表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
170/726

兵(つわもの)どもが夢の跡


 ミッドヘイズを出て南西へ少し行けば、街の景色を一望できる小高い丘がある。

 その頂上、見晴らしの一番良い場所には、ある種、異様な光景が広がっていた。


 剣がある。槍もある。弓や、斧、杖もあった。

 丘の上には、所狭しと沢山の武器が突き立てられていた。


 そのすべてが墓標である。

 俺が魔王となり、軍を率いて以来、大戦で戦死した者たちは、ここを墓地として祀られている。


 皆滅び、最早蘇生も転生も適わぬ。


「魔法の時代にはなかった……」


 ミーシャが呟く。


「俺も二千年後に一度訪れたが、片付けられたのだろうな。魔法で動かしたような痕跡があった」


 彼女は俯き、なにやら考えている。


「……ミッドヘイズには大戦の戦死者を祀る宮殿がある。魔法の時代から千年前に作られた」


 なるほど。

 そこに移されたのかもしれぬな。


「この剣や槍は魔法具ではないからな。野ざらしでは、墓標がもたぬからだろう」


 魔法で修復しないのは、それが死者への習わしだからだ。武器が朽ち果てても、そのままそこに残すものなのだ。

 古いものほど魔力が宿る。こうして魔力を持たない武器で墓標を作ることで、滅びた者がいつの日にか、蘇ると伝えられている。無論、事実かどうかは定かではない。


 滅びた者が蘇るには、悠久の時を重ねなければならぬ。世界ができて、今日に至るよりも、遙かに長い時間が。今はまだ誰にも、証明することはできないのだ。


 常識的に考えれば根源が滅びた者は蘇らない。だが、この方法では無理だと確かめる術もない。


 あるいは魔族の祖が見出した、救いだったのかもしれぬ。


「あった」


 ミーシャが墓地の奥を指さす。

 かなり遠くに古びた館が見えた。


 壁面に刻まれたあの文字通りならば、そこにエールドメードがいるはずだ。

 しかし、すぐに向かうわけには行かない。


「少しいいか?」


 それだけで俺の心を察したのか、ミーシャはこくりとうなずいた。

 ゆるりと足を踏み出し、俺は無数の墓標の前へ歩いていく。


 ここに来た以上、素通りするわけにはいかぬ。


「わかるか、ミーシャ」


 彼女は俺の傍らで、同じように墓標に視線を巡らせている。


「これだけの者を、俺は守れなかったのだ」


 俺はその場に跪いた。


 平和のために、彼らは死んだ。

 俺の夢に魅せられて、皆、滅びるまで戦ってくれた。

 忠実な配下ほど、先に逝ったものだ。


 守れなかった。

 俺にはまだ、力が足りなかったのだ。


 強くならなければならなかった。

 平和を勝ち取るために。理不尽を覆すために。悲劇を終わらせるために。


 志半ばで死んでいった彼らの想いに応えるために。

 たとえ暴虐と呼ばれようとも、たとえ残虐な行為を行おうとも、いつの日にか必ず訪れる平和な未来のために、俺は魔王としてこの地に君臨した。


 それでも、どれだけの力を手にし、魔法を極めようと、すでに滅びた者の命は戻らぬ。

 

「皆に良い報せがある」


 許しを請うように頭を下げ、俺は今はいない配下たちに告げる。


「平和は叶った。誇るがよい。俺たちは勝ったのだ」


 果たして、それは勝利なのか。

 滅びた者に、なにを告げても、空しさばかりが募る。


「よくぞ誓いを果たしてくれた」


 墓標はこの場所でなければならぬ。

 共に誓い合った、この丘に彼らの魂は眠っている。


 いつの日か平和が来たとき、ミッドヘイズの街を眺めていられるように、見晴らしの良い場所に墓標を立てたのだ。


 そのまま、ここに残るはずだったが、思うようにはいかぬものだ。

 二千年あれば、変わらぬものなどない。


「すまぬ。俺は誓いを果たせなかった」


 もっと強く、俺が世界のすべてを軽く掌握するほど強ければ、彼らの命も救えたはずだ。


「白い花」


 ミーシャが、<創造建築アイビス>の魔法で、一輪の花を墓標一つ一つに添える。

 彼女は俺の隣に膝をついた。


「顔を上げて」


 ミーシャは淑やかに囁いた。


「きっと、魔王が俯くところは見たくない」


 その言葉を聞き、俺はゆっくりと顔を上げた。


「みんな、我が君の顔が見たい」


 優しくミーシャの言葉が耳を撫でる。

 俺の心さえ撫でるかのように。


「平和な時代を生きる魔王の顔が。そのために彼らは命を賭して戦った」


「……なぜ、そう思う?」


 ミーシャはその魔眼を墓標へ向けた。


「ここに、みんなの想いが残っている気がする」


「滅んだ者の想いがか?」


 こくりとミーシャがうなずく。


「心はまだここに」


 それは淡々としていて、けれども、とても柔らかい響き。


「アノスと一緒にある」


 ミーシャの魔眼は心の深淵を覗く。詛王の配下との戦いを経て、よりいっそうその魔眼は見えるようになったのかもしれぬ。


 この俺にさえ、見えぬものが。


「この者たちを平和な時代へつれていってやることができなかった」


 ミーシャは静かに首を左右に振った。


「魔王に救われた彼らは、魔王を救いたいと思った。我が君が暴虐に振る舞わなくてもいい時代を、望んだと思う」


 じっと、彼女の蒼い魔眼が俺を覗き込む。


「ミーシャ」


「ん」


「この者たちはなにを望んでいる?」


 じっと考え、それからミーシャは言った。


「笑ってあげて」


 意外な台詞だと思った。


「死者の前でか?」


「我が君がどんな風に笑うのか、彼らは知りたかった。戦わない魔王の素顔が知りたかった」


 二千年前とて、笑ったことがないわけではなかったのだがな。


 笑いには理解があったつもりだ。

 よく道化師や旅芸人を魔王城に招いては、宴を開いたりしていたものだ。


 だが、もしかしたら、それで俺が笑いたいのだと配下たちは思ったのかもしれぬな。

 その頃の俺には知る由もないことだったが、転生した後のような気持ちで笑ったことは、確かにない。


「配下の想いも汲んでやることのできぬ、至らぬ王だった」


 まっすぐ顔を彼らに見せ、俺は言う。


「お前たちの助けがあってこそ、俺は平和な時代へ行くことができた」


 魔法の時代のことを思い出す。

 つまらない授業、退化した魔法術式、俺を魔王とすら認めぬ子孫たち。


 なんと馬鹿馬鹿しく、退屈で、誰も死なぬ平和な日々だ。


 叶うならば、彼らにも、それを見せたかった。


「ありがとう」


 その言葉に、配下への感謝と労いを込めた。

 うまく笑えているのかはわからぬが、これで許せ。

 

 立ち上がり、俺は墓地の奥の館を睨む。


「決して無駄にはせぬ」


 アヴォス・ディルヘヴィアを放っておけば、再びディルヘイドに戦乱が巻き起こるだろう。そうなれば、多くの者たちが命を失う。


 もう二度と、そんなことをさせるわけにはいかぬ。


「待たせたな。行こう」


「ん」


 <幻影擬態ライネル>と<秘匿魔力ナジラ>の魔法で、姿と魔力を隠し、ミーシャと二人で墓地の館まで歩いていく。


 扉には<施錠結界デジット>がかけられていた。


「ふむ。なるほど。<解錠ディ>などでこれを解除すれば、侵入を察知されるという仕組みか」


 連動する魔法効果がシンプルで弱い分、気がつかれにくい。

 だが、壁面の文字のおかげで、見抜くのは容易かった。


 その助言通り、俺は扉に<腐死イグルム>の魔法を使う。

 カチャ、と音を立てて施錠が外された。


 扉に手を当て、ゆっくりと開く。

 中は薄暗い。外観同様、室内もかなり古びた様子だ。


 調度品の類は埃を被っており、傷がついている物も少なくはなかった。

 室内の奥へ進んでいくと、地下へ続く石造りの階段がある。


 他にこれといったものはなく、俺たちは階段を下りていく。

 石の壁面にはランプがつけられており、辺りをぼんやりと照らしていた。


 しばらして、カカカ、と笑い声が聞こえてきた。


「――あれには恐れ入った。一瞬だったではないか。なあ、ジーク」


 愉快そうな男の声だ。

 もう少し進んでみれば、首のない魔族、熾死王エールドメードがそこにいた。


「手負いとはいえ、ああも容易く神を切り捨てるとは、さすがは魔王アノスの右腕だ。神が敵わぬのだぞ、魔王ではなく、その配下にだっ!」


 口がないのに、どこから声を出しているのか、エールドメードは異様にテンションを上げ、熱く語っている。


 傍らでそれに相槌を打っているのは、褐色の肌と金の瞳を持ち、髪をオールバックにまとめている男だ。二千年後に一度会ったな。熾死王の参謀、ジークか。


「では、魔王アノスはどれほど強いというのか? どれだけ強大な敵を差し向けようとも、未だに奴の底が知れんっ! いや底などあるのか? まったく、素晴らしいことだ! なにが素晴らしいと思う、なあ、ジーク?」


「わかりません。それで主よ。今後、どうなさるおつもりか?」


 ジークは適当に返事をして、そう質問した。


「天父神はまだアハルトヘルンにいる」


「あなたの体なくしては、回復に時間がかかるのでは?」


「その通り。あの神は死にかけている。しかし、計画通りだとも言っていたな。このオレが魔王の右腕に会いに行ったのも、予定通りということらしい」


 ジークは眉根を寄せ、考え込む。


「要はまだ同盟は続行ということだ」


「冥王の言う通り、神族というのは得体が知れない。あまり、深入りしない方がよろしいのでは?」


「カカカ、得体が知れないからこそ良いのだ。底の知れた雑魚に、魔王アノスの敵が務まるか、ん? やられ役など緋碑王にでも任せておけばいいではないか」


 一瞬なにか言いたげな視線を向けた後、ジークは声を発する。


「は」


「だが、秩序を生む秩序、天父神ノウスガリアと言えど、魔王の敵としてはどうにも見劣りする。なぜなら、奴は暴虐の魔王を取るに足らぬ存在だと見くびっているからだ。敵を侮る相手が、戦いに勝てると思うか?」


「いえ」


「その通り、勝てない。奴は勝てないだろうね。暴虐の魔王は常にこちらの想像を超える。ああすれば勝てる、こうすれば勝てるなどと、陳腐な考えに陥った時点ですでに負けているのだ。この熾死王は違う。オレは、魔王が必ず勝つことを知っているっ!」


 高らかにエールドメードは声を上げる。

 まるで俺を褒め称えるように。


「そうは言っても、そのまま消えるには惜しい。慢心を捨て、魔王の敵であると自覚さえすれば、神の力というのは絶大なものだ」


 エールドメードが力説している途中、ジークが言葉を挟む。


「神は秩序そのものという話が。それが、ノウスガリアを縛っているのでは?」


「だとすれば、その秩序を制御する存在に成り代わればいい」


 ジークが訝しげな表情を見せる。


「どのように?」


「決まっている。この熾死王が、天父神の力を手に入れるのだ。そのための魔法術式も用意しているところだ」


「……そのようなことが?」


 カッカッカ、とエールドメードは笑い飛ばした。


「無論、無理だ! 二千年かけようとも、この熾死王如きにできることではない。魔法開発はオレの分野ではないのだからな。だが、暴虐の魔王ならば、途中まで研究した魔法術式があれば、容易く完成させるのではないか?」


 ジークの顔に疲弊の色が浮かぶ。

 なにを話しても、俺の話題に行きつくためだろう。


「おいおい、そううんざりするな、ジーク。暴虐の魔王というのは、アノスのことではない」


「と、おっしゃると?」


「神の子にして、大精霊。暴虐の魔王アヴォス・ディルヘヴィアを生むのが、ノウスガリアの計画だ」


 はっとしたように、ジークは表情を険しくした。


「勇者カノンの計画を利用しようと?」


「その通り」


「……つまり、ノウスガリアの計画で生まれたアヴォス・ディルヘヴィアの力を借り、ノウスガリアを乗っ取ると?」


「場合によっては、だ。最も魔王アノスの敵が増える選択をしなければならない。それがなにより悩ましい」


 カッカッカ、エールドメードは笑い声を上げる。


「恐らく、そろそろ勇者が、母なる大精霊と魔王の右腕に接触するはずだ。魔王なき今、彼ら三人がなにをどう判断するのか。カカカ、なかなか見物ではないか」


珍しくアノスの力を侮らない敵、熾死王……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
17章読んでから帰ってくるとまた味わい深い。
厄介ファン筆頭、熾死王…。
[良い点] >やられ役など緋碑王にでも任せておけばいいではないか 緋碑王の理解度高くて草生える。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ