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剣術講師の教育的指導


 闘技場が静まり返っていた。


 いつか、どこかで、これと似たような光景を見たことがある。

 そう言わんばかりの表情を生徒たちは浮かべていた。


 否が応でも、頭に浮かぶのは、不適合者と呼ばれた暴虐の魔王に違いない。


「……なかなかやるじゃない……」


 サーシャが自然な口調で、けれども周囲に聞こえる声量で言った。


「さすが、天才少年というだけのことはあるかしら」


 余裕たっぷりに彼女は微笑する。


「だけど、まだまだだわ」


 ツインテールの髪をサーシャは優雅にかき上げる。

 アノシュは天才だが、暴虐の魔王ほどではない、という雰囲気を言外にこれでもかというぐらいに滲ませていた。


「……そ、そっか。なんか今のハンパなくすごかったように見えるけど、サーシャ様からしたら、まだまだなんだ……」


「ああ。まるでアノス様みたいだなって思ったけど、さすがに暴虐の魔王と同じなんてあり得ないよな……」


「やっぱり、もっと深淵を覗けるようにならなきゃだめね」


 破滅の魔女と呼ばれ、アノス班にて暴虐の魔王を間近で見てきた少女がそう口にするのなら、生徒たちは賛同せざるを得ないだろう。


 いかに凄く見えようとも、自分たちにはまだ深淵を覗き切れていない、と思うに違いない。元々、彼らには俺の力をまともに計ることすらできないのだからな。


 即興で思いついたわりに、サーシャの誤魔化しは、なかなかどうして、効果があるだろう。


「いやいや、素晴らしいではないか。さすがは、天才少年、アノシュ・ポルティコーロ。まるで暴虐の魔王を彷彿させる剣と魔法の腕前だ」


 エールドメードがまったく空気を読まずにぶちまける。

 こいつ、というような目でサーシャが鋭い視線を飛ばした。


「あれ……? エールドメード先生がそう言うってことは、やっぱりアノシュくんってかなりすごいんだ……」


「みたいだな」


 生徒がそんなことを呟くと、サーシャは優雅に微笑んだ。


「え、エールドメード先生は、褒め上手だわ」


 そうゆっくり言ったのは、心の中でどうこの場を取り繕おうか考えているからだろう。


「だけど、一見して完璧に見えたかもしれないけれど、まだやっぱり子供だわ」


 すると、生徒たちの視線がサーシャに集中した。


「サーシャ様がああ言ったってことは、きっと具体的な理由があるはずだよな?」


「根拠もなしに言葉を発する人じゃないし、なにがだめだったのかしら?」


「静かにっ。今、サーシャ様が説明してくださるはずよ」


「聞き逃さないようにしなきゃ」


 サーシャの表情が若干強ばる。

 彼女は深淵を覗いているとばかりに俺に視線を向けた後、口を開いた。


「ねえ、ミーシャ。あなたもそう思わない?」


 妹に丸投げであった。

 ミーシャはぱちぱちと瞬きをした。


「魔法術式の構成が甘い。<蘇生インガル>の発動が数瞬遅れていたら、ラモンは生き返らなかった可能性がある」


 三秒きっちりで<蘇生インガル>を使ったわけだが、ミーシャはそれをあたかも俺の未熟さゆえだという風に指摘した。


 なかなかうまい手だな。


「それに剣の腕の方も甘いかな。力を受け流した技術はぎりぎり及第点だけど、あれはラモンが下手すぎるね。勢い余って派手にすっ転んだってところだよ」


 ただの力業だったのだが、レイがそんな風にでっちあげる。

 さすがに嘘のつき方が大胆だな。


「さすが、練魔の剣聖だな。目のつけどころが違う。僕もアノシュがやったにしては、どこか魔力の流れがおかしいと思っていたんだが、なるほど、ラモンが思った以上に下手だったか。そこまでは気づけなかった……」


「ってことは、簡単に言えば、ラモン君って自分ですっ転んで壁にめり込んで死んじゃったの?」


「どんだけ猪突猛進なんだよ……」


 生徒たちがそう口にしたところで、すかさずエレオノールが言った。


「こら、いくらアノシュ君が可愛いからって、そんな勢いで突っ込んでったらだめなんだぞ?」


 くすくす、とクラスメイトたちの失笑が漏れる。

 ラモンは屈辱的な表情をしながらも、その場から動けなかった。


 壁にめり込んでいるため、手足が完全に拘束されているのだ。


「なかなか、いい勝負だったな」


 魔力を送り、ラモンを壁から引き抜いてやる。

 ようやく解放されると、彼は俺に訊いた。


「……お前……剣は得意じゃないんじゃなかったのか?」


「ふむ。見ての通りだ。ラモンが手加減をしなかったら、どうなっていたかはわからぬ」


 一瞬、ラモンはきょとんとする。


「俺が転入生だから、花を持たせてくれるつもりだったのだろう?」


「……あ、ああ。まあな。わかってるじゃねえか。俺が本気を出してたら、ま、結果は逆だったかもしれねえが……ははっ」


 ふむ。たった今死んだというのに、よくぞそこまで増長できるものだ。

 つくづく三下だな。


「お前、放課後時間はあるか?」


 と、ラモンが俺に尋ねる。


「空いているぞ」


「じゃ、ちょっとつき合え。面白いところにつれてってやる」


 どうやら、価値があると判断してくれたようだな。

 さて、どこへつれていってくれるのやら?


「それは楽しみだ」


「ちょっと教室に忘れものしたから取ってくるな」


 そう言い残し、ラモンはこそこそと闘技場から出ていった。


 サーシャたちの機転のおかげで、こちらへの関心はなくなっており、生徒たちは皆、打ち合い稽古に戻っている。


 俺の班の連中もそれぞれ、剣を打ち合わせていた。

 サーシャとミーシャが、エレオノールとゼシアが、そしてレイとミサがそれぞれ稽古を行っている。


「行くわよっ!」


 サーシャが思いきり剣を打ち下ろす。


「……ん……」


 それをミーシャが打ち払った。

 互いに真剣な表情で切り結んではいるものの、二人の剣は迫力に欠ける。


 ミーシャとサーシャの剣術は、魔法に比べてがくんとレベルが落ちる。

 未だに魔剣を扱うこともできぬようだしな。


「はぁっ!」


「や」


 二人が同時に剣を振りかぶり、打ち下ろした。

 が、しかし、その二つの剣は、間に差し込まれた一本の杖に阻まれていた。


「そこまでだ」


 二人の剣を止め、熾死王エールドメードが言う。


「あの魔王の配下にしてはお粗末な剣捌きではないか」


 サーシャがムッとしたように熾死王を睨むも、事実だからか、反論することはなかった。


「剣術が下手なのはともかくとして、せめて、魔剣ぐらいは扱えた方がいいのではないか?」


 エールドメードが魔法陣を描き、そこから二本の魔剣を引き抜いた。

 それらをミーシャとサーシャの前に突き刺す。


「さあ、抜いてみたまえ」


 サーシャは浮かない表情で、目の前の魔剣を見る。


「何度も挑戦してるんだけど、魔剣はやっぱり相性が悪いのよね」


 同意するように、こくこくとミーシャがうなずいている。


「ならば、今日が努力の実る日かもしれない。さあ、抜いてみるのだ」


 ミーシャとサーシャは魔剣の柄を手にする。

 だが、力を入れ、魔力を込めても、魔剣は微動だにしない様子だ。


「……はぁ……はぁ……」


 段々とサーシャは息切れしてきた。


「……ほら……ね……やっぱりだめでしょ……」


「カカカ、なかなか悪くないぞ。もう少しではないか」


「……そうかしら? 全然言うことを聞く気配がないんだけど……?」


 ダン、とエールドメードが杖をつく。


「オマエに足りないのは、魔剣への配慮だ。魔剣は道具ではない。もっと対等に接してみるがいい」


 すぐさま、熾死王は杖をミーシャに向けた。


「ミーシャ君、オマエは逆だ。もっと傲慢になってみるがいい。言うことを聞かせろ。命令するのだ。魔剣にも誇りがある。優しいだけの魔族を主に選びはしない」


 サーシャとミーシャがその助言通りに挑戦してみれば、愉快そうに彼は唇を吊り上げる。


「そうそう、そうだ、その調子だ。素晴らしいではないか。もう一つ、お前たちに足りぬのは自信だ。魔剣は抜けると思うからこそ、抜けるのだ。ならば、その根源に、確信を叩き込んで魔力を送れ。抜けぬわけがない。オマエたちほどの魔力の持ち主が、この程度の魔剣をな!」


 二人を鼓舞するようにエールドメードは言う。


「この熾死王、力を見抜く魔眼に関しては魔王の次に優れていると自負している。さあ、後三秒で抜けるぞ。刮目せよ。三、二、一」


 その瞬間、歯車が噛み合ったかのように、サーシャとミーシャが魔剣をすっと引き抜いた。


「……あ……抜けたわ…………」


「……驚いた……」


 カッカッカ、とエールドメードが笑った。


「なにを驚くことがある? オマエたちはあの魔王が認めた配下だ。いかに魔剣を操るのが不得手であろうと、できない道理などない。元々それだけの魔力があったのだからな」


 そう言い捨てて、エールドメードは周囲に視線を飛ばす。


「そこのオマエ! なかなか良い太刀筋をしているな。だが、それでは力が逃げている。それでは魔王にかすり傷一つつけられないではないか……う、ぐうぅっ……!」


 <契約ゼクト>により呼吸困難になりながらも、エールドメードは愉快そうに生徒たちを指導して回る。


 また別の場所では、一組の男女が仲よく打ち合っていた。


「……ふっ……!!」


「……あっ……」


 くるくると、剣が宙を舞い、闘技場の床に落ちた。

 レイがミサの剣を弾き飛ばしたのだ。


「あはは……すみません……相手にならなくて……」


 ミサが剣を拾いあげる。

 もうこれで、10回は剣を飛ばされていた。


「ずっと思ってたんだけど」


 レイが剣をおろし、ミサのそばへ寄っていく。


「本気は出さないのかい?」


「……え?」


 爽やかにレイは笑う。


「今の君なら、真体になることができるんじゃないかな?」


「……あ、あはは……ですね……」


「精霊ミサの噂と伝承は、アヴォス・ディルヘヴィアの転生体。あのときほどは強くないかもしれないけど、僕と打ち合うぐらいは造作もないはずだよ」


「そうかもしれません」


 気が進まないといった風に、ミサは俯く。


「……でも、ちょっと、恐いんです……」


「なにが恐いんだい?」


「その、今のあたしは仮初めの姿ですから、以前のあたしのままですけど。真体になるとちょっと、性格が変わっちゃう気がして」


 ミサはそう言って、苦笑した。


「たぶん、あのアヴォス・ディルヘヴィアに近い感じになっちゃうと思うんです」


「意識が乗っ取られるのかい?」


「……あ、いえ。そんなことはないんです。あたしたちはちゃんと一つになって、真体のあたしも、今はしっかりあたしだって感じられます。でも、その……」


 恐る恐るといった風にミサは言った。


「れ、レイさんに、嫌われちゃうかもしれませんし……」


「大丈夫だよ」


 剣を持ったミサの手に、レイは自らの手を重ねる。


「あ…………」


「見た目や、言葉遣いなんかじゃ、僕の気持ちは変えられない。君が君である限り、僕は君のことを愛している」


 ミサが頬を赤らめて、じっとレイを見つめた。


「ミサ。本当の君を見せてごらん」 


 恥ずかしげに、ミサがうなずく。


「なかなか余裕があるようですね、レイ・グランズドリィ」


 はっとして、レイが振り向く。


 いつのまにか、彼の真後ろにシンが立っていた。

 底冷えするような冷たい瞳をして。


 それは、数々の戦場をくぐり抜けてきた百戦錬磨の勇者が、咄嗟に飛び退くほどの殺気であった。


 シンは表情を崩さず、レイに言う。


「どうやら相手が不足とお見受けしますので、私が務めて差し上げます」


 描いた魔法陣に手を入れ、シンは略奪剣ギリオノジェスを引き抜いた。


「先程申し上げた通り――」


 シンの瞳が、冷たく光る。


「死んでもらいましょうか。三度ほど」


 回数が増えていた。


イチャイチャしているところを、お義父さんに見られてしまうなんてっ……。

今こそ勇者の勇気を見せるとき――

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― 新着の感想 ―
勇気の使い所…
彼女のダディの前でいちゃつくから… あかん…おもろい…
魔王の敵を作ると言う不純な動機にも関わらず、やっていることは誠実で適切な熾死王先生。 愛を知り素直にそれを表現するイケメンなのに、彼女のお父さんがこの場に居ることを忘れる鈍感勇者。 娘と相思相愛で…
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