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魔王の運試し


「では、合図をしたら好きな階段を上るとよい。どの階段を選ぶかは早い者勝ちじゃて」


 エニユニエンの大樹が声を響かせる。

 早い者勝ちとは言うが、運試しである以上、早く選んだところであまり意味はないだろう。


「走るのは構わんが、他の者を妨害するのは反則とするからのう。その場合は、失格じゃ。同時に同じ階段を上ろうとした際は、わしが判定するのでそれまで待つようにのう」


 試練のルールが説明されるのを、皆じっと聞いている。


「なお、精霊の試練は本来あるべき道以外を通ることは認められておらぬ。壁を破壊することや、<転移ガトム>は失格となるから注意するように」


 正解の道がわかった後に、<転移ガトム>を使っての合流は不可能というわけか。

 そうでなければ、運試しにならぬからな。


「それでは用意はいいかのう? 只今より、精霊の試練の始まりじゃっ!!」


 試練開始の合図が響く。


 二〇本ある階段の内、当たりは五つ。

 運試しという言葉が事実なら、精霊王のもとへ行ける確率は四分の一か。


 その場にいる全員が階段を見つめる中、真っ先に歩き始めたのは、緋碑王ギリシリスだ。


「馬鹿馬鹿しいことだねぇ。運試しに迷うほど滑稽なことはない」


 彼は言葉通り、一切の逡巡もなく、左端から一五番目の階段を選び、上がっていく。


「ああ、言い忘れていたがねぇ」


 数段上がった後に、ギリシリスはジェル状の首だけを、ぐにゅりと振り向かせた。


「汝はこの試験に合格することはないよ、魔王。なぜなら、これは運試しであり、汝の運は悪かったのだからねぇ」


 やれやれ、意味深なことを言う。


「答案の次は階段に細工でもしたか?」


「まさかまさか、証拠でもあるのかね? ただ汝が不合格になったからといって、なにも不思議はないというだけのことだ。なにせ四分の三の確率で外れを引くのだから。むしろ、当たりの階段でなければおかしいと主張する方が不正をしているというものだねぇ」


 ふむ。運試しに乗じて、なにか仕掛けたか?


「フフフ」


 ギリシリスが不気味に笑う。


「理滅剣を使うことだねぇ」


 そう言い残し、ギリシリスは階段を上っていった。

 階段の先には扉があり、正解がどれかはわからないようになっている。


「つまらん試練よ」


 そう呟き、冥王イージェスは隻眼の魔眼で階段をざっと見回す。

 彼は一番右端の階段を上っていった。


「……こういうのはカイヒラム様が得意なんだけど、帰ってきてくれないかなぁ……」


 ぼやきながら、詛王の恋人ジステは左端から三番目の階段を上がっていった。


「全員で一六人いるから、確率的には四人は当たりの道を引けるわよね。四邪王族が何人当たりを引いてるかにもよるけど、最悪でも一人は当たるわ」


 と、サーシャが言う。


「でも、アノス様が行かないと意味がないんじゃありませんか?」


 ミサの言葉を受け、レイは爽やかに微笑む。


「最悪、誰かが精霊王に会って、シン・レグリアやアノスの配下を解放できればそれでもいいと思うけどね」


「だけど、やっぱりアノス君が行くのが一番確実だと思うぞ」


 エレオノールが人差し指を立てる。

 確かに、精霊王が何者かわからぬ以上、俺が行くに越したことはあるまい。


「本当に運任せ?」


 ミーシャが俺をじっと見つめ、疑問を口にした。


「さて、四邪王族の迷いのない動きを見れば、そうとも限らぬ。奴らがどれだけの間、ここにいるのかはわからぬが、精霊の試練を受けるのは今回が初めてというわけでもあるまい」


「正解の道を見つける方法がある?」


 俺はうなずく。


「あるいは、間違った道に進んだとて、どうにかする方法があるかもしれぬ」


 問いかけるように、俺はリィナを見た。


「……あ、ごめんね……この階段、見た覚えはあるんだけど、思い出せなくて……でも、知っているような気はするよ……上ってみたら、思い出すかも」


 ふむ。しかし、上ってからでは後の祭りだ。


「正攻法でいっても、正解の道を選べるとは限らぬしな。緋碑王の口振りからして、十中八九、細工をしているだろう。俺が上った階段の先は、必ず間違いになるといった具合にな」


 階段が精霊なのだから、不可能ではあるまい。


 そして、たとえ外れを選んでも、確率的にはおかしなことではない。

 必ず外れるようになっていたとしても、運が悪かったと言い張ればいいのだからな。


 理滅剣を使えば、容易く解決できるが、緋碑王の台詞も気になる。あるいは、俺に理滅剣を使わせ続け、魔力を消耗させるのが狙いなのかもしれぬ。


 まだデルゾゲードはエニユニエンの大樹上空にあるとはいえ、一度抜けば、やはり魔力の消耗は他の魔法の非ではない。


 迂闊に思惑に乗るわけにもいくまい。


「あ、あたしたちが当たり引いちゃっても、困っちゃうよね?」


 エレンが言う。


「うん。正直、運試し以外の試練を突破できる自信ないし……」


「あたしたちの当たりをアノス様にあげられればいいんだけど」


 少々不安そうな表情で、ファンユニオンの少女たちは口々に言う。


「ふむ。良いことを言った。その手で行くか」


「え?」


 俺は一歩前へ出て、教育の大樹に言った。


「エニユニエン。通った階段が正解だというのはいつわかる?」


「うむ。扉を開けた先の階段が、上りであれば、その道は天辺へ続いておる。もしも下がっているのならば、それはこの場所へ戻ってくる道じゃて」


 それならば、いけそうだな。

 俺は右手をかざし、床全体に魔法陣を描いた。


「……むう……?」


 エニユニエンの大樹から疑問の声が漏れる。

 <幻影擬態ライネル>の魔法を使い、一六人全員の姿を暗闇で隠したからだろう。

 続いて、<秘匿魔力ナジラ>で全員の魔力を隠蔽する。


 エニユニエンの大樹に悟られぬよう、<思念通信リークス>を使い、全員に俺がこれからやることを伝えた。


「わかりましたっ!」


「絶対やり遂げますっ!」


「任せてくださいっ!」


 ファンユニオンの少女たちから気合いの入った声が上がる。

 俺は『ある魔法』を使った後、<幻影擬態ライネル>を解除し、この場の暗闇を消した。


「……ぬうぅっ……!?」


 エニユニエンの大樹から驚きの声が漏れる。

 無理もないだろう。暗闇が晴れ、姿を現したのは、一六人ものアノス・ヴォルディゴードなのだから。


 <幻影擬態ライネル>の魔法で全員の姿を変えたのだ。


「それは、なんのつもりじゃろうか?」


「先程の小テストの件もある。不正がないように万全を期しておきたい」


 一六人の俺の内、一人が歩み出て、そう言った。


「グニエールの階段がその気になれば、この試練で意図的に俺を落とすことができる」


「そのようなことはせん。わしは教育の大樹じゃからのう」


「たとえばの話だ。大精霊レノが生きていたとしよう。彼女の命がかかっていたとしたら、どうだ?」


「……それは……」


「自らの母を守るためであれば、お前たち精霊はどんなことでもするはずだ。違うか?」


 心苦しそうに、エニユニエンの大樹は言った。


「その通りじゃ」


「ならば、精霊王を守るために不正をするということも考えられる」


「……可能性の話ならば、否定はできんのう……じゃが、今回は決してそのようなことはしておらん……」


「ふむ。まあ、俺も精霊が敵に回ったなどと考えたくはない。レノとはそれなりに信頼関係を構築したと思っていたからな」


 レノの名を出したのは覿面だったようで、エニユニエンの大樹は唸るような声を上げる。


「疑ってばかりではキリがない。こうすれば、お前は意図的に俺を試練から脱落させることができなくなる。俺が試練を通過しようとできまいと、互いに遺恨は残さぬだろう」


 <幻影擬態ライネル>で一六人全員が俺の姿をしている。


 誰が本物の俺かわからぬ以上、意図的に俺を脱落させることはできず、正真正銘、運任せの試練になるというわけだ。


「扉を開けた頃に、<幻影擬態ライネル>の魔法を解き、元の姿を見せよう。お前が不正をしていないというのなら、構わぬはずだが?」


「……うむ。わかった。それで気が済むというのなら、好きにするがいい……」


 ニヤリ、と俺は笑い、「行くぞ」と声をかけた。

 一六人の俺はそれぞれの階段のもとへ移動し、一斉に上り始めた。


 十数分ほど経つと、目の前に扉が見えてきた。

 一六人全員が、扉の前に到着している。呼吸を合わせるようにして、俺たちは一斉にその扉を開く。


 次の瞬間、エレンの目の前に映ったのは下へ続く階段だ。

 

「やった、外れだ。アノス様の真似もできたし、今日、あたし、ついてるかもっ」


 <幻影擬態ライネル>が解け、俺の姿から元のエレンに戻った。


 彼女は両拳を握り、嬉しそうに階段を降りていく。


 そして、俺本人の目の前には、上へ続く階段があった。


「ふむ。当たりのようだな」


 <思念通信リークス>でミーシャたちに通信する。


「他に当たりを引いたのは誰だ?」


 すると、レイの声が返ってきた。


「運がよかったみたいだね」


 次にミサの声が聞こえた。


「あはは……あたしも当たりです……」


 三人が当たりか。


 二○本中五本が当たりのため、ノウスガリア、緋碑王、詛王、冥王の内、二人は当たりを引くことになる。先に行った三人の内、二人は当たりの階段を知っていたと考えるのが妥当にも思えるが、断定はできぬな。


「では、行くか」


 天辺へ続く階段を、俺は上り始めた。

 無論、この道を選べたのは運が良かったからではない。


 <幻影擬態ライネル>とともに使ったのは、融合魔法<根源等分融合ジェ・ディシャイシス>。


 一六人全員の根源を一六等分し、それぞれの根源の欠片を一つずつ、合計一六個集めて融合した。


 つまり、ついさっきまで一六人全員が、俺だったのだ。正確には俺を一六等分していた。

 無論、俺でもあり、サーシャであり、ミーシャであり、レイであり、ファンユニオンの少女たちであった。


 <根源等分融合ジェ・ディシャイシス>が解除されて俺が元の一つの根源に戻る時、その根源は一六等分された根源の内のどこかに集う。


 予め、上り階段がある根源に集うように魔法を調整しておいたというわけだ。


 一六本の階段には四分の一で正解の道があった。

 ならば、俺が一六人になればいいだけのことだ。


 そうすれば、当たりも外れもすべて引ける。

 その中の当たりだけを選べばいいのだ。


「ん……?」


 階段を上る途中、不自然な魔力の流れを感じた。

 壁の向こうからだ。


「何者だ?」


 そう問うと、壁の向こうから聞き覚えのある声が返ってきた。


「あ、ここかな?」


 ぐにゃり、と大樹の壁が二つに割れ、その奧に通路が見えた。

 そこにいたのは、フードを被った少女、リィナだった。


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[一言] 「先程の小テストの件もある。不正がないように万全を期しておきたい」 どの口が言っとる(笑)
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