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第三話

新央透助と緑髪の少女は、雪が積もり・舞い散る高山でとある銀髪の少女と相対していた。

「ねぇ、透助。大丈夫?」

返答など分かり切った質問だった。単に、彼のその声色と返答が聞きたいからだ。

「大丈夫だ」

少年は答える。その声色に、少女は悶絶しそうになる。膝がカクっと折れそうになる。どうにか持ち直し、少女はその場を離れる。


少年は改めて少女を見据える。

銀髪の少女は、透助と緑髪の少女が匿っている二人のカップルの命を狙っている。彼女らの持つ命と希望を、身勝手な欲望で奪わせるわけにはいかない。

「行くぞ!」

透助の挑発に乗った少女は、少年に魔法を仕掛ける。

透助の周囲に青白い球体が浮かぶ。

「この全ての球体には、貴様の肌に触れただけで鈍い痛みを響かせるだけの威力がある。悶絶ものだぞ!」

その叫びが球体の指導の合図となった。

だが透助は『未来選択フューチャーセレクター』の力で彼女が叫び終える前に、彼女の下へ駆け出した。

多少のダメージは覚悟のうえでの突進である。

バジュ、バジュ、と攻撃を受けるたびに熱した中華鍋に水をぶち込んだような音と鈍痛が生まれるが、突進を制止するほどではない。

であればもはや後は距離をつけて殴り飛ばすだけだ。相手は華奢な少女だ。一撃で倒せるかもしれないし、そうでなくとも一度の殴打で脳震盪を引き起こし、五、六発の拳を浴びせれば脳気絶させることも可能だろう。


だが。

「!?」

左ひじへの攻撃を受け、少年は倒れ悶絶する。

「っ・・・!!  視覚外の攻撃か!?」

未来選択フューチャーセレクター』対策。簡単に言えば視覚外からの攻撃だ。目に映る景色の五秒先を先読みするのなら、簡単な話、目に映らない範囲から攻撃すれば攻撃されない理屈。


だが同時に『即興能動アドリブマスター』が発動する。

不意に相手の攻撃を受け、その攻撃魔法の情報が脳に滑り込んできた。

『青白い球体の攻撃を受けたら、人を昏倒させかねない激痛を生む白と黄が混合した球体を、対象が意識していな方角から襲ってくる』、と。


「・・・!」

少年が情報を受け取ったのちに再び青白い球体が周りに浮かぶ。

(意識していない方角からだって!? ・・・つまり、『わかっていても躱せない魔法』か!)

そう、『即興能動アドリブマスター』は相手の魔法の詳細を詳らかにするだけで、それを自動迎撃したりする頼りがいのある代物ではない。どこまでいってもザコ能力。読み取るだけでは対処できない攻撃など山のようにある。

例えば遠方からの狙撃。例えば一撃必殺の攻撃。例えば分かっていても躱せない魔法。

いくらでも対処法はある。


だが、透助は諦めない。

何の力もなくても、相手がどれだけ強大でも相手に精神的なイニシアチブは握らなせない。不屈の闘志で少年は真っ直ぐ突き進む。

だが、どれだけ気合を上げて、叫び・吠え・駆けても、容赦なく青白い光が弾け、白と黄の混合色が瞬く。

光の連鎖の中、響く声は少年の呻き声だけ。銀髪の少女は沈黙したままだ。




ここまでだ、と少女は思った。

もはや少年の体力は限界だ。もう一度白と黄の混合色が瞬けば、少年の体は雪山に倒れ伏す。魔法を二種類も行使できる人間がこの世界に存在する・・・というのは少々意外だったが、ここまでだ。この魔法の応酬で彼は倒れる。彼の夢は終わり、彼女の野望が産声を上げる。




そのはずだった。

少年は突進を停止し、咳き込んだ。

その停止が原因となり、少年の横っ腹を狙った白黄の光は外れ、他の山の横っ腹に直撃して破裂した。


(なん・・・だ・・・? 偶然か?)

偶然だ。咳き込んだのもこれまでの攻撃のダメージによるものだろうし、自分の攻撃魔法は『相手が意識できないもの』なのだ。分かっていても止められない。そういう類のはずだ。つまり彼がこっちの攻撃を躱す手段などない。そのはずだ。


そう思い直し、もう一度、光を瞬かせる。相手ももうこちらに駆けてきている。

青白い光が瞬き、少年を襲う。フライパンに水を投入したかのような音が響き、少年は苦悶の表情を浮かべながらもこちらに走ってくる。

だが次の『トドメ』で終わりだ。




そのはずだった。

瞬くのは青白い光だけで、その応酬を切り抜けた透助は、そのまま少女の懐まで潜り込んできた。




(・・・なっ)

思う間もなく、驚愕する間もなく、少女は新央透助に殴り飛ばされた。


少女は雪原をゴロゴロと転がりながら叫ぶ。

「ふ・・・不発・・・か!?」

確かに彼女の黄色い光は、強力だが、必ず発動するものではない。

どんな天才菓子職人でも日によってケーキの出来に差が出来るように、どんな有能なスポーツ選手でも高校生でもやらないようなミスを試合中にしてしまうことがあるように、魔法使いも、どんな天才でもプロであっても、ミスをするときがある。

だがその可能性は〇,一パーセント以下。


それが・・・どうしてこのタイミングで!?


わけもわからず、もはや反射的に青白い球を出す少女。

だが少年はもはや少女が不発に驚いたときは周りを見渡していた。『未来選択フユーチャーセレクター』だ。

青白い光が通らない絶対位置を見出し、そこへ移動する。…当たらなければ、極大威力の白と黄の球体は生み出せない。

「何度も受けていれば、大体は分かる」

ようやく透助が口を開く。


(・・・どうしうことだ、『未来選択フューチャーセレクター』も『即興能動アドリブマスター』にも対応している。もはやヤツが私に対抗する手段はないはずだ。なのにどうしてここまで運がよくなっている!?)

「・・・分からないのか。俺は一つの魔法だけしか使えないわけじゃない、ならば二つの魔法が使えるようになった特殊な人間でもない」


であれば導き出される答えは三つだの四つだの魔法を使えるということか。いや、それなら初めからこの魔法を使って自分の運を高めればいいだけだ。食い違う。わざわざピンチになるまで待つ理由なんて・・・


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まさか・・・」


銀髪の少女、シャーロット=パーソンズは、予測し、答えた。

「お前・・・ピンチのたびに新しい魔法が使えるように・・・なるのか?」

その正体を。

その瞬間、無表情だった少女の顔に変化が見られた。それは戦況が不利になったことに対する焦燥ではなく、

まるで、不意にプレゼントを渡されたような、驚きと、ほんのちょっとの希望の色だ。




運力拡張ラッキーエクステンション』。

今回の透助の魔法は単純明快、『日頃懸命に生きていればいるほど、運勢を向上させる』効果を持つ。・・・尤も透助にはその効果を自覚するほどの意識すら残っていない。彼に残っているのは、目の前の人間を助けようとする、小さくて、でも確かに尊い感情だけだ。


才能開花ポテンシャルハート』。

未来選択フューチャーセレクター』も『即興能動アドリブマスター』も今回の『運力拡張ラッキーエクステンション』も・・・全てはピンチになると新しく魔法が使えるようになる、才能が開花する。

それが彼の内側に宿る力である。


だが、どこまでいっても頼りがいのない力でしかない。

気合を上げて、叫び・吠え・駆ける、最弱でしかない。

生まれる魔法はどこか弱弱しいものばかりだ。それは当人の性質もそうだろう。見る人が見れば甘ったれとしか言いようがない言動が目立つ。

だが、甘ったれだからこそ、救われる命や心もある。柔らかむ心もある。

そしてそんな甘ったれにも、間違っていることに間違っていると言う度胸、自分の貫きたいことを周りを殴り飛ばしてでも貫く潔さくらいはある。


その叫びと踏破は、勇気と潔さは、頼りがいのない力を、尊き戦いの舞台で活躍させることが出来る確かな『戦力』となる!




銀髪の少女は完璧な人生を歩んでいた、完璧な家柄に完璧な人間関係に完璧な頭脳に完璧な身体能力・・・ほぼ完璧だったはずだ。

だが、少女はとある事情で躓いた。彼女は一つのレールが外れただけで暴走をしてしまった。自暴自棄になり、周りを養分にしながらも。軌道修正せずに、暴走したままだ。


「完璧だったレールから外れた」

少女は小さく呟く。

「私にはその生き方しか出来ないんだ。ほかの人間なら出来たかもな。巻き返すとか、やり直すとか」

どこか諦観の色が強い声色で。

「でも、私には無理なんだよ。今更、別の道なんか選べるか!」

だが透助の返答には一秒もかからなかった。

「出来るさ。今お前の中にある拒否感は、今まで触れてきてない世界に対するものだ。だがその拒否感と同時に、進んでみたいっていう気持ちもあるはずだ。そうじゃなかったらあの希望に満ちた目はしないはずだ。何も今までの自分を全部否定しろってわけじゃない、やり直さなくたっていいよ、ちょっとレバーを曲げるだけだ。お前が歩いてきた道は無意味なんかじゃない。ちょっと色を変えるだけだ!」

「っ」

少女は呼吸が止まる。

「要するに、やりたいけど怖いだけなんだろ、テメェは」


繰り返す。少女は自暴自棄になっているだけだが、やりたいとは思っている

だったら新央透助が止めるしかない。彼女のような失敗者を止めるのに、彼ほどうってつけの人間はいない。


「この世にピンチに陥らない人間もいないし、失敗しない人間もいない。そこで下を向くか上を向くかなんだ。どんなどうしようもないような失敗に見えても、この世に切り抜けられないピンチはないし、取り返しのつかない失敗もない。お前は単純に被害妄想にとらわれているだけだ。百の問題も、一つずつ見渡せば、難易に差こそあれ、できない子となんいてこの世にない。だったらあとは挑戦するかどうかだ。重要なのはできるかどうかじゃない、お前がやりたいかどうかだ」


少女は心臓が止まるかと思った。その言葉に心がフッと軽くなった気がした。


「お前が何もできないってんなら何もしなくていいよ。もう二度とこんなことができなないようにして、あとは全部俺がやってやる。でも。やりたいんならやれ、自分の夢に挑戦したいなら、俺がいくらでも付き合ってやるよ」


その言葉を受けた後、二秒ほどの逡巡の後、少女は青と白の閃光を放つ。だがその迷いは明らかだ。


透助は当然、神に選ばれたような特別な人間ではない。少女と同じく、何度もピンチに陥ってきた。それは彼自身の頼りがいのなさにも起因する。

だが、少年はそこで止まらない。少年の人生は困難の連続だ。何度も想定外の事態に遭遇し、何度もピンチに陥ってきた。

だが、少年は諦めない。

少年は、走る、

少年は、駆ける。

少年は、どれだけ絶望的な状況に追い込まれようと絶対に諦めない。

少年は、どれだけ危険な戦いでも、どれだけ可能性の低い戦いでも、見ず知らずの相手でも、人命が懸かっていたら、命懸けの戦いに自分から飛び込んでいく勇気を持つ。

一人を救うために百人を危機に晒す行為も平然と行える度胸の強さもある。

そして、どんなピンチでも、絶対に下を向かずにい上を向き、ピンチを切り抜ける突破口を即興で見つけ出し、クリアーする。そして全部終わったあとはさらに強くなっている。


少年は、どこまでいっても、どこにでもいる平凡な頼りない少年でしかない。

けど。

何度もピンチに陥ってきたからこそ。

少年は、どんな絶望的な状況でも、絶対に諦めずに夢を叶える『強さ』を持つ。




右拳が少女の顔面に突き刺さる。


少女は雪原を転がっていく。少女にとって雪は冷たく、殴られた顔は熱を帯びていたが、その様々な感情が渦巻いている胸中には、正体不明の暖かな光が生まれていた。




銀髪の少女が目覚めるとそこは木造りのペンションだった。

ベッドからリビングに顔を向けると、自分を殴り飛ばした少年と、戦闘前に少年と会話をしていた緑髪の少女が談笑していた。

その食卓には、自分が掴めなかった幸せがあるような気がする。

いや、もしかしたら自分にも掴めるのかもしれない。こんな弱くて頼りない少年でもつかめるのなら、もしかしたら・・・

二人がこちらに気付く。にこりと微笑む。


正体不明の光が、再び銀髪の少女の胸中に生まれた。




  了。

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