第四話
新央透助はニューヨークのコンドミニアム(自邸)にて、とある緑髪の少女とアフタヌーンティーを楽しんでいた。
デルビレッソ=デリーザ、マーカス=レヴァーン、シャーロット=パーソンズ。
これまで何人かの刺客を打破し、多くの人間の命と希望を救い、その刺客の内心にすら温かい何かを生んできた少年には、大切に想っている少女がいる。それがこの少女である。
少女は百四十センチほどの華奢な体格、腰まで届く緑のロングヘアーに、緑の睫毛とオレンジ色の瞳を携え、ナイスバディとは言えないが、どこか気品のようなものを携えている。
彼女の名前はパーフェ。この魔法が当たり前に席巻する世界で、キーパーソンとされる人物である。・・・それこそ彼女の存在そのものが『魔法戦争』を起こしかねないほどの。
パーフェは飲んでいたカップをシーザーに戻す。
「ねぇ、透助、お昼は何にするの?」
「な・ん・と、今日はお蕎麦だー!」
「お蕎麦ー!」
パーフェは歓喜する。
「・・・ってどうやって作るの?」
少年は少しズッコケる。
「そりゃあアレだよ・・・小麦粉練って蕎麦湯でも混ぜて・・・」
「蕎麦湯って捏ねるときに混ぜるもんなの?」
「・・・あー、てか今日髪の毛いつもよりサラサラじゃね? お前」
「うん? そうかな? あんまり気をつけてないけど」
「ちょいと触らして」
そう言って透助は少年は少女の後ろに回り、髪を撫でる。
「さらさらしてて・・・気持ちいいな、これ」
「え? ほんと?」
パーフェの顔が少し赤くなる、首筋も赤くなっているはずだが、ロングヘアのため、透助には見えない。気を逸らすようにパーフェは透助に話しかける。
「あ、そういえばヴォーンが新曲発表したよっ。テレビで言ってた」
「あん? ちょくちょく出すなー、あいつは歌歌ってる時だけはマジで別人じゃねーのってくらい輝くから凄いよなー」
「今回はなんかーえれきがどうのってテレビで言ってた」
「えれき? ・・・ああエレキね。何か痺れるサウンドなのかね。俺はどっちかっていうとあいつの軽やかで伸びのある歌声が好きなんだけど」
「もしかしたらえれきの音に軽やかなピクニック声が乗るのかもしれないよ?」
「ふむ。・・・食べ合わせ的にどうなんだそれ」
「食べ合わせっていえばそういえばお蕎麦にワサビってなんであんなに合うんだろうね!」
「ふーむ、その辺は人の好き嫌いっつーより、味覚審査員に聞く質問かもしんねーな」
他愛もない会話が室内に響く。闘志みなぎる戦いの場も楽しいが、こうした想い人との憩いの場もまた楽しい。
しばらくして、二人はコンドミニアムを出て、市街地を歩く。
小鳥のさえずりを聞き、車の走行音が行きかう市街地を歩き、クレープ屋を訪れ、二人の時間を堪能する。
公園を歩き、人手の少ないエリアにて会話を楽しみながら堪能する。
すると。
「よぉ」
「待ってたわ」
「・・・?」
透助とパーフェは歩みを止める。人気のない『色を失った紅葉が舞う公園内のエリア』を歩いていたのだが・・・気が付いたら東洋系の顔つきの男女二人組が目の前にいた。服装は普通のどこにでもいる男女のそれである。年齢は両者ともに十代後半ほどか。
もしもこの二人がそれぞれ、革でできた眼帯をしていなければ、普通の・町にいる一般人に見えていただろう。
単純に何かケガをしているから付けている、なんて言ったら違和感満載の豪奢な造りをした眼帯をした二人を前に、透助は口を開く。
「・・・パーフェの知り合い?」
「いや、知らないよ?」
透助とパーフェは確認する。双方共に見知らぬ人物だ。知り合いではない。であればどちらかのファンだろうか。そんなことをつらつらと透助が思っていると、見知らぬ両者のうち、少女のほうが声を上げた。
「そりゃそうよ。私たちは初対面。あなたたちには、私たちに声をかけられる心当たりがないかもしれないわね」
謡うように、リズムを合わせるように、少年のほうが話し出す。
「だが、こっちにはある。そこの男の子を嬲る理由がな」
そういわれて透助は驚き、声を上げる。
「は!? 俺!?」
どちらかに用があるとは思っていたが、自分だとは思っていなかった。
なぜならこいつ・・・パーフェは弱冠十四歳にして、この魔法が跳梁跋扈する世界において、もっとも重要な人物の一人と言っていいほどの重鎮であるからだ。
パーフェを狙う理由などいくらでもある。用心棒として扱うか、それともアドバイザーとして扱うか。
だが、最弱クラスの魔法使いでしかない自分を狙う理由のなど心当たりがない。
「・・・話し合いで解決しないか? そこの喫茶店でさ」
「殺す準備まで整えて、こうして話しかけて、今更そんな提案に乗るとでも?」
「思っているさ」
透助は真顔で即答した。見知らぬ少年少女にとっては少々意外だった。こいつは自分に『お前を殺す』と言ってきた狂人がいたとして、そいつと話し合いで解決できるとでも思っているのか。
「思っているさ」
透助はもう一度言う。まるで相手の心を見透かしたかのように。当たり前のことだが、人には相手がどんなことをも思っているのか想像する機能がある。二度目の返答はその機能に基づいたものだ。
だがその二度目の返答には、少年少女の顔が疑問に歪んでから、一秒もかからなかった。
躊躇なく、淀みなく、言葉は紡がれる。
「たとえ殴り合いの最中でも、相手が自分を殺そうと思うに至った理由、その感情の源泉を探ってみれば、そこにあるの幼気で単純な感情なんだ。その想いの尊さを思い出させてやれば、心は軽くなり、攻撃の手が緩む。迷いが生まれ、動揺する。そんな風にできている。人の心ってのは、いくつになっても『救いよう』ってヤツがあるんだ」
「・・・そうかよ、だが俺たちは止まらない。お前がこの先、俺たちの『大きな脅威』になることは絶対だ。その芽を摘むために、俺たちはきたんだ」
「大きな・・・脅威?」
透助は不思議そうに返す。
自分が誰かの希望を潰すような存在になるとは思えない。むしろ自分の皆の光・希望となる存在のはずだ。透助はそう信じている。
「・・・やっぱり人違いかなんかじゃねぇか。俺が誰かの希望を潰すとは」
思えない、と言葉を紡ぐ前に
「そりゃアンタはヒーローやってるつもりなんだろうし、実際何人にとっては非の打ち所がないヒーローなんだろうさ」
紡ぐ。怨念のような感情を乗せて。
「だが、殴られる側にとっては、『人の希望を刈り取ることを生業としている連中』に恨まれる覚悟はなかったのか?」
透助は再び、再び一秒もかからず返答した。
「・・・だから言ったろ、『人の希望を壊したい』『そんな風にしか生きられない』・・・その奥にある感情の源泉は、そんな救いようのないものじゃないんだよ」
ここまで言われても、新央透助は彼らの善性を信じている。
だが、その場でそれを指摘されたからと言って拳や刃を引っ込められるかといえば、話は別だ。心が揺らぎ、頭が沸騰している時では、自分の言動に疑問を持ちながらも、むしろ暴走を加速させてしまうかもしれない。
だが、だったら殴り倒して、頭も心を安らがせればいい。一度時間を置けば、必ず『戻れる』と、人の心の尊さを、温かさを、優しさを、新央透助は信じている。
改めて、公園の人気がないエリアで、透助とパーフェは隻眼の少年少女と相対する。
先に言ってしまえば隻眼の二人の目的はパーフェである。
透助自身を傷つけるのではなく、彼が大切にしている人を殺害することで、その心に深い傷を残す・というのが隻眼の二人の目的である。
その後にじっくり少年を料理する。こんな頼りない少年など自分たちにかかればイチコロだ。
少年と少女は掌を前に出す。そこから出される魔法は、『紅と蒼の焔』が吹き出され、目の前の敵を焼き焦がす』というものだ。
何の力もない少女なら簡単に消し炭になってしまう、恐るべき魔法だ。
だがパーフェの表情にも一切焦燥は見られない。
彼女は『完全攻略』の異名を持つ少女であり、相手のあらゆる魔法を解析・分析し、対策・打破する解決者である。
パーフェが口の中で何かを呟く。
次の瞬間、少年と少女の掌から焔が・・・放出されない。
「!?」
二人は驚愕する。当然だ。この二人はこの魔法で以て世界中で猛威を振るってきた魔法使いである。
パーフェがやったことは単純明快。とある『防御』魔法を発動させただけだ。
その正体は『相手が発動させる魔法を分析し、その回答が【アタリ】であれば、魔法発動の元となる魔力を霧散させる』魔法である。
魔法というのはいくつかの例外を除き、行使したい魔法に合わせ、体内にある魔力を変換させ(目に見えるものであれ、そうでないものであれ)発動するというものだ。
これは慣れていなければ意識的に行う必要があるが、慣れてしまえば反射的に行える。この隻眼の二人組は当然後者である。
それを、パーフェはその魔力の変換の過程(魔力の変質や変換後の濃度の違い)を見ただけで、放たれる魔法を瞬時に読み取ったのである(こんな芸当自体、魔法の『天才』だからこそやれることであるのだが)。
そして、パーフェの防御魔法の効果によって雲散霧消したのだ。
この防御魔法は不意打ちの魔法には対処できないし、読み違えればアウト。難易度の高い類の魔法だが、『天才』の前には朝飯前である。
そしてその魔法を分析したことにより、(偶然だが)パーフェは二人のティーンの正体をも看破した。
「あなた達は・・・アナザーレイズね?」
アナザーレイズ。
今から『三十年前』のイタリア・ミラノにて猛威を振るった二人の魔法使いである。『猛威を振るう』というのは、本来ならば病原菌などに用いられる表現ではあるが、この二人には病原菌に譬えられてもおかしくないほどの凶悪性を誇る活動をしていた。
だが、アナザーレイズの二人も、凶悪と称されるようなことはしていないつもりだったのだ。
焔を振りまくことで、困っている人を助けるようなことをしていた。
だが、少年たちはとある『逆風』に遭った。助けるな、助けなど求めていない、お前じゃなくてあの人に助けてもらいたかった。
だが、二人はとある魔法で封印された。
この現代世界では『パーフェが世界で最も頼りになる魔法使い』であることは、あまりに有名なことなのだが、二人がそれを知らなかったのはそういう理由である。
だから透助とパーフェは終わらせて救う、彼女らに虐げられている人たちではなく、目の前のちっぽけな四十歳、坂崎将也と鈴森諒子を。
絶対に。
タタタと。
将也と諒子はパーフェを挟むように移動する。
パーフェの防御魔法を回避するためにパーフェを左右から挟み、魔法発動のタイミングをずらずことで対処しようとする。
透助が持つ様々な魔法にも用心する必要があるが、彼女の防御魔法の威力は絶大だ。
「何をしても世界は壊れる」
諒子はつらつらと語り出す。
「この世界は壊れちまうのよ。どれだけ積み重ねても簡単に壊れてしまう。だったら最初っから壊しちまえばいいじゃない。こんなどれだけ助けようとしてやっても壊れちまうんなら最初っから・・・!」
最後まで言い切る前に返答したのは透助だった。
「ふざけんじゃねぇよテメエは! 確かにこの世界は一度直しても救ってもまた壊れてしまうのかもしれない。だが、世界の側面はそれだけじゃない。一度ピンチに陥ってもそれをの乗り越えられるのが人間だ、そしてピンチの前よりも強くあれるのが世界だ! 傘はいずれは穴が開くかもしれないが、修復することは出来るはずだ! 前より丈夫にすることだって可能かもな」
彼もつらつらと、嚙むこともなく。
「逆風だと? そんなもん夢を叶える道歩いてるんならしょっちゅうだろ、当たり前のことだろ、むしろ逆風があるからこそ夢を生きている証になるんだろ! 助けるなって言われた? 助けなど求めてないって言われた? お前は二,三の言葉程度で相手の全てを感じ尽くせるのか? 救いを拒むやつだっているだろう。だが、その拒否感情を無視して、心のプライベートな部分にズカズカと入っていくことで、救えるの命や、軽くなる心だってあるはずだ。そもそも表面上は拒否している連中も、自分でも気付いていないだけで、本当は心の底では、助けてほしいって、優しい声をかけてほしいって思ってるもんだと思うけどな」
透助は告げる。結論を。
「テメェに、いや、テメェらにとって重要なのは出来るかどうかじゃない、やりたいかどうかんだよ」
その直後、うおおおおおお!! と地鳴りのような歓声が、聞こえた気がした。
その歓声はアナザーレイズの内心から、生まれたものだった。そう感じてしまうほどに、少年の言葉には力があった。
諒子と透助は、パーフェと将也から十メートルほど離れた場所で、相対し、透助に焔を放つ。
今回、その焔はパーフェによって防がれず、ようやく発動した。
パーフェは将也の方をマークしている。・・・いかにパーフェが世界で最も頼りがいのある魔法使いとはいえ、一人の人間である以上、一度に一つのことしか意識できない。であれば一人の人間で手一杯にさせてしまえばその防御魔法も使えない。
だが透助は『未来選択』によって相手の魔法を先読みし、右に飛んで躱す。
だがその一方で将也はパーフェを追い詰めていた。
「・・・・!」
将也は、赤ん坊の頭ほどの大きさの石を、パーフェに投げつけ、万能少女はそれを防御魔法(薄い緑色の円形の膜のようなもの)を発動してガードする。気が付くと大きな焔がパーフェを襲う。
「!」
少し驚いたが、真左に頭から前のめりに飛ぶことで回避し、前回りをして体勢を立て直す。
一度に一つのことしか意識できないのなら、焔を防ぐ魔法を使わせないために、他の魔法を『使わせれば』いい。
「パーフェ!」
透助は恋しい少女の名を呼ぶ。パーフェは将也にかかりきりであり、将也に身体能力で追い詰められ、諒子の焔も彼女も襲う。どうしようもない。
どうしようない、かのように思われた。諒子にとっても、将也にとっても。
だが。
「!?」
将也が転ぶ。木の根に足を引っかけたのだ。同時にパーフェもバックスッテップ中に、後ろの池に気づかずにダイブしてしまい、諒子の焔が、少女の、否、池の上を通り抜ける。いつのまにかパーフェも気付かないうちに、背面に池がある位置取りにいたようだ。
『運力拡張』。
透助の普段の意識もしないほどの勇気ある決断や闘争や時間の積み重ねの『ご褒美』として、運勢が向上する自動発動魔法が行使されたのだ。
透助は諒子を『未来選択』でマークしながらパーフェの下へ走り、池から出てきた彼女を引き上げようとする。その瞬間、将也と諒子は焔を発動させようとした。
だが、諒子のそれはパーフェの魔法で発動を阻止され、将也のそれは『未来選択』で先読み回避される。
透助は、改めて、パーフェを池から引き上げる。
「んっ、ありがと」
「どういたしまして」
「・・・!」
透助は二人に向き直る。背にパーフェを回し、まるで守るような形で。
・・・こういった形をとれば、片方の焔をパーフェが防ぎ、もう片方の焔を透助が先読みで回避できる。
「さあ、覚悟しろよテメェら」
謡うように、少年は将也と諒子に語りかける。
「こっから先は、俺たちの独壇場だ!」
そこから先はその言葉通り、一方的な展開であった。
どんな焔のコンビネーションアタックも、パーフェの防御魔法と透助の『未来選択』で防がれてしまう。
(・・・攻撃手段がない)
そう将也と諒子は内心で歯嚙みする。
否、もしかしたら何か攻撃手段があったのかもしれないが、透助の言葉の影響の残滓は着実に彼らの攻撃の勢いを緩めていた。下を向き、気力が萎えれば、見つけられる突破口も、見つけられない。
そして。
ドガッ! と、鈍い音が響く。
透助の右ストレートが涼子の左頬をとらえた音だった。ゴロゴロと諒子は紅葉の葉が敷き詰められた公園を転がっていった。
「おっ・・・おおおおおお!!」と、焦燥から将也が焔を出そうとするも、発動しない。緑髪の少女の防御魔法だ。
透助は自分のもとへと全力全開で駆けてくる。もはやその少年から遠ざかろうとする気力もない。
将也がやっとの思いで右ストレートを透助に繰り出すが、透助にとって、その弱々しい攻撃を躱すことは造作もない。
将也がチンケな力で出した右ストレートを透助は躱す。透助は次いで、将也の腹に拳を叩き込み、蹲った将也の髪を左手で掴み、顔をこちらに向かせ、右ストレートを叩き込む。
ゴロゴロと、倒れこみは、しない。
しなかったが、その場で仁王立ちしたままフラフラと体を揺らし、やはり仰向けに倒れた。
「・・・ピンチに陥るまでもなかったな」
透助のその呟きが、終戦の合図となった。
将也と諒子はとあるロッジにて目覚めた。
そこには最後に自分を殴り飛ばした少年と、その直前まで自分を圧倒していた少年が料料理の感想を言い合っている光景が広がっていた。
あんなにも強いのにあんなにも優しい少女、自分と同じ強い少女でありながら、自分とは全く違う少女。でも、その姿を見ていると、何だかこれまで抱えてきたすべてが解けた気がした。すべてが簡単に見えた。
そして、あんなにも弱くて優しいのに、あんなにも『強い』少年。そしてその持ち前の優しさは天下一品だった。戦場においても、生き死にがかかった状況でも、少年は自分たちの善性を見つけようとしてくれた。そして本当に見つけてしまった。
こんなにも弱いのに勇気があって、それでいてどんな時も誰よりも優しい。
そんな少年だからこそあんなにも魅力的な少女の隣にいられるのだろう。
二人の胸に、三十年間生まれなかった感情が生まれた。