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逆賊の剣


 アヴォス・ディルヘヴィアが目を細め、淑やかに微笑する。

 彼女はその魔眼で俺を冷たく睨めつけ、優しく言った。


「一度勝った程度で調子に乗るのはおやめなさいな。器が知れるというものですわ」


「ふむ。なるほど。確かに、一度負けただけでは格の違いがわからぬということもあるだろうな」


 奴の視線が鋭さを増す。


「では、あと三度ほど勝とう。さすがにそれならば、お前にも理解できよう」


 そう挑発してやると、彼女は<遠隔透視リムネト>の魔法で、五つの水晶にそれぞれ別の映像を映した。


 広々とした一室だ。白服の生徒たちが、<拘束魔鎖ギジェル>に縛られ、<闇域デメラ>で魔力を吸収されている。


「彼女たちはそれぞれ、西棟、東棟、南棟、北棟、本棟でその身を拘束されていますわ」


 アヴォス・ディルヘヴィアは水晶に魔力を送り、その五つの部屋に対し、局所的に<闇域デメラ>の威力を高める。


 瞬間、白服の生徒たちは苦しそうに悲鳴を上げた。

 彼らの魔力がみるみる吸収されていく。


「息絶えるまで、残り一〇分といったところかしら?」


「ほう。それで?」


「あなたの残りの配下は三人。エレオノールとゼシア、それから、メノウ。彼女たちが三手に分かれようとも、残り二箇所には届きませんわ。もっとも、三手に分かれれば戦力が分散されて、救出することはできないでしょうけども」


 闘技場にいる者たちは計算に入れていない、か。

 恐らくそちらには、時間稼ぎの兵でも向けているのだろうな。


「たった今見たばかりの闘技場の顛末をもう忘れたのか。二千年前の魔族と言えども、転生していれば、お前の支配下から逃れられる。俺の駒がまだ残っているやもしれぬぞ」


 ふわりと微笑し、アヴォス・ディルヘヴィアは言った。


「ハッタリはお止めなさいな。わたくしが配下の根源に気がつかないとお思いですの? この城にいる魔族は全員、予めわたくしの魔眼で二千年前の魔族かどうかを確かめていますわ。闘技場にいる彼らがそれを逃れたのは、運良く転生がその後に行われたため」


 二千年前の魔族が転生していた場合、自分の支配の力が及ばぬのは知っていたのだろう。

 となれば、アヴォス・ディルヘヴィアが現れた時点で、すでに転生していた二千年前の魔族には、相応の対処をしたと考えるのが妥当か。

 

「つまり、転生して数時間しか経っていない魔族しか、あなたに味方はいないということ」


「その数時間の間に転生してくる魔族の確認をしないのは、愚かとしか言いようがないがな」


 もっとも、理滅剣を手中に収めるのを優先しただけなのだろうがな。


「あら、そんなもの必要ありませんわ」


 勝ち誇るかのように、アヴォス・ディルヘヴィアは微笑した。


「考えればわかることでしょう。この数時間の間に転生したあなたの配下たちは、自分たちの味方が誰なのか、はっきりとわかってはいませんわ。確かめようとすれば、逆にわたくしの配下に目をつけられる。迂闊に聞くことはできませんの」


 アノス・ヴォルディゴードに味方するようなことを口にすれば、相手がアヴォス・ディルヘヴィアの味方だった場合、捕らえられてしまうだろう。


 周囲が敵だらけの状況の中、数少ない味方だけを集い、組織立った行動をとるのは難しい。集めた味方に一人でも敵が紛れれば、あっという間にアヴォス・ディルヘヴィアに知れる。


「たった数時間で、誰がアノス・ヴォルディゴードの味方で、誰がアヴォス・ディルヘヴィアの味方か、確かめるのは困難ですわ。それがなんとか行えたのは、あの闘技場にいた六人だけ、といったところでしょう」


 ふふっ、と嘲弄するように彼女が微笑む。


「わたくしをうまく出し抜いたつもりだったかもしれませんが、その実、身を潜めていたあなたの配下があぶり出されたにすぎませんわ」


 玉座に座ったまま、見下すように彼女は俺に言った。


「助けに行ってきなさいな、アノス、カノン。戻ってきたら、また相手をして差し上げますわ。あなたのご自慢のヴェヌズドノアで」


 アヴォス・ディルヘヴィアが手の平をかざすと、室内の魔法文字の一部が弾け飛び、別のものに書き換えられた。


 行って戻ってくるだけの時間があれば、理滅剣を手中に収められるつもりでいるのだろう。


「ふむ。確かに、転生した者が数時間で味方を見つけるのは困難だったろうな。俺にも、彼らを見つける時間と、命を下す時間はなかった」


 言いながら、俺はある水晶に<思念通信リークス>を送る。


「だが、敵に知られず、転生した仲間を探す方法が一つある」


 闘技場にいる二千年前の配下に、俺は言った。


「そうだな、デビドラ」


 すると、すぐに彼からの返答があった。


『偽の魔王、アヴォス・ディルヘヴィア』


 水晶から伝わってきた<思念通信リークス>が、玉座の間に響く。


『アノシュ・ポルティコーロを知っているか?』


「……なんの話ですの?」


 アヴォス・ディルヘヴィアが不可解な表情を浮かべた瞬間だった。

 五つの水晶から、激しい爆音が響いた。


 見れば、五つの<遠隔透視リムネト>に映っていた、白服の生徒たちが<拘束魔鎖ギジェル>から解放されている。


 ある者は、やってきた黒服の生徒たちに助けられ、ある者は、自らその鎖を引きちぎり、またある者は教師たちに救出された。


 白服の生徒たちは皆、すぐに反魔法をかけられ、<闇域デメラ>の威力を限界まで軽減させられる。


 明らかに、全員で示し合わせ、救出作戦を行ったのだ。


「我が配下に命ずる。生徒たちを連れ、エレオノールと合流せよ。彼女の魔法結界ならば、<闇域デメラ>を防ぐことができよう。俺がアヴォス・ディルヘヴィアを倒すまでは持つはずだ」


 水晶にかけられた<遠隔透視リムネト>の魔法線を通じて、配下たちに<思念通信リークス>を送る。皆、二千年前、あの闘技場で、イガレスの処刑に関わった者たちだろう。


 彼らはアノシュ・ポルティコーロを合い言葉に、味方を探した。


 つい今しがた見せたアヴォス・ディルヘヴィアの反応のように、敵はアノシュと言われても、なんのことかわからぬ。

 しかし、二千年前の味方にだけは、それがわかる。


『『『仰せのままに』』』


 そう返事があった後、エレオノールからの声も届く。


『わかったぞ』


 <闇域デメラ>は強力だ。なによりもその術者がアヴォス・ディルヘヴィアというのが大きい。とはいえ、このミッドヘイズ全域を覆っているだけあって、その力はどうしても分散される。


 エレオノールは俺の魔法だ。彼女が最大まで<聖域アスク>で魔力を高め、狭い範囲で結界を構築すれば、時間を稼ぐことぐらいはできるだろう。


 彼女と二千年前の配下が連絡できるよう、俺を経由して、<思念通信リークス>をつなげておいた。これだけ条件が整えば、彼らならば、確実に実行してのける。


「……アノス・ヴォルディゴード……」


 不可解といった表情を、アヴォス・ディルヘヴィアは浮かべている。


「いったい、なにをしましたの?」


「わからぬか」


 奴が瞬きをしたその瞬間、俺とレイは地面を蹴り、すでにその玉座の前にいた。


「アノシュ・ポルティコーロだ」


 刹那、アヴォス・ディルヘヴィアはその外套を脱ぎ、目くらましのように俺たちの視界を覆った。


 構わず、レイの霊神人剣が横薙ぎに一閃する。

 外套と共に、玉座はいとも容易く真っ二つに切断されたが、しかし、アヴォス・ディルヘヴィアは跳躍し、聖剣を躱していた。


 彼女は先程まで俺たちがいた場所に着地する。


「そう。よくわかりましたわ。過去を変えたのですね、不適合者。神の秩序に逆らって。なんと不届きな方なのでしょう」


「わかったのなら、そろそろ理滅剣に魔力を注ぐのはやめ、本気を出すことだな。さもなくば、戦いにすらならず、死ぬことになろう」


 俺は蒼白い輝き放つ自らの五指で、ぐっと空をつかむ。

 すると、アヴォス・ディルヘヴィアが苦悶の顔で左胸を押さえた。


「避けたと思ったか? その心臓、すでに俺の手中にあるぞ」


 <森羅万掌イ・グネアス>の手。

 距離を越え、万物を手中に収めるそれが、アヴォス・ディルヘヴィアの心臓を握っていた。


「……どうかしら? まだ本気を出す状況とは思えませんわ。依然として、わたくしはすべてを掌握していますもの。あなたが私の命を握っていようとも、なんら危機ではありません。さあ、勇者カノン。その霊神人剣で私を斬ってご覧なさいな」


 レイが無言で、聖剣を構える。


「なにを企んでいようと、構わぬ。どのみち、すべてを断ち切ってやるしかあるまい。彼女の悲しい宿命とともにな」


 僅かに、うなずき、レイは地面を蹴った。

 風の如く彼は偽の魔王へ接近していく。


 その最中、彼の背後に宝石のように輝く剣の切っ先が見えた。


 使い手の姿はない。剣だけが空間から、突如姿を現している。


「ジェンヌルか」


 そう呟いた頃には、俺はレイを守るように、その背後にいた。

 振り下ろされた宝剣エイルアロウを、<四界牆壁ベノ・イエヴン>を纏わせた左手で受けとめる。


 その瞬間――景色が変わった。


「…………」


 辺りは、城の中だった。デルゾゲードではない。

 遠くに木造の玉座が見え、月明かりがぼんやりと窓から差し込んでいた。


 見覚えがある。

 エニユニエンの天辺、雲の上の城だ。


 だが、一瞬で転移したようには思えぬ。

 魔眼を向ければ、この空間がすべて魔力で創られた幻影であることがわかる。


「ふむ。なるほど。ここが神隠しの精霊の中というわけか」


 剣を受けとめた瞬間に、引きずり込まれたということだろう。


「その通りです」


 静かに声が響く。

 足音とともに、薄暗闇の向こうからやってきたのは、漆黒の鎧を身に纏い、仮面を被った男だった。


 彼はその仮面を手にかけ、ゆっくりと外す。

 あらわになったその顔と、根源は、確かに俺のよく知る魔族のものだ。


「お久しぶりです、アノス様。私は、あなたを――」


 魔王の右腕、シン・レグリアは二千年前と変わらない、冷たい魔眼で言った。


「――裏切りました」


とうとうアノスの前に現れたシン。

その胸中は――?



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