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正義の味方


 第二教練場。

 激しい身振りで魔法術式の説明を終えた熾死王が、早速実践させる生徒を物色していると、授業終了を告げる鐘が鳴った。


「む。もう終わりではないか。では、今日はここまでだ。今、教えた魔法の復習を怠るな。それと、友人同士で<蘇生インガル>のかけあいはしないように。オマエらの魔法技術では、そのまま死ぬだろうからな。カッカッカ」


 高笑いをしながら、上機嫌にエールドメードは教室を出ていった。


「そんなこと言われなくても、誰もしないわ……」


 サーシャがぼやくようにツッコミを入れる。


「というか、頭が痛くてくらくらするんだけど、これ、<蘇生インガル>失敗してない……?」


 剣術の授業で、サーシャは二度ほど死んでいる。

 無論、すぐに<蘇生インガル>で蘇った。


「単なる死に酔いだろう。死に慣れていなければ、よくあることだ。体質の問題もあるが、まあ、直に慣れる」


「……全然慣れたくないわ……」


 気分悪そうにサーシャは机に突っ伏した。

 ミーシャがとことこと歩いていって彼女の頭を優しく撫でる。


「なんでミーシャは大丈夫なの?」


 ふるふると彼女は首を横に振る。


「みんなはもっと元気」


 ミーシャが視線を上げる。

 レイとミサ、エレオノール、ゼシアはまったくいつも通りといった顔をしていた。


「死ぬのは慣れてるからね」


「ええと、あたしはほら、噂と伝承がアヴォス・ディルヘヴィアですから、全然平気みたいです。経験はないんですけどね……」


 レイとミサがそう口にする。


「ボクは根源魔法が得意だからかな? それに魔王さまの魔法だし」


 エレオノールが人差し指を立てる。


「ゼシアは、初めて……でした。平気……です……」


 彼女らをサーシャが恨めしそうな目で見る。


「ずるいわ……。勇者って、死ぬのが得意なのかしら……?」


 言いながら、サーシャが立ち上がる。


「ねえ。どこかカフェでも行かない? 冷たくて甘いものが飲みたいわ」


 ミーシャがこくりとうなずく。


「うんうん、賛成だぞっ。できれば、お酒があるところがいいかなっ」


 エレオノールが嬉しそうに言う。

 頭の中ではもうなにを飲むか算段をつけてそうだった。


「放課後の一杯は……格別、です……」


「あー、ゼシアはまだ飲んじゃだめだぞ。ノンアルコールカクテルにしよ」


「……ゼシアはまだ……我慢です……」


 悔しそうにゼシアが言う。


「こんな時間から、お酒出してるお店あったかな?」


 レイがミサに訊く。


「……あたしは飲まないんで、全然わからないんですけど……」


 サーシャが俺に視線を向ける。


「アノシュも行くわよね?」


 顔を近づけ、続けて彼女は小声で言った。


「アノスに戻って合流すれば、変には思われないわ」


「ふむ。あいにくと先約があってな」


「え……?」


 サーシャが疑問の表情を浮かべると、黒服の男子生徒がこちらへやってきた。

 ラモンだ。


「行こうぜ、アノシュ」


「ああ」


 椅子からおりて、サーシャたちに言う。


「面白そうな誘いを受けたのでな」


 サーシャが一瞬、ラモンに哀れむような視線を送る。

 すぐにまた彼女は俺に小声で言った。


「……あなたを誘うなんて、ご愁傷様としか言いようがないわ……」


 嗜虐的な笑顔で応じておく。


「では、またな」


 そう言い、ラモンのもとへ歩いていった。


「それで、どこへ行くのだ?」


「そいつは、ついてからのお楽しみってやつだぜ」


 ラモンが思わせぶりに言う。


 教室で口にするのは憚れるということか。

 この様子だとレジスタンスのアジトにでも連れていってもらえるのかもしれぬな。


 少なくとも、皇族派の残党に会うことぐらいはできそうだ。


 と、そのとき、ガラガラと勢いよくドアが開いた。

 飛び込むように入ってきたのは見知った顔の少女たち、ファンユニオンの八人だ。


「……ま、間に合ったっーっ!」


 という声を上げながら、エレンは生徒たちに視線を向ける。

 次に教壇に誰もいないことを確認すると、照れたように微笑んだ。


「あ、あれ? 間に合ってないのかな……?」


「先生いないもんね……」


「で、でも、休み時間かも?」


「そんな時間だっけ? 間に合っても最後の授業じゃなかった?」


 口々にファンユニオンの少女たちは言う。

 魔王聖歌隊の公務が長びき、遅れてしまったのだろう。


 戸惑ったように佇む少女たちに、俺は声をかけた。


「残念だったな。今日の授業はつい先刻終わったばかりだ」


「あ、そ、そうなんだ。ありが――」


 エレンが俺を見るなり、言葉を止めて固まった。


「……あ、あ、あ……アノス様ぁぁぁっ!?」


 大声で彼女は言った。


「ど、どうしてそんなに可愛くなられ、じゃなくて、美味しそうな感じに……じゃなくて、涎が出そうな感じになられたんですかっ!?」


「お、落ちつこう、エレンッ。言い直してるのに、どんどん不敬になってるわよっ!」


「ああぁっ、ええっと、じゃなくて、じゃなくて、そうっ、えと、どうして小っちゃくなられたんですかっ!? それに、あれ? どうして学校に……!?」


 ふむ。根源は隠されているというのに、一見して見破るとはな。


「悪いが、人違いだ。俺は転入生、アノシュ・ポルティコーロだ」


「……アノシュ・ポルティコーロ……? でも……?」


 ファンユニオンの少女たちは、じっと俺の顔を覗いてくる。

 どこからどう見ても、アノスだと言わんばかりだ。


「……アノス……? 小さくなった……?」


 ラモンが呟く。

 そして、俺に疑惑の視線を向けてきた。


 ふむ。あまり疑われてもまずいか。俺をレジスタンスのもとへ連れていくのも、慎重になるだろうしな。


 だが、焦ることはない。


 俺には優秀な配下がいるのだからな。

 と、サーシャを振り向き、なんとかせよ、と目で訴えた。


 そんな無茶な、というような表情をしながらも、サーシャは高速で頭を働かせたか、すぐに口を開いた。


「もう。なにを言ってるのよ、エレン。あなた、アノスが恋しいあまり、なんでもかんでもアノスに見えてるんじゃない?」


「……え……あ……」


「こないだなんか、銅像にアノス様って話しかけてたでしょ。アノスを敬愛しているのはわかるけど、せめて家でやってちょうだい」


 エレンが一瞬、はっと気がついたような表情をした。


「あたし、またやっちゃったっ!」


 すかさず、他のファンユニオンたちが彼女に突っ込む。


「もうーっ。また出たよ、エレンのアノス様欠乏症」


「ほんとほんと、ちょっとでもアノス様に似てるものを見つけると、なんでもアノス様にしちゃうんだから」


「こないだなんか、オーケストラの指揮棒がアノス様に似てるとか言いだしてたわよね」


「どこが似てるのよ-、このこのっ」


「だ、だって、アノス様は偶像崇拝を禁止してないからっ!」


「どういう理屈よっ。それに物ならわかるけど、人を偶像崇拝しちゃだめでしょ」


 わいわいと騒ぎ立てるファンユニオンを見て、ラモンはさっきとはまったく別の意味で視線を険しくした。


「でも、アノシュ君って、アノス様に似てるよね? ほら、目元とか?」


 再びエレンがじーっと俺の顔を覗き込んでくる。


「親戚とか?」


「皇族だからな。似ることもあるだろう」


「喋り方もアノス様っぽい」


「なに、旅芸人をしていてな。最近は、暴虐の魔王の物真似を覚えたばかりだったのだ。少々、その癖が抜けぬ」


 すると、恐る恐るといった風に、エレンが言う。


「じゃ、じゃあ、アノシュ君。なにか物真似してみてくれる?」


「いいだろう」


 俺は跳躍し、教壇の上に立つと、堂々と言った。


「俺は暴虐の魔王アノシュ・ポルティコーロ。子供だからと言って、魔王じゃないと思ったか」


「きゃあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」


 黄色い悲鳴とともにエレンが俺の体を抱き抱える。


「アノシュ様ーっ、可愛いすぎるぅぅっ!!」


 ぐりぐりと頬と頬を押し当てるようにして、俺の頭を撫で回してきた。


「ちょ、ちょっとエレン、あたしにもっ。あたしにもアノシュ様、貸してよっ! 一人占めはずるいわよっ!」


「やっ、やだ、もうちょっと。それに、人の偶像崇拝は禁止なんでしょ?」


 俺を渡さないといったように、エレンが抱きしめながらも身構える。

 その背後に忍び寄る影があった。


「隙ありっ!!」


 と、俺の体をノノがかっさらい、ぎゅーっと抱きしめた。


「アノシュ様……こんなになっちゃって……ノノはもう離れませんからね。一緒にお家に帰りましょうか」


「あー、ずるい、ずるーいっ、あたしにもアノシュ様貸してーっ」


 今度はジェシカが俺を奪い、顔をぎゅっと抱きしめる。


「交代交代っ! 一人七秒だからっ! お触りの場所は、ランクBに準拠だよぉっ。あー、ちょっとマイアッ、そこはランクAでしょぉぉっ!」


「はいはーい、提案ー。平等に、アノシュ様、あたしたちで回しちゃおうよー」


 瞬間、ギランッと少女たちの目が怪しく光った。

 その動きは素早かった。ファンユニオンの少女たちは八人で綺麗に輪になっては、リレーのように俺を回していく。


「輪になって、回せっ♪」


「アノシュ様、回せっ♪」


「楽しく回そ♪ くーるくる♪」


「アノシュ様、くーるくるっ♪」


 などと、少女たちは、和やかながらも、よくわからぬ即興の歌を歌っている。


 しかし、さすがに、こんな扱いを受けるのは初めてだな。

 暴虐の魔王にここまでできるのは、平和があってこそだろう。 


「さすがだね。彼女たちがあれだけ不敬を働けば、アノシュがアノスだとは思わないんじゃないかな?」


 レイが小声で言う。


「……というか、それをいいことに、欲望を解き放っているようにしか見えないわ……」


 サーシャが若干怒ったようにファンユニオンの少女たちを睨んでいた。


「ふむ。そろそろよいか?」


「あ、も、申し訳ございませんっ、アノシュ様」


 ファンユニオンの少女たちは恐縮したように、俺から三歩下がった。


「なに、魔王の偶像となれるのなら、いつでも相手をしよう」


 言い残し、俺はラモンのもとへ戻った。


「待たせてすまぬな」


「ああ、いや……」


 ラモンはなんだかわからないが、すごいものを見た、といった表情をしていた。


「……ま、まあ、あいつらはいつもあんな意味不明な感じだから、気にしなくていい。行こうぜ」


「ああ」


 俺たちは第二教練場を後にした。

 魔王城から外に出ると、ラモンはミッドヘイズの往来をまっすぐ歩いていく。


 向かっているのは、ネクロン家のある方角だ。

 ディルヘイドでも有数の権力を持った者たちの邸宅が多い区画である。


 思った以上に、大物が噛んでいるのやもしれぬな。


「アノシュ」


 三叉路でラモンは立ち止まった。


「皇族派に……正義の味方に憧れてるんだったよな?」


「ああ」


「俺は実のところ、その正義の味方を知ってるんだ」


 内緒話をするように、ラモンは小声で言った。


「それは興味深い。会わせてくれるのか?」


「お前が憧れてるっていうなら、紹介してやりたいが、正義の味方の立場もなかなか難しくてな。今や皇族派は暴虐の魔王に目をつけられている。活動らしい活動をしようたって、すぐにミッドヘイズの軍に潰されちまうからな。どういうことかわかるか?」


「信頼が重要ということだろう」


「さすが、子供のくせにわかってるじゃねえか。お前の言う通り、どこの誰だかわからない奴を仲間に引き入れてたら、あっという間にやられちまう」


 ラモンは魔法陣を描く。

 それは<契約ゼクト>の魔法だ。


「お前を俺の仲間に会わせるなら、俺と義兄弟の誓いを交わせ。お前が昔から、俺の弟分だったってことにすりゃ、俺の仲間もお前を信頼する」


 ふむ。さすがに無条件で連れていくほど馬鹿ではないか。


「それは構わぬが、ラモンは今日会ったばかりの俺を信頼できるのか?」


「……お前は悪い奴じゃない。目を見ればわかる」


 ふむ。まあ、嘘だろうな。

 恐らく、ラモンはレジスタンスでの立場が低いのだろう。それで功を焦っているといったところか。


 今日の授業で見せた俺の実力があれば、皇族派でも上の立場に駆け上がれると思っている可能性が高い。そうでなければ、リスクを冒して会ったばかりの俺を仲間に引き入れはしないだろう。


「だが、勿論、心では信頼できるからって、それだけじゃ成立しないのが大人の世界だ。この<契約ゼクト>は、お前が俺の命令を必ず聞くという契約内容だ。これに調印するんなら、これから俺がもっとも信頼する人に会わせてやる。どうだ?」


 ラモンはそう提案する。

 彼が緊張しているように見えるのは、それだけ切羽詰まっているのだろう。


 せっかく巡ってきたチャンスを逃したくはないのだ。


「構わぬ」


 迷いなく俺が<契約ゼクト>に調印すると、ラモンはほっとしたような表情を浮かべた。 


「よろしく頼むぜ、弟よ」


「任せておけ」


 どこか弾むような足取りでラモンは三叉路をまっすぐ進んだ。

 見えてきたのは、アンガート家当主の屋敷だった。


 アンガート家当主は七魔皇老の直系であり、ミッドヘイズの政務にも携わっている。魔皇エリオの信頼も厚く、確か皇族派ではなかったはずだ。


 どうやら、裏の顔は違ったか。


「どうだ? 子供のお前でもここがどこだか知ってるだろ?」


「アンガート家だろう?」


「へへっ、そういうことだ。行こうぜ。ご当主様に会わせてやるよ」


 ラモンと共に屋敷の中へ入っていった。


輪になってくるくるされるアノシュ様。

子供らしい、ファンユニオンとの和やかなひとときでした。

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ゼシアが可愛すぎる…
ファンユニオンェ…(n回目)
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