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思い出の花畑


「ふむ。リィナ、お前の選んだ階段は外れではなかったか?」


 大樹の天辺へ続く当たりの階段は合計五つ。

 俺たちはその内の三つを引き当て、俺以外にはレイとミサがその道を進んでいる。

 

 リィナの選んだ階段は確かに外れだったはずだ。


「あ、うん。外れだったよ。下り階段だったから」


 その階段を下りていけば、エニユニエンの大樹が言う通り、試練の間にまた戻ったはずだ。

 俺の進んでいる階段が当たりならば、途中で会うことはあり得まい。


 壁などを破壊し、本来あるべき道以外を通ることは禁止されている。

 ならば、考えられるのは――


「……隠し通路か?」


 尋ねると、リィナはこくりとうなずいた。

 隠し通路も本来あるべき道に数えられるのだろう。


「階段を下ってたら、思い出したんだよ。やっぱり、ここに来たことがあるって。グニエールの階段は、一本道じゃなかった気がして、壁を探してたら、今みたいに隠し通路が現れて」


 なるほど。

 運だけで落とされる試験ではなかったというわけだ。


「聞こえているな?」


 <思念通信リークス>で、配下全員に話しかける。


「外れの階段にも隠し通路があるようだ。それを見つければ、天辺へ続く道につながっているだろう。探すといい」


「わかったわ」


「ん」


「わかりましたっ!」


 ミーシャたちから了解の返事が返ってきた。

 うまくいくなら、全員で天辺へ辿り着くことができるだろう。


「さて、リィナ。ここを通ったことがあるのならば、精霊の試練を受けたことがあるはずだな?」


 そう問うと、彼女は首を捻った。


「……うーん、精霊の試練を受けたっていう記憶は全然思い出せないんだよね……でも、グニエールの階段を通って、天辺まで行ったような気はするよ……」


 思い出せないだけか、それとも、試練を受けずとも精霊王に会える立場だったのか?


「確か、どこかに近道があったと思う」


「それは是非とも探したいところだな」


 <遠隔透視リムネト>の魔法を使い、レイたちの視界をそこに映す。

 それをリィナに見せながら、先へ進むことにする。

 

「なにか思い出したら、言ってくれ」


「うん」


 俺は階段を上がっていく。

 リィナは俺の後ろに続きながら、<遠隔透視リムネト>に映るレイたちの視界にじっと視線を配っていた。


 しばらく進むと、階段の先が途切れていた。


「ふむ」


 そこから顔を出し、視線を巡らせると、筒状になった樹木が十数本ほど、天辺へ向かって、伸びているのが見えた。どれも人が三人ほど入れる大きさである。


 恐らくその筒状の樹木の中にはレイやミサが上っている階段があるのだろう。

 下を覗けば、試練の間が見えた。


「これ、試練みたいだよ?」


 リィナが声を上げ、近くにあった木製のプレートを指さす。


 ――知恵と勇気の試練――

 道なき道へ足を踏み出せば、すなわち道が現れる。

 この道は勇気以外のすべてを拒絶し、奈落へと落とすだろう。


「ふむ。道があると信じて進めということか。恐らく<飛行フレス>の魔法などで安全策を取ろうとすれば、落下させられて、不合格になるのだろうな」


 迷わず、俺は空中へ足を踏み出した。

 コツン、と足音が鳴る。目には見えぬ階段がそこにあるのだろう。


「後ろをついてくるがいい」


「……うん」


 俺の後ろを、リィナは少々おっかなびっくりといった風に歩いていく。

 しばらく進み、俺は立ち止まった。


「ここで折り返しだ」


 階段の踊り場がそこにあると信じ、俺は曲がった。

 コツンと足は宙を踏み、折り返している階段を上っていく。


「……どうして、わかるの?」


「よく思いだしてみよ。これまで上ってきた階段は百段上る毎に必ず折り返していただろう? 踊り場の広さからなにまですべて同じ間隔だった。この試練に挑むためのヒントを出していたとしか考えられまい」


 知恵と勇気の試練だからな。

 勇気と一緒に、それに気がつくかどうか、知恵も試されていたわけだ。


「……思い出してみよって言われても、階段の数とか、ましてや広さなんて気にもとめなかったよ……」


「そうか。まあ、構わぬ。お前は近道とやらを思い出すのに集中していればよい」


 リィナは俺の背中をじっと見つめながら、言った。


「すごいなぁ。ただ歩いてるようにしか見えなかったのに」


「なに、この程度は子供騙しにすぎぬはずだ。上へ行けば行くほど、試練の内容も一筋縄ではいかなくなるに違いない」


 そう口にすると、リィナが立ち止まった。

 彼女は横を振り向き、虚空にじっと視線を凝らす。


「どうかしたか?」


「……思い出した……気がする……ここに、道があるはずだよ……」


 階段は百段上る毎に折り返しになっている。

 今は踊り場から、ちょうど三三段の辺りか。


 横に進めるようなヒントは特になかったはずだが、リィナが言うのなら、道があってもおかしくはない。


「隠し通路か?」


「たぶん。でも、近道かはわからないけど……」


 リィナが思いきって一歩足を踏み出す。

 階段からは完全に外れているはずだが、彼女は落下しなかった。


 そこに見えない道があるのだ。


「……私、こっちに行ってもいいかな……? なにか、こっちに、大事なものがあったような気がして……」


 切実な表情で、リィナはそう言った。


「共に行こう」


「いいの? 遠回りかもしれないよ?」


「お前が何者なのか、知っておいた方がいい気がしてな」


 ここまで精霊の学舎のことを知っており、精霊王に会おうとしている。

 彼女が記憶を思い出せば、精霊王が何者かを知る手がかりになるかもしれぬ。


 精霊王が敵か味方かはっきりしない以上、情報を手に入れておいて損はあるまい。


「ありがとう」


 ニコッと笑い、リィナは目に見えぬ階段を進んでいく。

 上に行くのかと思いきや、その階段は下りだった。


「……やっぱり、天辺へ行くには遠回りになっちゃいそう……?」


「なに、レイたちも向かっていることだしな。ここになにがあるのか調べておくのも悪くはない」


 更に先へ進み、リィナは立ち止まった。

 すっと目の前に手を伸ばし、目には見えないなにかに触れている。


「たぶん、ここに扉があると思う」


「開けてみるか」


 リィナと位置を入れ替え、なにも見えない空間に手を伸ばす。

 確かに扉のような感触が指を伝う。


 手探りで、ノブを見つけ、それを回す。

 ぎぃ、と古めかしい音を立て、扉が開いた。


 俺はその中へ歩み出た。


「あ……」


 リィナが声を上げる。


 世界を筆で塗り替えたかの如く、一面が花畑に変わっていく。

 赤、青、黄色と見たことのない色とりどりの花が溢れんばかりに咲いていた。


 俺たちがいる丘の上には木造の扉が、ぽつんと佇む。

 これを開ければ、また元の場所に戻れるのであろう。


「なにか思い出したか?」


「……うぅん……」


 首を横に振り、リィナは呆然と目の前の花畑を眺めている。


 どのぐらい、そうしていたか。

 はらり、と涙の雫が彼女の瞳からこぼれ落ちる。


「……あ、あれ……? おかしいな……どうしたんだろ……?」


 涙が溢れることに、リィナは戸惑いながら、それを手で拭う。


「わからないけど……全然思い出せないけど……でも、何度もここに、来たことがある気がするよ……」


 彼女は思い出に吸い寄せられるように歩き出す。


「待て」


 肩をつかむと、不思議そうにリィナは振り返った。


「そこにいるのはわかっている。姿を現せ」


 花畑に魔眼を凝らす。

 すると、一箇所に黒い靄が集まり、その中から六本の角を持つ魔族が姿を現した。


 詛王カイヒラム・ジステだ。


「驚かせてごめんね、魔王様」


 女性の口調で詛王は言った。

 今はまだジステの人格のままか。


「誰かがここに来てくれるのを待ってたの。ここなら、エニユニエンの大樹も気づかない。精霊王様の監視からも逃れられるから」


 敵意は見られぬ。

 そもそも、ジステの人格のときは、カイヒラムに比べれば魔力が数段劣る。


 なにを企もうと、俺を害することはできまい。


「ふむ。精霊王と敵対しているような口振りだが?」


 ジステはうなずき、そして言った。


「詛王様は、神隠しにあってるの。落第点は取ってないんだけど、精霊王様の命令でね。詛王様を取り返したければ、言う通りにしろって脅されて、それで詛王様の配下のゲラド様はデルゾゲードに行ったのよ」


 神隠しにあった、か。


 詛王カイヒラムの体は、今ここにあるジステのものと同じだ。

 その根源だけを神隠しにあわせることが、果たして可能なものか?


 まあ、詛王自体が特殊な上、相手は精霊だからな。

 可能性がないわけでもないだろう。


 カイヒラムの人格が表に出てこられぬように、封印したといったことも考えられる。


 緋碑王は、その真意はどうあれ、今現在、精霊王の下についているのは間違いない。

 詛王の配下が精霊王に脅されたのだとすれば、デルゾゲードにやってきた三人の魔族は、すべて精霊王の思惑で動かされたと考えるのが妥当か。


「冥王イージェスも精霊王と関わりがあるのか?」


「冥王様は、たぶん、配下を人質に取られてるんだわ。それで、あたしと同じように、渋々この精霊の学舎にいるんだと思う」


 冥王イージェスは四邪王族が共闘しているのは精霊の仕業と言っていた。

 配下を助けたいのなら、俺に詳細を説明した方がよかったはずだが、そうすれば、配下の命が危険に曝されたということか?


 まあ、イージェスは誇り高い男だ。

 いずれにしても、俺に弱味を見せるような性格ではないか。


「詛王の配下、ゲラドは、半分の魔剣を持っていた。シン・レグリアが所有していた略奪剣ギリオノジェスだ。どこで手に入れたか知っているか?」


「……精霊王様からもらったんだと思う。それで、ミサ・イリオローグを誘き出せって」


 シンは神隠しにあっている。

 精霊王が半分の魔剣を奪い、それを詛王の配下に渡したと考えても、不自然ではない。


「精霊王とは何者だ?」


 ジステは首を左右に振った。


「……わからないわ……。でも、ずっと前から、二千年前から、このアハルトヘルンにいたみたい。魔王様が転生されてすぐ後、大精霊レノが消えて、その後釜として、精霊たちを守ってるって聞いたわ」


 ジステは魔法陣を描く。

 魔法の粒子が集い、そこにある人物の姿が描かれていく。


「一度だけ、精霊王様の姿を見たわ。こういう人よ」


 ジステが魔力で描いたのは、漆黒の全身鎧と、禍々しい仮面である。

 あの魔剣大会でメルヘイスの作った<次元牢獄アゼイシス>に侵入してきた男だった。


なんと、正体不明の仮面の男の正体は、正体不明の精霊王だったのです(おい……)

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