腹を見せたポーズって……?」


「抱いてってことかもっ!」


「種族の壁、軽く超えちゃったっ!?」


 なにやら後ろが騒がしいが、まあ、いつものことだろう。

 指先で竜の頭に<思念通信リークス>を送る。


 言葉は解さぬだろうが、竜はそれほど知能が低くない。

 思念ならば、ある程度は通じるだろう。


 ――お前の巣に案内せよ――


 途端に竜が身を起こすと、自らが空けた穴の中へ突っ込んだ。

 <飛行フレス>の魔法を使い、俺はその後を追いかけていく。

 

 竜は地中をその角と魔力でぐんぐん掘り進む。


「アノシュー、ちょっと待ちなさいよっ」


 振り向けば、サーシャとミーシャが、<飛行フレス>で追いかけてきていた。


「どこへ行く?」


 追いついてきたミーシャが尋ねる。


「昨夜、話しただろう。神代の学府エーベラストアンゼッタは地底世界にある。それを確かめておきたくてな」


 地底世界に、神の都ガエラヘスタがあるとアルカナは言った。

 俺が知らぬということは、転生した後に生まれた世界なのだろう。


 それと、アルカナを召喚したアヒデ・アロボ・アガーツェは、神竜の国ジオルダルの枢機卿と口にした。


 その国の名も知らぬ。

 ならば、地底世界にあると考えるのが道理だ。


 アヒデが身につけていた指輪は、竜の素材で作られていた。


 竜は地中に巣を作る。

 この二千年間、地上に現れた痕跡は殆どなかった。


 にもかかわらず、絶滅に瀕していた竜が生きながらえたということは、地中に魔族や人間に代わる食料があったに違いない。


 つまり、竜の巣の近くに、この二千年の間に生まれた地底世界があるはずだ。


「一緒に行ってもいい?」


「未知の場所だ。なにが待っているかもわからぬぞ。少なくとも、神を召喚する輩がいる」


「アノスと同じものを見ておきたい」


 表情なく、けれども固い意志を込めた瞳で、ミーシャはそう訴える。


「わたしも行きたいわ。足手まといだし、アノス一人だけの方がいいのはわかってるけど……」


 いじらしく言うサーシャの頭に手をやった。


「俺の配下に、足手まといなどおらぬ。共に来るがいい。今日の授業が終わるまでには帰るぞ」

 

「ん」


「わかったわ」


 嬉しそうにミーシャとサーシャは笑う。


 先導するように掘り進んでいく竜の後を追いかけ、俺たちはかつてないほど深く、地中に潜っていった。


地上で授業、地底で冒険なのです。

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