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グニエールの階段


 俺の問いに、緋碑王ギリシリスは、フフフと笑った。


「よろしい。だが、くれぐれも、これで勝ったと思わぬことだ。理滅剣さえなければ、汝が負けていたのは確定的なのだからねぇ」


 余裕を見せるギリシリスに、俺は言った。


「答案に細工をしたからか?」


 その言葉に、ギリシリスは絶句する。

 そうして、ぎろりとその魔法陣の魔眼を向けてきた。


「気がついていないとでも思ったか。エニユニエンの大樹の中では不正はできぬ。そう俺に思い込ませて、貴様は俺以外の配下の答案に細工をしていた。絶対に正解にならぬようにし、九〇点以下にしようとしたのだ」


 嘲笑を浮かべるかの如く、ぐにゃりとギリシリスはジェル状の顔を変形させる。


「証拠でもあるのかね?」


 俺はその場にあった白い本を拾いあげる。

 ゼシアの答案だ。


 指で弾けば、ページが次々とめくられていく。

 そこにギリシリスは魔眼を向けた。


「不正はないようだがねぇ」


「お前が証拠を消したからな」


 俺は指でページを押さえ、<時間操作レバイド>の魔法で答案の時間を、試験中のものに戻した。


 すると、そのページの問題文が変わっていく。


 第一問だ。


『よく見て、よーく考えてね。精霊は精霊でも、噂がもとになった精霊ってなーんだ?』


 本来の問題文は、『噂がもとに【なってない】精霊ってなーんだ?』である。


 これでは答えがまるでわからない。

 その他の問題文も、いくつか文章が変わっており、正答が不可能になっている。


「ほう。これは驚きだ。しかし、吾輩がやったという証拠はあるのかね?」


 しらばっくれたようにギリシリスは言う。


「こんな小細工をするのは貴様ぐらいだがな」


「それでは証拠にならないねぇ。そうだろう? エニユニエンの大樹」


 緋碑王がそう尋ねると、エニユニエンは唸った。


「……うぅむ……わしの目にも、不正は見抜けなんだのう。疑わしきは罰せず、今後はこのような不正が起こらぬように気をつけるとしよう……」

 

 すると、得意気に緋碑王は言った。


「聞いての通りだ、魔王。言いがかりだったねぇ」


 やれやれ、相も変わらず負けず嫌いな男だな。


「お前の負け惜しみにいちいちつき合ってはいられぬ。いずれにせよ、お前は負けたのだ。いいから、さっさと話すがいい」


 俺を睨めつけるように、魔法陣の魔眼を光らせ、奴は言った。


「吾輩の『上』は精霊王だ」


 ふむ。そんな気はしていたがな。

 決定的だったのはエニユニエンの大樹に気がつかれぬよう、本の妖精リーランに細工をしたことだ。


 精霊王の力でも借りねば、うまくはいくまい。


「お前が精霊の下につくとはな」


「研究さえできれば、下だの上だの、吾輩には関係のないことだ。先に述べた通り、この場所は魔法研究にちょうどよくてねぇ。精霊の力を研究することで、我が魔法は更なる深淵を覗くことになる」


「ほう。ならば、精霊王の部下などやめ、俺の配下に加わってみるか? お前の二千年分の研究成果を遙かに上回る魔法の深淵を見せてやろう」


 ギリシリスが怒りをあらわにするかのように、ジェル状の顔が激しく歪めた。


「思い上がるな、魔王。魔法研究を軽んじ、冒涜する汝に吾輩が組すると思ったか」


「なに、一応誘っておこうと思ってな。魔法研究で俺を上回りたいのなら、俺の下につくのが最も近き道であろう」


 ギリシリスの体が黒光りし、周囲の草花が弾け飛ぶ。

 バチバチと奴の体内で、魔力の粒子が衝突し、激しい火花を散らせていた。


「いつまで吾輩を見下しているのかね? この二千年で、汝の古い魔法などゆうに超えたと言ったはずだが」


「俺を超えているつもりならば、そう癇癪を起こす必要もあるまい。戯れ言にいちいち反応していては、器が知れるというものだ」


 怒気を隠さず睨めつけてくる緋碑王の視線を俺は堂々と受けとめる。


「覚えておくがいい。見果てぬ深淵の底に辿り着くのは汝ではない。この吾輩だということを」


 まあ、その研究熱心なところは嫌いではないがな。


「面白い。だが、今は深淵の底よりも気になることがあってな」


 苛立ちをあらわにするように、ギリシリスはぐにゃりと顔を歪めた。


「精霊王というのは、どんな精霊だ?」


「自分で調べることだねぇ。その質問に答えるのは、<契約ゼクト>の範疇ではない」


 そう言って、ギリシリスは自らの席へ座った。


 奴は精霊王の下につき、その命に従って、副官をデルゾゲードに使わせた。エレオノールとゼシアを狙ったのは研究目的だとして、あの知恵比べが成立するような発言は精霊王の指示と考えられる。


 詛王と冥王の配下も同じく知恵比べが成立するような行動を取ったということは、あの時点で三者は同盟関係にあったのだろう。だとすれば、あの件については、すべて精霊王が企んだことなのかもしれぬ。


 精霊王はノウスガリアに協力しているのか?

 それとも、脅されているのか?


 いずれにしても、二千年前の俺の配下を神隠しにしたのは、ただこの精霊の学舎のルールに従っただけ、とも限らぬようだな。


「うむ。では学びを続けよう」


 エニユニエンの大樹が声を響かせた。


「さて。一〇〇点を取った新入生たちはもちろんのこと、今回は教室にいる全員に、精霊の試練を受ける資格がある。試練を受けたい生徒は、次の鐘が鳴るまでに、この教室を出て階段を上がり、試練の間へ行くことじゃ」


 すると、緋碑王ギリシリス、冥王イージェス、詛王カイヒラムの別人格ジステは一斉に立ち上がり、教室の外へ出ていった。


「行くぞ」


 ミーシャたちに声をかけ、俺も席を立った。

 教室を出て、すぐそこにあった階段を上っていく。


 その途中、<思念通信リークス>が届いた。

 メルヘイスからだ。


「どうした?」


「魔王再臨の式典につきまして、ようやくディルヘイド中に報せる準備が調いました。仰せの通り、通知の段階では暴虐の魔王がアノス様だということは伏せ、アヴォス・ディルヘヴィアが偽物だったことを発表します。式典の際に、本物である我が君を紹介するといった手筈でございます。日程は予定通り、ちょうど一月後にございます。問題ないようであれば、本日、魔法放送にて報せるようにいたします」


 メルヘイスは現在、ミッドヘイズとは別の場所に身を隠している。理由はわからぬが、どうやら狙われているようだからな。準備を行っているのは統一派を始めとする彼の配下だ。他の七魔皇老についても、念のため、身を潜めてもらっている。


 そのため、式典の通知を行うのも少々遅れてしまったようだ。


「お前は姿を見せるな。式典の通達はエリオにやらせるがよい」


「御意」


 一月もあれば、このゴタゴタにも決着はついているだろう。

 平和の式典なのだ。なんの憂いもなく、行いたいものだ。


「そういえば、デルゾゲードの魔力がミッドヘイズから消えたようですが?」


「ああ、用があって使った。じきに元の場所に戻るだろう」


 <魔王城召喚デルゾゲード>で魔王城を移動させられるのは五分間だ。それが過ぎれば、デルゾゲードはまた元の場所に戻る。採点の前にデルゾゲードを召喚したから、そろそろだろう。


 このまま召喚を継続して理滅剣を使えば、精霊王の元へ行くのは容易いかもしれぬが、如何せん魔力の消耗が大きすぎる。

 まだなにが控えているかわからぬ以上、肝心なときに魔力切れを起こさないよう、温存しておいた方がいいだろう。


 精霊王に会えば、それで仕舞いというわけでもないからな。


「他になにかあるか?」


「いえ。それでは魔法放送が始まりましたら、<遠隔透視リムネト>で転送するようにいたします」


「頼む」


「承知しました。それでは失礼いたします」


 <思念通信リークス>が切断される。


「ねえ」


 サーシャがふと思い立ったように言う。


「思ったんだけど、今、デルゾゲードって他の生徒が授業を受けてる真っ最中よね?」


「そうだな」


「デルゾゲードを召喚すると、中にいる生徒はどうなるの?」


「ああ、召喚されている間、元の場所には<創造建築アイビス>で作られた偽の魔王城が出現するようになっている。中にいる者が本物のデルゾゲードと共に移動する心配はない」


 要するに、中にいる者はそのままにして本物と偽物を入れ替えているのだ。

 よほど魔眼に優れていなければ、デルゾゲードが召喚され、偽の魔王城にすり替わったことには気がつかぬだろう。


「ついた」


 ミーシャが言った。

 階段を上り終えると、そこには木造のプレートが置いてあり、『試練の間』と文字が刻まれている。


 辺りを見回せば上へ続く階段が二〇ほどあり、その前に柱のような大木がある。

 ふとその大木に、教室と同じように顔が浮かんだ。


「うむ。よくぞ、来た。ではこれより、精霊の試練について説明してしんぜよう」


 エニユニエンの大樹の声が響く。


「これより上階へ上ろうとすれば、様々な精霊が行く手を阻み、様々な試練を課してくる。それらを見事くぐり抜け、精霊王のおわすエニユニエンの天辺に辿り着くことができれば、合格じゃ。ただし、精霊の課す試練のルールは絶対に守らなければならぬ。もしもルール違反を行った場合には、永久に天辺には辿り着けず、延々と階段を上り続けることになろう」


 抜け道を探ろうとしても無駄ということか。


「また受験者同士の話し合いについてはルール違反ではない。協力し合うも、騙し合うも自由じゃ。それを含めて、試練じゃからのう」


 試験者は敵にも、味方にも、なり得る、か。

 四邪王族が俺に味方するとも思えぬが、話し合いができるというのは都合が良い。


「では早速、最初の試練を紹介しよう。グニエールの階段じゃ。お主らはこれより、この二○本の階段から、一つを選び、上階へ進んでもらう。ただし、階段は一人につき一つじゃ。同じ階段を選ぶことはできん」


 階段毎によって試練の内容が違うということか?


「二○本の階段の内、精霊王がいる天辺へ続く道は五つのみじゃ」


「えーと、他の道を選んじゃった人はどうなるんだ?」


 エレオノールが不思議そうに尋ねる。


「ふぉっふぉっふぉ、間違った道を選んだ場合は、この場所にまた戻ってくるようになっておるのう。その場合は不合格じゃて」


「でも、それじゃ、試練の前に運が良くないと天辺まで辿り着けないぞ」


「左様」


 エニユニエンの大樹は、堂々と言った。


「グニエールの階段は、別名、運試しの階段とも言われていてのう。最初の試練の内容は、その名の通り、運試しじゃ」


 ふむ。なかなかどうして、最初から手強そうな試練だな。


運試し……さすがにこれは、どんなに強くても、どうにもならないのでは、という気がしますねっ。

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― 新着の感想 ―
どっかの神様がいいことしてくれてた気がするなぁ
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