破滅の魔女
俺が自席へ戻ると、エミリアは言った。
「立候補者は起立してください」
先程挙手をした生徒たちが一斉に立ち上がった。
俺を入れて五人か。特別興味もなかったのだが、一瞥したところ、その中の少女が少し気になった。
金髪碧眼でツインテールだ。気の強そうな表情をしているのだが、背格好といい顔立ちといい、ミーシャに似ている。なにより、魔力の波長がそっくりだった。
「それでは、班分けを始めます。班リーダーに立候補した生徒は自己紹介をしてください。それじゃ……サーシャさんから」
先程のツインテールの少女が、勝ち気な表情で微笑む。
「ネクロン家の血族にして、七魔皇老が一人、アイヴィス・ネクロンの直系、破滅の魔女サーシャ・ネクロン。どうぞお見知りおきを」
スカートの裾をつかみ、サーシャは優雅にお辞儀する。
それをミーシャはぼんやりと聞いているのだが、視線はまっすぐ彼女に注がれていた。
「ネクロンってことは?」
「……お姉ちゃん……」
なるほど。あれが仲が良いのか悪いのかわからない姉か。
サーシャは黒服だから純血なのだろうが、ミーシャは白服だ。
ということは――
「母親が違うのか?」
尋ねると、ミーシャは首を横に振った。
「……両親は同じ……」
「それなら、ミーシャは純血のはずだろ?」
「白服になるのは血統以外が理由のこともある」
「なんだ?」
ミーシャは一瞬黙り、そして言った。
「……家の人が決めた……」
「家の人というと?」
「ネクロン家」
ふむ。純血の娘の片方だけ皇族ではないように扱うとは、どんな事情があるのやら?
血統を大層なものとして扱うこの時代においては、不自然なことだろうに。
気になるところだな。
「アノス君。あなたの番ですよ」
ミーシャと話している間に順番が回ってきたようだ。
まあ、おいおい聞くとするか。
まずは自己紹介だが。
俺は顔を生徒たちに向け、堂々と言い放った。
「暴虐の魔王アノス・ヴォルディゴードだ。言っておくが、貴様らの信じている魔王の名前は真っ赤な偽物だぞ。本当の名はアノス・ヴォルディゴードという。もっとも、信じないのだろうが、まあ、責めはしない。ゆくゆくわかることだからな。よろしく頼む」
俺の自己紹介に教室がシーンと静まり返る。
リオルグも言っていたが、始祖を自称するというのはそれだけで偽物であり、また不敬とされるのだろう。伝承された始祖の名前が違うと口にしては尚更といったところか。
皆、ちらちらと俺に視線を向けてきては、こそこそと不適合者がどうのこうのと話している。
本来なら咎める立場にいるであろうエミリアも、さっきのことがあったからか、軽くスルーして、説明を続けた。
「以上で全員の自己紹介が終わりました。それでは班リーダーに立候補していない生徒は、自分が良いと思ったリーダーのもとへ移動してください。まだよく知らないでしょうから、第一印象で構いません。班には人数制限がありませんので、大人数の班になることもあります」
その言葉で生徒たちは立ち上がり、自らが良いと思った班リーダーのもとへ移動を始める。
「またいつでも班を変更することは可能です。ただし、班リーダーは班員を班に入れるかどうか選ぶことができます。また班員が一人もいなくなった場合、班リーダーは資格を失います」
リーダーとしての器量を試す仕組みというわけか。
「なあ、おい。どうする?」
「やっぱり、サーシャ様の班だろ」
「そうね。破滅の魔女って言ったら、混沌の世代でも有望株よ。彼女こそ転生した始祖に違いないって噂されてるもの」
「ええ、わたしもよく知ってるけど、とんでもない魔力と魔法の持ち主よ」
ふむ。あのサーシャとかいう少女が、混沌の世代の一人か。
まあ、始祖は俺なのだが、そう噂されるからにはなかなか魔力があるのだろうな。
その証拠に、生徒の大半はサーシャのもとへ移動している。
隣にいたミーシャが立ち上がる。
一瞬、サーシャの方へ視線をやり、次に無表情のまま俺を見た。
「姉のもとへ行きたいなら、行っていいぞ」
ふるふるとミーシャは首を振った。
「……アノスの班がいい……」
「そうか?」
「……ん……」
「それは助かる」
ほんの少し照れたようにミーシャは言う。
「……友達だから……」
「そうだな」
しかし、これでようやく班員が一人か。これで一応班としては成立するのだが、さて、どうしたものか。
班員を集めるぐらい、魔法を使えばどうとでもなるのだが、それでは面白味もないことだしな。
などと考えていると、人混みをかき分けて、金髪の少女がこちらへ向かってくる。
サーシャだ。
「ごきげんよう。アノス・ヴォルディゴードだったかしら?」
「ああ」
彼女は一瞬、ミーシャに視線をやった。
「あなた、まだ班員が一人しかいないようね。それも、そんな出来損ないのお人形さんを班に入れるなんて、どうかしてるんじゃないかしら?」
ふむ。この俺にいきなり因縁をつけてくるとは、頭のおかしな女だな。
「出来損ないのお人形というのは、ミーシャのことか?」
「それ以外にあるのかしら?」
ふふっと嘲笑うかのようにサーシャは俺を見下してくる。
「知ってる? その子ね、魔族じゃないのよ。でも、人間でもないの。さっき言った通り、出来損ないのお人形さん。命もない、魂もない、意志もない。ただ魔法で動くだけのガラクタ人形よ」
魔法人形の類か。
両親は同じだと言ったが、魔法で自らの血から生み出したのだろうか?
まあ、魔法人形の作り方は千差万別だ。
実際に魔族が産み落とすことで作られる魔法人形もある。
よくできたものなら、本当に生きているのだ。
「それがどうした?」
「……どうしたって……」
「魔法人形に命も魂もないと考えるのは、魔法概念の理解が浅すぎる。もっと魔眼を凝らして、深淵を見ることだな」
一瞬驚いたような表情を浮かべ、サーシャはそれでも不敵に笑った。
「そんな呪われたお人形さんと一緒にいたら、わるーいことが起きるんじゃないかしらって忠告してあげたのよ。ね。わかるでしょ?」
ふっ、と思わず鼻で笑ってしまう。
「くくく、くはははは。なんだ、それは、脅しか? この俺を?」
すると、サーシャがキッと俺を睨む。
「ねえ。あなた。死にたいのかしら?」
サーシャの碧眼に魔法陣が浮かぶ。
こちらの様子を窺っていた生徒が慌てたように言った。
「おい、やばいぞ、あいつ。サーシャ様とあんなに目を合わせたら……?」
「……どういうことだ?」
「知らないのか。サーシャ様の魔眼は特別だ。<破滅の魔眼>と言われ、その気になれば視界に映るすべてのものの破滅因子を呼び起こし、自壊させる。サーシャ様が破滅の魔女と呼ばれる所以だ」
なるほど。特異体質か。ミーシャといい、サーシャといい、ネクロン家は魔眼に特化した魔法特性を持っているようだな。
だが、俺にはまるで効かない。
「……そんな……」
「どうした? 睨めっこはもう飽きたか?」
俺はサーシャを睥睨する。瞳に魔力がこもり、魔法陣が描かれる。
「その目……嘘でしょ……あなた……」
「なんだ? お前にできることが俺にできないとでも思ったか? それに一つ指摘しておいてやろう。<破滅の魔眼>の使い方がなっていないぞ」
なかなか良いセンを言っていたが、やはりサーシャの魔法術式も未熟だ。
後学のために、教えておいてやろう。
「見せてやろう。これが真の<破滅の魔眼>だ」
「……あ……あ……」
教室にあるものはなに一つ壊れていない。サーシャも一見して無傷だ。俺が魔眼で破壊したのは、少々生意気だった彼女の心だ。
「信じられねえ……あいつ、サーシャ様と目を合わせて平然としてやがる……」
「……わたし、前にサーシャ様が<破滅の魔眼>を出していたときにうっかり目を合わせたら、それだけで一年は目が覚めなかったのに……」
「どういうことだよ? あいつは白服で、しかも不適合者のはずだろ? 魔法術式の知識だけじゃなく、反魔法までズバ抜けてるなんて……」
ふむ。教室がなにやら騒々しいな。
「……実は、箝口令が敷かれているからここだけの話なんだが、俺は入学試験で見たんだ。アノスがあのリオルグ様を瞬殺するところ……」
「ええっ……!? あの、魔大帝を……瞬殺っ!?」
「その前にゼペスも軽く殺していた」
「殺したって? 本気で? 殺したのっ!?」
「ああ、その後、生き返らせたんだ」
「生き返らせたっ!?」
「それでまた殺したんだ」
「また殺した……」
「ゼペスは腐死者とかいうのになって、リオルグ様を消し炭にしたんだ」
「そ、そんなことが」
「……あれ? でも、あたし、入学試験の後にリオルグ様を見た気がするけど……」
「結局、二人とも生き返ったんだ……」
「なにがなんだか、わからないわ……」
まあ、このぐらいにしておくか。
「いつまで惚けている。自壊したのは心の表層だけだ。気をしっかり持て」
サーシャの頭を軽く撫で、精神を起こしてやる。
はっと気がついたように、彼女の目が俺を捉えた。
「……あなた、何者なの……?」
「自己紹介は済ませたはずだが?」
不敵に笑ってみせる。
彼女は悔しそうに俺を睨んだ。
「ところで、サーシャ。まあまあの魔力を持っているようだが、俺の班に入らないか?」
思いもよらない台詞だったか、彼女は目を大きく見開き、絶句したのだった。




