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仲直り


 班別対抗試験に勝ったお祝いということで、母さんが腕によりをかけてご馳走を作ってくれた。

 いつもの食卓に二人も増えるというのはなかなか賑やかで悪くない。もっとも、騒がしくなるのは主に俺の両親ではあるのだが。

 サーシャは負けたのに祝勝会に参加するのは腑に落ちないなどとぼやいていたが、母さんの手料理を口にした途端に黙り込んだ。


 やはり、この時代においても母さんの手料理はかなり美味しい部類のようだ。


「それでそれで? アノスちゃんはなんて言ってサーシャちゃんを班に誘ったの?」


 結局、母さんの誤解は解くのは難しく、ミーシャのときと同じようにサーシャは質問責めに合っていた。


「別に普通だわ。俺の配下になれって、それだけ」


「いやあああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!! 配下になれっ? 配下になれって、なにそれなにそれっ? そんな不器用な男っぷりを見せつけられたら、女の子はイチコロなんだよぉぉっ!!」


 母さんの黄色い悲鳴を聞き、サーシャは手に負えないといった表情を浮かべている。


「理由は? アノスちゃんがサーシャちゃんを誘った理由ってなにっ?」


「……別にないわ。ただ戦力になるからでしょ」


「あ、なあに? 今の間、怪しいぞー。ミーシャちゃん、どうなの?」


 ミーシャはもぐもぐと野菜サラダを飲み込んだ後、淡々と言った。


「……お前の魔眼が綺麗だった……?」


「そっ、そんな殺し文句言っちゃったら、絶対惚れちゃうよぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!! もうっ、アノスちゃんの天然ジゴロォッ。不器用からのギャップすごすぎ。このこのぉ」


 そういえば、ミーシャも<思念通信リークス>で聞いていたか。まあ、<魔王軍ガイズ>を使う際の定石だからな。通信はしていないが、自然と使っていた。


「もう、ミーシャ。余計なことを言わないでくれるかしら?」


「……だめだった……?」


 訊き返され、サーシャははっとしたように顔を背ける。


「別に」


 ふむ。喧嘩をしていたのに、うっかり口を利いてしまったといった表情だが、そんな二人の様子を母さんは完全に誤解し、ハラハラしたような様子で見守っている。

 そうかと思えば、父さんがさりげなく俺に視線を飛ばし、達観したような顔でうんうんとうなずいてくる。お前に教えることはなにもないと言わんばかりだ。


 やれやれ。ミーシャのときも、落ちついてから説明しようと思ったのだが、特に嫁ではないことを伝えようとすると別れてしまったのだの、なんだのと、母さんは泣きそうな顔になるので質が悪いのだ。まあ、おいおい折りを見て説明することにしよう。


 別段、誤解していたところで死ぬわけでもないしな。


 そんなこんなで賑やかな食事の時間はあっという間に終わり、サーシャたちを送っていくことになった。


 工房にいた父さんと少し話をした後、店へ戻ってくると、帰り支度をしたサーシャとミーシャが二人並んで立っていた。


「…………」


「…………」


 無言である。ミーシャは元々口数が多い方ではないからわかるが、サーシャは黙っていらない性格だろうに。なにも喋らないというのは違和感があった。


 ガラクタ人形などと口にしていたから最初は仲が悪いのかとも思ったが、時折、見せるサーシャの態度は必ずしもそうではないような気がした。

 まあ、ゼペスとリオルグの件もあることだ。俺にはなんともわかりかねる話ではある。


 ただ、もうちょっと待ってみようと思い、物影から二人の様子を窺った。


 十数分ほどは無言が続いた。しかし、そのうちに我慢できなくなったか、サーシャがぼそっと呟くように言った。


「遅いわ」


「……ん……」


 しばらく、また無言が続く。


「ねえ」


「ん」


「……今日は珍しく話したわね」


「ん」


「ミーシャは、あれが好きなの?」


「……あれ……?」


「だから……アノスよ」


 しばらくミーシャは考える。


「……好き……」


「ふ、ふーん。どこがいいの?」


「……優しい……」


「どこがよ? 班別対抗試験では悪魔みたいだったわ」


 かなり優しくした方なのだがな。


「……敵には厳しい……」


「そ。一貫性のない奴だわ」


 またしばらく無言が続く。


「……サーシャは……?」


「なにがよ?」


「アノスが好き?」


「はぁっ!? そんなわけないでしょ。ありえないわ」


 顔を真っ赤にしてサーシャは全力で否定した。


「……そう……」


「そうよ」


 ミーシャは、サーシャの目をじっと見る。

 興奮したからか、彼女の瞳には<破滅の魔眼>が浮かんでいた。


「でも……」


 サーシャが小さく呟く。


「……わたしの目をまっすぐ見られるのはアノスぐらいだわ……」


 独り言のように、彼女は言った。


「……ん……」


「ほんと、頭おかしいわ。わたしの魔眼が綺麗なんてね。目に映る物を勝手に壊そうとする呪いの魔眼なのに。だけど――」


 一旦言葉を切り、またサーシャは口を開いた。


「同じ魔眼を持っている人に、初めて会ったわ」


 ほんの少しだけ、彼女は微笑む。


「それだけ」


「……わかった……」


 サーシャはじっとミーシャを見つめる。

 ミーシャも目を逸らそうとはしなかった。


「そういえば、ミーシャも同じだったわね」


「……同じ……?」


「わたしの目をまっすぐ見られるわ」


 こくりとミーシャはうなずく。

 彼女の魔眼も強い。サーシャの<破滅の魔眼>に対して、抵抗力があるのだろう。


「覚えてる? 小さい頃、わたしはこの魔眼を制御できなくて、なにも壊さなくて済むように、魔法で作った牢獄に閉じ込められてた」


「……覚えてる……」


 サーシャは俯き、思い出すように言った。


「誰もわたしの視界に入ろうとしない中、ミーシャだけがわたしのそばにいてくれた」


「一緒に練習した」


 懐かしむようにサーシャは笑う。


「そうね。おかげで、目を合わせさえしなければ、うっかり誰かを傷つけることもなくなったわ」


「サーシャはがんばった」


 言葉はなく、サーシャはただうなずいた。

 

「ねえ。さっき、懐かしかったわ」


「……手……?」


「そ」


「……わたしも……」


 恐る恐るといった風に、サーシャは言う。


「また、いい?」


「……ん……」


 二人は手をつなぐ。


「昔はいつもこうしてたわ。わたしが牢獄の外に出られなくて、泣いているとき、ミーシャが手をつないで、笑いかけてくれた」


 ミーシャがうなずく。


「ほんと、どっちがお姉さんだかわからないわ」


「サーシャがお姉ちゃん」


 それを聞き、サーシャは苦笑する。


「ミーシャ。一度しか言わないわ」


 こくり、とミーシャはうなずく。


「……ごめんね……許してくれる……?」


 ふるふるとミーシャは首を横に振った。


「……怒ってない……」


 驚いたようにサーシャは目を丸くする。


「そう」


「……ん……」


 二人は見つめ合い、ぎゅっと互いの手を握り締めた。


 ふむ。いったいどういう事情があったのかはまるでわからないが、少なくとも仲直りはできたみたいだな。むしろ、喧嘩をしていたのが、謎すぎるぐらいではある。

 まあ、血気盛んな年頃だ。くだらない理由で争うこともあるだろう。


 俺は二人に声をかけた。


「悪いな、待たせて。送るぞ」


「いいわ。歩いて帰る」


 ミーシャを見ると、彼女もこくりとうなずいた。


「わざわざ時間をかけて歩くのか。奇特な奴らだな」


「いいでしょ。別に。じゃ、ごきげんよう」


 二人は手をつないだまま、家を出ていき、そのままなにを話すでもなく、並んで歩いていく。


「で、なんでついてきてるの?」


「送っていくと言っただろう。一度口にした言葉は守る」


「それって<転移ガトム>の話でしょ。歩きよ?」


「たまには無駄を楽しむのも一興だ」


「ふーん」


 サーシャが変わった奴とでも言わんばかりの視線を向けてくるが、俺はそれを軽く受け流しておいた。

 しかし、結局、<転移ガトム>のことはなにも説明しなかったが、サーシャの頭からはすっかり抜け落ちているようだ。

 たぶん母さんのインパクトが強すぎたのだろう。


「そういえば知ってるかしら?」


「当然だ」


 そう口にすると、<破滅の魔眼>で白けた視線を向けられる。

 まったく物騒な奴だ。俺でなければ、良くて意識を失っているぞ。


「あのね。まだなにも言ってないわ」


「俺が知らないことなどあるはずがない」


「そ。じゃ、知ってると思うけど、明日の大魔法教練の講師、七魔皇老のアイヴィス・ネクロンなのよ」


「ふむ。そうなのか。知らなかった」


「だったら、初めからそう言いなさいよっ!」


「そう興奮するな。ただの冗談だ」


 しかし、七魔皇老か。気になっていた単語の一つだ。


「サーシャ。その七魔皇老というのはなんだ?」


「呆れたわ。あなた、知らないことなどないって言っておきながら、七魔皇老も知らないの? さすが不適合者ね」


「それで、なんなんだ?」


「二千年前、魔王の始祖は自らの血を使い、七人の配下を生み出したわ。始祖の血を引く最初の魔王族を」


「それなら知っている」


 なにせ俺がやったのだからな。


「じゃ、もうわかったようなものじゃない。その七人の配下を、七魔皇老って呼ぶのよ」


「なに……?」


 なんだ、あいつらが七魔皇老か。そういえば、生み出したはいいものの、名前をつけていなかったな。壁やら転生やらのゴタゴタがあったから、その余裕もなかった。


「七魔皇老はデルゾゲード魔王学院で、次代の魔皇の育成を始めたわ。いつか始祖が転生するから、そのときのためにっていうのもあったみたいね」


「なるほど」


 ならば、七魔皇老に会えば、俺が始祖だということは簡単にわかりそうだな。

 しかし、少し妙だな。あいつらは仮にも神話の時代に生まれた魔族だ。それにしてはデルゾゲード魔王学院の運営は杜撰すぎる。


 なにより、俺のことを知っているはずだ。

 なら、なぜ俺が不適合者になったのか?


 魔族が血統主義に陥り、無能になってしまったからだと思っていたが、もしかすれば、他の理由があるのかもしれないな。


 そのことをぼんやりと考えながら、ミーシャたちの隣を歩いていく。


 やがて――


「……アノス……アノスッ……?」


 気がつけば、サーシャが俺を呼んでいた。


「どうした?」


「どうしたじゃないわ。着いたの。わたしたちの家」


 目の前には門があり、その奧には立派な豪邸が見えた。


「七魔皇老の話をしてから、ずっと黙り込んでたけど、どうしたの?」


「いや、なんでもない」


「そ。じゃ、わざわざありがとね。ごきげんよう」


 くるりと踵を返し、サーシャは去っていく。


「さよなら」


「おう。また明日な」


「……ん……」


 ミーシャも門の奧の豪邸へ向かった。


 しかし、不適合者について考えたはいいものの、少々情報が足りなさすぎるな。いくつか可能性はあるが、どれも推論にすぎない。

 まあ、明日、七魔皇老の一人に会えば、それも少しはわかるだろう。特段、急ぐことでもない。ゆるりと待つとしよう。


 さて、帰るか。

 そう思ったら、門の向こう側からサーシャが戻ってきた。


「どうした?」


「……別に……」


 ならば、なぜ戻ってきたのだ?


「……アノス……」


「ん?」


「あのね」


 ぷいっとそっぽを向き、恥ずかしそうに顔を赤らめながら、サーシャは言った。


「……ありがとう……」


「なにがだ?」


「……だから……あなたのおかげで、ミーシャと仲直りできたわ……」


 なんだ、サーシャも仲直りをしたかったのか。

 意地を張りそうな性格だしな。


「別に大したことはしていない」


「そんなことないわ。わたしに配下になれなんて、そんな命知らずなことを言う人はいないもの」


 なぜか嬉しそうにサーシャは笑う。


「あなた以外ね」


 ふむ。別段、俺にとっては命懸けでもなんでもないからな。


「ところで、なんで喧嘩をしていたんだ?」


 サーシャの表情が曇る。


「くだらないことよ。本当にくだらないこと……でもね、どうしても譲れないものがあったの。それだけだわ」


「それは解決したのか?」


「……うん……そうね……」


 サーシャの歯切れは悪い。


「あなたに聞きたいんだけど」


「なんだ?」


「もしも、運命が決まっていたら、あなたはどうする?」


 俺は即答した。


「まあ、気に入らなければ変えるが、どうでも良ければ気にしないな」


 きょとんとした表情を浮かべた後、サーシャは訊いた。


「運命が変えられると思うの?」


「ああ、簡単だ」


「どうするの?」


「ぶち壊せばいい」


 サーシャは目を丸くして、それからふふっと微笑した。


「ねえ。ちょっとこっちへ来なさい」


「断る」


「……な、なんで断るのよ。いいから、来なさい」


「命令されるのは好きじゃないな」


「もう。わがままね」


 はあ、とサーシャは呆れたようにため息をつく。


「こっちへきてくれるかしら?」


「いいぞ」


 俺はサーシャのそばによる。


「もっとよ」


「なにするん――」


 一歩足を踏み出すと、サーシャが俺の唇にキスをしていた。


 俺は条件反射で<思念通信リークス>を使い、彼女の心を読み取ろうとした。

 口づけを条件に、発動する呪いの類があるからだ。


 サーシャの心が流れ込んでくる。


 ――これが、最初で最後のキス――


 敵意はない、か。しかし、悲壮な決意を感じる。

 まあ、いいだろう。

 どのぐらいそうしていたか、彼女はさっと身を離す。


「……と、友達のキスだから。ただのお礼だからねっ……」


 恥ずかしそうに顔を赤らめ、サーシャは俯く。


「……でも、あなた以外にはしたことないわ……」


 なにを考えているか知らないが、恥をかかせるわけにはいくまい。


「ふむ。それは貴重なものをもらった。ありがとう」


 びっくりしたようにサーシャは目を瞬かせ、「変な雑種」と呟く。


「じゃ、また明日ね」


「おう」


 手を振って、<転移ガトム>の魔法を使う。

 風景が真っ白に染まる直前、


「……ねえ、アノス……あなたに会えてよかったわ……」


 そんな声が耳に響いた。


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