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剛剣と柔剣


 森林の中。

 ミーシャとサーシャは、二千年前の魔族、冥王イージェス・コードが配下、リンカ・セオウルネスと対峙していた。

 

「いざ、尋常に――」


 リンカは透明の大剣を地面から引き抜き、背中に担ぐようにして構えた。ぐっと地面を蹴れば、堅い大地に足跡が刻まれる。弾き出されたような勢いで彼女は二人に迫った。


「――勝負っ!」


 サーシャが破滅の魔眼をその魔剣に向ける。いかに神話の時代の産物とて、今の彼女の力であれば、その魔力を滅ぼすことができるはずだ。


 だが、次の瞬間、サーシャは目を疑った。

 透明の剣身が更に透き通り、ふっと消えたのだ。


 どれだけ目を凝らしても、彼女の魔眼にその魔剣は映らない。

 リンカは柄だけになったその大剣をサーシャめがけ、横薙ぎに振るった。


「氷の盾」


 ミーシャがすっと指先を伸ばし、<創造建築アイビス>の魔法を使う。

 即座に創造された氷の盾が、見えない大剣にスパッと切断された。


 ミーシャが新たに氷の盾を構築していくが、リンカの剣撃は速すぎた。その刃は氷の盾を追い越し、サーシャを斬り裂いた。

 彼女の胸から血が噴き出し、がっくりと膝をつく。


「浅いか」


 リンカが呟く。

 氷の盾が切断されたことで、見えない剣の軌道が読めたのだ。

 サーシャが瞬時に後退した分、致命傷は免れた。


 <不死鳥の法衣>が炎となってサーシャの体に纏い、瞬く間にその傷を癒していく。


「下がって」


 ミーシャの声を聞き、サーシャは<飛行フレス>で後退する。剣の間合いから十分に離れたところで、二人はその魔眼をリンカに向けた。


「なんなの、あの魔剣。魔力すら全然見えないわ」


 破滅の魔眼は魔力や魔法術式を見なくては、それを破壊することはできない。それゆえ、見えないあの魔剣には通じなかったのだ。


「魔剣の力じゃない。<秘匿魔力ナジラ>の魔法」


 ミーシャの魔眼には、魔力も姿も隠蔽されたリンカの魔剣が見えているのだろう。


「剣が透明化したのは魔剣の力。それとは別にリンカは<秘匿魔力ナジラ>の魔法を使い、魔剣の魔力を隠蔽している」


「……そういうこと。剛剣なんて、インチキにもほどがある二つ名だわ」


 リンカはゆっくりと間合いを詰めてくる。


 サーシャは破滅の魔眼をリンカ自身へ放った。彼女は一瞬、顔をしかめたが意に介さず、前進してくる。


 破滅の魔眼は究極の反魔法だ。物や人を壊す作用は、その副産物に過ぎない。魔力の劣る相手であれば一睨みで倒せるだろうが、二千年前の魔族には影響を与えこそすれ、決着をつける決め手にはならない。


 ミーシャとサーシャははじりじりと後退し、距離をとった。

 剣の間合いでは、二人が不利だ。


「あいにく――」


 リンカが立ち止まり、大剣を背中に担ぐように構えた。


「剛剣というのは転生が完了する前につけられた名だ。二千年前のわたしにつけられた名は、柔剣」


 リンカがいるのは剣の間合いの遙か外、しかし、彼女は構わずその透明の魔剣を振り上げた。


「我が剣の間合い、見くびるな!」


 大上段に彼女は魔剣を振り下ろす。


「サーシャ」


「わかってるわ!」


 ミーシャが氷の盾を創り、そこにサーシャが魔法障壁と反魔法を張り巡らせる。二人は手をつなぎ、同時に言った。


「「<反魔創造建築ジェ・アイゼオ>」」


 融合魔法によって、何倍にも強化された氷の盾が、リンカの魔剣を防ぐ。だが、更に一歩踏み込み、彼女は渾身の力で剣を振り下ろした。


「おおおおおおおおおおおぉぉっ!!!」


 氷の盾に亀裂が入り、粉々に砕け散る。二人が<飛行フレス>で左右に散った瞬間、地面が真っ二つに裂けた。


 まともに食らえば、ただでは済まなかっただろう。


自在剣じざいけんガーメスト。形状も材質も色も、わたしの思うがままだ」


 今度はどんな形状に姿を変えたか、両手で握っていた大剣をリンカは片手に持ち直した。


「この威力で柔剣なんて、相変わらず、二千年前の魔族は頭がどうかしてるわ」


「そう買いかぶるな。二千年前のわたしは今ほど強くはなかった。少なくとも、膂力に関してはな」


 言葉を発しながら、リンカはじりじりと間合いを詰めてくる。


「どういうことかしら?」


 間合いを計り、魔剣を持つリンカの手に意識を向けながら、サーシャは訊いた。


「転生がうまくいった。魔王アノスの血を引くこの体は強靱だ。力が完全に目覚める前ですら混沌の世代と呼ばれるほどに。そこにわたしの根源が入れば、以前よりも強くなったとて、不思議はない」


 リンカが地面を蹴った。

 しかし、先手を打ったのはミーシャだ。氷の柵が彼女の行く手を阻んでいた。


「氷の檻」


 更に、その四方を囲み、氷の檻が構築される。そこに、サーシャの反魔法と魔法障壁が重ねられた。


「「<反魔創造建築ジェ・アイゼオ>」」


「ぬるいっ!!」


 体を回転させ、リンカは大剣を振り回す。

 ドゴォッ、ドガァァァンッと音を立て、氷の檻が薙ぎ払われた。


 しかし、その頃にはミーシャは次の一手を打っていた。


「氷の城」


 リンカを中心として、東西南北に魔王城が建てられる。すでにそこには魔法陣が展開され、砲門が現れている。


「食らいなさいっ!」


 漆黒の太陽が東西南北の魔王城から同時に発射される。


「<獄炎殲滅砲ジオ・グレイズ>ッ!!!」


 四方から放たれた漆黒の太陽は、辺りを闇に染めていく。

 避ける隙間はなく、<獄炎殲滅砲ジオ・グレイズ>がリンカを飲み込んだ。


 ゴオォォォォォォォォォォッと辺りが黒く炎上し、魔力の余波で周囲の木々が吹き飛んだ。直撃すれば、骨も残らないだろう。


「この時代の魔族にしては、なかなかの魔法だ」


 燃え盛る黒い炎の中をリンカが駆けていた。自在剣ガーメストを球状の盾とし、反魔法を重ねることで、<獄炎殲滅砲ジオ・グレイズ>を防いだのだ。


「だが――」


 サーシャに肉薄したリンカは見えない大剣を振り下ろす。サーシャは周囲に球状の魔法障壁を張り巡らせる。それが切断されることで、剣の軌道を読み、寸前で身を躱した。


「見えないってわかってれば、いくらでも対処できるわ」


 彼女は<飛行フレス>で後退していく。


 ミーシャがはっとしたように叫んだ。


「サーシャ、止まってっ!」


 サーシャの口から、血が溢れた。


「……え…………?」


 彼女の腹部に血が滲み、それが透明な魔剣の姿をあらわにした。


「自在剣ガーメストは数も自在だ。貴様が逃げそうな位置にしかけさせてもらった」


 <不死鳥の法衣>が再び燃え、サーシャの傷を癒す。だが、それよりも早く、リンカはサーシャにもう一本の自在剣を突き刺した。


「ここまでだな。その魔法具の再生速度よりも、傷が広がる方が早い」


 サーシャはその場に崩れ落ちる。

 リンカの言う通り、二本の魔剣を突き刺されたままでは、死は時間の問題だろう。


「ゆっくりと死へ向かうのは苦しかろう。今、楽にしてやる」


 とどめとばかりに、リンカは自在剣ガーメストを振りかぶった。


「氷の鎖」


 無数の鎖がリンカの体にまとわりつく。


「ちっ!」


 ガーメストを一閃すると、その鎖をすべてリンカは一瞬にして斬り裂いた。


 ミーシャはサーシャに視線を向ける。彼女を助けに行こうとしているのだろうが、その前にはリンカが立ちはだかっている。


「厄介な破滅の魔眼は封じた。これで残るはお前一人だ」


 見えない剣で翻弄していたものの、破滅の魔眼はリンカにとっても脅威だったのだろう。常にサーシャに睨まれることで、決め手にはならないものの、魔力と体を削られ、行動に制限をかけられていた。


 しかし、その枷はもうない。


「…………」


 じっとミーシャはリンカを見つめる。


「通して」


 淡々とした声だった。


「安心しろ」


 リンカの姿がブレる。次の瞬間、彼女はもうミーシャに接近を果たしていた。

 ミーシャの魔眼にはその姿が映っただろうが、身体能力が違いすぎた。


 後退する隙さえ与えず、リンカは自在剣をミーシャの腹部に突き刺していた。


「お前も同じところに送ってやる」


 魔剣が引き抜かれると、ミーシャは倒れた。


「終わりだ」


 自在剣ガーメストの姿があらわになる。その切っ先を倒れたミーシャの頭に向け、リンカは魔力をこめた。


「……どいて……」


 無機質な声が響く。


「この期に及んで、まだ姉を心配するとは、健気な奴だ。せめて苦しまないように送ってやる」


 リンカはガーメストを逆手に持ち、そのまま勢いよく落とす。

 切っ先が、ミーシャの皮膚を破り、肉に食い込み、そして、頭蓋に触れた。


 バキンッとその剣身が折れた。


「……な、に…………?」


 折れた自在剣を、リンカは一瞬、呆然と見つめた。


「……どいて……」


 ミーシャの声が響く。

 無機質で、淡々とした、彼女の深い怒りの声が。


「……触れた瞬間、自在剣を、創り替えたのか……脆い物質に……」


 魔力を失い、粉々に崩れていった自在剣ガーメストを見て、リンカは呟いた。

 次の瞬間、はっとしたように彼女は頭上を見上げた。


「……なにを、創っている……?」


 声を震わせ、リンカは言う。

 彼女の目の前に、信じられないものが構築されようしていた。


「……なにを創っているのか、わかっているのか、貴様はっ!?」


 たまらず、リンカは叫んだ。

 まるで、悲鳴を上げるかのように。


 建てられているのは、氷の城。


 二千年前の魔族ならば、誰もが何度も仰ぎ見た、魔王アノス・ヴォルディゴードが所有する最強の魔法具、魔王城デルゾゲードである。


「……できるはずがない……あれは……あの城は、神そのものだぞっ! そんなことが、一介の魔族に…………!?」


 悪い夢だとでも言うように、彼女は何度も繰り返す。

 できるわけがない、と。祈るような言葉で。


 すでに知っているのだ。

 神話の時代の魔剣、ガーメストを脆く創り替えるほどの魔法を、ミーシャは見せたのだから。


 ミーシャがゆっくりとその身を起こす。

 リンカは恐れ戦くように後ずさった。


「…………目覚めたのか……」


 ふるふるとミーシャが首を横に振る。


「わたしはわたし」


 魔王城が立体魔法陣と化し、無数の魔法文字が城の周囲に浮かぶ。魔力の粒子が立ち上り、ミーシャの瞳に魔法陣が浮かんだ。


 <創造建築アイビス>で創られたデルゾゲード。保有する魔力も、破壊神としての秩序も、本来のものに比べれば数段劣る。


 しかし、確かにそれは擬似的な神と言えるだけの力を有していた。


「氷の結晶」


 リンカは自らの魔力を総動員し、全身に反魔法を展開した。


 だが、ミーシャが魔眼で一睨みしただけで、なすすべもなくリンカの体は消滅した。

 そこに残されたのは、氷の結晶一つのみ。


 体を、造り替えられたのだ。


「サーシャ」


 すぐにミーシャは倒れたサーシャに視線を移す。

 その瞬間、彼女に刺さった二本の魔剣は氷の結晶となり、消えた。


 自在剣が消滅したことで、<不死鳥の法衣>がサーシャの傷を癒し、彼女はうっすらと目を開けた。


「間に合った」


 嬉しそうに笑うと、力を使い果たしたかのように、ミーシャはその場に膝をつく。

 背後のデルゾゲードが無数の氷の結晶と化し、綺麗に散っていった。


サーシャが殺されそうになり、怒ったミーシャ。普段温厚な分、恐いですよね。

なにやらメインヒロインらしい力を発揮したようですが、この力、喜んでいいのでしょうか。


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