班別対抗試験
一週間後――
2組の生徒たちは、班別対抗試験のためデルゾゲード魔王学院の裏側にある魔樹の森へ来ていた。
薄気味悪さの漂う深い森が広がっており、渓谷や山が見える。その広大な土地は、魔法の訓練をするのにちょうどいいだろう。
「それじゃ、二班に分かれて、早速班別対抗試験を始めます。最初は、サーシャ班」
エミリアがそう口にすると、サーシャが前に出る。
「皆さんにお手本を見せてあげてください」
「わかったわ」
ふっとサーシャが微笑する。
「じゃ、相手の班は……」
サーシャが俺をじっと睨んでいる。
そんな顔をしなくとも、逃げるわけがないだろう。
「俺がやろう」
ミーシャと一緒に前に出た。
「では、最初はサーシャ班とアノス班による班別対抗試験を行います。結果は成績に影響しますから、手を抜かず、しっかりやってください」
そう言って、エミリアは他の生徒をつれて森から出ていく。
監視は使い魔や大鏡を使って行うのだろう。
<魔王軍>の班別対抗試験は、言わば模擬戦争だからな。
巻き込まれてはただではすまない。
「覚悟はいいかしら?」
<破滅の魔眼>で強気にサーシャが睨んでくる。
俺はそれを堂々と受けとめた。
「誰にものを言っている?」
「相変わらず、偉そうな奴だわ。ちゃんと約束は覚えてるわよね?」
「ああ」
「口約束じゃ信用できないわ」
「それはこちらも同じことだ」
俺が<契約>をかけようとすると、サーシャは同意せずにそれを破棄した。
「信用できないと言ったのはそっちのはずだが?」
「あなたの<契約>じゃ、どんな契約を割りこまされるかわかったものじゃないわ」
ふむ。俺を不適合者と侮らず、しっかり根源を見据えているようだな。
「その子にやらせなさい」
サーシャは俺の後ろにいたミーシャに視線を向ける。
<破滅の魔眼>に睨まれても、彼女は動じず、じっと姉を見返した。
「……わたしでいい……?」
「ああ、別に誰がやっても問題ない」
ミーシャは手の平をかざし、<契約>の魔法陣を展開する。
魔法文字で条件を記すと、サーシャはそれに調印した。
両者の同意がない限りは、決して違えることのできない魔法契約が結ばれる。
「陣地はどちらがいいかしら?」
「好きに決めればいい。どこでも同じだ」
「そ。じゃ、東側をもらうわ」
必然的に、俺の陣地は西側となる。
「ねえ。覚えてなさい。その傲慢な態度、後で後悔させてあげるわ」
ぷいっと振り返り、サーシャは班員たちを引き連れて、魔樹の森の東側へ去っていった。
「俺たちも行くか」
「……ん……」
適当に歩き、森の西側に辿り着く。
そこでしばし待機した。
「さて、そろそろだな」
上空を飛ぶフクロウから、<思念通信>が送られてくる。
「それではサーシャ班、アノス班による班別対抗試験を開始します。始祖の名に恥じないよう、全力で敵を叩きのめしてくださいっ!!」
始祖の名に恥じぬよう、か。
別段、俺は好き好んで敵を叩きのめしていたわけではないのだがな。
神話の時代は今のように平和ではなかったし、単にそうすることで最も成果を上げられるから、そうしたまでのことだ。
本来は平和主義者なのだが、どうもその辺りをこの時代の連中は誤解しているようだ。
そもそも俺が好戦的な性格だったら、不適合者の烙印などを押されて黙っているはずがないだろうに。
まあ、今に始まったことではないか。
「……作戦は……?」
ミーシャが淡々と尋ねてきた。
「といっても、二人だからな」
サーシャ班はクラスの半数、ざっと三○人はいる。
「ミーシャの意見は?」
尋ねると、無表情で彼女は考え込む。
「……わたしのクラスは築城主。<創造建築>の魔法が得意……」
すでに<魔王軍>の魔法は使用済みだ。
配下にはクラスを自由に割り振ることができるが、ミーシャは<創造建築>の魔法が得意ということで、築城主にした。
築城主のクラスは城やダンジョンを建築したり、防壁や魔法障壁を構築する魔法に、正の魔法補正がかかる。<魔王軍>の術者である俺の魔力によって、更にその力を底上げすることも可能だ。
「<創造建築>で魔王城を建築する。魔王城は加護により魔王の能力が底上げされる。籠城には有利」
妥当な戦術だな。俺とミーシャの力が最大限に発揮される。
「だが、たぶんサーシャはそう来るだろうと読んでるぞ」
「……じゃ、どうする……?」
まあ、正直な話、戦術は考えるだけ無駄だ。なにをどうやったところで、俺が負けるわけがないのだからな。
とはいえ、どうせならサーシャの慌てふためく顔が見たい。
「向こうが絶対に予想していない戦術で裏をかく」
ミーシャは無表情でじっと俺を見返す。
「……どんな……?」
「魔王のクラスは配下に魔力を分け与える分、単独では弱くなる。魔王城を建て、加護を利用するのが定石だ」
魔王城にいる場合に限り、魔王のクラスは普段よりも強い力を発揮することができる。
もっとも、築城主次第ではあるがな。
「だから、こっちの魔王城は囮にして、俺が単独で向こうの魔王城に乗り込む」
「…………」
ミーシャは表情を変えないが、驚いたように黙りこくっていた。
「どうだ?」
「……無謀……」
はは、と俺は爽やかに笑った。
「向こうもそう思ってるだろう。だからこそ、裏をかける」
「……大丈夫……?」
「まあ、普通はこんな作戦で裏をかいたところで、魔法の集中砲火で蜂の巣にされるのがオチだろうがな。それも、戦術が有効なほど力が拮抗していればの話だ」
心配しているのか、ミーシャは無表情のまま固まっている。
「不安か?」
尋ねると、ふるふるとミーシャは首を振る。
「不安は不安……でも、アノスは強い……」
なかなかミーシャはわかっているようだな。彼女は、俺の根源をその魔眼でしっかりと見つめている。
「囮は任せたぞ」
ミーシャはこくりとうなずく。
「……気をつけて……」
「ああ、手加減は得意じゃないからな」
すると、ミーシャが目をぱちぱちさせた。
「……アノスが……」
「俺に? 気をつけてだと?」
思わず訊き返していた。
ミーシャは小首をかしげる。
「……おかしい……?」
「いや」
ふふ、と腹の底から笑いがこみ上げる。
まさか戦闘で俺が心配されるとは思いもしなかった。
これが友達というものか。いやはや、新鮮な感覚だ。だが、存外に悪くない気分だな。
「ミーシャも気をつけろ」
「……ん……」
手を振って、ミーシャと別れ、俺はまっすぐサーシャ班の陣地である東側の森へ向かった。
しばらくすると、後方から大きな魔力が流れ出す。
振り向けば、西の森の三箇所に巨大な城が建っていた。ミーシャの魔法だろう。恐らくは囮のためのハリボテだろうが、この短期間であれだけ巨大な魔王城を三つも建設するとは、彼女の魔力はクラスでも群を抜いている。
俺を除けば、の話だがな。
「さて。向こうの反応は……?」
魔眼を働かせて、<思念通信>を傍受する。
すぐに声が聞こえてきた。
「サーシャ様。敵陣に三つの城が建てられました」
「恐らく二つは罠ね。残りの一つに、向こうの魔王が潜んでいるはずよ」
「一つずつ城を破壊しますか?」
「いいえ。この短期間じゃ、ミーシャでも完全な魔王城は創造できないわ。時間を稼いで、その間に堅牢な魔王城にするつもりでしょう。その前に叩くわ」
「了解。ご指示をください」
「魔剣士、治療士、魔導士、召喚士の部隊編成で、それぞれの魔王城に向かってちょうだい」
「了解しました!」
なるほど。魔剣士、治療士、魔導士、召喚士の部隊が三つか。ということは一二人がこっちの魔王城に向かっているというわけだな。
半数以上を自分の陣地に残すとは、思ったよりも手堅い戦術をとるものだ。
さて――
「ふむ。ようやく城を建てたか」
予想よりも時間がかかったが、向こうの陣地に巨大な魔王城が出現している。目的地がなければ、さすがの俺も移動できないからな。
だが、これで――と、俺は<転移>を使った。
視界が真っ白になり、次の瞬間、目の前にサーシャ班の建てた魔王城があった。
傍受した<思念通信>が、頭の中にうるさく響いた。
「さ、サーシャ様っ!?」
「どうかした?」
「て、敵の魔王が、アノス・ヴォルディゴードがいきなりこの城の前に現れましたっ!?」
「はあっ!? いったいどうやって……?」
「わかりません。呪術師が注意深く自陣の魔力の流れを見ていましたが、本当にいきなり現れましたっ!! なにか我々の知らない魔法を使ったとしか思えませんっ!!」
サーシャがはっと息を飲む音が聞こえた。
「……まさか……失われた魔法<転移>……? そんなわけ……でも、それ以外に……」
ふむ。実際に見ていないのに感づくとは、頭は柔軟なようだな。
「いいわ。どのみち、魔王が単独で乗り込んでくるなんて、殺してくれって言ってるようなものだもの。裏をかいたつもりかもしれないけど、ただの無謀と戦術をはき違えていることを教えてあげなさいっ!」
「それはどうかな?」
<思念通信>に割り込むと、サーシャ班は慌てふためいた。
「な……どういうことだ? なぜ<思念通信>に奴の声が聞こえているっ!?」
「わ、わかりません。魔法陣にもなんの問題もなく、聞こえるはずがありませんっ!」
「だが、実際に聞こえているだろうっ!! 早く原因を解析しろっ!! <思念通信>が傍受されている可能性があるぞっ!!」
やれやれ。騒がしいことだな。
「原因は組み立てた魔法術式だ。魔法陣の再現率89%というのは、全体的に低次元すぎて、傍受しろと言っているものだったぞ」
「馬鹿な……再現率89%なら、国家レベルの秘匿通信だぞっ! それが傍受できるだとっ!?」
「奴の言葉に騙されるなっ! なにか他に原因があるはずだっ!」
まったく。丁寧に教えてやったというのに、信じないとはな。
「問題ないわ」
サーシャの一声で、配下の者たちは冷静さを取り戻した。
まあまあのカリスマと言えよう。
「いくら<思念通信>が傍受されても、向こうは魔王単独だもの。築城主七人がかりで創造したこの魔王城を、第一層すら突破できるはずがないわ」
築城主が七人か。なかなか堅牢な作りなのだろうな。城の中にはいくつもの異界、いくつものトラップ、そして魔王を強化するため、いくつもの加護が備わっているだろう。
しかし――
「ずいぶんと軽そうな城だな」
俺はまっすぐ魔王城へ歩いていき、その壁に手をやる。
「無駄よ。反魔法も多重にかけられているもの」
「魔法ばかりを警戒するとは、戦闘というものをわかっていない」
ぐっと壁に爪を立てる。俺の指が城にめり込んだ。
「覚えておけ。城というのはもっと重く作るものだ」
ガ、ガガガ、ドオオォォォッと魔王城が地面から抜けていく。
「な、なにが起きているのっ!? 呪術師っ?」
「し、信じられませんっ。奴は……アノス・ヴォルディゴードはこの城を持ち上げようとしていますっ!!」
「な……そ、そんなことができるわけが……!!」
魔王城が地面から完全に抜け、俺はそれを片手で持ち上げていた。
「……嘘……。加護も受けていない魔王にどうしてこんな力が……どうやって……?」
「確かに<魔王軍>を使えば、その力をクラスに左右される。だが、言っておくが、そもそも俺とお前らとでは地力が違うぞ」
ゆっくりと体を回転させる。持ち上げた魔王城はそれに伴い、ゆらりと回る。
次第に遠心力がついてきて、魔王城はどんどんと高速で振り回されていく。
「きゃ、きゃああああああああああああああああああぁぁぁぁぁっ!!」
「ば、化け物かぁっ! 城を持ち上げただけじゃなく、振り回しているだとっ!?」
「や、やめろぉぉっ! なにをする気だっ、やめろぉぉぉぉっ!!」
ふむ。これしきで情けのない。
反魔法は十全に練っていたが、物理は無警戒だったようだな。
そもそもこの時代の連中は、平和になれすぎて体の鍛え方がなっていない。
術式だのなんだのを練る前に、強い魔法を使うには、まず体力が必要なのだ。
「そら、うまく受け身をとれ。でないと、死ぬぞ」
遠心力をつけた魔王城を俺は思いきり投げ捨てる。風を切りぶっ飛んでいく巨大な魔王城は、ズガアアアアアアアァァァァァンッと地面に叩きつけられた。