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ネクロンの姉妹


 今日の授業はつつがなく終わった。

 眠たいだけの魔法概念や魔法技術の説明と違い、班別対抗試験は軽い運動になっていい。


 しかし、この一週間、デルゾゲードへ通い続けているが、人間の襲撃も、精霊の小細工も、神々の陰謀さえ、まるで兆候がない。

 いざとなれば、俺がディルヘイドを守らなければと一応の警戒はしていたのだが、拍子抜けしてしまう。まあ、これだけ弱くなった魔族が今日まで繁栄してこれたのだ。俺が動くまでもないのだろう。

 まさか魔族の国にこれだけの平穏が訪れるとはな。平和というのは退屈ではあるが、悪いものではないな。


「というか――」


 デルゾゲード魔王学院の門を出たところで、後ろを歩いていたサーシャが不服を訴えた。


「どうして、わたしがあなたたちと一緒に帰らなければならないのよ?」


 ミーシャは目をぱちぱちとさせ、小首をかしげる。


「同じ班になったからには親睦を深めようと思ってな」


「あなたの配下には入ったけれど、友人になると言った覚えはないわ」


「まあ、嫌なら帰っていいぞ」


「そ。じゃ、帰るわ。ごきげんよう」


 くるりと踵を返し、サーシャは俺たちとは別方向へ歩いていく。


「…………」


 その背中をミーシャはじっと見つめている。

 無表情ではあるものの、恐らく寂しいのだろう。


 仕方のない。


「班別対抗試験で、俺がお前の城の前に急に現れただろ」


 ピタリ、とサーシャは足を止めた。


「なんの魔法を使ったか、見せてやろうか?」


 ツインテールをふわりと揺らし、サーシャは振り返った。


「<契約ゼクト>を使うわよ」


 やはり、興味津々のようだな。


「好きにすればいい」


 サーシャが使った<契約ゼクト>の魔法に俺は調印する。


「ほら」


 サーシャに手を差し出す。


「なによ……?」


「見せると言っただろ。どうせなら体感した方が早い」


「だからって、どうしてわたしがあなたと手をつながなければいけないの?」


「さっきは素直につないだだろ」


 すると、サーシャは顔を真っ赤にして言った。


「あ、あれは、そういう場面だっただけでしょ。これだから、雑種は……」


 ぶつぶつとよくわからぬ言い訳をする。


「どっちでもいいんだが、手をつながないと見せられないぞ」


「…………」


 渋々といった風にサーシャは俺と手をつなぐ。


「ミーシャ」


「……ん……」


 反対の手をミーシャとつなぐ。


「で、ミーシャとサーシャも手をつないでくれ」


「はあっ!? どうしてよ?」


 ころころと忙しなく表情が変わる奴だな。


「見せてほしくないのなら別にいいが、お前が見ないのも契約に背くぞ」


 サーシャは大人しくなって、ミーシャに手を差し出した。


「はい、どうぞ」


「…………」


 ミーシャが怖ず怖ずとサーシャと手をつなぐ。


「もっとしっかり握ってくれ」


「こうかしら?」


 サーシャはぎゅっと俺の手を握る。

 ミーシャも俺としっかり手をつないでいるが、サーシャとは手を触れている程度だ。


「もう。ほら、もっとちゃんとつなぎなさいよ。これじゃ、魔法が使えないわ」


 サーシャはミーシャの手をぎゅっと握る。


「……ん……」


 ミーシャもその手を握り返した。

 心なしか、いつも無表情な彼女の顔が、嬉しそうに綻んでいるような気がした。


 よかったな、と思っていたら、ミーシャが目でありがとうと訴えてきた。

 気にするな、と笑ってやる。


「ねえ。あなたたち、なに目で会話してるのよ?」


 じとー、とサーシャが睨んできた。


「なんだ? まざりたいのか?」


 サーシャに目を合わせてやる。すると、かーっと彼女の顔が赤くなった。


「ふむ。サーシャ、お前、<破滅の魔眼>のせいで人と目を合わせるのに慣れてないだろ」


「な……そ、そんなわけ……ないわ……」


 語尾は今にも消え入りそうだった。

 図星か。<破滅の魔眼>の制御が不安定なら、無理もない話だがな。

 迂闊に目を合わせれば、うっかり殺してしまうかもしれない。


「いいからっ、さっさと例の魔法を使いなさいよ」


「わかったわかった。そううるさくするな」


 <転移ガトム>の魔法を使う。視界が真っ白に染まり、次の瞬間、目の前には俺の家、鍛冶・鑑定屋『太陽の風』があった。


「……やっぱり、失われた魔法<転移ガトム>……空間と空間をつなげている……間違いないわ……」


 サーシャはぶつぶつと呟き、魔力の残滓から魔法を解析しようとしている。

 まあ、さすがに無理だろうが。


「ここが俺の家だ。ついでに寄ってくか?」


「そんなことよりっ、今の魔法、<転移ガトム>でしょ? 雑種のくせに、こんな失われた魔法の術式をどこで習ったの? 教えなさいよっ!」


 余程興味があるのか、サーシャがぐいぐいと俺に詰め寄ってくる。


「知りたければ、俺の家で遊んでいくんだな」


「……どうしてわたしが雑種の家なんかに……」


「遠慮するな」


 キッとサーシャが俺を睨む。瞳には魔法陣が浮かんだ。


「してないわっ!」


「そうか、帰るのか。じゃあな、また明日」


 サーシャに背を向け、ミーシャに言った。


「ミーシャは寄ってくだろ?」


「……ん……」


「行こうぜ。今日は失われた魔法の話でもするか」


 思わせぶりにそう言って、家のドアに手をかける。


「ま、待ちなさいよっ!」


「ん?」


 俺が振り向くと、気まずそうにサーシャは呟いた。


「……わ、わたしも……」


 そこまで言い、彼女はバツが悪そうに俯く。


「なんだ?」


「……だから、い、行っていい……かしら……?」


 消え入りそうな語尾に、思わず俺は笑った。


「ああ」


 サーシャはほっと胸を撫で下ろす。


「遊びたかったんだな」


「違うわよ! いい? わたしの目的は<転移ガトム>。それだけだわっ! 変な邪推はやめてくれるかしら」


 実際そうなのだろうが、ここまでムキになって否定するということは、意外と遊びたいと思っていたのかもしれないな。まあ、つつかないでおくか。意地を張って来なくなってはミーシャが落ち込む。


 俺がドアを開けると、カランカランと音が鳴る。

 店番をしていた母さんがこちらに気がつき、小走りに寄ってくる。


「おかりなさい、アノスちゃん。今日の班別対抗試験、どうだった?」


 母さんは緊張した面持ちで訊いてくる。


「勝ったよ」


 途端に、母さんはキラキラした笑みを顔に貼りつけて、俺にぎゅーっと抱きついてきた。


「すごいわっ、アノスちゃんっ! 天才っ! まだ一ヶ月なのに、大きいお友達に勝っちゃうなんて、すごすぎるよっ! 今夜はご馳走にするわねっ!」


 めちゃくちゃ頬ずりされ、俺としたことが戸惑ってしまう。


「お、おう……」


 相も変わらず母さんの勢いはすごい。


「ああ、それと、またお客さんをつれてきたんだけど……?」


「あら? またミーシャちゃん? もう。アノスちゃんたちってラブラブなんだからぁ」


 がしがしと母さんが肘で脇腹をつついてくる。

 それから、俺の後ろにいたミーシャに言った。


「いらっしゃい、ミーシャちゃん……と、あれ?」


 予想外にも二人いたので、母さんの頭には疑問が浮かんでいるようだ。


「初めまして、お母様。わたしはサーシャ・ネクロン。以後お見知りおきを」


 サーシャがスカートの裾を持ち上げ、優雅にお辞儀をする。


「……お義母様って……そんな……!?」


 母さんはなにやら衝撃を受けているようだ。


「あ、アノスちゃんが……アノスちゃんが……」


 母さんが顔色を真っ青にして叫んだ。


「アノスちゃんが、二人目のお嫁さんをつれてきちゃったよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!」


 母さんのあまりの取り乱しように、サーシャもただ呆然と見るばかりだ。


「ええと……どういうことかしら?」


「あのね、あのね、サーシャちゃん、落ちついて聞いてくれる?」


 サーシャの両肩をがしっとつかみ、母さんは切実な表情で訴える。


「大丈夫。わたしは落ちついてるわ」


 サーシャは母さんの方が落ちついていないと言いたげだ。

 そんな彼女に、まるで言い聞かせるような言葉がかけられた。


「アノスちゃんはまだ一ヶ月だから、なにも知らないの。悪気はなかったのよ。でもね、もうミーシャちゃんっていうお嫁さんがいるのよ」


「ふーん。そ。でも、わたしには関係ないわ」


 さすがサーシャ、冷静な返しだな。

 これならさすがの母さんも我に返るだろう。


「関係ないって……関係ないって……愛人でも良いってことぉぉっ! アノスちゃんってば、アノスちゃんってば、どうしてそんなにモテモテなのぉぉっ!?」


 さすが母さん、斜め上の返しには定評がある。


「ちょっと待ってくれるかしら。そんなわけないでしょ」


「ええぇぇぇぇっ、じゃ、略奪愛狙いってことぉぉっ!?」


「…………」


 サーシャは困ったように俺の方を見る。

 面白いからもう少し放置してみよう。


「だから、その、ミーシャの姓を知ってるかしら?」


「ネクロンよね?」


「わたしは、サーシャ・ネクロン」


「あ、じゃあ……」


 母さんははっとした。


「そ。姉妹だから、たまたま知り合っただけで――」


「姉妹でアノスちゃんを奪い合っちゃってるんだぁぁぁぁぁっ!! どうしよう? どうしようーっ!? アノスちゃんが男前すぎて、仲良し姉妹の絆を引き裂いちゃうよぉぉぉっ!!」


 そのとき、バタンとドアが開き、また面倒な男がやってきた。

 俺の父だ。


「アノスッ。父さんはな、父さんは昔これでもけっこうやんちゃだったんだ。剣術なんか使ったりしてな。ははっ」


 ふむ。父さんも初っ端から全開だな。

 いきなり、なぜ昔話を始めているのだ?


「だから、お前の気持ちはよくわかる。男の子だから多少のやんちゃはするだろうし、父さん、大抵のことは理解してやれるつもりだった。でもな」


 父さんは真剣そのものの表情で言った。


「お前、二人なんて、そんな羨ましい!」


 ふむ。父よ。本音が駄々漏れではないか。

 俺たち親子に呆れたような視線を注ぎ、はあ、とサーシャはため息をついた。


「ちょっと、アノス。責任取りなさい」


「結婚すればいいのか?」


 サーシャの顔が真っ赤になった。


「そ、そんなわけないでしょうが、馬鹿なのっ!!」


 騒がしい奴だな。


「ちょっと、ミーシャ。あなたもなにか言いなさいよ」


 ミーシャは考え、そして言った。


「……サーシャはアノスが好き……?」


「馬鹿なのっ!!」


 ふむ。ガラクタ人形だのなんだのと言っていたわりに、なかなかどうして、仲は悪くないようだな。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 初期の方でもサーシャは元気なツッコミ役! [一言] 久々に最初期から読み返してますが… 最初期はアノスの口調がアノスっぽくない… 若干の寂しさを感じていたらサーシャ、ミーシャはそのままっぽ…
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