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勇者学院の不良生徒


 ザミラは困ったような表情でレイを見返す。

 

「……また後ほどお話をお伺いに参ります」


 レイを懐柔する考えが浮かばなかったか、そう口にして、彼は大講堂を出ていこうとする。


「ザミラ学院長っ、待ってください。まだ話は終わっていません。竜討伐なんて、勇者学院の不良学生なんかには無理ですよ」


 言いながら、エミリアは教壇を降りて、ザミラを引き止めるようにその肩をつかんだ。


「ええい、たかが教師の分際で、うるさい奴だな。こちらは、それどころではない。王は勇者カノン様を連れて参れ、と命じているのだ」


 それを聞き、エミリアが眉根を寄せた。

 

「勇者カノンがなんだっていうんですかっ。馬鹿馬鹿しいっ。わたしはこんないい加減な命令で死ぬのはご免ですよっ」


 勇者学院の生徒たちが唖然とした表情でエミリアを見た。


 魔族とはいえ、仮にも勇者学院の教員が、勇者カノンにまったくといっていいほど敬意を払っていないからだろう。


「おい、貴様。今なんと言った? 客員講師だからと下手に出ていれば、つけあがるなよ」


 ザミラが憤慨したように、エミリアを叱りつける。


「馬鹿馬鹿しいだと? 勇者カノン様のことがか? これは王の勅令であるぞ」


「なにいきなり怒ってるんですか。さっきから、言ってますよね。そんなことよりも、命に危険のある授業を――」


 最後まで言う前に、ザミラがエミリアを殴り飛ばしていた。

 

「他国の王と英雄をあげつらうのが、魔王学院の礼儀かっ! 非礼にもほどがあるぞっ!」


 ただの勇者と勇者カノンでは、彼らにとって意味が違うのだろう。

 だが、エミリアにとっては同じことだ。


 彼女は床に手をつきながらも、ザミラに顔を向け、キッと睨む。


「暴虐の魔王たっての望みというから、こちらも礼を尽くして貴様を客員として迎え入れたのだ。だが、あまりに目に余るような態度をとるなら、ディルヘイドに帰ってもらうことになるぞ」


 すると、エミリアは押し黙った。

 今、ディルヘイドに帰されては、彼女が望む地位を手に入れることができないからだろう。


「……申し訳ございません……」


 床を見つめながら、エミリアは言った。

 顔を上げれば、不服そうな表情が目に見えたことだろう。


「言動に気をつけろ。まったく偽者の勇者に、無能な教師。この学院はどいつもこいつも、クズばかりだな」


 言い捨てて、ザミラが去っていく。

 その途中で、生徒の一人が席からすっと足を伸ばした。


「ぐおっ……!」


 彼はそれにつまずき、顔面から床に突っ込んだ。


 余計な贅肉のせいで、ザミラはすぐに起き上がることができず、ジタバタともがいては、ようやく身を起こし、その生徒を睨んだ。


「ああ、すみません。少々足が長すぎるもので」


 レドリアーノが眼鏡をくいっと持ち上げる。


「……貴様、ただですむと思うなよ……」


「いいからよ」


 ラオスがやってきて、ザミラの体をぐっと持ち上げる。

 

「なっ……貴様……なにを……! 無礼であるぞっ! 下ろせっ!」


「へえへえ、今下ろしてやるよ。とっとと出ていきな。授業の邪魔なんだよ、このハゲ」


 渾身の力を込めて、ラオスがザミラを入り口に向かって放り投げる。

 ドンッ、ガァァンッと彼は地面を転がり、ドアに叩きつけられた。


「ぐむぅ……おのれぇ……」


 ザミラがまたジタバタとして起き上がり、キッとラオスを睨みつける。


「こんな暴力沙汰を起こして、どうなるかわかっているだろうな?」


「へえ。どうなるのかな?」


 深緑の輝きを放つ刃が、ザミラの喉元に突きつけられていた。

 大聖地剣たいせいちけんゼーレだ。


「ひっ……! お、おま……」


「いいじゃん。ご自慢の脂肪で傷一つついてない。そうでしょ?」


 ハイネが言う。


「お、覚えていろっ!!」


 捨て台詞を吐いて、ザミラは大講堂から逃げるように退散していった。


「あははははっ、なにそれ? どこの三下の台詞?」


 ケラケラとハイネが笑うと、勇者学院の生徒たちがくすくすと笑声をこぼした。


「大丈夫ですか?」


 レドリアーノが、床に座り込んでいるエミリアに手を伸ばす。

 彼女が呆然と見つめると、彼は僅かに微笑んだ。


 瞬間、パシンッと頬を打つ音が鳴り響いていた。

 エミリアが、レドリアーノを平手で叩いたのだ。


「なに考えてるんですかっ! 自暴自棄になって、問題行動ばっかり起こさないでくださいっ! せっかくわたしが我慢したのに、台無しじゃないですかっ」


「……その前に、礼の一つもおっしゃればいいのでは?」


「馬鹿なんですかっ。生徒の責任は、教師であるわたしの責任なんですよっ。わたしがこの後、またあいつのご機嫌を取りにいかなきゃいけないことぐらい、わかってますよね? わたしになにか恨みでもあるんですかっ?」


 レドリアーノは伸ばした手を引っこめ、ズレた眼鏡を持ち上げた。

 そうしてレンズの向こうから彼女を見返す。


「それは失礼しました」


 レドリアーノは踵を返し、席に戻らず、そのまま扉へ向かった。


「ちょっと、どこへ行くんですか? 授業中ですよっ」


「問題行動ばかりの生徒は謹慎しておりますよ。エミリア、あなたのお望み通りに」


「はっ。まったく。やってられねえな」


 ラオスがそう吐き捨てる。


「エミリアって、ほんっとにクズだよね。ま、ぼくたちも人のこと言えない不良生徒なんだけどさ」


 ハイネがエミリアを一瞥し、大聖地剣ゼーレを、魔法陣に収納した。


「待ちなさいっ! レドリアーノ君っ? ラオス君っ? ハイネ君っ?」


 エミリアの声に振り返りもせず、三人は大講堂を出ていった。


「カッカッカ、噂通り荒れているではないか、勇者学院は。しかし、竜を討伐しようというのは、なかなか面白い。今回の学院交流ではそれを中心に授業を行うとしよう」


 エールドメードは今のいざこざなどまったく意に介しておらず、すぐさま授業に移ろうとしている。


「どうかね? エミリア先生。今の調子では王宮の兵が竜討伐に乗り出すのは、勇者学院には手に追えないとわかってからだろう。だが、それまで待っていては生徒たちは皆、あの世に逝ってしまう。どうにか竜を倒す術を身につけるべきではないか?」


 エールドメードの質問に、エミリアは困ったような表情を浮かべた。


「……それは、そうですが……でも、竜なんて見たことも聞いたことも」


「カカカ、そこは魔王学院に任せておきたまえ。そこにいるシン先生は、二千年前、暴虐の魔王の命令で、年経た竜を一万体以上滅ぼしている。言わば、竜討伐のスペシャリストだ。彼の指導を受ければ、一〇日間ほどで竜の一匹や二匹、軽く討伐できるようになるだろう」


 驚いたような顔で、エミリアはシンを見た。


「どうだ、シン先生。討伐のコツはあるのかね? 竜の弱点などは?」


「そうですね」


 シンは当たり前のように言い、魔力で黒板に竜の図解を描いていく。


「竜は頑強な鱗に体を覆われていますが、唯一首の一部に隙間があります。そこに剣を通し、頭ごと斬り落とすのが手っ取り早いですね。竜は巨大ですから、首の厚みは、剣の刃渡り以上ありますが、半分ほど斬り裂けば十分でしょう」


「とのことだ。弱点さえわかれば、簡単そうではないか。カッカッカ」


 シンとエールドメードの説明に、生徒たちはなんとなく、できるかもしれないといった安堵の雰囲気を漂わせている。


 なにより、竜を討伐したことのある教師が同行するとなれば、人間側の兵が来るよりも心強いだろう。


「……ねえ、思ったんだけど、シンがわざわざ鱗を避けて斬るのって、相当じゃない?」


 サーシャが俺の隣でそうぼやいた。


「竜の鱗は堅いってもんじゃないからね。ただ彼なら斬るのは造作もないとは思うよ。魔剣の刃が負けて、斬れ味が落ちるのを避けたいってところかな」


 レイがそんな風に言葉を返す。


「どっちしても、シンが斬る箇所を選ぶ化け物となんて、まともに戦いたくないわ……」


「あはは……あたしたちはまだいいかもしれませんけど、エールドメード先生、それを他の生徒たちにも普通にやらせようとしてますよねー」


 ミサが言う。

 エレオノールがそれに続いた。


「それに10日間で竜を討伐できるようにするって、簡単に言ってるけど、絶対死ぬほど厳しい授業にするつもりだぞ」


「なに、死んだら死んだで、<蘇生インガル>を使えばいいだけのことだ」


 俺が言うと、今度はミーシャが呟く。


「スパルタ」


「スパルタなんてもんじゃないわよ。鬼だわ」


 サーシャがため息混じりに言った。


「まあ、しかし、熾死王もそのうちに触れると思うが、食べられぬようにだけは注意した方がよい」


「それは食べられたくなんかないけど……他に理由があるの?」


 サーシャが嫌な予感がするといった表情を浮かべている。


「竜の消化器官は特殊でな。それは根源ごと食らうのだ。消化されてしまえば、蘇生もできぬ」


「……最悪だわ」


 サーシャが頭を手で押さえる。


「……あの、エールドメード先生」


 教壇に上ろうとしていたエミリアが、途中で立ち止まって声を発した。


「このまま授業をお願いしてもいいですか? ちょっと……あの不良たちを呼び戻してきますから」


「カッカッカ、構わん、構わん、構わんぞ。なかなかに生徒思いではないかっ。出ていった三人が竜のことを学べず、死んでしまうかもしれないからな。心配になるのも当然だ」


「……別にそういうわけじゃ。生徒が死ねば、わたしの責任問題になりますから」


 カッカッカ、とエールドメードはそれを笑い飛ばした。


「思っているだけで行動しない者より、保身に走って動く者の方が優秀だ。行ってきたまえ、エミリア先生」


 会釈をして、エミリアは大講堂から立ち去っていった。


「んー、レドリアーノ君たち、ちゃんと戻ってきてくれるかな?」


 エレオノールが心配そうに言う。


「……みんな……グレてます……反抗期……です……」


 そうゼシアがエレオノールの心配に拍車をかける。


「というか、エミリア先生ってまったく勇者学院にとけこめてないと思うんだけど、なんでここに赴任させたの? 救ってほしいって、わざわざ謁見に来たんじゃなかった?」


 サーシャが訊いてくる。


「理不尽を味わってもらおうと思ってな」


「悪魔なのっ!?」


「少々荒療治ではあるがな。そうでもしなければ、気づけぬこともあるだろう。優しく撫でてやったところで、今のエミリアは救われまい」


 うーん、とサーシャは頭を悩ませている。


「なに、だめならだめで、次の救済を用意するまでだ」


 魔王らしく笑った俺を、サーシャは若干引き気味の表情で見てくるのだった。


勇者学院は、なんというか、もう荒れ放題ですよね……。

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[一言] スパルタ兵とレオニダス王も裸足で逃げ出す魔王の実習…
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