<魔王軍(ガイズ)>の魔法
「……な、なにを言っているのよ、あなた……意味がわからないわ……」
ようやく口を開いたかと思えば、つまらない答えだな。
「俺の班に入れと誘っているんだ。それのなにがわからない?」
「そういうことではなくて。わたしは、班リーダーなのよ」
「やめればいい」
「はあっ!?」
サーシャは口を開き、呆れたように俺を見てくる。
「馬鹿を言わないことね。わたしが班リーダーを辞める理由はないわ」
「俺の班に入れば、ミーシャと仲良くできるぞ」
その言葉がかんに障ったのか、サーシャはキッと睨んできた。
「そのお人形を妹だと思ったことなんて一度もないわ」
言い捨て、サーシャは自席へ戻っていった。
「……ごめんなさい……」
隣の席でミーシャが呟いた。
「お前が謝る必要はない。俺に因縁をつけてきたのはあいつだからな」
ふるふるとミーシャは首を振った。
「……サーシャはいい子……」
姉だから庇っているのか、それとも本当にそう思っているのか。
ミーシャの無表情からは、いま一つ判断しにくいな。
「……だから、わたしのせい……」
ふむ。ガラクタ人形などと言われておきながら、ミーシャは姉のことを憎からず思っているようだな。
「なら、言い直そう。いきなり<破滅の魔眼>で睨み殺そうとしてくるあたり、元気がよくてなによりだ。お前のせいでもなんでもない」
ミーシャはじっと俺を見た。
「……優しい……」
とはいえ、少々気になるな。
「お人形っていうのは、どういうことだ?」
「…………」
ミーシャは口を閉ざし、答えようとしない。
「……言わなきゃだめ……?」
言いたくない、か。
まあ、ミーシャが魔法人形だろうとなんだろうと俺にとって友達であることは変わりあるまい。
「別にいいぞ。ちょっと訊いてみただけだ」
すると、安心したようにミーシャは微笑んだ。
「……ん……」
そこで仕切り直すように、手を叩く音が聞こえた。
「はいはい。それじゃ、班が決まったみたいだから、説明を進めますよ。みんな、席に戻ってください」
エミリアの声で生徒たちは自席に戻っていく。
「これから、しばらくは<魔王軍>の魔法を中心に授業を行います。どの魔法もそうですが、<魔王軍>は特に実戦ありきのものになります。一週間後にまずこのクラスで班別対抗試験を行いますから、そのつもりでしっかり勉強をしてください」
そう言って、エミリアは<魔王軍>とそれを使った班別対抗試験の説明を始める。
<魔王軍>は集団を率いて戦う際、全体の戦闘能力を底上げするための軍勢魔法である。
少し変わった魔法なのだが、術者とその配下には、七つのクラスというものが与えられる。
魔王。築城主。魔導士。治療士。召喚士。魔剣士。呪術師。
この七つにはそれぞれ魔法によって付与されるクラス特性が存在する。
たとえば、築城主は城やダンジョンを建築する創造魔法、防壁や魔法障壁を構築する反魔法に、魔法強化の恩恵が付与される。
一方で武器魔法や攻撃魔法には、魔法弱化の効果を強制される。
このクラス特性を守る限り、集団での総合的な魔法力が向上するのが、<魔王軍>の魔法である。
術者は必ず魔王となり、配下の者たちに絶えず魔法効果を付与し続ける。また魔力を供給することも可能だ。
魔王が死亡、あるいは魔力が枯渇すると、当然のことながら<魔王軍>の魔法は維持することができず、魔法効果は消える。
「それでは、先に班リーダーに立候補した人が<魔王軍>を魔法行使できるか判定します」
これで魔法行使できなければ、リーダーを選んだ班員も見る目がなかったということになるのだろうな。
それぞれ順番に<魔王軍>の魔法を行使したが、立候補した班リーダー五人の内で特に失敗した者はいなかった。
正直に言えば、実戦では使い物にならないようなレベルの代物ばかりだったが、サーシャだけはなかなか安定した魔法行使を行っていた。混沌の世代と呼ばれるだけのことはあるのだろう。
「はい、けっこうです。では、<魔王軍>の詳しい説明を行います。まず始めに――」
エミリアが授業を再開する。
しかし、これは俺が開発した魔法だから、知っていることばかりだ。
しかも、たまに間違っていることを堂々と説明する始末だ。
とはいえ、いちいち指摘してはきりがない。スルーしておくとしよう。
退屈な授業にだんだんと眠気を感じ、気がつけば、俺はうつらうつらと微睡んでいたのだった。
ぼんやりとした意識の中、授業終了の鐘が鳴る。
「ミーシャ」
刺々しい声が耳を撫でる。サーシャのものだ。
「それに伝えておいてくれるかしら?」
それ、というのは俺のことか?
「……起こす……?」
「別にいいわ」
すぐに用件を切り出すと思ったのだが、なぜか無言が続いている。
「ねえ。それはあなたのなに?」
一拍おいて、ミーシャが言う。
「……友達……」
「そ。楽しいの?」
「……ん……」
「あ、そ。ふーん。よかったわね」
サーシャの言葉は刺々しいのだが、どことなく嬉しそうにも思えた。
仲が良いのか悪いのかわからない、と言っていたな。
ミーシャがサーシャを嫌っていないということもある。
あのガラクタ人形という発言にも、なにか事情があるのか?
まあ、姉妹といえども、喧嘩ぐらいはするだろうしな。
「それで用件はなんだ?」
「きゃあぁっ!!」
驚いたようにサーシャは後ずさった。
「いきなり起きないでくれるかしら? びっくりするわ」
「魔力の流れで起きているかもわからないのか、情けない奴だな」
そう言うと、キッとサーシャが睨んでくる。
「それで、どうした?」
サーシャはその瞳に<破滅の魔眼>を浮かべる。
俺の見たてでは、自分の感情の変化、激しさに伴って、自然と魔眼が出てしまうのだろう。
つまり、制御ができていない。
だが、制御ができていないわりには、綺麗な<破滅の魔眼>だ。
その美しさは、才能の表れであろう。
「勝負をしましょう」
思いもよらない提案だった。
なにせ二千年前は、俺にそんな言葉を堂々と発するような勇気のある者は、魔族にも人間にも殆どいなかったからな。
「俺と? どんな勝負だ?」
くつくつと俺は声を出して笑う。どんな勝負であれ、負ける気はまったくしなかった。
「エミリア先生が言ってたでしょ。一週間後に<魔王軍>の班別対抗試験をするって。負けた方が相手の言うことをなんでも聞くってことでどう?」
なるほど。
「それは面白そうだ」
「もしもあなたが勝ったら、班リーダーを辞めて、あなたの班に入ってもいいわ」
「お前が勝ったら?」
微笑して、サーシャは言った。
「あなたをもらうわ」
「サーシャの班に入れと?」
「いいえ。そこのお人形さんと縁を切って、わたしのものになりなさい。わたしの言うことには絶対服従、どんな些細な口答えも許さないわ」
高慢な表情で、サーシャは妹を見下した。
「ミーシャ、覚えておきなさい。あなたのものはぜんぶわたしのもの。友達もなにもかも、あなたにはなに一つだってあげないわ。こんな面白いオモチャ、あなたにはもったいないもの」
やれやれ。妹へのあてつけか知らないが、俺をオモチャ扱いとは、なかなか見上げた度胸だな。
「まあ、別にそれでいいぞ」
「あら? ずいぶんあっさり承諾するのね。いいのかしら?」
「どうせ俺が勝つ」
ムッとしたようにサーシャが睨んでくる。
「さっきは油断しただけだわ。一週間後、首を洗って待ってなさい」
くるりとスカートの裾を翻し、サーシャは去っていった。
「同じ班になったら、仲直りできるかもな」
ミーシャに言うと、驚いたように彼女は目をぱちぱちさせた。
「……だから、サーシャを誘った……?」
「余計な世話だったかもしれないが」
すると、ミーシャはふるふると首を横に振り、それから薄く微笑んだ。
「……ありがとう……」
ミーシャはサーシャと仲良くしたいのだろうと思ったが、当たりだったか。
サーシャの方は一筋縄ではいきそうになかったが、まあ、どうとでもなるか。
「気にするな。班別対抗試験、頑張ろうぜ」
こくり、とミーシャはうなずいた。
「……がんばる……」