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彼の信じた魔王


 地下街の天井は高く、大きな魔法水晶が取りつけられている。

 地上から取り込んだ日の光が集まり、それは擬似的な太陽のように地下を照らしていた。


 往来には様々な店が軒を連ねる。

 店頭にいるのは、皆使い魔のフクロウたちだった。


 パン屋では、一羽のフクロウが小さな碑石をつかみ、魔法窯まほうがまへ放り投げる。すると、魔法陣が描かれ、しばらくして、香ばしい匂いが漂い始めた。

 魔法窯が開けば、そこに焼きたてのパンが入っていた。フクロウはそれを運び、店頭に並べていく。


 一五歳ぐらいのゼシアがとことことやってきて、フクロウに頭を下げる。フクロウが差し出した碑石をつかみ、彼女は魔力を注入する。

 それをフクロウに返すと、ゼシアは焼きたてのパンの中から好きなものを袋に詰め、嬉しそうに去っていった。


「……本当に街ができてるわ……」


 地下街の様子を見物していたサーシャが呆れ半分、驚き半分といった風に言葉を漏らす。


「みんな楽しく過ごせているみたいで、よかったぞ」


 のほほんと笑うエレオノール。

 ミーシャは物珍しそうに、街並みに視線を巡らせていた。


「アノスが考えた建物?」


「二千年前にな」


 そう口にすると、ミーシャは首をかしげた。


「二千年前のディルヘイドの街並みを再現したからな」


 屋根や壁、窓には魔法文字が施された意匠があり、軒を連ねる建物はぐるりと広大な円を描いている。

 この地下街を上方から見えれば、建物や木々が巨大な魔法陣を構成しているのがわかるだろう。

 敵の襲撃に備えた結界の役割を兼ねているのだ。


「二千年前……」


 呟き、ミーシャはじっと街並みに目を向ける。


「不思議」


「この街がか?」


 ミーシャはふるふると首を横に振った。


「どこかで見た気がする」


 ふむ。確かに、不思議な話だな。


「この時代のどこかに、俺の作った街の名残があるということか」


 ミーシャはじっと考え込み、そして、また首を傾けた。


「思い出せない」


 記憶力の良いミーシャにしては、珍しいことだ。


「思い出したら、教えてくれ」


「ん」


 街の中央にある塔の前で、俺は立ち止まった。

 それは見上げるほど高く、天井へ続いている。デルゾゲードに元々あった地下ダンジョンへ続く唯一の入り口だ。


「開け」


 言葉を発すると、塔の扉が開く。

 中に見えたのは螺旋階段だ。俺たちはそこを上っていく。

 扉の閉まる音がした。


 やがて、螺旋階段が上り終える。

 その部屋には、固定魔法陣だけがあった。


 俺がその魔法陣の中央に立つ、レイやミーシャたちも魔法陣の上に乗った。


「この魔法陣の転移先が、元々あった魔王城の地下ダンジョンにつながっている。つまり、アヴォス・ディルヘヴィアの懐に入る。奴は俺たちがここから来る可能性に備えているだろう」


 ダンジョンのどこに現れるかはわからぬはずだが、入った瞬間に奴にも居場所が知れるだろう。

 魔族共がわらわらと襲ってくるに違いない。


「しばし、ここで待つ」


「でも、急がないと理滅剣が奪われちゃうぞ?」


 エレオノールが言った。


「奴はまだ理滅剣に手を出していない」


「わかるのかい?」


 レイが訊く。


「理滅剣を支配下におくのは、並大抵のことではない。俺とて片手間でできることではないからな。城中に魔眼を向けながらでは難しい」


 俺の噂と伝承から生まれたアヴォス・ディルヘヴィアにとっても、それは同じだろう。


「理滅剣を奪おうとすれば、奴の魔眼は魔王城デルゾゲードの深淵を覗くことだけに集中せねばならぬ。その間、俺たちへの監視の目が緩む。そのときを待ち、潜入すればよい」


 今、ディルヘイド一帯をアヴォス・ディルヘヴィアは監視し続けている。俺たちが地下から来るのか、地上から来るのか、警戒しているのだろう。

 

「できれば、こちらの出方を見たいだろうが、時間が経ちすぎれば、アハルトヘルンで消耗した俺の魔力が回復する。あちらが先に音を上げるだろう」


 その場に座り、じっと地下ダンジョンの内部へ魔眼を向ける。

 ゆっくりと時間が過ぎるのを待った。


 そして、一〇時間ほどが経過した。


「ふむ。ようやく動いたか」


 ディルヘイド一帯を見ていたアヴォス・ディルヘヴィアの監視の魔眼が消えた。待ち続けても埒が空かぬと悟り、理滅剣を奪いにかかったのだろう。


「気を引き締めろ。行くぞ」


 休憩しながら、地下街で手に入れてきたパンを食べていたレイたちが、すっと立ち上がる。


 全員に<幻影擬態ライネル>の魔法をかけ、透明化する。そして<秘匿魔力ナジラ>で魔力を隠蔽した。


 固定魔法陣に魔力を込める。

 すると、周囲の風景がふっと変わった。


 天井が高くなり、木々の緑が目に映る。水路があり、水面にはキラキラと光が反射していた。自然魔法陣の部屋だ。


「アノス」


 ミーシャが指をさす。

 その方向には、壁があり、そして通路ができていた。


「ここ、前は隠し通路になっていたところよね? アノスが体当たりで破壊した」


「誰でも通れるようにしておいたのだろう」


 城の中を見られなくなった以上、配下の魔族を警備につけているだろう。

 俺たちを捜索させるにも、壁を塞いだままでは見つけづらい。


「とにかく、アヴォス・ディルヘヴィアがいるところに行けばいいのよね? どうやって、ミサに戻すつもりかは知らな――」


 サーシャが喋っている途中、彼女の口を手で塞ぐ。

 すぐに<思念通信リークス>が飛んでくる。


『……あ……あ、アノス……? えと……な、なんなの……?』


『落ちつけ。誰か来たようだ』


 先程、ミーシャが指さした通路から足音が響く。

 剣と鎧で武装した魔族たちが、この部屋に入ってきた。


 合計で一〇名。

 巡回しているのか、彼らは辺りをにキョロキョロと見回している。


 一人の魔族が魔法陣を描いた。

 二千年前の俺の配下、ルーシェという女だ。


 発動した魔法は、<風波シュア>。そよ風程度に抑えられた風の波が、室内一帯に吹く。ルーシェは注意深く魔眼を向けた。


 <幻影擬態ライネル>と<秘匿魔力ナジラ>を使っても、そこに人がいるということは変わらぬ。風を当て、それを見抜くつもりなのだろう。


『……だ、大丈夫なの……?』


 サーシャが訊いてくる。


『心配するな。<風波シュア>と<幻影擬態ライネル>で、俺たちがいない状態の風の流れを再現する』


 <秘匿魔力ナジラ>を使えば、悟られることはないだろう。

 ルーシェは問題なしと見なし、この場から去っていく。


 アヴォス・ディルヘヴィアが暴虐の魔王だと認識を変えられたのなら、俺の力は知らぬということになるからな。

 知っていたところで、どうにもならぬだろうが。


 他の魔族たちも、ルーシェに続き、この場から離れていく。

 その中に見知った顔があった。


 メノウとリーベストだ。

 リーベストは鎧の下にいつもの制服を身につけているが、校章が微かに覗いていた。

 それは、十字の烙印である。

 

 ふむ。罠かもしれぬが。


『大丈夫』


 ミーシャが<思念通信リークス>で呟く。


『怒ってる』


 アヴォス・ディルヘヴィアに、ということだろう。

 俺は軽く指先を、リーベストの肩に触れた。


 彼は立ち止まり、不思議そうに振り返った。

 じっと、俺の方を見つめている。


「どうしたのだ?」


 ルーシェが問う。

 リーベストが答えた。


「もう少しここを捜索していきます」


「私が調べた。ここに賊はいない」


「すでに侵入しているのだとしたら、姿は見えなくても、痕跡を残しているかもしれません。ここなら、足跡が残るということも考えられます」


 ルーシェはしばし考え、言った。


「わかった。なにかあれば報せろ」


「先生も手伝ってくれますか?」


 そうリーベストは目で訴える。

 なにかに気がついたように、神妙な顔でメノウはうなずく。


「残りはこの下を捜索する。行くぞ」


 ルーシェは他の魔族を引き連れ、去っていった。


「……アノスか?」


 リーベストが言う。

 <幻影擬態ライネル>を解除し、俺はその場に姿を現す。


 彼は僅かに目を丸くし、その後に笑みを浮かべた。


「君なら、気がつくだろうと思いました」


 リーベストが十字の校章に指先を触れる。


「殆どの生徒が<闇域デメラ>の影響を受けたわ。メルヘイス様たちまで。白服の子たちは幽閉されて、魔力の糧とされてる」


 メノウが心配そうな顔で言う。

 命が危ういということだろう。


「早く、アヴォス・ディルヘヴィアをなんとかしないと……」


「わかっている。そのために、まずやるべきことが二つある」


「なに?」


「精霊王、仮面をつけた魔族と、エールドメードの体を乗っ取ったノウスガリアも、この魔王城にいるはずだ。アヴォス・ディルヘヴィアを含め、三人の居場所を知りたい。わかるか?」


 メノウがうなずく。


「すぐ調べてみるわ。学院の中は、ある程度は自由に動けるから」


「もう一つはなんですか?」


 リーベストが訊く。


「これから、宝物庫である大魔法を使う。さすがに<秘匿魔力ナジラ>でも魔力は隠しきれぬ。気がつかれぬよう、できるだけ、魔族たちを宝物庫から引き離しておきたい」


 すると、メノウが考え込むような表情を浮かべた。


「今のわたしの立場じゃ、命令はできないわ……。アヴォス・ディルヘヴィアは二千年前の魔族に権限を与えてるから……」


「……いえ、方法はあります」


 リーベストが言った。

 彼は、決心したような表情を浮かべている。


「その顔から察するに、そう容易い方法ではなさそうだが?」


 彼はこくりとうなずく。


「……僕に攻撃魔法を使ってください……。できるだけ派手に、回復魔法でも治せないぐらいのものを……」


 ふむ。そういうことか。


「味わったことがないほどの苦痛だぞ」


 こくりとリーベストはうなずく。


「……ええ、そうでしょうね……それぐらいでなくては、騙せません……」


 覚悟の上ということか。

 メノウに視線を向ける。


「うまくやってみせるわ。教え子の覚悟を、無駄にはしない」


「よくぞ言った」


 言葉と同時にリーベストの左胸に指先を当て、魔力を込める。


「……あ、がぁ……」


「<魔呪壊死滅デグズゼグド>」


 体内に魔法陣を描けば、リーベストの首に、どす黒い蛇の痣が浮かぶ。それは彼を食らわんとするが如く、激しく暴れ始めた。


「う……ぁ……が、あぁぁぁぁぁっ…………!!」


「加減はする。死にはしないだろう」


 更に魔法陣を描き、魔力を送る。

 出現した漆黒の太陽がリーベストの体を黒く焼き、燃やし尽くしていく。


「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁっっっ!!!」


 彼はその場に崩れ落ちた。


 見た目は派手に焼いたが、まだかろうじて生きている。

 本来ならば、骨も残らず消し炭になっているからな。


 バタバタと足音が聞こえてきた。

 <幻影擬態ライネル>を使い、再び俺たちの姿を隠す。


 残されたのは、リーベストとメノウだけだ。


「何事かっ!?」


 戻ってきたルーシェが言う。

 メノウはリーベストに回復魔法をかけながら言った。


「……侵入者、アノス・ヴォルディゴードですっ……! 配下と共に、上階へ向かいましたっ……!」


 ルーシェが駆けよってきて、リーベストに魔眼を向ける。


「……回復魔法で癒えぬほどの呪い、か……どうやら、間違いなさそうだな……」


 彼女は部下たちに<思念通信リークス>を送った。


「全隊へ告ぐ。不適合者アノス・ヴォルディゴードが、地下ダンジョンから潜入した。奴の狙いはアヴォス・ディルヘヴィア様、恐らく上階へ向かっているはずだ。虱潰しに探せっ!」


 ルーシェはすぐに走り出した。


「お前も来い。そいつは後で蘇生すればいいっ!」


「……わかりました……!」


 ルーシェたちの後ろに続き、メノウはこの場を去っていく。

 そのまま、アヴォス・ディルヘヴィアたちの居場所を確認してくるつもりだろう。


「しばらくは傷を癒してやるわけにはいかぬ」


 <幻影擬態ライネル>を解除し、リーベストに言う。

 彼が治療されれば、万一ここにルーシェが戻ってきたときに不審に思われる。


「……うぐ……ぁ……ええ……」


 声を出すのもやっとの様子で、リーベストは言った。


「皇族派のお前が、<闇域デメラ>の影響を受けぬとはな」


 リーベストは、まだ俺が本物の暴虐の魔王であることを知らないはずだ。

 にもかかわらず、彼はアヴォス・ディルヘヴィアに忠誠を尽くすことを拒否した。


「暴虐の魔王を、信望していたのではなかったか?」


 彼の傍らに膝をつき、俺は訊いた。


「……だからこそ、です……アヴォス・ディルヘヴィアは、僕の班員たちも、クラスメイトも、洗脳し、あるいは魔力を糧にしています……」


 確かな信念を持って、リーベストは口を開く。


「……僕が信じた暴虐の魔王は、弱い者を守るために、力を手にした人です……力を弱者に分け与えた人です……混血だからと同胞を糧にする、そんな奴に、魔王を名乗る資格はありません……彼はなによりも尊く、そしていつも弱者の味方だった……」


 虚ろな瞳で、荒い呼吸を刻みながら、彼は俺を見つめる。


「……アヴォス・ディルヘヴィアが……こんな非道な真似をする奴が、本物の魔王のわけが……ないっ……!」


 ボロボロの体で血を吐くように、リーベストは訴える。


「……違い、ますか……?」


 問いかけるようなリーベストの視線を、俺は真っ向から受けとめる。


「そうだろうな。アヴォス・ディルヘヴィアなど、不適合者の俺にすら及ばぬ。奴が偽物だということを、俺が証明してみせよう」


 ほんの僅かにリーベストは微笑む。

 そうして意識を失ったかのように、彼は目を閉じた。


「……ぐ……ぁ……」


 すぐに苦悶の声が彼の口から漏れる。

 強い呪いだ。気を失おうと、悪夢に苛まれ続けるだろう。


 だが、今は助けてやるわけにはいかぬ。

 俺は立ち上がり、宝物庫の方へ向かった。


「……魔王……様……」


 譫言のように、リーベストの口から声が漏れる。

 それは、彼が信じている暴虐の魔王への言葉か、それとも――


「……偽物を……倒してください……僕の班員を……クラスメイトたちを…………助けてください……」


 背中越しに、俺は応えた。


「任せておけ。お前の願いは叶えてやる」


リーベストは、相変わらず皇族派の良心ですねぇ。

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[良い点] リーベスト先輩キター!♡‬♡‬と思ったら、まさかまさかの展開。その覚悟、尊いです……。
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