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魔王再臨の式典


 数日後――


 デルゾゲード魔王城の一室に、巨大な<遠隔透視リムネト>の水晶が置かれていた。

 そこには、メルヘイスたち、七魔皇老の姿が映っている。

 彼らがいるのは、正門前だ。階段を上ったその場所が、豪奢に飾りつけされており、謁見台となっている。


 七魔皇老たちの視線の向こう側には、往来を埋め尽くすほどの人の山があった。どこまでいっても途切れることなく、魔族たちが列をなし、視線を謁見台に向けている。


 魔王再臨の式典。

 二千年前より転生した暴虐の魔王が、ここに姿を現すことをメルヘイスは大仰に説明していた。


 式典は本来、一ヶ月後の予定だったが、アヴォス・ディルヘヴィアにミッドヘイズを占領され、多くの魔族が支配下におかれた経緯があったため、急遽行うこととした。


 <闇域デメラ>の魔法が解除され、ディルヘイドの民たちは、混乱していたのだ。よすがにしていた暴虐の魔王も姿を消し、皇族派と統一派はより一段と険悪になった。

 皇族派も自分たちが正気ではなかった自覚があるものの、事情を知らない以上、言い訳もできぬ。


 両者の対立が浮き彫りになり、争いに発展する前に、事態を収束させる手段がこの式典である。


 メルヘイスは、アヴォス・ディルヘヴィアのことを包み隠さず、民に話した。


 彼の者は、この二千年の間、ディルヘイドに誤って伝えられてきた、暴虐の魔王の噂と伝承によって生まれた大精霊だったのだ、と。


 これによって、誤った噂と伝承により生まれた、暴虐の魔王アヴォス・ディルヘヴィアの実在を、多くの者が認識した。


 実際にその姿を目の当たりにした彼らは、偽の魔王が存在することを疑う余地はないだろう。

 皇族派も、自らが正気ではなかったことへの逃げ道が作られるため、それを否定することはできない。


 自らの罪を認めるか、それとも偽の魔王の存在を認めるか。式典前に、根回しとして皇族派の幹部と交渉したところ、彼らは後者を選んだ。


 アヴォス・ディルヘヴィアは精霊ミサに転生した。詳細にそれを明かすことで、その噂と伝承が残るようにする。ミサが潰える心配もなくなるというわけだ。


 いずれは、ディルヘイドの歴史書に記されることとなり、後世に渡って語り継がれるであろう。


 なおも、メルヘイスはこれまで二千年の間にあった、様々なことをディルヘイドの民衆に伝えている。


 俺は室内に視線を巡らせる。

 ミサが一人、緊張した面持ちで俯いていた。


「シン」


 そばに控えていた彼に、俺は言った。


「レノからは、お前がまだろくにミサと話していないと聞いたぞ」


「……なにを話せばいいのか、わからず……この身は剣ゆえに……」


「泣き言を言うな。子供の前でそんな言い訳をしてどうする?」


 シンは押し黙った。


「不安がっている。声をかけてやれ」


「……承知しました」


 剣呑な視線を放ちながら、シンは歩を進ませる。

 彼が近くまで行けば、ミサはゆっくりと顔を上げた。


「……お父さん…………」


「…………はい…………」


 ふむ。シンの奴、ガラにもなく緊張しているな。


「……あ、えと…………」


「…………はい…………」


 ミサも緊張している。

 二人の間には気まずい空気がただよっていた。


「……あはは、すみません……ちょっと緊張しちゃって……うまくできるか、心配で……」


 ミサは力なく笑う。


 彼女はこれから、アヴォス・ディルヘヴィアとして、民衆の前に姿を現す。


 誤った伝承により生まれてしまった皇族派の考えを正すため、偽の魔王として、暴虐の魔王に忠誠を誓うのだ。


 だが、アヴォス・ディルヘヴィアが混血に非道な行いをしたことは事実。

 そこにミサの意志はなく、すでに転生を果たしているとはいえ、受け入れがたいものであるのは確かだろう。


 また皇族派にとっては、その特権や階級を剥奪するきっかけとなった者として、逆恨みの対象になる可能性もある。


「……い、今更ここで怖じ気づいても……仕方ないんですけどねっ……お父さんたちが、戦った時代に比べれば、なんてことありませんし……」


 シンは無言で彼女の言葉を聞いている。


「……あ、あはは……」


 曖昧に笑い、ミサはどうしたらいいかわからないといった風に俯く。


「だ、大丈夫です……や、やりますよーっ」


 今度は空元気といった調子で、ミサはぐっと拳を握った。

 シンはそんな彼女を見て、じっと考え、それから言ったのだ。


「過酷な試練ですが、ミサ、あなたはそれぐらいで怖じ気づく子ではありません」


「……え…………?」


「……ずっと、見ていました……姿を見せることはかないませんでしたが、あなたのことを。あなたが、私に会うために統一派に入ったことを。そこで出会った友人たちのために、更なる決意を固めたことを」


 温かい眼差しを向け、シンは語った。


「目の前にある悲劇に、自らの命を省みずに手を差し伸べる、優しく、強い子に育ちましたね」


 ミサの目に涙が滲んだ。


「十五年も迎えに来ることができず、申し訳ございません」


「……お父さん……うぅん……」


 シンの胸に飛び込み、ミサはぎゅっと彼に抱きついた。


「……お父さんが、半分の魔剣を送ってくれたから……あれを見て、あたしは、ずっと頑張って来れたんです。きっと、きっと、いつか……お父さんが、迎えに来てくれるんだって……ずっと、そう思って……」


 おっかなびっくりといったように、シンはミサの背中に手を回した。


「……そばにいてあげることはできませんでしたが、心はいつもミサと共に。あなたが健康ですくすくと成長していく姿だけが、私に残された生き甲斐でした」


 シンの胸の中で、ミサは泣きじゃくる。

 その涙と共に、十五年の溝をそっと埋めていくかのように。


 そうして、しばらくして、彼女は涙を拭い、いつものように笑った。


「もう、大丈夫です。緊張してなんかいられませんよねっ。だって、これでようやくディルヘイドは、混血と皇族が手を取り合える、正しい姿に戻るんですからっ。そのためだったら、恐いものはなにもありませんっ」


 彼女の気持ちを受けとめるように、シンはうなずいた。


「参りましょうか」


 彼女の肩に手を回し、シンは扉へエスコートする。


「ふむ。そろそろ頃合いか」


 視線を向ければ、レイとシン、レノがこくりとうなずいた。

 シンとレイが扉に手を当てる。


 この向こう側は、<遠隔透視リムネト>に映っていた正門前の謁見台につながっている。


 ゆるりと足を踏み出し、開いた扉の向こう側へ俺は歩いていった。


 目に飛び込んできたのは、謁見台から下り、俺を迎えるように姿勢を正した七魔皇老。その後ろにはディルヘイドの民衆がいた。


 謁見台の左右には、貴賓席が設けられ、そこにエリオを始めとしたディルヘイド各地を治める魔皇やその親類、そして父さんと母さんがいた。


 彼らは先程まで着席していたが、俺が正門から現れるのに合わせ、全員起立している。


 七魔皇老が同時に、その場に跪く。

 次いで魔皇たちが、それから、ここに集ったディルヘイドの民全員が、俺に忠誠を誓うかの如く、跪いた。


 メルヘイスが言った。


「二千年の間、お帰りをお待ち申し上げておりました。暴虐の魔王、アノス・ヴォルディゴード様」


 静寂の中、メルヘイスの声がミッドヘイズ中に響き渡る。


「面を上げよ、魔族の末裔たちよ」


 俺は言った。


「お前たちの顔を、俺に見せてくれ」


 魔族たちが静かに顔を上げ、俺を見つめた。


「二千年前、我々魔族は人間や精霊と争っていた」


 ゆるりと足を踏み出し、俺はこの場にいるディルヘイドの民へ、それから、アゼシオンにいる人間たちへ、そして、世界中に向けてメッセージを発した。


「多くの者が命を失った。殺し、殺され、滅ぼし、滅ぼされ、憎しみの戦火に国という国が焼かれ、なおも、俺たちは争い続けた」


 俺の言葉に、物音一つ立てず、皆耳を傾けてくれている。


「なんのために?」


 その疑問は、いつも胸中に渦巻いていた。


「それは友のためであり、子のためであり、親のためであり、配下、また主君のためであった。唯一、確かだったのは、守るために剣をとったということ」


 多くの者はそうだった。

 それが、悲しい大戦の始まりだったはずだ。


「だが、その剣は敵を斬る度に血塗られていった。守るために、幾人もの命を葬ったその魔剣は、いつしか自らの大切な者さえ傷つける呪いを帯びていた。その刃で敵を討てば、必ずその報いを受けた。気づかぬ内に魔族も人間も、あらゆる者が、互いに呪いの魔剣を携え、悉くを戦火に飲み込み、なにもかもを斬り裂いていった」


 戦火は拡大の一途を辿った。


 殺し続ける限り、殺される。

 だが、殺さなければ、やはり殺されるのだ。


「互いに呪いの魔剣を手にした者同士が、争いに終止符を打つ方法は一つしかない。勇気を持って、お互いを信じ、同時に剣を捨てることだ。だが、憎しみ合い、疑心暗鬼に陥った両者が、それをするのは容易なことではなかった」


 すっと息を吸い、俺は言った。


「それでも、彼らはそれに、応えてくれた」


 英雄を迎えるように、ゆるりと右手を伸ばし、手の平を天に向ける。

 歩み出たのは、二千年前の勇者の正装を纏ったレイだ。


 その腰には霊神人剣を提げている。

 覚悟を決め、彼は素顔を曝している。


「二千年前、俺と幾度となく刃を交え、魔族と人間の雌雄を争った男。最後の最後まで、人間を守り抜いたアゼシオンの英雄、勇者カノンだ」


 レイは霊神人剣エヴァンスマナを抜き、その祝福された光で自らがカノンであることを示した。


 もう一人へ、俺は左手を伸ばした。

 ゆっくりと扉の向こうから歩いてきたのは、レノである。


「あらゆる精霊の母にして、大精霊の森アハルトヘルンを治める女王。二千年前、精霊たちを慈しみ、育て、そして守った、大精霊レノだ」


 更に俺はまた右手を伸ばして指し示す。

 シンが歩いてきて、レノの隣に並んだ。


「我が右腕にして、レノのいないアハルトヘルンを守った魔族最強の剣士。魔族と精霊の友好を示し、母なる大精霊レノを娶った、精霊王シンである」


 最後に俺はもう一人を紹介するように手を伸ばす。

 まっすぐ前を向いて、アヴォス・ディルヘヴィアの外套と仮面を身につけたミサがやってきた。


 彼女の足元に魔法陣が描かれると、仮面と外套が消えた。

 その下には、青みを含んだ黒のドレスを纏っていた。


「暴虐の魔王の噂と伝承により生じた大精霊にして、神の子、アヴォス・ディルヘヴィア。勇者カノンの聖剣により転生を果たした彼女も矛を収め、ここに集った。現在の名を、ミサという」


 レイが霊神人剣を光らせ、謁見台の中心にそれを突き刺した。続いてシンが、それからレノが、最後にミサが抜き放った剣を、互いに重ねるようにして床に刺す。


 俺は言葉を続けた。


「あれから二千年が経った。世界は平和になり、争いは終わった。だが、忘れてはならぬ。この日を迎えるためには、大きな勇気が必要だったことを。それを我ら一人一人が刻みつけなければ、またいつの日にか、大きな戦火がこの国を焼くだろう」


 言葉と同時、彼らが重ねた剣と同じ場所に、俺は抜き放った剣を突き刺す。


「憎しみの刃はもういらぬ。この手は、隣人と手を取り合うために」


 俺が手を伸ばすと、そこに三人は手を重ねる。

 人間と魔族と精霊が、確かに手を取り合っている。


 二千年の時を越えて。

 ここにようやく、願いは叶った。


 ディルヘイドの民は、俺の言葉に同意を示すかのように、その場で深々と頭を下げた。


「勅令を出す。このディルヘイドに生きる者は、魔族も精霊も人間も、あらゆる者が平等であり、また公平だ」


 七魔皇老と魔皇たちが声を揃える。


「「「仰せのままに」」」


「我が民へ誓おう。謁見を許す。誇りをかけ、全霊を持って、なおも覆せぬ悲劇があるのならば、俺のもとへ来い。一人につき一つ、その願いを叶えてやる」


 そう口にすると、僅かにその場がざわついた。


「……お、恐れ多くも、魔王様っ……!」


 一人の男が声を上げた。


「面を上げよ、立って名乗るがよい」


 静かに立ち上がった男は、無精髭を生やし、少々やつれた顔つきをしている。

 だが、その瞳には僅かな希望が見えた。


「レオン・グライゼルと申します。処罰を覚悟で発言の許可を賜りたく……」


「よい。話せ」


 丁重に頭を下げ、レオンは言った。


「今年、十歳になる私の娘が、心臓の病に冒されており……どんな魔法でも、治すことができず……恐らく、来年まではもたないと……」


「つれてくるがよい」


 言葉と同時に、レオンの瞳から涙がこぼれ落ちる。


「必ず救おう」


「……ありがたき……幸せに……ございます……」


 レオンは頭を下げた後、すぐにその場から離れていく。

 娘のもとへ向かったのだろう。


「我が民よ。俺はまつりごとには向かぬ。だが、誇らしいことに、この国には優れた魔皇が幾人もいる。彼らの日々の奮闘があってこそ、多くの街が平和を保っているのだ。今更、時代遅れの魔王があれこれと口出しする必要はあるまい」


 そう口にした後、すべてのディルヘイドの民、一人一人の顔を刻みつけるように、俺は魔眼を向けた。


「だが、これだけは覚えておけ」


 俺は人差し指を立てる。


「一つ、この国は不自由を許さぬ」


 続いて、中指を立てる。


「一つ、この国は悪意を許さぬ」


 最後に、俺は薬指を立てる。


「一つ、この国は悲劇を許さぬ」


 ゆるりと両手を広げ、この国を優しくつかむ。


「これらが侵されるとき、その相手が何であれ、暴虐の魔王は命を賭して戦い、滅ぼすだろう」


 それは、かつて果たせなかった誓い――


 民を統べる王として、決して違えることのできない、約束だった。


次話で、四章もエピローグを迎えます。

間をおかず、新章が始まりますので、ご期待くださいませっ。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] あれ?神の子ではなくシンとレノの子供だったのでは?
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