魔王の知恵
神の子に関する事柄について、俺が嘘を指摘するのはジークもわかっていただろう。
なぜなら、それが俺のもっとも知りたいことであり、同時に奴がもっとも隠さなければならないことのはずだからだ。
ゆえに、あえて嘘をつく事柄には、神の子に関して以外のものを指定した。でなければ、この時点でもう知恵比べに負けることになる。
とはいえ、神の子の情報と引き換えにしてまで、この勝負に勝ったところで、奴にはさほどメリットがない。せいぜいがメルヘイスを滅ぼせる程度だからな。
つまり、本当に隠したいことは、まだ明かしてはいない、と考えるのが妥当だろう。
ジークは神の子に関しては嘘をついていない。
とはいえ、今さっきの奴の言葉すべてを信じることはできぬ。
嘘をつける事柄を、神の子に関することに設定せずとも、神の子の情報を隠すことはできるからだ。
たとえば、嘘がつける事柄を、大精霊レノについて指定していたとしよう。
ミサが神の子かもしれないと示唆するために<遠隔透視>を見せたのだから、当然先の俺の質問に対して、ミサと大精霊レノが神の子に関係あるか否かを、奴は答えなければならない。
無関係なら、無関係と言わなければならないのだ。
そして、大精霊レノに関する事柄については嘘がつける。大精霊レノが神の子をその身に宿した、と嘘をついたかもしれないのだ。
その場合、本当の神の子を隠すために、ミサを神の子だと誤認させようとしている可能性が残されている。
「ふむ。では次の質問だ」
残る質問回数は6回。嘘を指摘できるのは3回。
ジークの嘘を暴くための問いは――
「神の子は一人か?」
質問を限定すればするほど、嘘はつけなくなる。
人数を答えるだけであれば、神の子以外にはどうあっても関連しない。
そして、ジークが神の子に関連する事柄では嘘をついていないのは確認済みだ。
これに嘘がつけるとすれば、人数に関する事柄について嘘をつく、としている場合だろうが、可能性は低いだろう。
この問いには、事実を答えるしかあるまい。
「いかにも。神の子は一人だ。ノウスガリアはそう俺に語り、事実だと約束した」
ミーシャとサーシャは融合し神の子となるという話だから一人と数える。
少なくとも、これで、ミサ、ゼシア、ミーシャとサーシャ、いずれか二人以上は神の子ではなく、そう誤認させるためにジークが嘘をついたと考えられる。
問題は嘘をつく事柄を、なににすれば二人以上を神の子だと偽る回答ができるかだが、もっとも単純なのは、俺の配下についてとすることだろう。
そうすれば、ミサ、エレオノール、ゼシア、ミーシャとサーシャが関わる質問について、嘘で答えることができる。
つまり、次の質問ではそれを確かめればいい。
「では、質問だ。ミーシャとサーシャの年齢は同じか?」
あえて、奴にも俺にも、答えが明白な質問をする。
ジークが嘘をつく事柄を俺の知人や配下についてと指定していた場合は、この質問に正しく答えることはできず、必ず嘘をつかなければならない。
「同じ日に生まれたのだから、年齢は同じだ」
ジークは正しい答えを口にした。
これで、俺の配下や知人、あるいはミーシャとサーシャを、嘘をつく事柄には指定していない、ということがはっきりした。
では、どうやって、二人以上が神の子であるような嘘をついたのか。
最初の回答は、ノウスガリアから直接聞いたことであり、奴は嘘偽りないことを約束した、とジークは言った。
嘘をつく事柄を、ノウスガリアについてと指定すれば、最初の質問に対して、全員が神の子であるように答えることはできる。
「嘘を指摘する権利を使う。ノウスガリアについて、お前は嘘をついているな」
「残念だが、外れだ」
ノウスガリアに関する事柄についても嘘はついていない。
神の子が一人なのは確定している。
しかし、最初の質問でジークはあたかも神の子が三人いるように語った。
そのうちの二人、あるいは三人全員について嘘をついた、とも考えられたが、嘘をつく事柄を他にどう指定しても、そんな嘘をつくのは難しい。
ということは、嘘ではないのだ。
少なくとも、最初の回答では、神の子であるように匂わせているだけで、神の子とは断定していない。可能性があると言ったにすぎぬからな。
ミサは大精霊レノが直接その身に宿した子で、精霊としての伝承を暴虐の魔王を滅ぼす者とする。
エレオノールは天父神がジェルガとの交渉で、神の器を作るために生み出された魔法で、その器があの小さなゼシアである。
そして、ミーシャとサーシャは俺が阻止しなければ、神の思惑通り、体を一つとし、神の意志と強大な魔力を持って生まれるはずだった。
この内の少なくとも二つまでは正しく、かつ二人は神の子ではない。
より正確に言えば、暴虐の魔王を滅ぼす秩序ではない。
この知恵比べで語っている神の子は、ノウスガリアが言った暴虐の魔王を滅ぼす秩序だからだ。<契約>にもそう規定がある。
そして、その神の子は、先に確かめた通り、一人しかいない。
たとえば、暴虐の魔王を滅ぼすための秩序を、守るための秩序ということならば、神の器やその意志を持っていたとしても、なんらおかしくはない。
つまり、問題は誰が暴虐の魔王を滅ぼす神の子なのかということだが、順を追っていけば、それを確かめるのはさほど難しくはない。
「質問だ。神の子は誰だ?」
これで残る質問回数は3回。
「ゼシアだ」
神の子については嘘をつけない。
今の質問に嘘をついたと考えるならば、正体を問う質問について嘘をつくように指定しているはずだ。
この場合、神の子は誰だ、だけではなく、暴虐の魔王は誰だ、熾死王は誰だ、といった質問に必ず嘘で答えることになる。
もう一つが、たとえば大精霊レノの子供について、嘘をつくと指定している場合などだ。
大精霊レノはあらゆる精霊の母であり、子供は複数いる。そしてその中にはミサも含まれている。
仮にミサが神の子だった場合、今の問いの正しい答えはミサだ。
しかし、大精霊レノの子供については必ず嘘で答えることになるので、ミサとは答えられない。
つまり、本当はミサが神の子なのに、ゼシアだと嘘をついた可能性がある。
まずは前者を確認する。
「では、問おう。暴虐の魔王は誰だ?」
残る質問回数は2回。
ジークは答えた。
「我が主、エールドメード様だ」
ふむ。これでほぼ決まりだな。
「嘘の指摘をする権利を使う。お前は正体を問う事柄について嘘をついている」
静かに口を開き、ジークは答えた。
「残念ながら、外れだ」
「……ほう」
正体を問う質問には、嘘がつけない。
これで暴虐の魔王は誰だ、という質問に嘘で答えたということは、嘘をつく事柄を俺にまつわることに指定していたか。
ならば、神の子は誰だ、という問いには嘘はつけない。
必然的に、ゼシアが神の子だというのが確定する。
「…………」
妙な話だな。
残り質問回数は2回。嘘を指摘できるのは1回。
俺の勝利条件はジークが嘘をつく事柄になにを指定したか、当てることだ。
奴は、俺にまつわることを、嘘をつく事柄に指定している。
だが、なぜそんな嘘を指定した?
俺にまつわること、暴虐の魔王について嘘をつけても、完全に神の子を隠すことはできない。
この知恵比べにジークが勝ったところで、奴が手に入れられるのはせいぜいがメルヘイスを滅ぼす権利だ。神の子の情報と引き換えにしてまで、俺の配下を一人葬るメリットが奴にあるか?
いや、どうにも考えがたい。
奴は神の子の正体を完全に隠しつつ、この知恵比べに勝たなければならなかったはずだ。
ならば、神の子はゼシアではないのではないか?
もしくは、メルヘイスを滅ぼすことで神の子の情報に匹敵するほどのメリットが奴にあるのではないか。
いや、メルヘイスを滅ぼすことで、神の子の情報に匹敵するほどのメリットがあったとして、それならば暴虐の魔王にまつわることを嘘に指定せず、もっと確実に勝てる方法を選ぶはずだ。
ということは――
「気がつかれたか、魔王アノス」
不敵な笑みを浮かべ、ジークが言った。
「だが、もう遅い。この知恵比べに乗った時点であなたは俺との知恵比べに負けていたのだ!」
ジークは前面に反魔法と魔法障壁を張り巡らせる。
ガシャンッと窓ガラスが割れる音が響いた。
ユニオン塔の窓を突き破り、四人の魔族が飛び込んできた。
二人の魔族が手に携えているのは魔剣ガブレイド。
もう二人の魔族の手には見覚えのない魔剣があった。
魔眼を働かせたところ、銘は死突剣ギードレスト。形状的に突くことしかできぬ剣だが、根源殺し特有の禍々しい魔力を放っていた。
ジークの狙いは読めている。俺が四人の魔族を撃退しようとすれば、ジークの張った魔法障壁か反魔法に干渉せざるを得ない。
だが、<契約>により、この知恵比べが終わるまでは俺はジークを攻撃することができない。
魔法を放とうと、奴の反魔法や魔法障壁に触れた時点で、強制的に消えてしまうというわけだ。
まあ、想定内と言えば想定内だ。
少々肩すかしだがな。
それとも、俺が本当の答えに迫りそうなのを察知し、あえて愚策をとったフリでもしているか?
「質問と嘘を指摘する権利をすべて破棄する」
これで知恵比べは終了だ。
<契約>に従い、俺はペナルティとして、5秒間魔力を使えない。
「見誤ったな、魔王アノスッ! 5秒もかかりはしない!」
二人の魔族がメルヘイスにかかった<時間操作>を魔剣ガブレイドで打ち消し、残り二人の魔族が死突剣ギードレストをそこにあった根源に突き刺した。
「これで、終わりだ」
ジークは魔法陣を召喚し、死突剣ギードレストを抜く。
そして、とどめとばかりに突きだし、その根源を抉った。
「よし。残り2秒ある! 次の命令だ、魔王アノスを――」
ジークが振り向き、俺を視界に捉えるなり、表情を失った。
脂汗が彼の額に滲んでいた。
「次の命令か。どうするつもりだったのだ?」
素手で叩きのめした魔族たちを俺は踏みつけ、首根っこをつかみ、あるいは心臓を貫いていた。四人全員がすでに絶命している。
絞り出したような声で、ジークは言った。
「……馬、鹿、な……我が軍でも選り抜きの精鋭が……」
「魔力を封じれば、俺に勝てると思ったか」
魔族たちを蹴飛ばし、その場に放り捨てる。
「しかし、まんまと釣られたな、ジーク。魔力を封じれば勝機があると思っていたわりに、お前は逡巡もなくメルヘイスの根源を消滅させた。それでは、メルヘイスを殺すことが最優先だったと教えているようなものだぞ」
奴の出方を見るために、あえて質問と嘘を指摘する権利を破棄し、ペナルティを受けた。
結果がこれだ。語るに落ちるというやつだろう。
「熾死王や天父神にとってはメルヘイスなど取るに足らぬ存在だろう。なにが目的だ?」
「……申し上げるとお思いか……?」
「まあ、言わぬだろうな」
一歩奴に近づく。
「……滅ぼすがいい。知恵比べとはいえ、暴虐の魔王に勝利して逝けるのだ。悔いはない……」
「ふむ。熾死王の参謀はそう言っているが?」
俺がそう口にすると、階段から声が聞こえた。
「たとえ遊戯とはいえ、我が君に勝ったなどと妄想するだけで不敬なことにございます」
階段を上りやってきたのは、長い白髭を生やした老人。
七魔皇老メルヘイス・ボランだった。
「そうは思いませんかな? 熾死王の参謀ジーク・オズマ殿」
その質問に、ジークはすぐには言葉を返せなかった。
信じられないといった表情で、メルヘイスの顔を、その根源を、じっと見つめている。
「……確かに、滅ぼした……死突剣ギードレストはあなたが転生後に作った魔剣……<根源再生>も使えないはず……」
「お前が滅ぼしたのは、俺がすり替えた偽物だ」
「……すり替えた……? 確かに、メルヘイスの根源に違いがなかったはず……」
まるでわからないといった風にジークは呟く。
「最近、覚えたての魔法があってな。お前もつい先刻、<遠隔透視>で見ただろう」
そこまで口にすると、ジークははっとした。
「まさか、<根源母胎>……!? いや、だが、あなたが新しい命を身代わりに使ったなどと……?」
「さすがにそれは忍びないのでな。<根源母胎>の応用で、意識も意志も伴わぬ、疑似根源を作った。命はないが、見た目は根源と同じだ」
「……馬、鹿な……先の戦争が終わって間もない……あなたは<根源母胎>の研究はしていなかったはずだ……」
「なに、思いついたのでやってみただけだ。これぐらい研究するほどではない」
「……それほどの根源魔法を……覚えたての魔法を……研究すらなしにかっ……!?」
ジークから悲鳴のような声が上がる。
「俺のことを調べたのなら、それぐらいは当たり前だと認識しているはずだが? どうやら下調べが足りなかったようだな」
ぎりぎりとジークが歯を食いしばる。
奴は逃げ出す隙をうかがいながらも、時間稼ぎのように俺に言葉を放った。
「いったいいつ、メルヘイスの根源とすり替えたというのだ……?」
「お前がガブレイドを俺に渡したときだ。あのとき、お前は二つのことを警戒した。そこで死んでいる四人の魔族に気がつかれていないかということ。俺がガブレイドを使って、<契約>の魔法術式を斬らないか、ということだ。それらを警戒するあまり、俺が<根源母胎>の魔法で、メルヘイスの根源を疑似根源にすり替えたことに気がつかなかった」
まあ、魔法の存在すら知らなかったのだから、盲点だったのだろうがな。
そうして、5秒間魔力が使えないペナルティが終わった後に生き返らせたというわけだ。
「俺に知恵比べを挑んだ時点でお前は負けていた――とは言わぬ」
ゆるりと足を踏み出し、奴に事実を教えてやる。
「俺と戦おうなどと考えた時点で、お前はとうに負けていたのだ」
最早逃げることさえ適わぬと悟ったか、ジークは表情に無念を滲ませる。
がくん、と糸の切れたの人形のように彼は膝をついた。
自決し、<転生>の魔法を使ったのだ。
「逃がすと思うか?」
<転生>の魔法に干渉し、その術式の一部を組み替えた。
「この平和な世で、わざわざ俺に挑み、負けたのだ。相応の覚悟はしていような?」
床に魔法陣を描く。すると、そこに魔力の粒子が立ち上り、フクロウが現れた。
<魔族錬成>の魔法だ。
「なかなか良い器だろう。お前にはまだ聞きたいことがあるからな」
ジークは表情に無念を滲ませる。
「……くっ……一矢報いることすらできないとは……お許しを、熾死王様……」
前のめりにジークは倒れる。
その体を<火炎>で火葬した。
「来い、ジーク」
転生したフクロウが、忠実な使い魔の如く、俺の腕に止まった。
すみませんっ、更新、遅くなりました。