表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
166/726

魔王のいない魔族の国


 門をくぐり、俺たちはミッドヘイズに入った。


 立ち並ぶ建物にはすべて魔法文字の意匠が施されており、それら一つ一つが巨大な魔法陣を構成している。

 俺が二千年後のミッドヘイズに増築した地下街にそっくりだ。


 ミーシャは興味深そうに、往来を歩きながらも、キョロキョロとその街並みに目を傾けていた。

 ふと気がついたように、彼女はこちらを向く。


「熾死王はここにいる?」


「どうだろうな。ディルヘイドにあった熾死王の領土は、アゼシオンとの国境に近かったため、人間たちに落とされた。その後は、配下共々デルゾゲードに滞在することが多かったものの、戦況によって各地を渡り歩いていた」


「戦いが好き?」


「あいつの言葉を借りるなら、俺がどこまで高みへ行くのか見たいそうだが、さて、熾死王の考えは理解に遠い。奴の行動は己の破滅しか招かぬ。そうまでして魔王の敵を探すというのだから、いったいなにが楽しいのやら、といったところだ」


 ミーシャは、じっと考え込む。


「熾死王の感情は苦手」


「まあ、あいつと気の合う奴はそうそういまい」


「でも、少しだけわかる」


 ほう。さすがはミーシャだな。


「どういうつもりなのだ?」


「歪んだ憧れ」


 淡々とミーシャが言う。


「暴虐の魔王がどこまでも遠い存在であってほしい。彼にとってはそれが第一で、そのためなら滅びても構わないと思っている」


「それが、よくわからぬがな。俺に憧れたなら、配下になればいい。敵など不要だ。それを期待するのなら、一人でも俺は遙か高みへ上ってみせよう」


 考えるように俯いた後、ミーシャはまた口を開いた。


「たぶん、熾死王が見ているのは、偶像。彼は魔王を通して、自分の頭の中の憧れを見ている。理想を押しつけたいだけ」


 ふむ。それで、歪んだ憧れ、というわけか。

 

「たまたま目についたのが俺なのであって、別段、奴にとっては俺でなくとも構わないというわけか」


 ミーシャは迷うように、僅かに小首をかしげる。


「……同じぐらい強ければ?」


「そんな奴はいないがな」


 彼女は目をぱちぱちと瞬かせて、こくりとうなずく。


「そうだった」


「結局は俺が奴の期待に応えてやらねばならぬというわけか」


 面倒な話だが、しかし、他の誰かを熾死王の生け贄にするのも忍びない。


 そう考えたところで、視界にデルゾゲード魔王城が見えた。

 俺が壁を作ったときの魔力の余波で所々が破損している。完全に修復されるには、まだ時間がかかるだろう。


「あそこに、この世界をよく知る者がいた。熾死王の居場所もつかめるだろう。まだいればの話だがな」


「誰?」


「創造神ミリティアだ」


 世界を創造する秩序にして、二千年前、俺と共に平和を誓い合った女神。壁を創った後も、彼女はデルゾゲードに留まり、しばし世界の行く末を見ているはずだ。


「良い神族もいる?」


 不思議そうにミーシャが尋ねる。


「神は秩序だ。確かに俺は秩序を乱すが、中にはごく一部だが、俺と相性の良い神もいる。ミリティアは平和を求める。世界が荒れれば、せっかく創造したものが壊れてしまうからな。なにより、彼女は世界を愛している」


「アノシュなら気づかれない?」


「彼女は世界を見る。さすがに誤魔化せぬだろうが、<時間遡航レヴァロン>のことも理解している。俺に出会っても、過去を変えるような真似はしまい。それを実現するだけの力もあることだしな」


 この二千年前において、ミリティアは数少ない頼れる味方だ。

 熾死王を探すのにも、協力してくれるはずだ。

 

 すると、ミーシャがぴたりと立ち止まった。


「見て」


 彼女が指をさす。その方向に一〇歳ぐらいの子供がいた。

 彼はデルゾゲードへ向かい、走っている。


「人間の男の子」


 魔眼を凝らしながら、ミーシャは言った。

 バレぬように魔力を隠しているようだが、確かに人間だ。


 この神話の時代に、普通の人間の子が、ミッドヘイズにいるなどということは、まず考えられぬ。


「ふむ。見覚えがあるな」


 少年の後を追いながら、俺は記憶を振り返る。


「アゼシオンの第七王位継承者だ。名は、イガレスだったか。こちらが攻撃したアゼシオン軍が護送中だったため、捕虜にしたと聞いている。配下が手荒に扱っていてな。仕方がないので、デルゾゲードへ連れてきた。壁を作る前に、ディルヘイドに侵攻していたガイラデイーテ魔王討伐軍のもとへ返しておいたのだがな」


 ガイラデイーテ魔王討伐軍は精鋭揃いだ。部隊は違えど、カノンも所属しているから、なんとか壁を越えられるはずだ。


 戦闘中の混乱で、討伐軍の部隊から離れたか。それとも、部隊が全滅し、王位継承者のイガレスだけでも逃がしたのか。

 まもなく停戦だったとはいえ、魔族と人間が出会えば、そうそう戦いを避けられるものではない。


 少年は必死に走り、デルゾゲードの正門までやってきた。


「待て、小僧。どこへ行くつもりだ?」


 一気に正門をくぐり抜けようとしたイガレスは、門番をしていた魔族の兵に首根っこをつかまれる。


「……ぼ、僕は……魔王さまに用があるんです。お目通しをお願いしたい……!」


 子供ながらに、毅然とした口調でイガレスは言った。

 しかし、兵士は彼をつかんだまま、離そうともしない。


「魔王アノス様は身罷られた。お会いすることはできぬ」


「……え…………?」


 イガレスが絶望的な表情を浮かべる。


 俺に会えば、なんとか祖国へ戻してもらえると考えたのだろう。今のディルヘイドで彼を助けようなどという者はそうそういない。


「帰れ。騒ぎ立ててはアノス様も眠れぬ」


「待て」


 と、もう一人の兵士が言った。


「こやつは、見覚えがある。アゼシオンの王家の子ではないか?」


「なに?」


 彼らはその魔眼を少年に向け、注意深く深淵を覗いた。


「なるほど。根源魔法で魔力をうまく隠していたか。年端もいかぬ人間の小僧が、ここまでの魔法を使いこなすとは。勇者ジェルガの血統に違いあるまい」


 その魔族は、もう一人の兵士からイガレスの体を引ったくった。


「おい……どうするつもりだ? ソレは魔王様があえて逃がされたはずだ」


「……我が君は眠りについている。見逃してくださるはずだ……」


 そう言った魔族の目は、暗く淀んでいる。

 復讐心に駆られるかの如く。


「は、離してくださいっ! どこへつれていく気ですかっ!?」


 騒ぎ立てるイガレスの首根っこをつかみながら、その魔族は正門の中へ入っていく。

 途中で、彼は<思念通信リークス>を発した。


「アゼシオンの第七王位継承者、イガレスを捕らえた。これより、処刑を行う。参加したい者は闘技場へ来い」


 <幻影擬態ライネル>と<秘匿魔力ナジラ>の魔法で姿を隠し、俺たちはすぐに後を追う。

 闘技場へ到着すると、魔族の兵士は、イガレスをそこに放り投げた。


「……っ……!」

 

 少年の目の前に、一本の剣が突き刺さる。

 兵士が投げたものだ。


「使え。お前も勇者ならば、最後は戦って死ね」


 イガレスはすぐさま剣をつかみ、抜こうとする。だが、床に突き刺さった剣はなかなか動かない。魔族の兵士が思いきり、少年の腹を蹴り上げ、数メートル後方に弾き飛ばした。


「……ぐっ……が……!」


 地面に体を叩きつけられ、少年は苦悶の声を上げる。


「俺の名はデビドラ。勇者ジェルガに殺された我が子の仇だ。その身をもって贖え、小僧」


 デビドラが拳を握り、思いきり少年の顔面を殴りつける。やろうと思えば一撃で殺せたものを、まるでいたぶるように彼は手加減をしていた。


「……あ……ぁ……」


 顔から血を流しながら、床を這いずり、脅えたように、イガレスが後ずさる。


「立て。勇者ジェルガの所業は貴様も知っていよう。我が子の苦痛、こんなものではなかったぞ」

 

「こ、来ないでっ……」


 イガレスが震えた声を発する。構わず、デビドラはまっすぐ歩いた。


「うあああああぁぁぁぁぁぁぁっ……!!!」


 イガレスは目の前に手を突き出す。身につけた指輪から、水滴が滲んだ。聖水だ。それを魔力源として、彼は<聖炎サイファ>を放った。


「ほう」


 自らに襲いかかった聖なる炎を、デビドラは反魔法であっさりとかき消した。


「どうやら手加減の必要もなかったか」


 眼光鋭くデビドラが睨めつける。

 恐怖に染まった顔で少年は後ろへ下がり、よろよろと身を起こすと、脇目も振らず、逃げた。


 だが、彼は顔面をなにかにぶつけ、その場に転んだ。

 見上げれば、そこに別の魔族の兵士が立っていた。


「だめではないか。勇者が逃げては、な!」


 兵士が思いきりイガレスを蹴り飛ばす。


「がっ……!」


 呻き声を上げ、彼は石畳の床を転がった。


 這いつくばりながらも、彼は必死に逃げ道を探す。

 だが、通路からは続々と魔族たちが現れ、周囲を囲んでいった。


 合計で二四名だ。

 切り札の聖水を使っても、とても子供に逃げ切れるとは思えなかった。


「無様に逃げるのだな。お前たちがどういう風に逃げる魔族を狩ったのか、その体に教えてやる」


 立ち上がった瞬間、イガレスは鳩尾に蹴りを食らった。


「ぎゃっ……!」


 と、地面を転がっていく。

 よろよろと立ち上がり、また蹴られ、そして地面を転がる。その繰り返しで、イガレスの体は、痣と血に染まっていく。


 魔族たちは皆、憎しみに染まった冷たい瞳で、彼を見ていた。


「……助け……て……」


「人の王は、そう言った魔族をどうやって葬った?」


 デビドラが少年の頭をガゴンッと踏みつけた。


「……助けて…………」


「生まれたばかりの魔族を浄化と称して火あぶりにした。それを餌に、魔族の兵を何百と殺した。お前たち、人間がっ! 殺したのだっ!!! その貴様が、今更助けてなどと恥知らずなことを宣うかっ!!」

 

 思いきり、デビドラは少年の指を踏みつける。

 骨の砕ける音が響き、イガレスは言葉にならぬ絶叫を上げた。


「……助……け……て…………痛いよぉ…………」


 涙を流しながら、イガレスは呟く。

 最早、周囲にいる魔族たちにすら、聞こえぬほどのか細い声で。


 戦乱の最中、ガイラディーテ魔王討伐軍の部隊とはぐれ、イガレスは一人、このデルゾゲードへやってきた。

 このディルヘイドで唯一の味方であろう暴虐の魔王を頼って。

 

 だが、この頃には俺は転生していた。


 助けなどくるはずもない。

 彼は祈りながらも、ここで死んだのだ。


 無残にも、俺の配下に殺された。

 それが、すでに二千年前、通りすぎた過去だ。


「……アノス……」


 ミーシャが悲しそうに、少年を見つめる。

 平和な時代に生まれた彼女がどういう気持ちでいるのか、それは想像に難くない。


「助けたところで、泡沫うたかたの夢だろうな」


 アゼシオンの第七王位継承者だ。彼を救えば、過去がどれだけ変わってしまうか、想像がつかぬ。それが巡り巡って、俺たちの見ようとしている、シンとレノ、ミサたちの過去にも影響を及ばさないとも限らない。


 どのみち、過去が大きく変われば、神の秩序がそれを元に戻す。今ここで、彼を救ったところで、<時間遡航レヴァロン>の効果が続いている間だけの、泡沫の夢のすぎぬ。

 ただリスクがあるだけで、なんの得もない。


 神話の時代では、こんなことは当たり前で、彼の人生はとうの昔に、ここで終わっているのだ。


「生きながら、焼かれる苦痛をお前も思い知れ」


 黒い炎を、デビドラがその手に召喚し、そして、少年めがけて放った。


「……助けてっ……お願いっ、助けて…………!!」


 懇願するように、祈りを込め、彼は言う。

 だが、どれだけ祈ろうと奇跡など起きぬ。


「……魔王……さまぁぁ…………!!」


 ゴオォォォォとけたたましい音を立て、闘技場の一角が炎上する。デビドラは狂気に唇を歪めた。

 しかし、その次の瞬間だ。彼は目を丸くし、驚愕をあらわにしていた。


 <魔炎グレスデ>が反魔法によって消され、デビドラの目の前には、背の低い魔族の少年が立っていたからだ。


「助けたところで、どうにもならぬのだがな」


 呟き、デビドラを、そして周囲にいる配下たちを睨んだ。

 彼らの気持ちもわからないではない。


 だが――


「彼は一度無残にも死んだ。せめてこの夢でぐらいは、救われねば嘘だろう」


 我ながら、愚かなものだ。


 なにも変えられぬかもしれぬ。

 本来の目的を果たせぬかもしれぬ。


 だが、それでも、ここで見過ごすような俺ではないぞ。


黙って見てはいられないですよね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
それでこその、魔王様。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ