処刑
<幻影擬態>と<秘匿魔力>の魔法で姿と魔力を隠し、警備についている魔族たちの魔眼をすり抜けては、俺たちは地下ダンジョンを上っていた。
もうまもなく、デルゾゲード魔王城の一階に到着するだろう。
『メノウ先生は、アヴォス・ディルヘヴィアたちの居場所を特定できたと思うかい?』
<思念通信>でレイが話しかけてくる。
『さて。あちらも警戒してるだろうからな。五分五分といったところか』
『えーと、三人とも同じ場所にはいないのかな?』
エレオノールが首を捻る。
『それはわからぬが、俺たちに与し易い者をぶつけたいのは確かだろうな』
『レイとアヴォス・ディルヘヴィアを戦わせたくないってことよね?』
サーシャが訊いた。
『ああ、霊神人剣と勇者カノンは、その噂と伝承から奴の天敵となっているはずだ。だが、シンならば、レイと互角以上に戦える。神であるノウスガリアには神の力を宿した霊神人剣は効かぬだろう』
『ノウスガリアとレイを戦わせたい?』
今度はミーシャが尋ねた。
『あちらにとっては、それが理想だろうな』
『でも、ノウスガリアはアノス君がやっつけちゃったから、まともに戦えないんじゃなかった?』
エレオノールが疑問の表情で言った。
『アヴォス・ディルヘヴィアがいるからな。母なる大精霊の血を引くため、奴は精霊魔法すら使いこなす。それに暴虐の魔王の魔力と神の魔法術式が加われば、根源の傷を癒すことも不可能ではあるまい』
確証があるわけではないが、ノウスガリアは万全だと思っておいた方がいいだろう。これを予期していたからこそ、奴は理滅剣でその根源を弱体化させられても、余裕ぶっていたに違いない。
『ノウスガリアがレイを、そしてシンとアヴォス・ディルヘヴィアで俺を倒す。ミーシャたちは、二千年前の配下や七魔皇老で押さえるのが、あちらの戦力上は妥当なところか』
『ふーん、そううまく行くかしら?』
戦意を露わにし、サーシャが言う。
『それより、精霊王ってシンでしょ? 戦う必要あるの?』
『……そうだな。あるいは、戦う必要はないのかもしれぬ』
アヴォス・ディルヘヴィアを、ミサを殺させないために、シンはここまでのことをした。守れなかった、亡き妻のために。
ならば、俺がアヴォス・ディルヘヴィアだけを倒し、ミサを救うと言えば、本来はそれで済むことかもしれぬ。
『しかし、あの男に戦うつもりがないのならば、もうとっくに俺のもとへ戻ってきているだろう。自らの口で、自分がしたことを説明するはずだ』
『なんでそうしないの?』
『できぬのだろう。いかなる事情があろうと、俺に刃を向けたことには変わらぬ。今更、なに食わぬ顔で元の鞘に戻れるものではあるまい。もっとも、それだけとも思えぬがな』
薄々は想像がつくが、直接訊いてみるまではわからない。
少なくとも、あいつは俺を待っているだろう。
ならば、それに応えてやらねばならぬ。
『わからないけど、まあいいわ。どうせあなたは、なんとかするんでしょうし。どちらにしても、メノウ先生があいつらの居場所を見つけられたら、こっちが有利になるってことよね?』
『ああ、それと――』
そこまで言うと、地下ダンジョンに声が響いた。
「逆賊アノス・ヴォルディゴード。すでにこのデルゾゲードへ侵入しているのはわかっております」
この声は、メルヘイスか。
「これより、我々はアヴォス・ディルヘヴィア様の命に従い、劣等種たる白服の生徒を一人ずつ処刑いたします。助けたくば、闘技場へ一人で姿を現しなさい。あなたが現れなければ、一人ずつ殺します」
ふむ。想定内の行動ではある。
『それと、これかしら?』
サーシャが言った。
『ああ、元々、白服の生徒を糧にして魔力を得ているのは、俺を誘き寄せる意味もあったのだろうな』
『アノス君一人で来いって言ってるってことは、闘技場にアヴォス・ディルヘヴィアがいるのかな?』
エレオノールが訊く。
『……恐らくは、いないだろう。まずは俺の姿を確認するのが目的と思って間違いあるまい。向こうも、馬鹿正直に俺が現れると考えているとは思えぬ』
『じゃ、わたしたちが行くわ』
サーシャが言い、ミーシャはこくりとうなずく。
『任せて』
『では、そうしよう。エレオノールとゼシアには、他の白服の生徒の救出を任せる。闘技場で処刑されようとしている者以外にも、まだ幽閉されているはずだ』
『わかったぞ』
エレオノールが元気よく返事をして、ゼシアも続いた。
『がんばり……ます……』
リィナが俺に視線を向けた。
『私は……?』
『俺と来るがいい。精霊王が待っている』
リィナは少し考え、『うん』と言った。
彼女は愛の妖精フランだ。誰にその身を貸してやっているのか、今は想像に難くない。彼女とて、過去を見たのだ。薄々と気がついているはずだろう。
だが、まだここですべてを悟らせるわけにはいかぬ。
自分が愛の妖精フランだと自覚すれば、消えてしまうのだからな。
その想い、伝えるまでは、まだ――
俺たちは少し足早に上階を目指した。
地下ダンジョンの階段を上り終え、魔王城の一階に到着する。
待ち構えているかとも思ったが、ここには警護の者はいないようだ。
「ここからは別行動だ」
ミーシャとサーシャの<幻影擬態>の魔法を解く。
<創造建築>の魔法で、二人に大きめのとんがり帽子を作ってやる。髪を中に入れ、深く被れば、ある程度顔を隠せる。
「さほど強くはないが、認識を阻害する魔法具だ。身につけていれば、なんとなくその者には注意が向かぬ。<幻影擬態>で忍び込めれば、それに越したことはないが、場所を限定しているならば、対策はしているはずだ」
ルーシェのように<風波>で風を吹かせ、その流れを読むといった具合にな。ミーシャとサーシャには、それを防ぐ手段はない。
「奴らが<幻影擬態>で透明化している者を探すのならば、逆に見えている者が盲点となる。アヴォス・ディルヘヴィアが魔王学院を占拠して大した時間は経っていない。二千年前の魔族が皇族たちを指揮しているということは、部下の顔をよく知らぬということだ。うまくやれば、処刑の場に紛れ込めるだろう」
ミーシャはこくりとうなずき、<創造建築>で自分の白服を黒服に作りかえた。
「行ってくる」
二人は闘技場の方へ向かった。
俺は他の者と共に先へ進みながらも、サーシャの視界に魔眼を向ける。
<飛行>で低空を飛行し、瞬く間に二人は闘技場の外まで辿り着いた。
「……どうやって紛れこもうかしら? さすがに、中にいる人数は把握してるわよね?」
「見て」
ミーシャが指をさす。
すると、慌てたように闘技場へ走ってきている黒服の生徒たちがいた。
「呆れたわ。こんな状況で遅刻なんて……」
「学生だから」
いかにアヴォス・ディルヘヴィアの支配下におかれようとも、この時代の学生は平和に慣れすぎている。
賊が侵入したと言われても、迅速に行動できる者ばかりではない。
「ちょうどいいわね。一緒に紛れこみましょう」
数人ほどの生徒たちに混ざり、ミーシャとサーシャは建物の中へ入った。
暗い通路を抜けると、そこは闘技場だ。
中央には、白服の生徒たちが何人もいて、生気のない顔で座り込んでいる。
その周囲に黒服の生徒たち、そして黒の法衣を纏った教師がいた。メルヘイスを始め、七魔皇老全員もそこに集まっており、白服の生徒を取り囲んでいた。
賊の侵入があったため、魔法具を身につけている者は多い。
帽子どころか、鎧兜を纏っている者もいるため、認識が阻害されている二人が目立つことはなかった。
ミーシャとサーシャは、黒服の生徒たちの集団にそれとなく混ざった。
「そろそろ、よろしいでしょう」
メルヘイスがそう口にすると、闘技場の入り口に魔法障壁が展開された。
上空にも屋根のように魔法障壁が張り巡らされる。
「整列しなさい」
その言葉で、黒服の生徒たちが一斉に整列する。
「今、何人かの生徒が、遅れてこの場へやってきましたね」
黒服の生徒たちに緊張感が走った。
「その者どもの中に、アノス・ヴォルディゴードか、あるいはその配下が紛れている可能性がございます」
メルヘイスは数歩踏み出し、生徒たちの顔に視線を向ける。
「確かめましょうか、ニヒド、グレイズ」
二人の教師が前へ出る。
彼らはメルヘイスが、処刑を報せる前から元々ここにいた者だろう。
つまり、俺の配下である可能性はない。
メルヘイスと教師二人は、整列している者たちに、一人ずつ魔眼を向けていく。
他の七魔皇老は油断なく、処刑予定の白服の生徒たちを注視していた。
『サーシャ。気がつかれたら、<破滅の魔眼>を使って』
『七魔皇老に?』
『そう。時間が稼げれば、<創造の魔眼>で無力化できる』
『無力化って……?』
『全員猫さんに創り替える』
『……わかったわ。うまく隙をつけば、なんとかなりそう……』
と、そのとき、メルヘイスがなにかに気がついたように、サーシャに視線を向けた。
「……そこの二人、帽子を――」
「おいっ! 貴様ら、その帽子はなんだっ!?」
メルヘイスが口にするより先に、ニヒドと呼ばれた教師が、つかつかとサーシャに詰め寄ってくる。
彼女がぐっと拳を握った瞬間、ミーシャがその手に触れた。
『大丈夫』
「大人しくしていろ。貴様らが不適合者の配下でなければ、なんの問題もない」
ニヒドはぐしゃり、とんがり帽子の先をつかんだ。
そうして、吟味にするようにサーシャとミーシャの顔を見つめる。
ちょうどメルヘイスからは死角になり、二人の様子がわからない。
やがて、ニヒドは振り返って言った。
「こちらは、全員問題ありませんっ! アノス・ヴォルディゴードの配下は、一人もいませんでした!」
「そうですか。では、処刑を進めましょう」
粛々と命令を実行するかのように、メルヘイスは言った。
彼は白服の生徒たちに視線を向ける。
「アノス・ヴォルディゴードが姿を現すまで、あなた方を一人ずつ殺します。心苦しいことではございますが、これも我が君のご命令。せめて、苦しまずに殺して差し上げます」
白服の生徒たちに近づき、メルヘイスはある女性徒に視線を向けた。
「では、彼女に」
ニヒドがやってきて、躊躇なく彼女の手首をつかむ。
「やっ、やだ……助けて……! どうして……?」
「あなたが皇族ではないからでございます。混血の魔族は皆、糧となり、ディルヘイドは皇族のみが支配する、素晴らしい国へと生まれ変わるのでございます」
泣きじゃくる生徒に、メルヘイスは一瞬、ほんの僅かに悲しげな表情を向けた。
あるいは、命令に従わざるを得ないことに、心のどこかで反発しているのかもしれない。
とはいえ、アヴォス・ディルヘヴィアの支配から抜けられるほどではないだろう。
サーシャとミーシャが目配せをした、そのとき――
「待ってくださいっ!」
白服の生徒が一人立ち上がり、メルヘイスの元へ歩み出た。
「処刑するのなら、僕を代わりに」
メルヘイスが訝しげに、彼に視線を向けた。
すると、白服の生徒は堂々と声を上げた。
「僕は、3回生のアラミス・エルティモ。かつての名を、イガレス・イジェイシカ! 勇者ジェルガの血縁にして、二千年前のアゼシオン第七王位継承者ですっ! 混血の魔族よりも、遙かにあなた方の敵でしょうっ!」
覚悟を決めた表情でイガレスはそう口にし、<聖域>の魔法を使ってみせた。
メルヘイスが険しい視線を、イガレスに向けた。
「あなたが転生なさったのは、いつですか?」
「これが四度目の転生です。最後の転生はずいぶん前の話ですが、記憶と力が完全に戻ったのは、アヴォス・ディルヘヴィアに幽閉されてからです」
メルヘイスは考えるように、しばし沈黙した。
「けっこうでございます。確かに勇者の一族は、我々魔族が滅ぼさなければならぬ敵。お望み通りにして差し上げましょう」
おかしな点はないと判断したか、メルヘイスはそう口にした。
「彼を処刑台に」
ニヒドがイガレスの手首をつかむ。
そうしながら、ニヒドは彼の耳元で小さく囁く。
その唇は、とある名前を、口にしたかのように動いたのだった。
処刑に縁のある、イガレス……。