知恵比べ
ユニオン塔の最上階。
<遠隔透視>には、レイとミサ、エレオノールとゼシア、ミーシャとサーシャが、それぞれ敵を倒した光景が映されている。
「ふむ。四邪王族が同盟でも結んでいたか」
詛王、熾死王、緋碑王、冥王は、二千年前の魔界で暴虐の魔王に次ぐ勢力を持っていた。その実力に畏怖と敬意を表し、魔族たちは彼らを四邪王族と呼んだ。
自尊心が高く、他の魔族と相いれることのない彼らは、大戦中を除き、互いに手を結んだことはない。
それが平和になった今、共闘紛いのことを行っているのだから、不思議な話だな。仲良くなったのだとすればめでたくはあるが、そうではあるまい。
「それで? 俺に知恵比べを挑むとの話だったが、あいつらがやられるまで待っていてよかったのか?」
問いかけると、ジークは笑った。
四邪王族の配下がやられるのは想定内と言わんばかりだ。
「あなたは神の子をお探しだ。そして、聡明な暴虐な魔王であれば、あなたの配下の内、どなたかがその神の子である可能性を持っていることに気がついたはずだ」
ふむ。そういうことか。
二千年前、ノウスガリアは大精霊レノに神の子を産ませようとしていた。俺が間に合っていなかったのだとすれば、あるいは俺が転生した後に再びレノに魔の手を伸ばしたのだとすれば、彼女は神の子をその身に宿したであろう。
ミサが大精霊レノの子だというのが事実ならば、神の子の可能性がある。
またノウスガリアは、ジェルガの魔法化に手を貸した。魔族を憎悪していた<魔族断罪>を囮に使い、本命は<根源母胎>が神の子の器を生むことだったとしても不思議はない。
つまり、ゼシアが神の子かもしれない。
そして、<分離融合転生>についても、神の干渉により、ミーシャが生まれたのだとすれば、彼女を生んだ目的があるはずだ。<分離融合転生>は本来、俺が転生した直後に神の子を産むための魔法だったのかもしれぬ。
そうであれば、ミーシャとサーシャが一体になった姿こそが、神の子ということも考えられるだろう。
先の戦争で一度<分離融合転生>を使い、融合を果たしたことで、神格が高まった。それゆえ、根源が死に瀕し、魔力が上昇したことで、ミーシャの神の力が目覚め始めた。
擬似的にデルゾゲードを創るという神にも迫る驚異的な創造魔法の行使ができたのはそのためかもしれぬ。
「まあ、確かにお前の言う通りだがな、ジーク。熾死王がノウスガリアと共闘関係にあるのならば、俺にわざわざ情報を与えたのは妙な話だ。俺が気がつくのは時間の問題だったにせよな」
ただ神の子の情報を曝しただけでは、なんの意味もない。
先のジークの発言から考えれば、狙いは一つだろう。
「つまり、こういうことか? お前が持っている情報を賭けのチップにし、俺に知恵比べを挑むと」
計算通りといった風に、ジークは笑みを覗かせる。
「さすがは魔王アノス。ただ強いだけではない御方だ」
ジークは<契約>の魔法を使った。
「ルールを説明しよう。あなたは質問をする。俺はそれに対して知っていることをすべて話す。ただし、俺はある一つの事柄を指定し、それに関しては嘘をつくことができる」
「たとえば、神の子の正体についてか?」
軽く揺さぶりをかけておく。
「そうだ。俺が神の子の正体について嘘をつくと指定した場合は、その正体に近づく質問についてのみ嘘をつける」
ふむ。動じぬか。
なかなか肝がすわっている。
まあ、ここで動揺されては拍子抜けというものだ。
「ただし、嘘をつくと指定した事柄については、反対に本当のことを答えることはできない」
なるほどな。
必ず嘘しかつけないのであれば、質問の仕方によっては、それを嘘と見抜くことが可能だ。
「質問の回数は一五回。その間に俺がどの事柄について嘘をついているか当てることができれば、あなたの勝ちだ。そのときには、5秒間、俺は魔力を封じられる。無論、魔剣もだ」
メルヘイスを蘇生し、奴を滅ぼしても、5秒あれば十分にお釣りが来る。
「逆に最後まで俺の嘘を見抜けず、俺が勝てば、あなたの時間を5秒もらう。その間、あなたは魔力を使えない」
5秒間、俺が魔力を使わなかったところで、奴が俺を滅ぼすことは不可能だろう。傷を負わせることぐらいはできるかもしれぬがな。後はせいぜいメルヘイスを滅ぼすのが精一杯といったところか。
それとも、なにか切り札でも持っているか?
ないと考える方が不自然だろうな。
「嘘の指摘ができる回数は八回までだ」
<契約>には、俺が嘘を指摘した際に、答えを偽らないと規定されている。それ以外にも、今ジークが話した概要におかしな抜け道がないようにはしてあるようだ。
「嘘を指摘できるタイミングは?」
「いつでも構わない。嘘をついたとわかったタイミングで申告すればいい」
まあ、妥当と言えば、妥当なルールだな。
幾分か俺が有利な気がするが、そうでなければ知恵比べに乗って来ないと考えているのだろう。
「いかがか、魔王アノス。このまま力押しで俺を滅ぼしたところで、メルヘイスが蘇生できない可能性は1億分の1。どう考えても、あなたはなにも失わずに勝利できる。普通に考えれば、リスクを冒さないのが賢明だとは思うが?」
務めて冷静に、ジークは言った。
それも駆け引きの一つだろう。
「ふむ。一つ見誤ったな、ジーク。挑発しているつもりなら、そんなものは不要だ。知恵比べだろうと力比べだろうと同じことだ。この俺から1億分の1の勝利さえ奪えると思うなよ」
迷いなく、俺は<契約>に調印した。
勝利を確信してのことか、僅かにジークは笑った。
「それでは、勝負だ、魔王アノス」
その言葉を制するように、俺は<契約>を指さす。
「その前に一つ。ルールを変更したい」
奴が険しい表情で俺を見た。
「……どのようにだ?」
「質問の回数は7回、嘘を指摘できる回数は4回でいい」
ジークは訝しむように眉根を寄せた。
予想だにしていなかった、といった雰囲気だな。
「その代わり、その魔剣を俺に預けておけ。<時間操作>を使い続けながら、知恵比べは億劫だ」
「もとより、<契約>には知恵比べの最中に、反魔剣で<時間操作>の術式を破壊することは禁止するよう記載がある」
「滅びる覚悟があれば、<契約>は破棄できる」
「あなたの魔眼ならば、それを事前に察知し、阻止できるはず。あなたが不利になるだけの条件ではないか?」
「そう思うのなら喜んで受けることだ。この俺に挑むのだ。ハンデがいくらあっても足りはしないぞ」
真意を探るように、ジークはじっと俺を見据える。
しばらくして、奴は言った。
「いいだろう。胸を借りさせてもらおう」
ジークは<契約>の条件を変更した。
奴はその魔眼を総動員し、俺の一挙手一投足、魔力の僅かな乱れも逃さぬよう凝視しながら、反魔剣ガブレイドを差しだした。
俺がどう出るかわからず、警戒しているのだろう。
その魔剣を無造作に受け取り、俺は言った。
「契約成立だ」
条件を変更した<契約>に俺は調印し、ガブレイドを脇によけるよう、床に突き刺しておいた。
ジークは小さく息を吐く。
安心したといった素振りだ。
「では、始めるとしよう。最初の質問だ」
真っ先に確かめておくことは一つ。
「神の子について話せ」
一瞬の間の後、ジークは答えた。
「神の子の可能性があるのは三人。ミサ・イリオローグ、ゼシア・ビアンカ。そしてミーシャ・ネクロンとサーシャ・ネクロン。ネクロンの姉妹については、二人が融合した少女がその可能性を有している」
ミーシャとサーシャは二人で一人と考えるわけか。
「15年前、大精霊レノと魔王の右腕シン・レグリアの間に子供が生まれた。それがミサ・イリオローグだ。だが、それは天父神ノウスガリアの思惑通りだった。ミサの精霊としての伝承は、魔王を滅ぼす秩序であるということ。そしてその伝承は人間でも魔族でもなく、神々の間で広まっている」
半霊半魔にもかかわらず、ミサが精霊病とは無縁の強い根源を持っているのはそのためか。
しかし、ここでシンが出てくるとはな。二千年前、あいつには大精霊レノの護衛を任せた。接点はあるにはあったが、あの男が恋をするというのは想像がつかぬ。
事実だとすれば、やはり平和というのは素晴らしい。
「あなたの転生が完了した今、成長した彼女はその秩序に従い、ようやく目覚めようとしている」
目覚めるということは、精霊の真体を現すという意味か?
神の手が入っているのなら、そうとも限らぬが、可能性は高いだろう。
「二千年前、天父神ノウスガリアはアゼシオンの勇者ジェルガと一つ約束を交わした。それは彼を魔法化し、神に次ぐ秩序とすること。だが、ノウスガリアは神を生む神だ。その秩序に背くことはできない。そのため、ジェルガに交換条件を出した。彼の根源の一部を、エレオノールと化し、神の器を作らせることだ」
神を作る目的のためであれば、ジェルガの要求も飲めるということだろうな。
辻褄は合っている。
「ジェルガがうなずいたことにより、契約は成立した。そして、長い期間をかけ、エレオノールにゼシアを量産させ続けたことにより、ようやくこの時代に神の器が誕生した。それが、魔王学院に転校してきたあの小さなゼシアだ」
根源クローンを作り続ければ、突然変異で優れた個体が生まれることもある、か。確かに根源クローン同士には微少な差異があるため、可能性はある。
そして少なくとも、あのゼシアは他の個体とは毛色が違う。まだ若く、目覚めてはいないのだろうが、神の器になるだけの素質があるということか。
「魔法の時代、アイヴィス・ネクロンと融合した勇者カノンの根源は、<分離融合転生>の魔法を研究していた。根源魔法に優れる勇者と、融合魔法に優れる七魔皇老、二人の力と知恵を合わせることで研究は順調に進んだ。カノンの根源は、ディルヘイドとアゼシオンの戦争で一人でも死なないように、魔族に力を与えようとした」
いくら自分が死ぬつもりとはいえ、戦争が起きれば、他の者に被害が及ばぬ保証はどこにもない。
たった一人の魔族に力を与えても、どうしようもなかっただろうが、それでも、一人でも多く救いたかったのだろう。
「<分離融合転生>によって、サーシャ・ネクロンの根源と体は二つに分かれた。本来であれば、人格は彼女が持つ、一つだけのはずだったが、神の介入により、月の光に乱れが生じ、自然魔法陣が書き換えられた。生まれるはずのない人格、ミーシャ・ネクロンが誕生した」
事実だとすれば、カノンの根源は相当頭を抱えたことだろう。
「放っておけば、ミーシャは消える。勇者の力でもそれはどうしようもない事態だったが、彼には一つだけ姉妹を救う心当たりがあった。まもなく転生する暴虐の魔王、彼ならば二人を救うことができるはずと考えた」
だが、俺に正体をバラすわけにはいかず、あの顛末になった、か。
「そして、暴虐の魔王は姉妹を救った。あなたは神の思惑を期せずして阻止した。神の意志と強大な魔力を持って生まれるはずのその子は、ただ二人の少女として生まれた。今は、まだ」
この説明についても十分に可能性は考えられる。
つい先刻ミーシャが見せた魔法も、尋常ではなかったからな。
とはいえ、難しいのは別段、神の子でなくとも、あれに匹敵する魔力を持っていて、なんら不思議はないということだ。
現に俺がそうなのだからな。
「これらはノウスガリアから直接聞いたことであり、奴は嘘偽りないことを約束した」
神は約束を守る。
ジークが嘘をついていないのなら、これらはすべて真実だ。
ところどころ情報が曖昧なのは、この知恵比べのために、あえてノウスガリアが教えた知識だからと考えれば納得もいく。
「最後に、暴虐の魔王を滅ぼすために生まれた神の子は、あなたの配下の中にいる」
ふむ。
大体わかった。
まずはこの知恵比べを終わらせるとしよう。
「では嘘を指摘する権利を一つ使う。お前は神の子に関する事柄について嘘をついている」
無論、この段階で嘘かどうかなどわかるわけがない。
真実を一つ、確かめるのが目的だ。
「残念ながら、外れだ」
<契約>の魔法陣が光っている。契約は正常に働いている。
つまり、神の子に関して、奴は嘘をついていないということだ。
なんか色々ややこしいこと言ってて、すみません……。
きっちりアノッてくれると思うので、そこをご期待いただければと。