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臣下の伝言


 ユニオン塔の最上階。

 メノウを助け、戻ってきていたサーシャが言った。


「それで、その使い魔にしたジークってやつはなにも知らないの?」


 俺はうなずき、フクロウに言った。


「ジーク。お前がここへきた目的を話せ」


「俺の目的は、暴虐の魔王の戦力を僅かでも削ぐことでした。そのため、知恵比べを挑み、注意を引きつけて、メルヘイスを狙いました」


 ジークはそう語った。


「とのことだ」


「ふーん。じゃ、ノウスガリアに中途半端に情報を教えられて、良いように使われたってことかしら?」


「さてな。そうとも限らぬ」


 中途半端に情報を教えられ、良いように使われたのだとすれば、あまりにお粗末だ。熾死王の参謀にしては馬鹿が過ぎるだろう。


「でも、使い魔にしたんだから、嘘をつくわけないわよね?」


「まあな。記憶も一通り洗った」


「過去の記憶が改竄された?」

 

 ミーシャが言った。


「そうかもしれぬ。霊神人剣がアイヴィスの記憶を過去からも完全に消し去ったように、神の力ならば過去をなかったことにもできるだろう」


 転生することが、その条件だったのかもしれぬ。

 だが、そうだとすれば、あのときメルヘイスを狙った理由に、やはり疑問が残る。


「まあ、本当になにも知らなかった可能性もあるがな」


 と、そのとき、ユニオン塔の最上階にエレオノールとゼシアが戻ってきた。

 レイやミサもすでに戻ってきているため、これで全員が揃った。


「わおっ。ボクたちが最後なんだ。みんな、素早いぞ」


「遅れ……ました……」


 二人は俺たちの輪の中に入った。

 四邪王族が手を出してきたことや、一通りの状況は、すでに<思念通信リークス>で伝えてある。


 一度集まり、これからの方針を話すこととした。


「では、メルヘイス。まずは予定通り、戦後処理の状況を聞こう」


「かしこまりました」


 メルヘイスが丁重に礼をする。


「以前にお話ししたことと重複するかもしれませんが、一通りお話しいたします。まずアゼシオンについてでございますが、ガイラディーテ魔王討伐軍を率いた総帥ディエゴは、軍事行動中に行ったことが、重大な軍法違反と見なされ、処罰は免れない状況です」


 暴虐の魔王の死亡が確認され、ディルヘイド軍が撤退を始めた状況で、副官の腕を斬り落としてまで戦争を続行しようとしたのだからな。何人もの兵士が目撃している以上、言い逃れはできまい。


「また<魔族断罪ジェルガ>の魔法や、かねてからガイラディーテ魔王討伐軍を結成しようと企んでいたことなどが次々と明るみに出てきており、アゼシオン側としては今回の戦争はディエゴを戦犯として決着をつけたいところのようでございます」


「勇者カノンについてはどうなったのかな?」


 レイが疑問を投げかける。


「霊神人剣を手に、暴虐の魔王から身を挺して人間たちを守った本物のカノンが現れた以上、これまでの転生者はすべて偽物という判断がくだされたようでございます。元々、彼らの誰も霊神人剣を抜けなかった、ということで、学院内部でも疑問の声が上がっていたようです」


 まあ、もっともな話ではあるな。

 その不信が、あの戦争でカノンが現れたことで、一気に表面化したのだろう。


「勇者学院は残るようですが、これまでのような莫大な予算の獲得は難しいでしょう」


「そうそう。だから、ゼシアやレドリアーノ君たちから、カノンの名前が消えたんだぞ」


 エレオノールが人差し指を立てて言った。


「ゼシアは君と同じ姓になってたよね?」


 レイが尋ねると、エレオノールはうなずく。


「ディエゴと同じじゃ、色々と困ると思って、変えてもらったんだ」


「ママ……だから、です」


 ゼシアが言う。

 うんうん、とうなずきながら、エレオノールは彼女を撫でていた。


「そういえば、残りのゼシアはどうしたの? 一万人ぐらいいるのよね?」


 サーシャの質問に、エレオノールが答えた。


「今はこの城の地下にいるぞ」


「はい?」


 サーシャが素っ頓狂な声を上げる。


「地下って、地下ダンジョンのこと? あんなところでどうやって暮らすのよ?」


「でも、けっこう快適みたいだぞ」


「……どういうこと?」


 説明しろといった風に、サーシャが俺を見てくる。


「無論、増築と改装を行った。最下層については、ゼシアたちが暮らしやすいような街にしておいた。広さで言えば、大体このミッドヘイズと同じぐらいか」


「はぁっ!?」


 驚いたようにサーシャが声を上げた。


「……なんで地下に地上と同じ大きさの街を作ってるのよ……?」


「一万人全員が外に出ては、目立ちすぎる。とはいえ、地下になにもなくては不便だろうと思ってな。それなりに楽しめる環境を整えた」


「アノスは優しい」


 と、ミーシャが言う。


「限度ってものがあるわ……」


「近い内に、大精霊の森、アハルトヘルンに連れていこうと思っている」


 俺がそう口にすると、ミーシャが首をかしげた。


「良いことがある?」


「人間や魔族は一万人のゼシアがいれば不審に思うが、精霊たちは気にしない。人間と精霊は相性も悪くないからな。受け入れてくれる精霊がいれば、そこで暮らすのも悪くはあるまい」


 ゼシアたちが気に入ればの話だがな。

 

「まあ、その話は後でいいだろう。続けてくれ」


「アゼシオン側から、勇者カノンについての情報を求められていますが、いかがいたしましょうか? 現在のところ、トーラの森で遭遇したっきりということで、アゼシオンはなんらカノンについては気がついていないようでございます」


 メルヘイスが俺とレイを見た。


「顔も覚えていないかな?」


「人によっては覚えている可能性もございますが、広く知れ渡ることはないでしょう」


「できれば、行方がわからないことにしておいてもらえると助かるよ」


 勇者カノンだということがわかったところで、良いことはあまりなさそうだからな。面倒事を押しつけられるといったことも考えられる。


「かしこまりました。では、そのように回答しておきます」


「戦争の後、アゼシオンの民の様子はどうだ?」


「<魔族断罪ジェルガ>、そして<聖域アスク>の魔法による後遺症はそれほどでもないようでございます。九割の人間はアノス様とレイ様が<聖域アスク>を逆転した魔法で、魔力を希望に変換し、分け与えましたので、ほぼ回復しております。残る一割ほどの人間も命に別状はございません」


 ふむ。ひとまずは、間に合ったということか。


「しかし、希望を無理矢理吸収され、暗闇を彷徨った経験は忘れられるものではないようでございます。アゼシオンの民の間では、深き暗黒の口伝がやはり本当であったという意識が根強く残ってしまいました。どうもあれが、<魔族断罪ジェルガ>ではなく、暴虐の魔王の仕業だと思っているようでございます」


 まさか勇者たちの<聖域アスク>が自らに牙を剥くとは夢にも思っていないだろうからな。当然と言えば、当然か。


「暴虐の魔王というと、あちらの認識もまだアヴォス・ディルヘヴィアだな?」


「左様でございます。先の戦争にて、アヴォス・ディルヘヴィアは勇者カノンが討ち取った。しかし、またいつの日にか復活し、深き暗黒をもたらすのではないか。そんな不安がアゼシオン中に蔓延しているようでございます」


 まあ、あれだけの目にあえば、恐怖を忘れられずとも無理はあるまい。

 すぐにどうなるわけではないが、人間が魔族を恨むきっかけになりかねないな。


「魔王再臨の式典では、アヴォス・ディルヘヴィアのことにも触れ、アゼシオンとの友好に一役買ってもらうのがよろしいかと」


「俺とカノンが協力し、偽の暴虐の魔王であるアヴォス・ディルヘヴィアを滅ぼしたことにするわけか」


「左様でございます。それも、ある意味、事実でございますし」


「であれば、魔王再臨の式典にはカノンにも出てもらった方がいいわけだが?」


 レイを見る。


「あまり目立ちたくはないんだけどね」


「鎧着る?」


 ミーシャがそう提案する。


「いいかもね。鎧と兜であまり顔をわからなくしようか。霊神人剣さえあれば、勇者カノンだとわかるだろうし」


「では、その方向で進めておきます」


 メルヘイスが言う。


「大まかにはそんなところでございますが、なにか気になる点はございましょうか?」


「いや、今日はそのぐらいで構わぬ。本題に入るとしよう」


「熾死王エールドメードについてでございますか?」


「ああ。奴の体と根源はノウスガリアに乗っ取られているようだが、いつお前に接触してきた」


 一瞬、思い出すように黙り込み、メルヘイスは言う。


「つい数日前のことでございます。熾死王はこの魔王学院へやって参りました。そして、教員になりたいことを申し出たのです。彼は欠員補充のために行われていた採用試験を受け、合格しました」


「実際に会ったか?」


「ええ。アノス様のことを知る御方ですので、直接会い、話をいたしました。といっても、大したことは申しておりません。新しい時代では、後進を育てたいと熾死王はそんな風に言っておりました」


 二千年前の魔族が正式に尋ねてきた場合には丁重にもてなすように言ってあったからな。

 しかし、俺が目覚めるまで待っていたのは、どうも友好のためではなさそうだ。


「アノスが暴虐の魔王だと証明する<契約ゼクト>と七魔皇老の調印って、教師はみんな持ってるの?」


 サーシャが尋ねる。


「信頼のおける教師にはすでに伝え、調印した<契約ゼクト>も渡しております。熾死王もアノス様のことをすでにご存知でしたのでお渡しいたしました」


 今となっては、俺が暴虐の魔王だということを証明して不都合はなにもないことだしな。


「お前が熾死王に会った時点で、すでにノウスガリアに体を乗っ取られていたか?」


「……残念ながら、わかりませぬ。申し訳ございません……」


 まあ、そうだろうな。仕方あるまい。


「アノス様にお伝えしようとしたのですが、<思念通信リークス>では傍受される可能性もあり、しかし姿も魔力も見つけることができませんでした」


「ああ、すまぬ。地下ダンジョンの改築に凝っていた。まだエリオにも伝えていなくてな。賊が侵入したと思われては大騒ぎになるため、こっそり隠れて創っていた」


「……こっそりとんでもないもの作ってんじゃないわよ……」


 小声でサーシャがぼやいていた。


「ノウスガリアの件とは関係しないかもしれませんが、一つお耳に入れておきたいことがございます」


「なんだ?」


「統一派にはいち早くアノス様が暴虐の魔王であることを伝えていたのですが、つい先刻、統一派のトップ、創立者から連絡がございました」


 確か、メルヘイスが会ったこともない正体不明の魔族だったな。


「どうした?」


「自分は二千年前の魔族だと申しておりました」


 なるほど。

 それで姿を現せなかったわけか。


「名前は?」


「暴虐の魔王の側近、シン・レグリア、と」


 シンか。

 転生がうまくいったのか、どうやら記憶があるようだな。


「大精霊の森、アハルトヘルンにいらっしゃるそうです。かつてのあなた様の腹心や配下は、皆そこで転生を待っていたようでございます」


 俺に気がつかれぬよう、ディルヘイドからは離れていたというわけだ。

 だが、もうアヴォス・ディルヘヴィアの件は片がついた。


「なぜ姿を現さない?」


「動けない事情があるとおっしゃっておりました。アハルトヘルンでお待ちしている、との伝言を承りました」


 シンは俺に出向け、などと言った試しがない。

 たとえ、神が立ちはだかっていようと、あの男なら叩き斬ってでも自ら俺のもとへ馳せ参じるだろう。


 つまり、よほどの事情があるというわけか。


「……アハルトヘルン……」


 ミサが呟く。

 大精霊レノのことが気になっているのか、浮かない表情をしていた。


「詛王の配下が持っていた、半分の魔剣なんだけど」


 神妙な顔でレイは、剣先のない半分の魔剣を取り出した。

 それは、元々、ミサの父親が持っているはずのものだ。


「深淵を覗いたら、本来の姿がわかったよ」


 俺は魔眼を向け、レイが手にした魔剣の深淵を覗く。


「ふむ。そういうことか。半分ずつではわからぬが、両方そろえば真の姿がわかるようになっている。もっとも、その剣を見たことがある者に限っての話だが」


 レイは台座へ歩いていく。そこには元々このユニオン塔にあった半分の魔剣が刺さっている。

 それを抜き放ち、詛王の配下から奪った半分の魔剣と重ね合わせると、二つは黒い光に包まれた。


 魔剣が一つになり、ぐにゃりとその輪郭を歪める。

 真の姿は直剣ではなく、曲剣だ。


「略奪剣ギリオノジェス、か」


 シンが使っていた、この世に二つとない魔剣である。


ようやくシンが接触してきたようですが、なにやら事情がありそう……?


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