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二千年前の調べ物


 巨人のものと見紛うばかりの扉をぐっと押して、静かに開け放つ。

 目の前に見えたのは、地下ダンジョンの祭壇がある広い部屋だ。


「ふむ。皆、出払っているようだな」


 ここに来る途中も、見張りの魔族に出くわすことはなかった。


 彼らは皆、上階を探しているはずだ。俺の狙いがアヴォス・ディルヘヴィアだとわかっている以上、現れた階より下へ向かう道理はないからな。


 祭壇の部屋の脇にある扉を開き、中へ入った。

 宝物庫である。


「大魔法を使うって言ってたけど、なにをするの?」


 サーシャが不思議そうに尋ねてきた。


「なに、調べておきたいことがあってな」


「来る前もそんなこと言ってたけど、こんなところでなにを調べるのよ?」


「一つが、大精霊レノ。彼女がなぜ死んだのか」


 なにもない宝物庫を見回していたリィナが、俺の方を見た。


「もう一つが、精霊王。恐らくシンだろうが、あの男になにがあったのか」


 その言葉に反応するかのように、リィナはきゅっと拳を握る。


「そして最後の一つが、ミサ。彼女がどうやって産まれたのか」


 エレオノールが考え込むように視線を上にやる。


「んー、もうちょっと詳しく言うと、どういうことだ?」


「恐らくすべては二千年前に起きたことだ。半霊半魔が産まれるとき、生まれたての噂や伝承をその根源の半分とする。暴虐の魔王の噂と伝承が生じたのは、二千年前。俺が転生した後、勇者カノンが広め始めた」


 レイが重たい表情を覗かせる。


「ならば、ミサは二千年前に生まれたはずだ。大精霊レノの実子としてな」


 精霊は噂と伝承により生じる。だが、半霊半魔は魔族の根源と体をもっているため、噂と伝承だけでは生まれようがない。


 それに、精霊たちがミサはレノの実子と言っていた。すべての精霊はレノの子供だ。わざわざ実子と言うからには他の精霊と違う生まれ方をしたのだろう。つまり、ミサをその身に宿し、産んだのだ。


 だとすれば、ミサには父親がいる。魔族の父親が。


「……二千年前に生まれたはずの彼女には、一五年分の記憶しかない……」


 レイが言う。


「それに、神話の時代のことを何一つ知らない。この魔法の時代に生まれ育ったと思っている」


 彼の言葉に、俺はうなずく。


「なにかしら、理由があるはずだ。シンのこともそうだ。あの男には、大精霊レノの護衛を命じていた。俺が転生した後に、なにかが起き、そして精霊王となったのだろう。俺に敵対する理由を知っておきたい」


 ミーシャが僅かに俯き、言葉を漏らす。


「ミサを守ろうとした?」


「可能性はあるだろう。アヴォス・ディルヘヴィアの噂と伝承が消えれば、ミサは精霊病を発症し、やがては消滅する」


 精霊王はそれを止めたかったのかもしれぬ。


「だから、魔剣大会の時点ではレイがカノンだと知られないように、そして偽の魔王アヴォス・ディルヘヴィアだとわからないように、彼を脅した。あたかも、アヴォス・ディルヘヴィアが実在するかのように振る舞った」


 アゼシオンとの戦争でアヴォス・ディルヘヴィアの正体は知られたが、その噂と伝承は人間たちにも広く知れ渡ることとなった。

 それによって、大精霊アヴォス・ディルヘヴィアが目覚めるために、十分な条件が調った。


 恐らくは精霊王の、そしてノウスガリアの思惑通りに。


「だけど、ミサは大精霊レノの子供ではあっても、シンの子供じゃなかったんだよね? あれだけ君に忠義を尽くしていた男が、君よりもミサを守ろうとするかな?」


 レイが言う。

 シンの子供だというのなら、親として守ろうとしたというのも納得がいく。


 しかし、ジークとの知恵比べの結果から考えれば、ミサはシンの子供ではない。

  

「ミサを守ろうとしたわけではないのかもしれないが、わからぬ。なにかがあったのだろう。二千年前に、今のあいつが、これだけのことをせねばならぬ理由が」


 野心のない男だった。

 神族の奸計に引っかかるとも思えぬ。


 俺が知る限りでは、シンがこんなことを企てるはずはないのだ。

 彼を変えた出来事が、きっと二千年前にあるのだろう。


「シンのことにも、ミサのことにも、深くかかわっているのが大精霊レノだ。恐らく彼女の死が、すべての始まりなのだろう」


 なにがあったのかはわからぬが、決して良いことではあるまい。


 恐らく、悲劇が起きたのだ。大精霊レノと俺の右腕とまで呼ばれたシン、あの二人にして、抗えぬほどの大きな悲劇が。

 あの時代には、決して珍しいことではない。


 そして、その悲劇は今もなお、続いている。


 知らねばならぬ。


「んー、よくわかったぞ。でも、どうやって調べるのかな? 大精霊レノのことも、精霊王のことも、ミサちゃんのことも、ぜんぶ二千年前に起きたことだよね?」


 エレオノールが疑問の声を上げる。


「<時間操作レバイド>を応用した魔法、<時間遡航レヴァロン>で二千年前まで時間を遡る」


 俺の言葉に、皆、怪訝な表情を浮かべた。


「……それができるんなら、最初からアノスも苦労しなかったんじゃないかな?」


 レイが言い、サーシャが続いた。


「<時間操作レバイド>で時間を遡れるのって、一〇〇年ぐらいよね?」


 ミーシャがこくりとうなずく。


「対象も限定されている」


「確かに、<時間操作レバイド>はその対象を起源とし、局所的に時間を遡るのが精一杯だ。その時間も一〇〇年が限度だろう。<時間遡航レヴァロン>ならば、更に遡れる時間は短くなる。俺だけの魔力ならな」


 宝物庫に<時間遡航レヴァロン>の魔法陣を描く。<魔王軍ガイズ>を使い、全員の根源と魔法線をつないだ。


「わたしたちの魔力も使う?」


 ミーシャの問いに、俺はうなずく。


「全員の魔力をかき集めれば、一〇〇年よりも更に遠い過去へ飛べる」


「霊神人剣の力を足しても、二千年前に届くとは思えないけど?」


「ああ。足りぬ」


 俺はゆるりと足を踏み出し、「姿を見せよ」と呟く。魔法のヴェールが剥がされていくかの如く、宝物庫に収納していた魔法具の数々が現れる。


 指先で手招きすると、ある魔法具が俺の手元まで飛んできた。

 それは、槍にも似た大鎌だ。


「こいつを使う」


 ミーシャが目をぱちぱちと瞬かせた。


「……<時神の大鎌>……」


 かつて、時の番神エウゴ・ラ・ラヴィアズを倒したときに手に入れたものだ。


「時の番神が持つ、時間を操る魔法具だ。俺たちの魔力とこの大鎌の力を合わせれば、ぎりぎり二千年前まで飛べるかもしれぬ」


「じゃ、もし二千年前まで戻れたら、そこで過去を変えちゃえばいいんだ?」


 エレオノールの言葉に、俺は首を横に振った。


「残念だが、過去を変えるというのは簡単なことではなくてな。今ある過去と現在に大きな矛盾が生じれば、過去改変は成立しない。アヴォス・ディルヘヴィアの噂は大きすぎる。二千年前ということもあるしな。奴が生まれなかったことにするのはまず不可能だ」


 すると、ミーシャが俺に視線を向けた。


「見てくるだけ?」


「ああ。二千年前に戻り、ミサとシンとレノになにがあったのかを確かめてくる。それが、限界といったところだろう」


「……あのっ、私もっ……」


 怖ず怖ずと、リィナは言った。


「私も、行っても、いい……かな?」


 遠慮がちに、けれどもはっきりと彼女は言った。


「……今、ディルヘイドで大変なことが起きてて、私はきっとただの部外者で、なんの役にも立てないと思うけど……」


 懇願するような視線を、彼女は俺に向けた。


「……だけど、私が忘れてきたことが、そこに……二千年前にある気がして……」


 アヴォス・ディルヘヴィアが目覚めた後、レノの実子である奴に従うはずのティティたちが、なぜかリィナにだけは味方した。


 それが彼女らのただの気まぐれとも思えぬ。


「心配するな。過去へは全員で飛ぶ」


 ほっとしたようにリィナは笑う。


「ありがとうっ」


「さて」


 手をかざし、<時間遡航レヴァロン>の魔法陣に魔力を送る。

 レイは魔法陣を描くと、そこから霊神人剣を引き抜く。その聖剣を、俺が描いた魔法陣の中心に突き刺した。


 定められた宿命さえ断ちきる聖剣の膨大な魔力が、<時間遡航レヴァロン>に送られる。

 ゼシアが光の聖剣エンハーレを抜き、霊神人剣に重ねるようにその中心に刺した。彼女の魔力もまた同じように、その魔法陣に注ぎ込まれていく。


 エレオノールの周囲に魔法文字が現れた。

 それらは宙に浮遊し、球状の線をなぞるかのように彼女の周囲を漂い始める。


 魔法文字から聖水が溢れ出したかと思うと、それは水の球と化して、エレオノールを覆っていく。


 彼女は<根源母胎エレオノール>の魔法を使い、<聖域アスク>をその身に纏う。生み出された想いが魔力に変換されていく。


「魔法線はつないである。地下にいるゼシアたちの想いも集めよ」


「わかったぞ」


 エレオノールが目を閉じると、地下街にいる一万人のゼシアからも想いが伝わってくる。

 それらは<聖域アスク>の魔力へと変換され、<時間遡航レヴァロン>へ注ぎ込まれた。


 ミーシャとサーシャは手をつなぎ、お互いの魔力を融合魔法で掛け合わせて、魔法陣に送っていた。


「何分、初めての試みだ。うっかり違う時代に落ちたなら、時が元に戻るまで待つことだ」


「恐いこと言わないでよね……」


「成功する」


 サーシャとミーシャが対照的な言葉をこぼす。

 

 俺は<時神の大鎌>に魔力を込め、力尽くでそれを支配する。白銀の光を放つそれを振りかぶり、<時間遡航レヴァロン>の魔法陣を斬り裂いた。


 部屋中が白銀の世界と化す。

 まるでこの世の幕が斬られたかのように、大鎌を振るった空間に裂け目ができていた。


 世界が裏返り、すべてを遡るかの如く、白銀に染まった様々な風景が目の前を通りすぎていく。

 

 時間を、逆行していた――


一章のラストに手に入れた大鎌を、ようやく使うときがやってきました。

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― 新着の感想 ―
[一言]  この時のために大鎌を手に入れさせてたなら伏線として凄すぎでは?
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